・・・・ガチャ、・・・・
「お父さん・・・」
　娘の声に隆三は反応しなかった。
　勢いよく噴き出す熱めのシャワーを顔にあてているため聞こえなかったのだろうか？　それとも、戸惑いが残る美鈴の声があまりにも小さすぎたのだろうか？
（お父さん、まだ泣いているのかな・・・）
「お父さん！」
　風呂場のドアを閉め、今度は大きな声で呼びながら、父の小さく丸まった肩をポンとかるく叩いた。
「うわっ！　な、なな、なんだ美鈴！　と、突然はいってきたらびっくりするじゃないか」
　予想もしていなかった娘の乱入に隆三はひどく狼狽し、おもわず洗面イスからズリ落ちてしまった。
「きゃっ！　だ、大丈夫、お、おとう・・・」
　美鈴の視界におおきく股を開いた父親の姿が飛び込んでくる。ハッと息をのんだ。その瞳が、股間中央でのっそりと重たげにぶら下がっている黒ずんだ一物をしっかりととらえてしまったのだ。
「・・・・・・」
　はじめて見る父親のペニスは、２９年間親しみ慣れた愛着ある肉体の一部とは思えぬほどに毒々しいものであった。
（・・・な、なんて大きさなの・・・）
　表情を強張らせ、硬直する娘に気付いた隆三は、ばつが悪そうに白髪の混ざった薄い眉尻を垂れさせ、一物を両手で覆いながらあわてて湯船に入った。
（ハッ！　いけない。私が意識するから父も意識するんだ。・・・お、お父さんだって男なんだからオチンチンがあってあたりまえじゃない。お、大きさにしたって、彼のよりちょっと大きいってだけなんだし・・・入院患者さんのなかにはもっと大きい人だっていたわ）
　冷静さを取り戻そうと、父との楽しい思い出を頭の中で辿ってみるのだが、いまとなってはどの時代の父親にも先ほどのぶよぶよに膨らんだペニスがついてくる。
（くっ、・・・だめ。何を考えてるのかしら、わたし。今日でお別れなんだから最後の孝行をしっかり果たさなくちゃ）
「お、お父さん、最後に背中ながさせて。お父さんの大きかった背中、どうしても家をでる前にもう一度触っておきたいの」
「えっ、・・・そ、そうか。・・・うん、そ、それじゃあ、お願いするかな。とりあえず、お前の身体が冷えるといけないから湯船につかって温まりなさい」
「うん。　もうこの湯船に二人はちょっときついけど・・・」
　美鈴は、タオルを身体に巻いたまま、背を向けた父親の後ろからゆっくりと湯船に浸かった。勢いよく湯船のお湯が溢れていく。
「こうやって二人で入るの・・・何年ぶりだろう」
「う〜ん、そうだな。１４年・・・いや、１５年ぶりじゃないか？」
「え〜、もうそんなになるかな？　あっ、そういえば、・・・ふふ、お父さんお風呂場で足すべらせてズッコケたことがあったよね？　あの時の顔、おもしろかった〜」
「おお、そんなこともあったな。ハハハ、あれは本当に痛かったんだぞ」
　懐かしい昔話に花を咲かせていくうち、二人の間に取り巻いていた緊張は知らぬ間になくなっていた
。
　小さな湯船のなか、母親を嫉妬させたあの頃のスキンシップが、５８歳の父親と２９歳の娘によって蘇っていく。
「ふはは、ほら、ここの二の腕の部分をこうすると気持ちいいだろ？　こうやってマッサージすると意外に肩こりが楽になるんだよ」
「ええ、本当に？　・・・あっ、本当だ、気持ちいい。じゃあ次は私がやってあげる。ほら、腕をのばして」
　風呂場は、まさに１５年前の風景と化していた。
　童心にかえる娘、その娘を温かい愛情で包み込む父親。だが、父親のなにげない言葉が、再び室内の空気を重くしてしまった。
「ハハハ、でもお前、ほんとにお母さんに似たのが顔だけでよかったな。お母さんのおっぱい、これぐらいしかないからな。ハハハ！」
　そう言いながら、くだけた笑顔でふと娘の乳房に目をやると、そこにはタオルでしぼられ大きく隆起した２つの乳房が、蒸気をあげながら妖しく湯船に浮かんでいる。昔の娘とはまったくちがう官能的な大人の色気に、隆三はおもわず唾を飲み込んだ。
　隆三の目は、無意識のうちに我が娘を１人の女として見つめていた。そんな父親の目を敏感に感じとった美鈴もまた、緊張で唾を飲み込んだ。
　隆三は、自分の目に淫靡な気持ちが宿っていることに気付いたのか、わけもなく突然高笑いすると、浴槽をでて洗面イスに腰をおろした。
（・・・はっ！　い、いけない、背中を流してあげなきゃ。・・・またここで私が変な態度をとればお父さんのほうも意識してしまうわ）
「お父さん、私が背中ながしてあげるから待って」
　そう言いながら湯船をでた美鈴は、小さく身をかがめた父親の背後に立ち、タオルを濡らしてタップリと石鹸液をつけると、それを手際よく泡立てていった。