赤と黄に彩られた棋譜

《これもまあ、何だ…というか、まいったね》
　俺がこの奥さんにやろうとしてるのは、天国で双子の娘のほうに、オシッコをさせるための練習だ……とでも思わなかったら、俺にはとてもこんな変態行為はできないよな……。
　この期に及んでも、まだ己の変態性の高さを認めようとしない明智は、おそらく死ぬまで自覚できない……というより、死んでも自覚しない可能性が高い。もし明智にそれを渋々でも認める機会があるとすれば、それは死後に閻魔様から「認めなければ舌を抜くぞ。舌を抜かれたら、たとえ天国へ行けたとしても、姫子に乳輪大車輪をやってやれなくなるし、肉襞のシャブシャブもご馳走になれなくなるんだぞ」といった説得を受けたときだけだろう。

　頭蓋の中を欺瞞で満たし終えた明智は、膀胱満タン奥さんを背後から抱き上げ、両腕でその膝を広げさせると、ベッドの端まで移動して腰を掛ける体勢になった。

「ねえ…こんなの…恥ずかしい……」
《それは…まあ、ねえ…》
　明智も気持ちはわかる。変態でなくても、普通は誰でもわかる。

　膀胱満タン奥さんが明智に取らされた体勢は、親の手に抱かれながら排尿する幼い女児の格好そのもの。しかも溲瓶代わりのビアマグを自分で持って使わされるばかりか、陰穴にはブロワーがまだ挿入されたままの状態なのだ。
　これで羞恥を覚えないような女性が、もし青井盥の小説に登場すれば、おそらくその女性は相手の男から「顔を洗って出直す前に、穴という穴を便所掃除のブラシで洗え」とでも罵られるだろう。

《ただ、そう言われてもな……》
　俺の両手も塞がってるから、抜いてやるのは難しいし、この奥さんに自分で抜かせるほうが楽しそうだ……ということは……。明智の頭蓋を占める『ヒールの泡の集合体』は、優しさまで失った代わりに、おためごかしの台詞を手に入れた。

「お尻に刺さってるブロワーが気になるようなら、自分で抜いてくれてもいいですよ」
　明智に促されるような形で、膀胱満タン奥さんが右手に持ったビアマグ…ではなく、なにも持っていないほうの左手を股間の奥に差し向けた。
　普段であれば…というか、例えば普通にトイレで尻を拭くようなときなら、小林夫人も手を尻の脇から回して陰穴に向かわせるのだろうが、今は腋の下に明智の腕を抱え込まされている格好だから、それでは目的が果たせないのだ。

「ああ…変な感じ……」
「変な感じは、何度か繰り返しているうちに気持ちが良くなる予兆なんです。初潮が来たときも、その前から変な感じがしてたでしょう。それと一緒ですよ」
　いったいどこが一緒なのか。明智の変質した脳味噌は、ふたつの話しの間に何の関連性もないことにさえ気づかない。青井盥の小説の“毒”に侵され、『急性駄洒落中毒』に陥った結果、予兆と初潮の語呂合わせを思いついただけだ。

「試しに、そのまましばらく動かしてみたらどうですか。さっきの練習の成果が表れるかも知れませんよ？」
　明智の馬鹿げた提案…いや、変態ならではの“からかい”に対し、膀胱満タン奥さんは即座に『いやいや』で応じてきた。幼児がよく見せる仕草、首を左右に振る動作だ。

《ということは…なるほど》
　この格好でビアマグを溲瓶代わりに使う姿なら見せられても、ブロワーやビール瓶を使った『アナルマスターベーション』を旦那に見せてやる日は来ないかも……。俺がいくら手を貸してやっても、ふたりがアナルセックスに至る道のりは遠そうだ……。明智は小林夫妻の将来に思いを馳せた。
　ただ所詮はビールの泡の集合体が、泡潰し…いや、暇潰しに考えたことだから、論理的な考察とは程遠い。

「あ…」
　膀胱満タン奥さんが、微かな声を発した。それを聴けば、頭髪の抜け具合など比較にならないほど、すっかり頭が抜けきってしまった状態の明智でも、事態の進捗状況を把握できる。

「抜けたんですね？」
「……うん……」
「ちょっと見せてもらえますか」
「でも…もう下に落ちちゃったから……」
　小林夫人が答え終わるのと、床でゴム球の弾む音を明智の鼓膜が拾うのとが、ほぼ同時だった。
　もちろんいくら明智の脳味噌が変質したからといって、ブロワーを慌てて手放した小林夫人の心理が推し量れなかったりするほど、まだ腐りきってはいない。

《きっと汚れや臭いを心配したんだろう》
　ノズルも含め、ブロワーの色は黒だが、ノズルに塗りたくった軟膏は白色。そこに赤や黄色の汚れが付着すれば目立つ。ことに黄色い汚れというのは、たとえ僅かな量でも悪臭を放つ。だから小林夫人は、それを明智の目に触れさせることもしなかったと判断してまちがいない。

「ジョッキは？」
「ちょっと待って……」
　明智に促されて、小林夫人の左腕は、右腕にその場所を譲った。

「………当てました……」
　互いの体勢上、明智からは死角になっているが、小林夫人が右手に持ったビアマグは、蓋の開いた状態で陰部にくっつけられた格好だ。
　もっとも、ビアマグの蓋はほとんど『マン隠し』の役に立っていない。蓋は把手のほうに向けて上がるから『土手隠し』の役目しか果たさないのである。

「それなら、早くオシッコを済ませましょう」
　明智は耳を澄ませた。

　男と女とでは、尿道の長さに大きな差がある。そしてその差は、日常における放水や漏水といった場面で、様々な違いを生み出す。

　男性の場合、排水口の先にホースを繋げてあるようなものだから、ホースが放水の役にしか立たなくなるにつれて……というか、ある程度の年齢を過ぎると、ホースの長短にかかわらず、排水開始までの準備時間が長くなる。また排水が始まっても、そこには往年の“勢い”といったものが失われ、事後の水切れも極端に悪くなる。
　そうした徴候が進むとどうなるか。すでに経験しまくっている男性なら百も承知だろうが、『ケツをまくる変態たち』の解説を書いた江ロ秀雄がそうであるらしいように、排水後にホースを何度となく振り回し、充分に水を切ったつもりでも、ホースをパンツに格納した直後、ひと目でそれとわかる惨めな染みを、ズボンの内腿から膝にかけた一帯まで広げるような事態を、頻繁に迎えることになるのだ。

　一方、女性の場合は、排水口がほぼ剥き出しの状態。従って、まだ老衰が始まる前というか、老年と呼ぶにはまだまだ若すぎる女性でさえ、しばしば漏水を起こしてしまったり、いったん排水口を開けたら最後、容易に勢いを弱められなかったりするのは、括約筋の衰えが原因というより、ホースの継ぎ足しがないことに起因していると言ったほうが、女性の名誉のためにも適切だろう。

　翻って、小林夫人の尿道口からビアマグの底までの距離は、それなりに離れている。その距離の長さは、明智のホースの長さよりずっと長い。おまけに小林夫人は現在、急性的な膀胱満タン奥さん。だから放水が始まれば、確実に音が聴こえてくるはずなのだ……が、まだ明智には聴こえてこない。
　これは明智の耳の、穴から鼓膜までの距離が長すぎるせいだ……などということは有り得ない。単に膀胱満タン奥さんが、まだオシッコの穴を広げていないというか、オシッコを始めていないというか、容易に始められないからに決まっている。
　始められない理由にしても、『恥ずかしいから』に決まっている。それくらいのことは、誰でも容易に推察できて当然。そんな簡単なことがわからないのは、今の明智くらいなものだ。

《角度の問題かな……》
　確かに一般論で言えば、そういう可能性も考えられないことはない。グラスにビールをそそぐときにしても、グラスを傾けておくと音も泡も立ちにくい。

《どうするか…》
　テレビだろうと何だろうと、音が聴こえないようではつまらない。この奥さんに対しても、チョビチョビ出す苦労をかけ続けるだけで、大して恥ずかしい思いをさせてやれない。何らかの対策を講じなければならない……。すっかり変質した明智の脳味噌は、思考自体が独善的かつ加虐的になっていく一方だ。

《明智光秀じゃないが、鳴らぬなら、鳴らせてみせよう小便の音だ》
　俺がこの奥さんの両脚をもっと引きつけてやれば、膀胱を押してやるのと一緒だから、小便の勢いが増して、ジョボジョボという音が聴こえてくる筈……。明智はそうした加虐的…違う、科学的な考察に基づく解決策を、ただちに実行に移した。

「あっ…」
　小林夫人が慌てたような声を発した。水道の蛇口が開いたせいではない。空気を大量に送り込まれた腸管が不意の圧迫を受け、ついガス栓が緩んでしまったためだ。
　とはいえ無論、音のない風を放っただけなら、小林夫人も慌てるようなことはなかっただろう。いや、たとえ今のように風音が立っても、明智と身体を接しているような状況でなければ、ほとんど気にも留めないかも知れない。今の風音はそれほどまでに小さかった。

　しかしあいにく明智は、耳を澄ませていた。聴覚に全神経を傾けてもいたから、予期せぬ音…というより、予想とは違う種類の音ではあったものの、小林夫人が洩らした小さな風音を、明智の鼓膜は細大漏らさず最大音量として拾った。そしてビールの泡の集合体は、鼓膜を震わせたその音色を『缶ビールのプルトップを開けたときのような音、もしくは鼓膜にプスッと穴を開けられたときの音』と分析した。

　相手が成熟した大人の女性で、年齢相応の羞恥心を具えてくれているのなら、陰部のどこから発せられるどんな音だろうと、明智にとっては大歓迎。耳が洗われる…というより、耳掻きの最後に息を吹きかけてもらうときのように、極めて好ましい想いを抱くだけだ。もちろん鼓膜に穴が空いたときと違い、ぼんやりしたような感覚も発生しない。つまり、セックスの際に聴ける喘ぎ声や呻き声と、少しも変わる所はないのである。
　となれば、もっと聴きたくなるのが人情…のわけはなく、変態の欲というもの。

《どれ、もう一度》
　明智は抱きかかえている膀胱満タン奥さんの膝の間隔を狭め、さらに強く引きつけていく…までのこともなかった。

「いや…汚い音……」
　強制漏水にも等しい放水の前に、再びガス漏れを起こした小林夫人は、真っ赤に染まった首を左右に振りながら、嘆きを言葉にして洩らした。
　小林夫人の感想に、明智も同感を覚え、同感は同時に深い感動をもたらした。今の風音は、軟膏を肛門管の隅々まで塗り広げた効果かどうか、一発目とまったく音色が異なっていたからである。

　今や最早、簡単な英単語の綴りさえおぼつかない明智が、敢えて英語で音色の違いを表現しようと試みれば、一発目が『ライトなｐｕｓｈ』だったのに対し、二発目は『ヘビーなｂｏｏｉｎｇ』といったところになるだろう。

　もっとも青井盥なら、へたな英語など使わずに、『今の音色の屁美ーさは、ケツから一番の“ブビビー賞”にも値するだろう』くらいのことを書く…いや、『ケツをまくる変態たち』の中で、確かにそう書いていた。

　もちろんそのことは、明智の脳味噌にも刻まれている。書いてあった場面にしても、そこに登場していた人物にしても、さらにはそこへ至る物語の運びについても、脳細胞がビールの泡の集合体に変化していなければ、はっきり思い出せるに違いない。

　物語の筋は単純だった。人気プロレスラーの山脇元司こと和泉元司が、さっぱり売れない女優というか、ようやく熟れ始めた肉体を売って稼ぐしか、他に道が残されていなかった大根役者の宇野晶紀を好きになり、取りあえず一発やる。やってみたところ、晶紀が処女だったことに感激し、結婚を決意する。

　初めて処女と巡りあえたのを機に、身を固めることを決めたまでは良かった。熟れ始めたばかりの晶紀の肉体が、それでも元司の未熟な性技に応え、本気で悩ましい反応を見せてくれる点が、なによりも元司の息子を満足させてくれた。
　だが、結婚式が近づくにつれ、元司は晶紀の“もうひとつの処女”も欲しくなり、どうしたものか思い悩む。根っからの“ベビーフェイス”である元司には、それを自分から切り出すだけの度胸どころか、アナルセックスの経験自体がなかった……という人物設定ならではの物語の運びである。

　そこに救いの手を差し伸べたのが、年の離れた姉の世津子。最愛の弟の元司のない姿…違う、元気のない姿を見て、相談に乗ってやる。
　世津子は元女子プロレスラーで、現役時代は『ダーティー節子』のリングネーム通りヒール役に徹していたから、なにか事が起きたときには、率先して“汚れ役”を引き受けることも多く、ましてや元治の不始末の尻拭いにはすっかり慣れっこ……という人物設定に基づく筋書きだ。

　そして迎えた結婚式の当日の夜、盛大な披露宴を催したホテルのスイートルーム。めでたく新婦となった晶紀が、新郎の元司から「先に一人で風呂へ」と勧められ、浴室へ入っていくと、そこで待っていたのは義姉の世津子。
　驚きのあまり声も出ず、裸の胸と股を手で隠すことしかできない晶紀に向かって、世津子はこんな台詞を吐く。
『今夜は、あなたにもうひとつ残っているはずの処女も、彼にプレゼントしてあげてほしいの。もしそれが嫌だって言うなら、悪いけど私はあなたを妹として認めないし、うちの親戚たちも、あなたやあなたの家族とは、いっさい親戚付き合いをしないと思ってちょうだい』

　もうひとつの処女。晶紀はその意味を即座に理解したものの、もちろん肛門を使った性交への抵抗感は、容易にぬぐえないほど強かった…という“ありきたり”ながらも、読者を納得させるためには当然でしかない設定。しかし、夫の姉や親戚に無視される結婚生活のほうが、もっと嫌だった晶紀としては、「わかりました。約束します」と答えるしかなかった…という具合に、読者の期待を裏切ることなく物語は進み、まず世津子がいちじく浣腸を施す。

　そのときの世津子が、晶紀を説得した台詞はこんな具合。
『元司さんの場合、お尻の中に出した後は、必ず前のほうにも入れるようなんだけど、あなただって、ババッチーあれを、あそこに入れてほしくなんかないでしょう？　だから前もって、浣腸でお尻の奥まできれいにしておくほうがいいのよ』

　そして晶紀が便意を催し始めると、今度はこんな台詞で、浴室での排便を強要する。
『ぎりぎりまで我慢してから出さないと、元司さんに入れてもらってるときに、また出したくなってきちゃうの。でも私と一緒にここにいれば、あなたも我慢しやすいじゃない？　大丈夫よ。あなたが我慢できなくなって、排水口の上でしゃがんだら、私はここから出ていくし、次にあなたが呼ぶまで入ってこないから』

　募る便意を堪らえきれなくなった晶紀が、蓋の外された排水口の上で腰を落すと、世津子は約束どおり浴室を出ていく。そこで晶紀は、安心して…いられるような状況でないのは当然としても、とにかく肛門を緩めることができた…という展開になるのだが、問題のシーンが登場するのはその後。
　浴室に戻ってきた世津子が、今度はこんなことを言い出す。
『あなたのお尻の穴がどれくらい広がるのか、私には調べてみる方法もないし、今もどれくらいの太さのやつが出せたのか、見てなかったじゃない？　だからもしかしたら、元司さんに入れてもらったとき、すごく痛い思いをするかも知れないし、そんなことにでもなったら大変だから、事前に穴の通りを良くしておきましょう』

　穴の通りを良くする方法といっても、所詮は青井盥がひねり出したアイデアだから、それほど大したことはない。肛門の奥までワセリンをたっぷり塗られ、息も絶え絶えといったふうになった後、ふたつに折ったバナナを何本も挿入され、それを世津子の立会いの下、空気浣腸の助けも借りてすべてひり出すといった行為を、単純に繰り返すだけの話しだ。

　そしていよいよ晶紀が、最終関門とも言える極太バナナ、それもまだ皮が青いバナナを、肛門から次々に…というか、直腸の赤い粘膜さえ覗かせるようにしながら排出していく場面。
　途中まではどうにか排出できていた晶紀も、最後のほうになると、どうにもバナナを押し出せなくなってしまう。すると世津子が、助け舟を出すような形で晶紀にプロレス技を仕掛ける。
　晶紀が掛けられた技は“海老固め”。すなわち両脚を世津子の脇に抱え込まれるというか、早い話しが『逆屈曲位』とも呼べそうな体勢を取らされるのだ。

　尻を天井に向けたような格好で、しかもその目と鼻の先…というより、満開状態の陽穴と陰穴のほぼ真上には世津子の顔があり、その距離は三十センチほどしかないとはいえ、身体をふたつにたたまれていれば、強く息むのには絶好の体勢。
　晶紀は激しい羞恥に耐え、堪らないほどの屈辱感と闘いながら、バナナをすべて排出するために、なおも懸命に息み続けるのだが、最後の一本を全力で押し出したときには、事前に施された空気浣腸のせいで、肛門から豪快な破裂音を轟かせた後、鈍い音を長々と且つ力なく響かせてしまう。

　結果、晶紀は今の小林夫人と同じように「いや…汚い音……」と呟き、大粒の涙をこぼし始める……といった場面で、青井盥はこんなふうに書いた。

『晶紀が長々と放った音色の屁美ーさは、ケツから一番の“ブビビー賞”にも値するだろう。しかし、晶紀の義姉となった和泉世津子……二十歳前に両親を亡くしたために、四十代の半ばを超えてもなお和泉家の大黒柱としてプロレスのリングに上がり続け、今や結婚さえ諦めた五十路の世津子にとって貴重なのは、汚れきっていてもなお美しいブビビー賞より、大根役者だった晶紀が初めてこぼした大粒の涙。
　重量的には、ほんの数グラミ…違う、数グラムに過ぎないとしても、それが決して演技ではないことを思えば、和泉家の発展に向けて、これこそグラミー賞や、大粒のダイヤで飾られたファッションリング以上の価値があると言えるだろう。』

　初めて“盥の世界”に浸った明智大五郎は、その箇所で最初に抜いた…といっても、もちろんブビビー賞の価値説明がなされている所ではなく、晶紀が屁美ーな尻音を力なく響かせる場面であったことは、敢えて説明の必要もないだろうが、とにかくそこで明智は息子に精を放たせたのだ。
　そうした自己の初体験場面を、生来は記憶力に優れた明智が、そうそう簡単に忘れるわけもない。そしてまた当然のことながら、脳味噌が平常の状態を保っていれば、恥ずかしさのあまり嗚咽まで洩らし始めた晶紀に、世津子がかけた慰めの言葉、すなわちこんな内容の台詞も容易に思い出せるというもの。

『心配いらないわ。元司さんなら、今みたいな音を必ず気に入ってくれるはずよ。晶紀ちゃんは恥ずかしいでしょうし、きっとまた泣いちゃうと思うけど、今みたいな音をたくさん聴かせてあげれば、元司さんは晶紀ちゃんをもっともっと好きになって、晶紀ちゃんと何度でもセックスしたくなって、晶紀ちゃんの虜になるわ。
　だからこれからは、一日も早く和泉家の跡継ぎが生まれるように、焼き芋でも何でも、とにかくおなかにガスが溜まる物をたくさん食べてちょうだい。そしてベッドに入る前は、いちじくの一個でもいいから、自分でお尻に入れておくようにしてほしいの。
　仮にガスと一緒に実が出ちゃったとしても、元司さんに嫌われることなんか絶対にないわ。だって当人に自覚はないんだけど、元司さんは根っからの変態で、十代の頃までは、家に私の友だちが来てトイレに入ると、必ずドアの外でオチンチンを立てながら、聞き耳を立てていたほどなんだから』

　そこまで思い出せれば、ガス漏れ奥さんを慰めてやる台詞くらい、明智なら声帯の上に簡単に並べられる。例えばこんな具合だ。
『きっとご主人なら、今みたいな音を気に入ってくれますよ。奥さんはお料理も得意でしょうから、これからはサツマイモやゴボウや豆を使った料理もせっせと食べて、ご主人の前で、今みたいな音を聴かせてあげればいいんです。そうすればご主人は、もっともっと奥さんを好きになって、セックスの回数が増えますよ。だから今は、そのときに向けた練習だと思えばいいんです』

　しかしあいにく、今の明智にはそれが出来ない。たとえ自分を棚に上げることなく、出だしの部分を「きっとご主人も」に正しく置き換えたとしても不可能。脳味噌はビールの泡の集合体と化しており、脳細胞の働きを良くするはずの血液も、その大半を息子に奪われている状態だ。しかもベッドの端に腰掛けた体勢で、豊満な女性を抱きかかえているから、腕と背中の筋肉にはかなりの乳酸が溜まってきた。

　息子にしても状況は似たようなもの。これまでは涎を垂らすだけで済んでいたが、小林夫人の垂れた…いや、洩らしたヘビーなｂｏｏｉｎｇをしっかり聞き届けたせいで、皮袋に入れて垂らしているふたつの玉を、かなりの程度まで吊り上げてしまった。
　もし小林夫人が今、その左手を背中に回してきて、息子の頭でも胴体でも、あるいは玉袋だろうとどこだろうと、指先で何度か突つくようなことをすれば、亀はたちまち泡を吹いて失神…することはないにせよ、濃縮しすぎて凝固しかけたような乳酸菌飲料…ではなく乳様液を、喜んでパンツの中に吐き出すことだろう。
　そんな明智のどこをどう突ついても、ガス漏れ奥さんを慰める台詞など出てくるわけもない。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。

2008.10.18掲載

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