第52話　敬子の決断


　達木祐司は有頂天で、生活の拠点を神戸に移した。
　郁美とのひとときが祐司を破滅から救ったのは間違いなく、生きていく活力を祐司に与えた。
　下降線を辿っていた事業も一転して上向いて、順風満帆であった。
　紗弥がタイミングよく留学したことも親子関係を修復することに寄与するだろう。
　祐司にすれば神戸に居住の拠点を移せば、思う存分に郁美との関係を満喫できると打算があったことは否定できなかった。
　１度火がついた肉欲は日に日に膨れあがり、毎日のように郁美に会いたがり恋しがった。

　これには、さすがの郁美も焦った。
　山田 徹、田原 凌、達木祐司と絶倫な男達から一身に寵愛を受ける立場となったのは良いが、身体は１つしかないし時間も限られていた。
　これに加えて、敬子、環、涼子とのひとときもあるし、亜紀とのひとときも欠かせない。
　女子会の定例会以外にも、いろいろと女同士の楽しみも目白押しだ。
　亜紀の多忙さを窘める立場だったはずが、いつしか亜紀以上の多忙さに身を置いていた。
　かといって、どれを我慢、諦めることなど出来なかった。
　次第に日中の仕事を辞めようかと迷い始める。

　毎日そばに居る敬子は郁美の気持ちが痛いほど理解出来た。
　そして、いよいよ自分が一歩踏み出すときが来たと考えていた。
　亜紀と郁美のそばには、男性陣の膨れあがる欲望を受け止めて緩衝剤になれるは自分しか居ない。
　紗弥は留学中で不在、里奈は身重で無理、悠希は訳ありで封印。
　環や涼子は妹的な存在で、まだまだ女子高生だ。
　今までは特別扱いで郁美と徹の保護下で安穏と過ごしてきたが、女子会の一員として果たすべき役割は既に自覚していた。
　そもそも男性はまだ徹だけしか知らず、他の男性に興味がないといったら嘘になる。
　郁美から聞かされている凌や祐司とのセックスに興味津々であった。
敬子は常に亜紀と郁美に憧れてついてきたし、もうすぐ２０歳となる機会に大人の女として一歩踏み出す覚悟を決めた。

　敬子は誰にもその事を相談せずに決めた。
　郁美、亜紀には止められるのは分かっていたし、徹は泣くに決まっていた。
　そんな徹の気持ちは分かるが、自分を独占しようとする男特有のエゴだとも考えていた。
　徹を通して、敬子は多くのことを学んだのだった。
　もちろん徹のことを思う気持ち、愛する気持ちは何ら変化があったわけでもない。

　敬子自身に変化があり、オンナとしての意識が芽生えて羽根を伸ばしたいと考え始めていた。
　オンナの人生は長いようで短い。
　ならばもっと色々経験したいし、違う男性も知りたいという素直な気持ちであった。
　徹のように男性が女修行というなら、女性だって男修行というものがある筈である。
　郁美のそばに居て、そのことを実感していたのだ。

　だからといって相手は誰でも良いというわけではない。
　敬子の成長を促してくれる、徹にも負けない素敵な男性であることが絶対条件であった。
　そうなれば必然的に凌と祐司が候補として浮かび上がってくる。
　特に凌は特別な存在であり、郁美と亜紀のキーパーソンで、二人に憧れて近づきたいと願う敬子にとって気になる存在であった。
　そして既に凌が自分に興味を抱いている、女として見られているということは既に洞察し嬉しく感じていたのだった。
　田原 凌に女と見られることは大人の女性として認められていることに他ならない。

　とはいえ理由付けされたお題目はあるが、敬子の行動の裏には徹の女子高生輪番淫行への嫉妬と怒り、そして自分の立場への焦りがあったことは否定できない。
　郁美と自分という存在がありながら、嬉々として若い女の子にうつつを抜かすこと自体が許せなかった。
　事情は理解しているが、１回限りの初体験だったはずが軒並み女子高生を愛人化するという展開。
　郁美は想定範囲内と言って笑って許すが、敬子は納得出来なかった。
　ギャル会に涼子と麻里が加わって彼女達の事を知れば知るほど、その思いを強くしていた。

　彼女達は１年前の自分を見ているような気がするが、彼女達はまだ１６歳だ。
　自分自身は初体験１９歳、既に初体験は３年も彼女達は早い。
　彼女達が１９歳の頃には、もっと素敵な女の子、オンナに成長することは明らかだった。
　敬子にとっては彼女達は明らかにライバルであり、正直心中穏やかではない。
　郁美のような圧倒的なオンナの色香を身に付けていれば、もっと余裕があるのだろう。
　しかし女子会の中では敬子は最年少だし、明らかに妹分で一番子供だ。
　色気という面では、既に麻里の方があると感じていた。
「ウカウカしていられない　もっと成長したい　色々経験したい」
　
　まさにそんな時に、絶好のチャンスが訪れた。
　郁美は凌とお出かけ、徹は亜紀とデートと、敬子は取り残された土曜日。
　日中は環、涼子、直子の４人で賑やかに過ごせたが、夕方から独りぼっちになってしまった。
　紗弥不在の淋しさを思い知った敬子は今にも泣き出しそうであった。
　なので悠希のお店に行って、気晴らしでもするかとシャワーを浴びて準備を始めたところであった。
　敬子にとっては悠希は亜紀や郁美達とは違った世界を教えてくれるお姉さんであり、いつでも話し相手になってくれて敬子は大助かりであった。
　そして出かけようとした、まさにその時にインターフォンが鳴ったのだ。


　プルゥルゥゥゥ♪♪プルゥルゥゥゥ♪♪プルゥルゥゥゥ♪♪プルゥルゥゥゥ♪♪

　今頃、誰かとインターフォンの画面を覗いた敬子は驚いた。
　画面には達木祐司が映っていた。
　その瞬間、オンナの打算が動いた。

敬子　「はい」
祐司　「もしもし　うん？　敬子ちゃん？　達木です」
　　　　「郁美　居るかな？」
敬子　「今開けます　上がっていらして」

　敬子はこの機会を利用しない手はないと思った。
　祐司は郁美に会いたくてやって来たに違いなく、肉欲が渦巻いているはずであった。
　既に顔見知りの間柄だし、女子会の一員として祐司を近親相姦の深淵から救い出すチャンスだ。
　そう思って今の自分の服装を見れば、夜の飲み屋街向けの胸元が深く切れ込んだ大胆なワンピースだ。
　祐司を誘惑するにはベストな状態。
　このような服装で悠希のお店に何度も通ったことがあるが、ホステスに間違われて男性に口説かれ迫られたことは１度や２度ではない。
　悠希のお店のママからも、ホステスとして真剣に勧誘を受けるほどの美しさであった。
　もともと新体操で勇名を馳せた敬子は、物腰が美しくて人目を惹きつける存在であった。
　本人は自覚がなくて、まだまだ色香が足りず子供だと卑下していたが、郁美と生活するようになって既に十分な色香を身に付けて周囲の男達を惹きつけるオンナに育っていたのだ。

　ピンポォォォン♪♪ピンポォォォン♪♪ピンポォォォン♪♪

敬子　「こんばんは　祐司さん」
祐司　「こんばん・・・うほぉ　今日はまた　一段と綺麗だねぇ　敬子ちゃん」
　　　　「オジサン　グラッときちゃうよ　参ったな」
敬子　「ありがとうございます」
　　　　「今日は　お姉ちゃん　デートでお留守です」
祐司　「えっそうなの　とほほ　最近　郁美ちゃんに　あんまり会えなくて」
　　　　「そっかぁ　ホントに忙しいんだね」
　　　　「それにしても敬子ちゃんも　今からデートなの？　ゴメンね」
敬子　「今日は　祐司さんとデートしたいなぁ」
祐司　「これこれ　本気にしちゃうよ　こんなオジサン　からかうのは勘弁して」
敬子　「うふふ　からかっていません」
　　　　「実は　ひとりで　お友達のお店に　飲みに行こうかとしてたんです」
　　　　「どうですか？　ご一緒に」
　　　　「やっぱり　わたしみたいな子供と一緒じゃ駄目ですか？」
祐司　「とんでもない　光栄だな」
　　　　「誰だよ　敬子ちゃんを子供と言う馬鹿は？」
　　　　「敬子ちゃん　もう立派なレディだよ」
　　　　「だけど　覚悟してね　本気で口説くかもよ」
敬子　「うふふ　お手並み拝見します」
祐司　「では　エスコートします」
　　　　「いやはや　今日は突撃して来て良かったよ」
　　　　「今日は敬子ちゃんとデートする運命だったんだね　がはぁはぁ　ついてるな」
敬子　「うふっ　実は　わたしも今日は淋しかったんです」
祐司　「そうだよね　ひとりって淋しいよね」

　二人は早くも腕を組んで恋人気分であった。
　祐司はあっという間に敬子の魅力に虜になりつつあった。
　容姿は抜群で、なんと言っても受け答えが嫌味にならない程度に知性に溢れていて、ふとした動作・立ち振る舞いが上品で美しい。
　いわゆる上流階級のお嬢さんをたくさん見てきた祐司にとっても、その素敵さは歴然としていた。
　いつも郁美のそばに居て活発で明るい女の子なのに、今日は社交界から抜け出してきたレディだ。
　祐司は敬子を見落としていた自分の見る目のなさを深く反省していた。
　腕に当たる敬子の豊かなバストを意識してしまう祐司は、愛妻を亡くてから初めて近親者以外の女性に心惹かれ始めていたのだった。
　タクシーの中で、ますます二人は親密度を深めつつ楽しいひとときを過ごした。

　タクシーの運転手は、超高級ホステスの同伴出勤だと確信していた。
　それほど敬子は色香を漂わせていて、美しかった。
　祐司はビシッと高級スーツを着こなしていて、見るからに会社重役という風体がそう思わせる。
　二人の会話を盗み聞いてしまう運転手は、男が若い女の子を口説こうとしている様子に興奮していた。
　男が羨ましかった。
　何処かの重役だか知らないが、高収入を背景に美女を我がものにしようとする生活。
　運転手には生涯味あうことが出来ないセレブな豪遊であった。
　ふとミラー越しに女の顔に目線を送った運転手の顔に、驚きの表情が浮かんだ。
「あれれ　この子は何処かで・・・・・」

　その瞬間、男が女を「敬子ちゃん」と呼んだ。
「そうだ　娘の同級生　新体操部の原田敬子ちゃん　じゃないか！！」
「間違いない　オリンピックに出るんじゃないかって言われてた　敬子ちゃん」
「そう言えば　最近　名前聞かない　なにか　あったのかな」
「ホステスに　なっているなんて・・・・・」
「神戸の星って　神戸新聞に載るほどの　女の子だったのに」
「とてもじゃないけど　娘に話せないな」
　運転手は二人を北野で下ろしながら、複雑な思いで二人の後ろ姿を見送った。

　祐司は見るからに高級な倶楽部に案内されて、面食らった。
　祐司はもともと仕事以外で外で飲むタイプではなかったので、そういった店には明るい方でなかった。
　出迎えた店の目敏いスタッフは、初めての顧客ながら祐司の身なりを一目見て上客と気がついて、その場で出来る最高のもてなし体制に入った。
　同伴しているのが敬子であったので、その体制に輪を掛けた。
　店で今や圧倒的ナンバーホステスである悠希の友人である敬子の同伴者である。
　スタッフとしては一大事である。
　直ぐにママと悠希に報告が入る。

ママ　「いらっしゃいませ　ご来店ありがとうございます」
敬子　「ママ　こんにちは　今日はお友達連れて来ちゃいました」
ママ　「ありがとうございます」
祐司　「よろしく」
ママ　「お席にご案内致します　どうぞこちらへ」

　二人は広めの席案内されると、ママと３人の女の子達が座ると至れり尽くせりのサービスが始まった。

敬子　「うはぁっ　いつもと違う　うふふ」
ママ　「敬子さん　いつも　ごめんなさいね」
敬子　「いえいえ　いつもお邪魔虫　面倒見て頂いて感謝してます」
祐司　「敬子ちゃん　いつも　ひとりで来るの」
敬子　「うん」
祐司　「そりゃ　将来が心配になる豪遊だ」
ママ　「敬子さん　お客様なのに　敬子さん目当てで来られる方も居るのよ」
敬子　「あはぁっ　褒めすぎ」
ママ　「まあ　いつもお世話になっているのは　私どもですわ」
悠希　「敬子さん　いらっしゃいませ　あらら　素敵なお友達ですこと」
敬子　「悠希さん　いつも通り　呼び捨てで呼んでよ」
悠希　「そうはいかないわ　お客様だもん　それはそうと」
敬子　「あっ　こちらは　達木祐司さん　紗弥さんのお父様」
悠希　「まあ　それは失礼致しました　私、藤村悠希と申します」
　　　　「紗弥さん　郁美さんとは仲良くさせて貰っています」
祐司　「おお　あなたが噂の　悠希さんですか」
　　　　「噂以上の美しさだ　会えて嬉しいです」
悠希　「ありがとうございます」
ママ　「紗弥さんのお父様でしたか　失礼致しました」
祐司　「いえいえ　突然　来てしまって　こちらこそ失礼しました」
　　　　「娘をご存じなんですね」
ママ　「はい　田原さんが　よく連れてこられるので」
祐司　「なるほど　これからもよろしくお願いします」
ママ　「お嬢さん留学中ですから　淋しいですね」
祐司　「はい　なので敬子ちゃんに デートして貰っていました」
ママ　「まあ　それはお幸せなこと」
祐司　「妻を亡くして　一応独り身なので　いつ狼になるか分かりません　がはは」
敬子　「うふっ」
悠希　「あらら　怪しい二人」

　悠希は瞬時に敬子の企みを察したし、既に祐司が敬子の色香に惹かれているのは明らかであった。
　普段から敬子の不満、気持ちを知っているだけに悠希は困惑したが、敬子の選択を黙認した。
　悠希自身、三井との関係絡みで女子会で特別扱いされているのを申し訳ないと思っていた。
　しかし悠希も余裕が無いというのが正直なところであった。
　悠希は三井と既に男と女の関係にあり、連日連夜にわたって情熱的に抱かれていた。
　亜紀に聞かされていたとおりの絶倫ぶりに、悠希は圧倒されていた。
　お店の仕事も忙しく、お客様へのサービスの店外デートもこなしながら、女子会の集まりも欠かさず参加するので悠希も多忙の一言であった。
　なので悠希も敬子が取り残されていて不満を抱いていて、その相手を十分してあげれなかっただけに、敬子の行動を咎めることは出来なかった。
　正直、悠希自身も祐司や凌のセックスには興味を抱いていた。
　元々はセックスは楽しむ程度のものであったのだが、三井に数ヶ月にわたって可愛がられて、すっかり身体を開発され尽くしてセックスの魅力に嵌まってしまったのだった。
　女子会での会話、繰り広げられる女同士の肉宴により、すっかり悠希はオンナ全開モードであった。
　そうなるとただでさえ容姿とトーク術で人気ナンバーワンであった悠希の人気はヒートアップした。
　男達はたちどころに悠希の色香に参ってしまう。

　ライバルである店の女の子達にとって、悠希はもはや憧れの存在であった。
　悠希は新地から流れてきた女で新参者の部類であったが、あっという間にダントツのナンバーワンホステスとして君臨した。
　悠希の同性同士でも憧れてしまう抜群の容姿、トーク術そして圧倒的なアルコールへの強さに、もはや認めるしかなかった。
　彼女達の目下のライバルと言えば、悠希を慕って来店する敬子であった。

　敬子は土曜日に決まったように来店するので、目敏い男達があわせたように来店するようになった。
　そもそも女性が１人で来店すること自体異例なので、ホステスと誤解され易かった。
　誤解がとれても敬子と同席したい男達は、悠希のお友達だと分かると悠希を指名して、敬子も同席するように誘うようになった。
　男達、ホステス達に囲まれての酒宴は、敬子に多くのことを学ばせていった。

　敬子の勘定は当然のように男達が払いたがる。
　悠希は男達が誘うアフターデートに敬子を断固として１人で行くことは許さず、悠希も必ず同行する徹底ぶりであった。
　敬子はお店の子ではなくお客様であり、悠希にとって可愛い妹分、そして悠希には亜紀、郁美から預かっているという責任があった。

　今日は同行者が達木祐司ということであり、敬子自身の決断でもあるので悠希は黙認することにした。
　悠希は敬子の味方をすることにしたし、恐らく亜紀、郁美は怒らないだろうと考えていた。
　徹は泣くに違いないと思ったが、それもやむなし。
　敬子目当てで来店した男達は、祐司の登場に色めき立っていた。
　なので悠希は各テーブルを回って、諫めて回るという任務があった。

　祐司は敬子、ママ、ホステス２人囲まれて、上機嫌であった。
　唯一悠希が人気者のようで、ほとんど着席して話すことが出来ない状態であったことが残念であったが、女性に囲まれて飲酒するという楽しみを初めて知ったのだ。
　思えば仕事と愛妻だけの人生で、愛妻を失ったときに既に祐司の人生は片肺飛行になっていたのだ。
　自身のそういった狭い視野が結果的に娘、紗弥を傷つけてしまった原因だったと痛感した。
「まだ遅くない　紗弥も前を見て歩んでくれている」
「そもそも　紗弥があの時　支えてくれたから　今があるんだ」
「紗弥の気持ちを無駄にしないよ」
「紗弥のお陰で　郁美とも　そして敬子ちゃん」
「ホントに　綺麗な子だよね」
「本気で　抱きたい　良いよね　紗弥」
「パパは　やっぱり男なんだ」

　敬子は表面上はケラケラ笑いながら、内心はドキドキであった。
　自分は紗弥のパパ、そして郁美の恋人である人を誘惑しようとしているのだから。
　何も言わなくても悠希は黙認して許してくれたと察していた。
　そんな安堵感が敬子を更に大胆な行動をさせてしまう。
　真横に座る祐司に見えるように、やや前のめりに座り胸元のスリットに緩みを作った。
　出会った頃から祐司の目線が自分の胸元で泳いでいることを気がついており、そのまま悩殺して誘惑するつもりであった。
「ねえ　見て見て　祐司さん」

　敬子の誘惑は効果的に祐司を揺さぶっていた。

つづく