「マラカスという楽器、奥さんもご存知ですよね」 「ええ…」 「形はあれに似ていて、厚手のゴム製です。もちろん振っても音は出ませんが、その代わりに球の部分を握ると空気が出ますから、カメラのホコリを吹き飛ばせるんです」 「それなら……」 「お持ちなんですね？」 「ええ…」 「それ、ちょっと使わせていただけますか」 「……なにをするの？」 ロブスター奥さんの声にも表情にも、まだ不安と緊張が色濃く残っている。それを取り除いてやるために、明智はにこやかな表情と曖昧な“話し”を作った。 「心配いりません。僕には高級なカメラは扱えませんし、奥さんを気持ち良くして差し上げたいだけですから」 「………………」 許諾の返事がない。こうなったら強引に回答を引き出すまでの話し。明智は誘導尋問を試みた。 「どこにあります？ チェストの中ですか」 「……ええ……」 所在を教えてもらえたということは、家宅捜索の令状を…いや、レンズやカメラ内部のホコリを吹き飛ばす道具、すなわち『変態的行為に用いる小道具』の使用許可を取ったも同然。 明智はベッドを降り、勝手に引出しを開け始めた。 《ほう…案の定だ》 上段の引出しには、未使用の写真フィルムがたくさん詰まっていた。いや、フィルムしか収められていない。それも大半が白黒だ。 モノクロ写真なら、それほど高価な機材を揃えなくても、現像や焼付が自宅で簡単におこなえる。 大学の偉い学者さんや、家電メーカーの技術者たちの話しによれば、ポケベルが進化を遂げ、自動車電話だの携帯電話だのといった物が登場する頃には、コンピューターまで一般家庭に普及するばかりか、今のような現像処理のいらないカメラも登場して、どんなエロ写真も自宅でプリント可能になるらしい。 しかし、あの有名な…というか、テレビ漫画でも御馴染みだったロボット『鉄腕ダッシュ２８号』が、今はまだダッシュするどころか、ヨチヨチ歩きする姿さえ見せてくれないように、実際のところは所詮、夢でしかない話しだ。 堅気の男がエロ写真を撮って楽しむためには、普通のカメラで撮ったモノクロ写真を自分で現像するか、インスタントカメラを使うしかない。そして両者の写真の仕上がりを比較すれば、前者のほうが圧倒的に勝るのは常識だ。 《こっちの引出しは？》 上段の引出しを押し込み、下段の引出しを開けた。 “逃げ足”最優先の“空き巣泥棒”なら、引出しは最下段から順番に上段へ向かって開けていき、開けっ放しにして逃げ去るのが常識。 ベテランの“空き巣狙い”の場合は、目星をつけた引出しから、一発でお目当ての物を探し出し、盗みに入った痕跡が残らないように、きちんと元通りに閉めておく。それが警察官の常識。 だが、普通の常識しか持たない人が探し物をする場合は、一段ずつ引き出しては押し込むという動作を繰り返すもの。今の明智がその典型的な例である。 《なるほど》 右側の引出しに、折りたたみ式のインスタントカメラ『プロロイドＸＳ−７０』を発見。他には、平たい箱に入ったカラーのプロロイドフィルム……というより、フィルムの残らないプロロイド印画紙と呼ぶほうが適切かも知れないが、とにかく未使用のそういう物が入っている未開封の箱しか入っていない。 そしてまた左側の引出しのほうも、なぜかチューブ入りの軟膏が何個も…ではなく、それ一個しか入っていない状態なのはさておき。これもチューブを押した形跡がないから未使用だ。 《うーん…ただ、それにつけてもというやつだな》 小林小次郎が何度となく「プロロイドＸＳ−７０は、プロも愛用してるインスタントカメラの最高級機ですから」と自慢するので、明智も一度、義理めいた気持ちでカラー写真を撮ってもらったのだが、数日後には変色してしまった……などということはともかく。 そのときの小林は、未使用の写真フィルムは冷暗所に保存するのが常識で、できれば冷蔵庫に入れておくのが望ましいという話しを聞かせてくれた。 写真を趣味にする小林大太郎が、それを知らないとも考えにくい。この部屋には冷蔵庫も備えてあるのだから、フィルムはそっちに入れておくのが普通だろう。その点が明智には腑に落ちないのである。 《まあいい》 肝心な物を探すのが先決。引出しを閉めたら、次は扉を開けて調べるのが捜索手順というもの。 とはいえ無論、今の明智に、元刑事の捜査本能が蘇ったわけではない。生来の変態性向が、単に執着心を強めているだけだ。 その点は、仮に明智が現職の刑事であっても同じこと。所詮は興味本位…というより、自己の性的欲望を満たすための行動に過ぎず、明らかなプライバシーの侵害だが、ロブスター奥さんはそれほど心外でもないのか、明智のほうに視線を向けているだけで、抗議めいた行動をひとつも起こさない。 扉を開けると、屑籠の脇に、蓋と把手の付いた陶器が見えた。一般に『ビアマグ』と呼ばれるビールジョッキ、ビール用のマグカップだ。 《何でこんな物が？》 これを“場違い”と言わなければ、他に言うべき場所が見当たらないだろう。 扉内には、屑籠とビアマグの他にも、筒型のプラスチック容器に入った『濡れティッシュ』と、口が折り返してある紙袋も見えるのだが、そのためになおさらビアマグの場違いぶりが際立っている状態だ。 《あ、なるほど》 この家の旦那は、ビール大好き人間に違いない。そう考えれば、奥さんがコーヒーではなくビールを出してくれたことや、寝室にビアマグまで置いてある点にも納得がいく。明智はそうした推理で自分を納得させた。 《ということは、つまりそういうことだ》 ここの冷蔵庫の中は、ビールで常に満庫状態。旦那にとっては、奥さんの満湖を精液で満タンにすることよりも、ビールで冷蔵庫と胃袋と膀胱を満タンにさせるほうが最優先というわけだ……。明智は“欲求不満奥さん”の旦那というか、小林大太郎の心理を、そんなふうに分析した。 《ふん、そんなことだから、競輪でも活躍できないでいるんだ》 分野を問わず、どこの世界でも、大活躍している人なら、必ずマスコミで取り上げられる。しかも競輪は競馬同様……といっても、肩を並べるほどではないが、スポーツ新聞にとって大事なメシの種のひとつ。 一般紙の各紙が囲碁と将棋の棋譜を載せたり、プロのタイトル戦に巨額の賞金を提供するのも、意図は同じなのである。 この家の大黒柱であるはずの小林大太郎が、それこそ競輪で大車輪の活躍を遂げているなら、彼の名前が自分の脳味噌に、深々と刻まれないわけがない……。 明智がそうした結論まで導き出したとき、ようやく探し物が見つかった。 口が折り返された紙袋には『カメラの桃屋』と印刷されているのだから、真っ先にその中をあらためて当然なのだが、ビアマグの謎解きに意識が奪われていたせいで、カメラ屋の店名自体を認識できなかったのだ。 「ねえ…探偵さん……」 「ありました」 明智は紙袋に手を突っ込みながら答えた。 《ん？ 新品か？》 ブロワーの色は、楕円形をしたゴム球が黒で、ノズルが赤。見るからに猥褻感が漂っている…かどうかは、見る者によるだろうが、真新しい状態であることだけは、誰の目にも明らかだろう。しかも実用品であることを思えば、小林大太郎が使うたびにいちいち袋へ戻しているとも考えにくい。 《そうか、これは買い置きだな》 手にしたブロワーが新品である理由について、明智はあっさり結論を下した。他の可能性は、考えてみようともしなかった。理由は他でもない。青井盥がブロワーに関して記述した一文を、しっかり憶えているからだ。 ブロワーというのは、空気の逆流防止弁が壊れやすく、従って、外観上はまだ使えるように見えても、ノズルの反対側、空気を取り入れるほうの穴から空気が出てくるようでは、ウドの大木やインポの巨根同様、まったく役に立たない一品……と『ケツをまくる変態たち』に書いてあった。板塀の節穴が“覗き”に役立つのとは大違い……とも書かれていた。 試しに楕円形のゴム球をギュッと握り潰してみると、細く長いノズルの先端から、勢い良く空気が噴出した。 《よし、オッケー》 明智はブロワーを手にしたまま、屑籠を取り出してベッドの脇に置くと、濡れティッシュの封を切ってからベッドへ持ち戻った。 「ねえ…探偵さん……」 「さあ、奥さん。膝を曲げて」 月経奥さんの用件を無視して命じながら、明智は両手を使って強引に膝を曲げさせた。 膝はきつく閉じられたままだが、明智のやることにそれほどの支障はきたさない。 屈曲位の体勢にさせた両脚を、明智は左手一本で押さえ付けた。そして自由になった右手を腰の下に押し入れた。目的地は言うまでもない。パンティーの背中側の穿き口である。 「ねえ…だめよ……やっぱり、だめ……」 月経奥さんの言葉は無視。明智は穿き口のゴムをつかんだ右手で、剥き返すようにしながら強引に脱がせていく。 「ねえ…ねえ……ね？ それなら…私が、自分で……」 「オナニーでもしますか」 明智は手を止め、今にも泣きだしそうな声に対し、冷ややかな声で切り返した。 《ふ…こういう受け答えができるヤツは、そうそういない筈だ》 自分の冷静さに酔った。 今、月経奥さんに対しておこなっている作業にしても、汚れきったはずのナプキンがパンティーから落ちないように、細心の注意を払っている。そうした意識もまた明智にとっては、自分が今も冷静でいる証拠として採用された。 「でも…でも……ずいぶん…汚れちゃったみたいだし……」 「だからティッシュで拭いてあげるんじゃないですか」 この程度の話しのすり替えができないようなら、たとえ姫子が双子を無事に産めていたとしても、明智には子供を育てていくのは無理だ。いや、ほとんどの男がそうだろう。 我が子がそこそこの年齢に達して「もっとお小遣いがほしい」と言われたら、「そうだね、お父さんもお母さんもそう思ってるから、うちの家族はみんな気持ちが一緒だね」くらいのことを言わなければならないのである。 もっとも、たとえどれだけ財産があるからといって、「ああ、いくらでもやるよ」とばかりに、小遣いを湯水のごとく与えるような馬鹿親の将来は、惨めで恥ずかしい限り。 馬鹿親から生まれた赤子は、大人になっても“馬鹿子”のままだから、麻薬や覚醒剤に手を出して刑務所に入れられ、湯水させ自由に使えなくなるのが常。 目の中に入れても痛くなかったはずの息子が、覚醒剤取締法違反で刑務所に入れられても、まったく目を覚ます気配の見えない女優の三田圭子や大空真由美などは、そうした馬鹿親の典型的な代表だろう。ことに大空真由美のほうは、息子が逮捕されたときに「もういっぺん産みなおしたい」と言ったようだが、それこそが目を覚ましていない証拠。子供を産みなおすのではなく、自分が生まれ変わることを考えない限り、息子の更生は有り得ない。 小林夫人の尻と股があらわになった。ナプキンを内包したパンティーは、まだ太腿に留まっているものの、淫臭の源泉は丸見えだ。肉襞に恥毛が経血でへばり付いている様子から、薄紫に色づいた菊の蕾が、羞恥に悶えてすぼまったり、あるいは開きかけたりする様子まで、実によく見える。 「ねえ…そんな…じっと見たら、だめよ……」 小林夫人が訴える声は、喘ぎが混ざっているせいで途切れ途切れ。無論それは“見られている”恥ずかしさに耐えかねているためだろうが、両者の顔と顔を結ぶ線上には、パンティーがある状態だ。 互いの顔が見えるわけもない。 だがそれでも、明智の視線がどこに向けられているか、小林夫人には想像がついているらしい。いや、わかって当然だ。自分の取らされている格好と、明智のやってきたことを考えれば、わからないほうがおかしい。 しかし。もし仮に小林夫人が『明智は見たがっていた』と思っているのなら、それは明らかな誤解…とまでは言えないにしても、若干の誤解があることだけは事実。 ヘテロの男なら、誰もが女性の裸や陰部を見たいという願望を持っている。年端もいかない幼児でさえ、お医者さんごっこに興味を示すほどだから、女性の陰部を見たいと望まないような男は、もはや男を退役したとしか言えない。 その点、明智はまだまだ男の現役。ことに相手が魅力的な女性、それも見知らぬ人妻となれば、裸を見るだけでも目の保養になり、精液が一気に増益…違う、増液するというもの。ましてや裸どころか、陰部の隅々までつぶさに見られる状況ともなれば、その効果は計り知れない。 ただし。今に限ってだけは少し状況が違う。女性の陰部を見たい気持ちの強さなら、いわゆる“人後に落ちない”明智だが、月経が来ているときの女性の陰部など、本気で見たいと思ったことは一度もなかった。 現に今も、見えるから見ているだけに過ぎない…などと言えば、それは主体が誰であれ、一種の詭弁というものだろうが、そもそも一般的な美的感覚しか持たない者とって、月経中の女性の陰部、とりわけ生理用のパンティーまで汚したような陰部は、目の保養になるどころか、「汚らしく汚れている」としか言えない状態にあることくらい、明智にも容易に想像がついていた。 確かに明智の性的性向は、紛れもない変態である。ただそれでも、本来なら目の保養になる対象や、あるいは感動まで得られる対象物を、わざわざ汚れた状態に変えて喜ぶような変質的嗜好は持っていない。当然ながら、例えば文化遺産的な建造物に落書きをしたり、景勝の地をゴミで汚したりといった犯罪まがいの迷惑行為とは、まったく無縁の生き方を貫いてきた。 これまで明智が真に見たいと望んでいた対象は、心ならずも生理用のパンティーを経血で汚した女性……いや、もっと正確に表現するなら、そうした状態を異性の他人すなわち明智に見られて、羞恥の深淵に沈む女性の姿だったのである。 一方、小林夫人のほうにしても、心の底からそこまで見られたくないのなら、両脚を伸ばしてベッドに降ろせば見られなくなるものを、今はみずから両手で……というより、必死に膝を抱え込んでいるような状態だ。 おかげで…などという表現は甚だ不適切かも知れないが、明智にとっては、小林夫人の陰部と姫子のそれとの外観がどれほど違っているか、観察が容易におこなえる。 まず目立つのは、陰毛の濃さ…というより、毛の量の豊富さと、生えている範囲の広さだ。 姫子の場合、細くて縮れ方も少ない毛が、恥丘のせいぜい七割か八割ほどを覆っているだけに過ぎなかった。だから明智には、恥毛だの叢だのと呼ぶより、“飾り毛”と呼んでやるほうが適当に思えたものだった。 しかし、小林夫人の場合は、まったく趣が違う。まさに“ふさふさ状態”の下草は、毛足が長いと必然的に縮れ方も強くなるという説を、身をもって実証している観があるほどで、しかもたっぷりの脂肪を乗せた土手は言うに及ばす、上は臍と土手の中間部に近いあたりから、下は陰穴に近い場所まで覆い尽くしている。 次に目につくのが、大小の陰唇の見事な発達具合だ。ことに大陰唇は、誰もがその名称を“膨陰唇”と変えてやりたくなるほどに膨らんでいる。 スポーツ観戦が好きで、なにかとなにかに例えたがる青井盥なら、おそらく小林夫人の大陰唇をこんなふうに表現するだろう。 『近年の相撲界は“張り出し横綱”と“張り出し大関”が番付を賑わせているが、押しなべて品格に欠ける“横審”の委員連中がこの大陰唇を見れば、おそらく「富士満湖」とでも命名したうえで、横綱として推挙する筈であり、また番付編成会議では、満潮一致…いや、満場一致で、これを東の正横綱に据えることだろう。 なぜならそこにはマ○コ…違う、アンコ型の力士が裸足で…いや、フルチンで逃げ出すほどの脂肪が蓄えられているために、黒いマワシを想起させるほどの濃密な叢の中にあって、決してそこに埋もれてしまうことなく、堂々たる張り出しぶりを見せているからだ。』 姫子はどちらかというと筋肉質で、全身のどこをとっても、脂肪があまり付いていなかった。乳房や尻が小さかったのも、そしてまた大陰唇の膨らみ方が少なかったのも、すべての原因は脂肪のつきにくい体質にあったのではないかと、今の明智にはそんなふうに思われるほど、小林夫人が具えている“女の器官”は、どこもかしこもが量感たっぷりなのである。 もっとも、大相撲ファンを自称し、将来は横審のメンバー入りを狙っているらしい脚本家、“出しゃばり満子”こと内舘満子だけは、「腹が出ている男のチ○コならともかく、こんなに盛り上がったマ○コを見ても、女は誰も気分が盛り上がらないわよ」といった当然の横審…違う、横槍を入れることが充分に予想され、またそんな彼女の胸の内は、女の本性の見極めを得意とする男なら、誰もが容易に推察できるだろうが、その点はともかく。 眼前の陰部の仔細な観察を終えた今、すでに明智には、この家の夫婦の性癖が完璧に理解できたように思えた。 競輪旦那のほうは、ビールでほろ酔い加減になりながら、エロ写真を撮ったり眺めたりして興奮するタイプ。対する奥さんのほうは、自分が恥ずかしい行為をおこなっているという状況に、身も心も酔い痴れて興奮するタイプ。二人の性癖をそんなふうに理解すれば、この奥さんが白いバスタオルを準備した理由にも納得がいく……。明智は自分の理解に誤りはないと思った。 パンティーの赤い染みの記憶を、俺が先々まで勃起ネタに使うように、この奥さんも俺が帰った後、バスタオルにくっきりと生じるはずの赤い染みを、直ちにズリネタに使う予定でいた……。明智にはそうとしか考えられない。 なぜなら小林夫人の側に立って考えれば、明智の精力が強いかも知れないと推理する根拠さえ、まだなにひとつ得ていない。その点は、誰の目にも明らかな事実なのである。 濡れティッシュを手に取った明智は、努めて表情を柔らかくしてから口を開いた。 「さあ、きれいに拭いてあげますからね。じっとしているんですよ？」 優しく命じてから、ティッシュを尾骨のあたりに押し当て、陰穴の周辺までをていねいに拭いてやる。ティッシュを取り替え、鼠蹊部の汚れも拭ぐっていく。 濡れティッシュが使えることになった点を除けば、明智にとっては予定通りの行動だから、別に何の抵抗も感じない。 「ねえ…私が……ねえ…自分で……ねえ……こんなことまで……ねえ、恥ずかしい……」 ネエネエ奥さんの訴えは、もはや息も絶え絶えといったふうだが、対する明智は『聞く耳を持たない』という状態だ。 ただし、決して好きでやっているわけではない。月経奥さんが恥ずかしがっているから、羞恥心をさらに刺激してやることによって、最終的な行為で与える悦びを、いっそう高めてやるのが一番の目的だ。 せっかく貴重な話しを聞かせてくれるというのに。そしてまた、自分の希望がすでに八割方は満たせたからといって。おざなりの絶頂しか与えてやらないのでは、必ず月に一度は激しい欲求不満に陥るはずのこの奥さんばかりか、週に一度しか立たず、一度に一回しか出せないという競輪選手の旦那にも申し訳が立たない。そうした発想は、明智なりの矜持というものである。 《この辺も少し拭いてやるかな》 肉池のほとりを囲むように棲息する二枚貝も、かなり汚れが目立つ。他の所の汚れがまだ“新しい”感じだったのに対し、二枚貝の汚れ方は“付着している”とか“こびりついている”といった印象だ。 明智は濡れティッシュで挟むようにしながら、肉襞の汚れを拭き始めた。 「もう……そんなことまで……恥ずかしい……ねえ…ねえ……恥ずかしい……」 《恥ずかしいのが好きなんでしょう？》 暗愚な脳味噌にも、まだ理性は残っているらしい。 絶対に言ってはならない台詞を胸にたたみ込んだまま、まるで折りたたまれたような肉襞を、一枚ずつていねいに拭いていく。 《これはサービス。これこそオマケだ、なんちゃって》 明智は軟化した…いや、腐りかけた脳味噌で、そこそこ気の利いた駄洒落を思い浮かべながら、軟らかな肉襞を拭く動作を、やわやわと揉み込む動作に変えた。 「あ…あ〜ん……あ〜ん……」 肉襞に強い刺激を与えられた月経奥さんは、声を上げながら身を揉むようにして悶える。そして悶えるたびに、白い肌はますます紅潮の度合いを増し、汗腺の働きもさらに活発になっていく。 「ねえ…ねえ……あ〜ん…ねえ…あ〜ん……もう……ねえ…ねえ……」 肉襞を揉み続けられた月経奥さんは、汗まみれ奥さんとオネダリ奥さんの一人二役状態に変化を遂げた。 《肉襞のシャブシャブか……》 明智の指先に伝わってくる感触は、厚切りにした牛タンや豚のハツ、すなわち心臓を思わせるほどにプリプリ。充血がもたらした肥厚を割り引いて考えても、男の食欲…いや、色欲をそそるのに充分な感触だ。 もちろん小林夫人は三十歳を過ぎた大人。昔ふうに言えば…というか、江戸時代の男に言わせれば大年増。年端もいかない子供ではないから、肉襞の色はそれなりに濃い。周辺の肌が白い分、なおさら色素の沈着が目立つ。 だが、明智も子供ではない。成人した女性の肉襞の色に、過大な…違う、妄想にも等しい期待を抱くようなアンポンタンとは違う。 姫子との新婚初夜においても、はなからそんな妄想は抱いていなかったから、初めて新妻の“姫貝”と対面したときの感想は「これをご馳走と言わなければ、世の中にご馳走なんてものは存在しない」でしかなかった。 だからもし小林夫人が月経を迎えていなければ、明智は当初の予定を変更してでも、ただちに肉襞のシャブシャブをご馳走になるところだろう。そしていよいよ小林夫人が堪忍袋ならぬ『オネダリ袋』の緒を切りそうになったら、弾切れを起こすまで何度となく実弾を撃ち込むことで、内舘満子…違う、小林夫人の欲求不満を解消してやろうと努める筈だ。 |
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| 2008.7.19掲載 |
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