スーパーで誘惑・追想編 Ｒｉｎｇｏ 作
１ 　久しぶりに近所のスーパーに来ていた。 　野菜とお魚の買い出しを済ませて、お惣菜売場に回る。 　パンとお弁当のコーナーを見ながら歩いていると、近くに、注目を浴びる背の高い人がいることに気づいた。 　アメリカ人らしい、黒人の男の人だった。 　スーパーのカゴを手に持って、一人で買い物をしている。 （「珍しいわね。この辺では・・」） 　彼の横顔を眺めているうちに、ふと、遥か昔の、ある出来事を思い出していた。 　私をこの衝動に駆り立てるきっかけになった、ある出来事を・・。 　その当時私は、こことは別の、ある地方都市に住んでいた。 　まだ結婚して間もない頃で、夫の勤務地の変更が度々あり、その都度、夫と一緒にあちこちの町を飛び回っていた。 　ある日、近くのスーパーに買い物に出ていた私は、その人と出会った。 　彼は、大量の肉を買い漁っていた。 　カートに載せたカゴの中に、大きな肉のパックを次々に入れている。 　私はその異様な光景に、思わず目を見張った。 （「あれを全部一人で食べるのかしら？」） 　カゴに入っているのは、全部牛肉ばかりで、もう既にカゴから溢れそうになっている。 　２ｍ近い大男。 　その人は、一見すると、まるで立ち上がった羆の様だった。 　そんなに太っているわけではないけど、下半身のボリュームが物凄い。 　大きく張り出したお尻と、私のウェスト程もある太もも。 　太ももの間が擦れるのか、まるで大相撲の小錦みたいな歩き方をしていた。 （彼はブラジル人だったけど、とても色が黒かった。アフリカの黒人みたいに。） 　車の生産工場があったその町には、その当時、南米や東南アジアなどの外国人労働者が沢山住んでいた。 　町でよくその人たちを見かけたけど、その時までは、自分の生活とは無縁の人たちだと思っていた。 　一生関り合う事の無い人たちだと・・。 　狭い通路をすれ違う時に、私の手と彼の太ももが偶然触れた。 「あ・・ごめんなさい。」 「おー・・失礼。」 　彼は、私とぶつかった事に気づくと、すぐに頭をぺこぺこと下げながら、変なイントネーションの日本語でそう謝った。 （「いい人・・。」） 　彼のその仕草を見て、すぐにそう思った事を覚えている。 　その後、レジのところで、また彼と顔を合わせた。 　私がレジ台にカゴを乗せようとしていると、後ろに並んでいた彼が、軽々とそれを持ち上げて運んでくれた。 　お礼を言って、彼の方を見ると、にっこりと微笑んでいる。 （「やっぱりいい人（笑）」） 　その時も、やはりそう思った。 　さらに、スーパーを出て、買った食材を車に運ぼうとしていると、先程の彼が、後ろから声をかけてきた。 　車まで荷物を運んでくれるという。 　私は、身振り手振りを交えて断ったけど、彼は私の荷物を強引に受け取ると、車はどこだ？、というように私の方を振り返った。 　私は仕方なく彼の前に立って、車まで案内した。 　私が車の後部ドアを開けると、重たい荷物を次々に積んでくれる。 「どうもありがとう。」 　手を伸ばして後ろのハッチを閉めようとした時に、彼が私の身体をじっと見詰めている事に気づいた。 　伸び上がった私の、胸からお尻にかけてのラインをジロジロと舐めるように、眺めている。 　私はドキッとして、急いで手を引っ込め、無意識のうちに両手を胸の前で交差させていた。 「ごめん、ごめん・・恐くない。恐くないよ。」 　彼は私の脅えた態度を見て、すぐにそう謝りだした。 「とても綺麗だったから。ごめんなさい。」 「もうしない。もうしないよ。」 　突き出した両手の掌を、身体の前で必死に振りながら謝り続けている。 （「やだ・・。」） 「ええ・・わかったから。もういいわ。」 　恥ずかしくなった私は、彼の手にそっと片手を添えて、そう告げた。 　すると、突然彼が、私のその手を両手で握り締めて、グイッと自分の方へ引き寄せてくる。 「きゃあ！・・」 　私は思わず、子供のような悲鳴を上げていた。 「ありがとう、ありがとう。優しいね、大好き。」 　彼は私の反応を無視して、そのまま私を抱き寄せ、感謝の言葉を口にしている。 （「もう・・。」） 　燥いでいる彼を見て、途中で諦めてしまった私は、全身の力を抜いて、相手の為すがままにさせておいた。
【次】
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2015年3月14日掲載
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