▼ 其の四の『赤と黄のサインを見落すな』が終わった。 （ふう） 頭の中の熱気を鼻から逃がし、レモンサワーで喉の渇きを癒す。 新しいタバコに火をつけ、御手洗盥が『子飼いの亀』と称した我が息子‥‥というより、子供じみた倅の興奮を鎮めてから続きを読む。次は其の五の『興奮は脳味噌の変質を招く』だ。 ▽ 明智大五郎が何度もティッシュを取り替えているうちに、白い山がみっつ出来上がった。 山のひとつはティッシュの山。場所は月経奥さんの尻の横だ。白い山のあちこちを染めている真っ赤な色や薄い赤色は、まるで雪山に散らした紅葉や桜のようにも見える。 残るふたつの山は、左右対称形の双子山。日に当たる機会が少ないせいか、小林夫人の尻は本当に白い。かなりの紅潮を見せてはいても、明智の目にはまばゆいばかりの白さだ。 もし青井盥がこの状況を見れば『月見る月が多い人は多くても、月経血の多い日にケツや股を見せる女は少なく、またそれを多くのティッシュで拭いた後、巨大な月見団子のような白いケツを見る男も少ないだろう』などと、至極当然の文章を日記に綴るかも知れない。 だが、たとえ仮に彼の書いた日記が公開されたとしても、そうした記述を読んで肉棒をしごくというか、センズリをかくような男は明智大五郎くらいのものだろう。 そしたまたもし仮に明智の脳味噌が、息子の頭に血液を奪われていない状態なら、頭蓋骨の中で、鼻歌まじりにこんなことを考えるに違いない。 『♪眩しい〜白で〜す〜ブルーデーです〜……じゃ、ナプキンのＣＭソングにもならないな。これは俺の頭がダイヤのように固い証拠、なんちゃって』 「ねえ…まだ？」 誰に言わせても、まだと言えばまだだ。ことに肉壷と陰穴を結ぶ会陰一帯は、どれだけ拭き続けてもきれいにはならない。 なにしろ“欲求不満奥さん”は経血以外にも…というより、経血よりずっと多くの体液を、まさに垂れ流しているような状態。ティッシュを染める色の薄さで両者の比率を推測すれば、おそらく経血は一割にも満たないだろう。 しかし株式相場の格言に従えば、マダはモウなりだ。もうそろそろブロワーを使ってやったほうがいい…というより、明智自身、使いたくて仕方がない心境に陥っている。 なにしろ幸運なことに、チェストから発見したブロワーは、明智が期待していた通りの形状。鑑識課の捜査員も指紋採取などに用いるブロワーと違い、ノズルの先端に刷毛がついているタイプではなかったのだ。 明智はティッシュの山を屑篭に押し込むと、右手に黒いブロワーを握った。そして今度は小林夫人の白い尻の右脇に腰を据えた。 《どれ》 左の親指と人差指を、恥毛が絡まるほど密集している場所の、そのすぐ下に差し向け、肉襞の上端をぐいと広げた。 「あっ…」 慌てたような声を発したものの、欲求不満奥さんには抗う素振りが見えない。体勢にも変化は生じていない。瞼をきつく閉じたまま、相変わらず両膝を胸にしっかり抱えている状態だ。 明智は肉襞の狭間から姿を現した恥豆に、眼の焦点を合わせた。 《ほう…やっぱり青井盥の説は正しいのかな》 網膜に映った恥豆の大きさは、明智の想像を遥かに超えていた。姫子の恥豆と体積を比べれば、優に二倍以上はありそうに見える。恥豆の包皮にしても、かなりの厚みを見せている。 姫子のあれをサクランボの皮に見立てたとしたら……そう、この奥さんのこれは、キンカンの皮に例えられるかも……。そんな具合に両者の比較…というより、両皮の厚み比較まで終えた明智は、視線を左に移動させた。そして網膜に乳首を映し出すと、今度は脳膜の上で、記憶の中にある姫子の乳首と並べてみた。 《やっぱりな》 乳首も姫子のほうがずっと小さかった。 姫子のあれが小豆…いや、実際はそんなに小さくなかったから……そう、仮に小粒の大豆だったとすれば、この奥さんのこれは、大粒の大豆…というより、色的にも形的にも、インゲン豆に他ならないってところだ……。明智は小林夫人の乳首を脳膜に焼付ける過程で、インゲン豆の代表的な品種を思い出したというか、姫子がよく煮豆にしてくれた赤褐色の金時豆を思い浮かべながら、そんな印象を強く抱いた。 《そうなるとだ》 次は豆の硬さを調べてみたほうがいいか……。もしこの奥さんの豆のほうが軟らかいようなら、青井盥の新説のひとつというか……確か『恥豆の大きさは乳首の大きさに正比例し、包皮の厚みもまたその大きさに正比例するが、恥豆の硬さだけは大きさと反比例の関係にあり、それらは性体験の多少や出産経験の有無によって左右されない』とかいう説は、少なくても完全否定できないことになる理屈なんだから……。 明智の脳味噌は、久々に理屈っぽいことを考えた……というより、脳味噌というのは、どれだけ変質が進もうとも、どうでもいいことだけは考えられる証拠だと、そんなふうに考えるほうが適当だろう。 そもそも仮に、いくら明智の脳味噌が正常な状態を保っていたとしても、あいにく今や明智が脳味噌のどこをどれだけ掻き混ぜても、姫子の恥豆の硬さを正確に思い出すのは無理だ。 そこで、硬さを調べるのは後回し…というより、同じ触るなら、完全に勃起させてからのほうが望ましいと考え直した明智は、当初の予定通り“事”を運ぶことに決めた。 現状はまだ皮を被った状態というか、俗に“核芯”とも呼ばれる豆の芯が頭を覗かせているだけだから、完全な勃起を遂げたとは限らない。そうした判断が…いや、興味本位の思考が、明智に考え直しをさせたのである。 明智はブロワーのノズルの先を恥豆に向け、ゴムの楕円球を軽く握ってみた。 「あやっ…」 当人は「あ、いや」と言いたかったらしい。 だが、いやではなかった証拠に……なるかどうかは微妙だが、パンティーを絡めたままの両膝をさらにきつく抱いただけ…いや、抱えた両膝も左右に振った。腰が振れる状態なら腰も振り、明智が子供の頃に大流行した『ツイスト』を踊ってくれたことだろう。 そうすれば明智も今度はそのお礼として、『京橋セラミックス』の社長の御曹司だという歌手、瀬良正範が唄うバラードを元に、こんな替え歌を頭の中で唄うかも知れない。 『♪あんたの下げ〜た〜汚れたパンティ〜、今さら穿け〜とは〜言わな〜いよ〜』 誰が小林夫人のパンティーを下げたのか、今ではもうすっかり忘れているような状態だから、そんな歌詞になるのだ…というよりも、それほどまでに今の明智は、ブロワーの捜査…違う、操作に夢中なのである。 《さあ、もう一度だ》 恥豆に向けて、今度はギュッと握ってやることにした。 「ん〜ん……」 いかにも『せつないほどの気持ち良さ』といった感じの呻きが、明智の鼓膜を心地良く震わせてきた。 《こういうのを、耳の中が洗われるような気分……なんてことは、やっぱり普通、言わないよな》 その通り。普通の男なら言わない。そんなことを言うのは、青井盥くらいなものだ。現に彼の小説には、金髪の人妻の汚濁した尻音を、浣腸によって引き出すことに成功した男の感想として、そうした記述がなされていた。 《でもまあ、気分はそんな感じだから》 欲望の赴くままに実行するのみ。今の明智の心境を端的に表現すれば、そんな感じである。 姫子を亡くして以来、明智が最も不満に思っているのは、膝枕で耳掃除をしてもらう機会が失われたこと。セックスができなくても、射精の快感だけならセンズリでも味わえるのに対し、膝枕による耳掻きの快さというのは、自分ひとりでは生み出せない。例えてみれば、独りきりの食事が味気ないのと一緒だ。 そこで、しばらくこの欲求不満奥さんに、耳の穴をきれいにしてもらうことに決めた。 《俺のほうは、先に尻の穴まで拭いてやったんだから》 屁理屈を利己主義で塗り固めれば、少しも遠慮はいらないという結論しか出ない反面、耳掃除の知恵が湧き上がるように出てくる。 耳掃除をしてもらうためには、ゴム球を素早く且つ連続的に握ったほうが効果的。一般の掃除機にしても、排気口から出る風が弱くて断続的では頼りにならない。そうした計算と経験を支えに、明智は耳掃除を始めた。 「あっあっ、あっあっ、ん〜ん……いや、恥ずかしい……あ〜ん…だめ…だめよ……こんなの、恥ずかしい……あっあ〜ん…ねえ……いや、だめ……恥ずかしい……」 この奥さんは実に器用だ。苦しげな息の合間を縫うようにして、心にもないことを本音に混ぜ込むという至難の技が使える。その技の冴え渡り具合は、まるで敵から拷問を受けているときのスパイも顔負け。「恥ずかしい」という言葉に嘘偽りがなくても、「いや」と「だめ」に関しては、嘘っぱちに過ぎない。明智の鼓膜はそんなふうに決めつけた。 ただ、今の状況を見れば、あながち『決めつけ』とも決めつけきれない。状況証拠とはいえ、歴然といっても問題のなさそうな証拠がふたつもある。 ひとつは、奥さんが膝を大きく広げたこと。パンティーが絡まっていなければ、左右の腿を一直線にさえしかねないだろう。それを「ブロワーから吹き出される風を存分に受けたいため」と手前勝手に受け取れば、充分な証拠と判断できる。 ふたつめは、恥豆の皮が剥け始めていること。明智でなくても……いや、青井盥なら確実に『それが証拠でないのなら、ゲンノショウコが下痢止めや健胃に効く証拠など存在しない』と断言する。 「あ〜ん…探偵さん……ねえ…ねえ……探偵さ〜ん……」 哀訴とも哀願とも呼べそうな呼びかけに、明智はようやくゴム球を潰す手を止めた。 理由は他でもない…が、少し長い。青井盥も、時として極端に長い文章を書く……などということはともかく。 つまり。普段から哀訴…違う、愛想がいいと思わせるのに充分な態度の小林夫人の、その恥豆の皮というか、姫子が供してくれた豆類の中でも、特に明智が哀願…違う、愛玩してやまなかった恥豆より、もっと大きな恥豆の皮が、ほとんど剥けてしまったからだ。 もちろん明智が強い風を向けたせいではない。いや、それも確かに一因であり、明智のやったことに起因しているのは確かだが、豆の芯がますます熱を持ってきて膨張し、みずから脱皮を遂げただけの話しである。 青井盥の小説には、『超大型扇風機の強風で女のスカートをめくることは可能でも、下着まで脱がせることは不可能。しかし盥に満杯の水、すなわち満盥の水を大雨のように降らせてやれば、どんな女も自分から裸になる』という教訓を織り込んだ寓話も登場していた。 寓話の題名は『強風と大雨』。もちろんあの『北風と太陽』のパロディーなのだが、明智がおこなった耳掃除…いや、明智が夢中になって熱中した行為と、この奥さんの示した反応は、そうした寓話の教えの正しさを証明してくれたようなものだ。 「ねえ…探偵さ〜ん……探偵さんてば〜……」 欲求不満夫人は、満開状態に広げた両脚を宙で揺らしながら、しきりと呼びかけている。その顔は紅潮を通り過ぎて“真っ赤”。皮を脱ぎ去った恥豆の核芯と、赤色の濃さを競っているような状態。 いよいよ欲情が燃え上がってきたらしい。明智はそう睨んだ。 欲情の急速な高まりを窺わせる徴候は、なにも恥豆の脱皮状況や呼びかけの頻度だけに限ったものではない……。明智の脳膜は、そんな文学的な考察までも加え始めた。 天然の『赤メノウ』を思わせるほど核芯を充血させた陰核から、わずか数センチ視線を下げれば、そこには酒池肉林ならぬ朱血肉池が、地の底からこんこんと淫水を湧かせて会陰に溢れさせているばかりか、ふたつ切りにされたパパイヤや大口を開けたアンコウにも似た股貝は、くねくねとその軟らかな剥き身を悶えさせながら、菊模様がくっきりと刻み込まれた陰門までしとどに濡らすだけでは飽き足らず、バスタオルをオシメと勘違いでもしているかのように、ぐっしょりと濡らしている様子が見て取れるのだ……などと、青井盥の文章を真似ようとしても、文才のない明智には無理だ。 無理を承知で明智がやってみた動機は、息子の動悸を鎮め、高熱を少しでも下げてやろうとしたため。今でさえ鼻水を垂らしているような状態だというのに、これ以上熱が上がったら、脳髄まで迸らせる事態を招きかねないからだ。 タバコを吸ってニコチンとタールを与えれば、息子を癒せる。そのことは江ロ秀雄も『ケツをまくる変態たち』の解説で書いていた。 だが、明智はタバコを切らしてしまった。チェストの上に置かれているタバコを吸うのではうまくない。事後の一服より遥かにまずいのは当然として、極めて好ましくない状況が出現する。 小林大太郎の記憶力がよほど鈍かったり、注意力が散漫でない限り、『誰かが封を切って吸った』ことに気づかないわけもない。明智の推理力や洞察力を云々する以前の問題だ。 亀の脳髄の吸い出しを委ねた美女が、それをゴクンと飲み下してくれたとき、その人物の喉元で、見事な喉仏が上下するのに気づくというのも、ヘテロの男にとってはかなりショックなものだが、寝室に置いておいた新しいタバコを、誰かが吸ったことに気づいたときの、その亭主のショックの大きさは、まさしく『いかばかり』のことかと思われ、浮気にせよ犯罪にせよ、現場に残した吸殻から足がつくことも多いという事実を知っており、イカやタコの足の本数や、吸盤は手にくっつくという知識を常識として持つ男までが、陰茎の勃起を鎮めるだけの目的で吸殻を残すようなら、世の男性喫煙者たちは全員が全員『タコばかり』ということになってしまい、寿司を握る機械まで登場し始めた昨今、大方の寿司職人はイカに触る機会さえ失うだろう……と、明智も青井盥の文章を無理やり且つ強引に真似てみたら、ようやく息子の熱が少し引いた。 やはり青井盥も書いていた通り、少しでも難しい考え事をすれば、ある程度は息子の血液を親の脳味噌に“移血”させられるものだ。 ▼ （熱っ！） 火のついたタバコを、無駄に指に挟んでいたせいで、危うく火傷しそうになった。 住宅火災の１番の原因が“寝タバコ”だと知って以来、寝床の中では絶対にタバコを吸わなくなった俺が、“読みタバコ”というか“挟みタバコ”というか‥‥読書中の“持ちタバコ”で指を火傷するようでは情けない。御手洗盥が造った『移血』のように、今の状況を的確に表す単語さえ造れないこと以上に、その情けなさが恥ずかしい。 （でもまあな） 火傷にまでは至らなかった。不出来な限りの造語にしても、誰に対して口にしたわけではない。そこに救いを求めながら、火傷しそうになったという事実を、短いタバコと一緒に灰皿で揉み消し、新しいタバコに火をつける。 （ふう…） 煙を吐き出しながら、倅に溜まっていた血液が脳味噌に移動したのを実感。“火傷未遂事故”もまた“移血”の一助になったというか、『禍い転じて福となす』を元に、『禍い生じて福と化す』という新しい諺が創作できたことに自己満足しつつ、先を読み進める。 |
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| 2008.9.20掲載 |
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