小説を読むのに熱中しすぎて、火傷の痛みを負ったことはともかく、小便の溜めすぎで腹痛まで招くようでは愚かな限り。大いなる反省が必要だろうが、結果だけを見れば、小便をぎりぎりまで我慢して『盥の世界』に浸り続けたからこそ、トイレから出てくるカガミさんと遭遇できたのだ。 これほど大きな収穫が得られた直後に、我が身の愚かさを反省できるほど、俺は人間が出来ていない。やはりここは小便中の小さな息子ともども、“我慢の甲斐があった”と素直に喜びたいと思う。 （彼女、トイレでなにをしたんだろうな‥‥） 俺の願望を妄想へ発展させていくための下準備として、カガミさんがトイレで足した“用”の一般的な内容を、具体的に想像する‥‥のでは問題。今は内容の検討だけにとどめておかなければ、息子が興奮して小便を詰まらせかねない。 まずカガミさんが小便をしたのは‥‥いや、彼女のような女性に“小便”は似合わないから‥‥そう、小さいほうの用を足したのは確実だろう。 では、大きいほうはどうか。彼女が香水を愛用していることを考えれば、小さいほうの用足しは、大きな用を足す『ついで』だった可能性を否定できない。少し気が利く女性なら、月経臭をごまかす目的だけでなく、いわゆる“田舎の香水”を密造した際、その痕跡を消し去る効果も考えて、普段から都会的な香りの香水をつけていてもおかしくないからだ‥‥と思ったのは、まさに“うがちすぎ”というやつの典型。他の女性の場合ならともかく、カガミさんに限っては当てはまらない。 匂いたつような女性というか、美しく輝く女性がウンコの臭いを漂わせたら、どんな男の想いも夢もぶち壊し。百年の恋が冷めるどころか、千年以上も前から織姫に注いできた夏彦の愛も冷めて、彼は“牛追い”に専念するだろうから、七夕伝説が消失しかねない。だからカガミさんほどの美人になると、ウンコも無臭状態で出てくるのだ。 科学的根拠も証拠もなにひとつないが、俺はそう信じている。いや、そもそも彼女はウンコをしない人だと思いたいので‥‥‥‥‥‥そうした気持ちを最高に高めて‥‥‥‥‥‥今、絶対にウンコをしない女性だと信じ込むことに、九分九厘というか、９割９分は成功したように思われる。 神や仏の存在を信じなくなって久しい俺だ。ウンコをしない女性の存在を信じ始めたからといって、罰が当たるとも思えない。現に息子も、順調に小便を出し続けている。 （でもな‥‥） ビビビというか、オナラに関しては、正直なところ話しもまた違ってくる。なぜなら盥の世界に生をうけた小林夫人が、明智大五郎の手によって“美美美婦人”に変貌させられ、最後は『侮美侮美侮美』という絶妙の音まで放った場面で、俺は自分でも信じられないほど興奮したからだ。 それを考えたら、もし仮にカガミさんが、ガスのまったく溜まらない体質であったり、いつどんな状況に置かれても、多量のガスを確実にスカせるといった特技の持ち主だったりするのでは、俺としても少し困る‥‥かと思ったのだが、それは杞憂というやつに過ぎないことに気づいた。 日本には『平凡きわまる人』の例えとして、チンコも咥えず‥‥ではなく、『沈香も焚かず屁もひらず』という表現がある。 その点、カガミさんは香水をつけている。容姿も平凡とは程遠い。スタイルの良さを含め、俺に言わせれば『類稀なる美人』で、両方の瞼にある泣きボクロさえも、いわゆる『画竜点睛』となって彼女の魅力を天まで高めているほど。 それはすなわちカガミさんの場合、半分が格別に特別で、残り半分はごく当たり前に普通だということに他ならない。従って絶対にウンコをしない彼女も、ほぼ日常的にガスが溜まり、オナラとして出すときは確実に音も出るという結論が、難なく容易に導き出せる理屈だ。 （これも屁理屈の一種か？） 正直、そんな気もしないではない。ただ、たとえ屁理屈にもならないとしても、俺としては、れっきとした三段論法ないし四段論法が、完璧に成り立ったと信じたい。いや、信じなければならない理由が、今の俺にはあるというか、ほんの数分前に生じたというか‥‥。 明智大五郎が小林夫人を相手に体験したように、俺もカガミさんのような美人が、ビビビによって宇宙で１番の美女に変化する様子を、空想の世界でいいから見たいのだ。それも『試しに１回』というような、底の浅い欲求ではない。いつの日か、彼女の姿がこの店から消えた後も、毎日のように見続けたいと思うほどだから、願望の深さは地の底まで届いてもおかしくない。 まったくのところ、『美は乱調に有るのであって諧調は偽りだ』と書かれた小説を読んでいながら。そしてまたカガミさんのふたつもある泣きボクロに、一瞬で両眼を釘付けにされたにもかかわらず。女性のオナラは幻滅を招くだけだなどと、頭から思い込んでいた俺は未熟な限り。 もし俺が美の真理、すなわち『すべてが整い過ぎた状態からは、決して美的な感動を得られず、どこかで正調から外れたり、諧調を乱したりいった要素が含まれていてこそ、真の美しさが完成する』という不変の真理を、一度でも女性とオナラの関係に当てはめてみていれば‥‥などと思うこと自体が未熟な証拠。 俺にはそんな突屁な‥違う、突飛な発想が湧いてくるわけもないのだから、たとえ１０年以上も前に『ケツをまくった変態は大変』を全巻読み終えていたとしても。盥さんが『美女とビビビの関係』を詳細に解説してくれていなかったら、俺の妄想は『十年一日』の域を１歩も抜け出せなかっただろう。 おそらく御手洗盥という人は、そのすべての著作を通じて、赤と黄色の危険な『毒』を撒き散らしているものと思われるが、動物にとっては、どんな薬も毒の一種だというのは一種の常識。『ケツをまくった変態は大変』の解説にも『盥さんの毒は男にとって媚薬として働く‥‥』といった事柄が、おもしろおかしく且つ懇切丁寧に書かれていたことを思えば、読書で毒に侵されるのも、俺にとっては喜ばしい限り。妄想を膨らませるためのネタが、さらに彩を増す。 当然、マスをかく機会というか、センズリの回数も増えるから、息子も「毒が毒だけに、ドクドクッと出す悦びが益々深くなりマス」とでも言って、盥さんの毒を大歓迎するはずだ。 しかし今は、妄想を膨らませている時間がない。カガミさんに、俺がウンコをしているように思われるのは仕方ないとしても、バーテンにセンズリを疑われ、疑心が確信に変わったら大問題。この先、彼と顔が合わせにくくなる。 そこで今は、カガミさんが足したかも知れない他の用というか‥‥すなわちメンスの周期が急に変調をきたしたせいで、今日の彼女のパンティーには赤い染みができており、それを気にしながらもナプキンを交換しようとしたそのとき、下腹に特有の張りを感じた彼女は「ついでにオナラもしといたほうが無難みたい」と考え、当人としては軽く息んだつもりなのに、予想していた以上の大きな音が響き、音色も『侮美侮美侮美』に近かったために、思わず顔まで赤く染まってしまう‥‥といった様子を単純に想像しながら、手っ取り早く済ませることに決めた‥‥のはいいが、肝心の息子のほうはまだ小便が済まない状態。 （でもまあな） 嘆くほどのことではない。いや、嘆く必要どころか、バーテンを気にする必要さえ、まったくなかったことに気づいた。痔の病を抱えているように装えば、それですべて解決するのだ。 バーテンというのは、押しなべて客あしらいに長けている。会話の中で俺が痔であることを匂わせても、ウンコの臭いを嗅がされたときのように、嫌な顔をされるわけがない。しかも気配りの働く彼のことだから、俺が痔を患っているせいで、ウンコに長い時間を要したのだろうと、そんなふうに誤解してくれるのも確実。仮病を使って会社を休むのとは違うから、後ろめたさを感じるとも思えない。 となれば、俺も落ち着いて小便‥‥は済んだので、『いよいよ』というか『ようやく』というか、とにかくそれなりの時間をかけてセンズリをかけるというものだ。 （ん？） 突如として新たな問題が発生。といっても、大した問題ではない。大腸が大きな用を足したがっているというか、ウンコがしたくなってきただけだ。おそらく便座に尻を据えているために起きた、一種の条件反射だと思われる。 俺はけっこう器用なタイプ。タバコで火傷を負った一件さえなければ、聖徳太子が組織したとも言われる『ながら族』の小隊長くらいは、そこそこの自信を持って名乗れそうだが、ウンコをしながらセンズリはかけない。電話をかけながら見積もりを書くのとはわけが違う。トイレで新聞や週刊誌を読む習慣も、まったく役に立たない。 排便と射精のどちらが優先されるかといえば‥‥などと考える前に、直腸が蠢き始めた。あとはこのまま待って‥‥いるだけでも、スポーツ選手が言うところの「結果」は難なく出るのだが、それまでの時間を無為に過ごすのは習慣に反する。 もちろん息むことで所要時間を短縮する気はない。センズリで抜かなければならないようなときに息めば、息子が無駄に精液をこぼすのは目に見えている。 やはりここは、時間の有効活用を図る意味からも、ウンコのほうは直腸と肛門に一任し、俺はセンズリの本格的な準備を進めるために、ここへ来る途中で体験した感激的な出来事を、ゆっくり振り返りたいと思う。 トイレから出てきたのがカガミさんだと気づいた時点で、俺は直ちに通路の入口から離れた。さりげなく視線も外していた。だからそんな俺の姿を目にした彼女が、いったいどんな表情を見せたのか、それはわからない。俺に「すみません」と言葉をかけてくれたときにしても、惜しいことに‥‥というより、俺がケツをまくれないせいで、横顔をチラリと見ることさえできなかった。 だがそれでも、あの場を立ち去る彼女の足取りが、いかにも“そそくさ”していたことだけはわかった。視線は向けなかったものの、意識はすべて彼女に向いていたから、俺にはそれがはっきり感じ取れた。 なにが彼女を急きたてたのか。動機として考えられるのはただひとつ。偶然とはいえ、トイレから出る姿を俺に目撃されたと知り、気恥ずかしさを覚えていたせいだ。他に理由は考えられない。 彼女はきっと、通路を歩いてくる間というか、俺の横を通り過ぎるまでの間、ずっと目を伏せていた筈。俺にはそんな彼女の様子が容易に想像できる。 確かにトイレでおこなう行為というのは、それが一般にトイレでおこなうべき行為で、且つトイレでおこなっている限り、決して誰に恥じる必要もないのは事実。もちろんそこに男女の違いがあるはずもない。 しかし実際に女性の全員が全員、例えばトイレに入るときにしても出るときにしても、男の目をまったく気にしなくなったら、正直なところ寂しい。やはり女性には、男に裸を見られたくない気持ちや、性的行為を想像されたくない気持ちだけでなく、生理的な行為や現象に関しても、できるだけ男に隠しておきたいとか、話題さえ持ち出されたくないといった心理が、常に働いていてほしいと思う。 誰に尋ねた経験もないが、たとえ実際には変態行為をまったくおこなわない男でも、御手洗盥の小説に魅力を感じる男なら、たぶん俺と同じ気持ちを持っているはずだ。 過去に俺がトイレ付近で遭遇した女性の中には、カガミさんとまったく異なる挙動を見せた人も少なくなかった。つまり俺が今回と同じように気を遣ったにもかかわらず、あからさまに「フン！」といった感じで顔をそむけたり、怒ったような視線を浴びせたり‥‥といった雰囲気を露骨に漂わせながら、荒々しい足取りで立ち去る女性も多いのだ。 彼女たちのそうした挙動も、気恥ずかしさの裏返しであることくらい、俺にもわかっている。ただ、やはりそういう態度に出られると、トイレで個室のほうへ入ろうとしているときに、他人から「ウンコするんですね」と声をかけられるようなもので‥‥といっても、もちろん実際に経験したことはないのだが、とにかくこちらとしても反感というか、「何だコイツ」といった感情を抱かされるのはやむを得ない。 無論、そういったタイプの女性というか、無礼な女王様を連想させる女に惹かれる男というのも、俺の想像以上に多いのだろうとは思う。 現にうちの社長などは、素直で従順な女性が好きだと言い、それが結婚相手を選ぶときの第一条件だとまで公言しながら、その一方で「テレビのＣＭに出てくる澤地江里香や土田安奈みたいに、見るからに生意気そうな女や、女王様気取りで反抗的な態度の女を見ると、張り倒してでも強引にやりたくなるんだよな‥‥」などと、物騒なことを口走るほど“そそられる”らしく、先日は会社帰りに俺と酒を飲みながら、こんな愚痴までこぼしていた。 『昨日、澤地江里香と土田安奈のふたりを並べて、あそこにコーラの瓶を、それも底のほうから突っ込もうとする夢を見ちゃってさ。あれにはまいったね。 確かにここ何日か溜まり気味だったし、だから例によって、これから抜いてもらいに行くんだけど、それにしてもコーラの瓶はないよな。ビンちゃんもそう思うだろ？ 俺も変態は変態だけど、そこまでの変態じゃないと思ってたから、すっかり自己嫌悪に陥ったよ。 今度彼女たちが夢に出てきたら、瓶の底のほうじゃなくて、せめて口のほうから突っ込むようにしてやらないと、その次はきっと、彼女たちにビール瓶でボコボコに殴られた後に、ケツにビール瓶の首を突っ込まれて、口から泡を吹く夢を見るというか、嫌でも見させられることになるのは確実だな。 まったく、俺を最低の変態にまで貶めたり、夢の中でやることにまで気を遣わせたり、それを思うと、彼女たちをＣＭに起用したヤツのケツに、焼け火箸でも突っ込んでやりたくなるよ』 社長のセックスにおける趣味は強姦プレイ。それも単純な“強姦ごっこ”ではなく、相手の女性を身動きできない状態にしたうえで、材質や形状の異なる『珍棒モドキ』を、取っ換え引っ換え使うというか、あそこに突っ込んで楽しむらしい。 それを思えば、社長が結婚相手に求める第一条件の中には、そうした面での素直さや従順さも含まれているのだろうが、それはそれとして。 俺は社長とは違う。俺が惹かれる女性も、女優の羽賀真理子に代表されるような、生意気そうな女王様タイプではない。 カガミさんの態度も違った。トイレから出てきた彼女は、生意気の『な』の字も感じさせなかった。 俺の注文を何度もまちがえた原因や、コールガールまがいの言葉を囁きかけてきた動機は不明でも。そしてまた性格が素直で従順かどうかは別として。本来の彼女は聡明で慎み深く、気恥ずかしさを覚えたときは、それがそのまま順な形で態度に表れる半生‥‥違う、反生意気タイプだと判断してまちがいない。 カガミさんのそうした性質が判明したことは、俺にとって大きな意味を持つ。彼女に関して巡らす空想が現実感を増し、俺が好き勝手に膨らます妄想にも、それなりの真実味が加わるからだ。 俺の“妄想歴”は長い。中学に入った頃には、すでに妄想を楽しんでいた記憶がある。初めての射精というか、精通が起きたときにしても、あれこれ妄想しているうちに、息子がセンズリを求めてきたことによるものだった。 そのおかげ‥‥なのかどうかはわからないが、妄想の逞しさは人一倍どころか“人百倍”。いや、妄想で楽しむ行為は俺の専売特許みたいなものだから、もしかしたら普通の人の千倍は逞しいかも知れない。 だから仮にカガミさんの本職が売春で、彼女が売春を天職だと考えているとしても。そしてまたその事実を俺が知ることになっても、俺なら妄想の中で、彼女を簡単に変えてやることができる。 例えば彼女が売春を始めたきっかけを『病気の親の入院費を稼ぐためにやむを得ず』と設定し、売春を天職だとまで考えるようになったのも、『抱かれるだけで高収入は得られるし、好意の抱ける相手となら、それなりの快感も得られるから』という一般的な理由をくっつけたうえで、売春が天職だというのは『あくまでも彼女の思う込みに過ぎない』と結論づけ、今も意識の底には『純真無垢だった頃の自分に帰りたい』という気持ちが潜在している‥‥といった状況を捏造するだけの話し。そうすれば俺は、彼女と何の問題もなく妄想の世界で楽しめる。 しかし、もしも現実のカガミさんが、実は生まれたときには『息子』がいて、息子と縁を切るためにメスで切ってもらった人‥‥というか、今の姿があるのは性転換手術を受けたおかげ‥‥などという事実が判明したら、それを妄想で覆すのは不可能に近い。 楽しい妄想を膨らませようとしても、“カガミくん”から切り離された息子さんが、俺の息子に言い寄って来るような、そんなおぞましい妄想しか膨らまない筈。そして一度でも膨らんでしまったら最後、そいつを口に膨らませ‥‥違う、含ませられる悪夢に襲われかねない。 だからといって、俺が妄想の中で自分を『オカマ好き』の同性愛者に変えてみても、俺自身そこには真実味のカケラも感じないから、妄想を楽しめるわけがないのである。 盥さんが『美女とビビビの関係』を披瀝したように、俺も過去の経験に基づいて『妄想と真実味の関係』をどこかで披露するとしたら、こんなふうにまとめるだろう。 『妄想の最大の特徴は、そこに事実の裏づけや現実性を求める必要がないこと。つまり選挙の立候補者が「公約は絵に描いた餅」とばかりに、実現の可能性を無視した政策を並べたり、対立候補に関して根も葉もないスキャンダルを流したりするのとは、本質的に次元の違う行為なのである。 しかも妄想の世界は政治の世界以上に“何でも有り”だから、やりたいことが好き勝手にやれるばかりか、どんな夢でも必ず実現させられる。もちろんその内容を誰にとやかく言われる心配もない。 例えてみれば、某社の社長が見たという不愉快な夢が、澤地江里香と土田安奈を誘拐し、ふたりのあそこにコーラの瓶を底のほうから「深々と突っ込んだ」せいで、彼女たちには深い心の傷まで負わせてしまった……という内容だったとしても、そういった行為を現実の世界で実行に移さない限り、罪に問われないのと一緒である。』 『人によっては、自身の妄想に道徳的な罪悪感を感じるかも知れないが、それはそれで人間が出来ている証拠……にはならないとしても、議員バッジを手に入れた途端、選挙で訴えた公約を忘れてしまう政治家に比べたら、道徳意識を忘れない分だけ、よほど人間が上等と言えるだろう。 そもそも反道徳的な妄想や、反社会的な妄想を抱く人の罪と、簡単に実行できる公約さえ、ひとつも実行に移そうとしない代議士の罪とでは、前者のほうが圧倒的に軽いと知れば、誰でも気軽に妄想を抱けるというか、たとえ勃起不全症に陥っていようが何だろうが、「議員にしておくには美しすぎる」とまで言われる藤山優理や、「世間知らずなのは男を知らないから」と言われる美人代議士、加藤ゆかりも難なく抱けるというもの。ましてや丸山珠子のように、不倫が仇となって選挙に落ちそうになった“人妻代議士”なら、いとも簡単に落せる。』 『ただし妄想を楽しむには、おのずからポイントというものが存在する。 国会議事堂を仮眠施設と信じてやまない議員、とりわけ重要法案の審議中に惰眠を貪る男性閣僚たちを例にとってみれば、彼らの場合は、血税を注ぎ込んで建てた議員宿舎に愛人を連れ込み、万庫の中にゴルフボールを何個も押し込んだり、「今回は３本でどうだ」などと言いながら、血税…違う、ケツにゴルフクラブを、それもヘッドのほうから突っ込んでいったりする夢を、白昼堂々と見ている……といった妄想を心の底から楽しめるかどうかは、ひとえに真実味にかかっていると言っても、ケツして過言ではない。』 『つまりビビビこそが、女性の魅力を高める究極の最終兵器であるように、妄想の楽しさを高める至高の調味料は真実味しか有り得ず、ビビビの威力が発射音の“汚濁度合い”に比例するのと同様、真実味が増せば増すほど、妄想によって得られる効果、すなわち性的な興奮度も高まるのだが。 しかし反面、美女のビビビが、空想するだけでも性的興奮を招くのに対し、真実味のほうは、そこに少しでも疑いを抱くだけで、興奮が冷めてしまうこともある点を忘れてはならない。 たとえどれだけ妄想の逞しい男でも、いったん真実味に疑いを抱き始めると、妄想の世界に浸りきれなくなるために、楽しさが半減…いや、楽しさの大半が減じられ、妄想は所詮、妄想に過ぎないことを自覚している者にとっては、妄想する行為自体に虚しさを覚える場合も多いのである。』 『もしその点に疑念を抱く人がいれば、その人には、氷だけをぎっしり詰めた水枕を抱きながら、湯温が４０度ほどの浴槽に浸かってみることを勧めたい。氷が解けきる頃には、そうした入浴からは快さが得られないことを改めて思い知らされ、自分のおこなった行為が虚しく思えるだろう。』 もちろん冒頭から政治家への批判めいたことを織り込んだり、氷枕を抱いて風呂に入る件まで付け足したりするのは、盥さんの毒に冒された影響というか、俺なりの精一杯の脚色である。 実際のところ俺は、性というものに目覚めて以来、毎日のように妄想に耽ってきた。妄想にご登場願った女性の数も、数え切れないほどの人数に上る。だがその反面、数え切れないほど登場してもらった人となると、数えるほどもいない‥‥もなにも、たったのふたりだ。 ふたりきりしかいないのに、ひとりで『妄想と真実味の関係』を究めた俺は、御手洗盥の足下に及ぶというか、盥さんが盥に浸けた足を洗わせてもらうくらいの資格なら、充分に具わっているはずだが、無論その資格も、一朝一夕で手に入れたわけではない。 俺の妄想に、数え切れないほど登場してもらった女性、そのひとりめは歌手の『五月青葉』だった。 １０代の頃の俺には、特に決まった人というのがいなかったのだが、２０代に入ってからは五月青葉に決めていた。その意味で彼女は、俺の初恋の人にも等しい存在である。 彼女は俺よりずっと年上なのに、顔立ちが柔和で可憐で、いかにも純情そうに見えた。おまけに芸者姿を装うと、可愛らしい限りの清潔なお色気に溢れるから、妄想に登場してもらうときの装いも、必ず黒っぽい着物に日本髪と決まっていた。 しかし俺が３０歳になるかならないかの頃、彼女は変わった。離婚を機に、芸名を五月青葉から『秋乃紅葉』に変え、警察官から女優へ転身した妹の『秋乃みのり』の後を追うような形で、成人映画というか、いわゆるピンク映画に出演するようになったのである。 彼女が実生活で、誰を相手にどんな性生活を送っていようと、妄想の世界でしか付き合いのない俺には、まったく関係ない話し。私生活を知りたいと望んだこともない。現実や実像といったものを知ってしまえば、それが妄想の妨げになりかねないことを、俺も知っていたからだ。 もしあの頃の俺が、虚構の世界で描かれる女性の姿もまた、妄想の大きな妨げになったり、楽しさが減少したりすることも多いと知っていれば、たぶん秋乃紅葉の映画は観なかった‥‥というより、知っていたか否かにかかわらず、映画の題名が『マダムのスキャンダル』だったなら、おそらく映画館まで足を運ばなかった可能性が、多少はあったのではないかと思われる。 ところがあいにくなことに。彼女が鳴り物入りで初出演したというか、主役を務めた映画の題名は『マダムのスキャンダル』ではなく、『熟れたマダムの濡れたスキャンティー』。 おまけに当時の俺は、今以上に未熟だった反面、成熟した女性がパンティーを濡らしたり汚したりすることに関して、すでに今と同じくらいの強い興味を持っていた。 だからたとえ主演が秋乃紅葉でなくても、俺が『熟れたマダムの濡れたスキャンティー』を観に行ったのは間違いないところだが、それがそもそも間違いの始まりというか、『妄想と真実味の関係』を考えさせられることになったきっかけだ。 いま考えても、本当にあの映画は問題だった。いや、映画の出来そのものは良かったのだ。五月青葉というか秋乃紅葉の裸にしても、悪くなかったどころか、「素晴らしかった」のひとこと。 乳房のふくよかさは、俺の想像を遥かに超えていた。 秋乃紅葉の妹、秋乃みのりの乳房が、その名の通り「秋の実り」を想わせるほどの充実ぶりで、見るからに堅そうだったのに対し、姉のそれは、ふくよかな乳房というものを絵に描いたというか、お椀で型を取って象ったとしか思えないほど、ふっくらと柔らかそうな膨らみ方だった。 長い間、ふくよかな乳房というのは“デカパイ”のことだと思い込んでいた俺が、後に『ふくよか』という言葉の正しい意味を知ることになったのは、秋乃紅葉のおかげとも言えるだろう。 乳輪の大きさが、俺の予想を超えていなかったのも良かった。 女性の中には、乳輪の大きな人も多い。ただ乳輪の直径と乳房の大きさとの関係において、俺が理想とする黄金比‥‥などというものはないが、乳輪の直径が乳房の半径ほどにも及んだり、及びそうだったりする“大輪”は、デカパイの上で咲き誇るのがふさわしく、逆に膨らみ方が少なめの“ミニパイ”には、一輪の小花を想わせるような乳輪が似つかわしいと思うのだ。 その点、秋乃紅葉の乳房と乳輪は、真っ白な粉雪を固めて作った“かまくら”の頂点だけが、色鮮やかな紅葉に彩られているようにも見えて‥‥おまけにその中心に飾られてる乳首が、乳輪の直径に比べたら大きすぎるようにも感じられたものだから‥‥あれもまた、美が乱調にあることの証明と言えそうだ。 盥さんが披瀝した『美女とビビビの関係』の中では触れられていなかったが、おそらくビビビの威力というのは、発射音の“汚濁度合い”だけではなく、音の調子の外れ方や、間延びの仕方といったものにも比例するのだろう。 素晴らしかったのは乳房だけではない。尻のほうも、俺の期待に背くことなく‥‥というより、まさに俺が希望していた通りの尻。妄想の中で頬ずりしたり撫でさすったり、あるいはメンスの汚れを拭いてやるために、背後から割り広げたりしてきた尻が、そのままの形と大きさで保たれていた。 適度な幅を持つ腰骨の下にくっついていたふたつの半球は、過度な量感や肉感といったものを感じさせず、思わず俺は、みずみずしい大玉の白桃を連想したものだった。 彼女のひとり娘は『桃子』という名前らしいが、俺にはわかる。娘は５月に生まれたから桃子と名づけられたのではなく、名前を決めたのも母の五月青葉ではなかった筈。 名前をつけたのは父親のほうで、彼は妻である秋乃紅葉の尻‥‥いや、まだ五月青葉だった頃の尻を初めて見たとき、ふたりの間に娘が生まれたら名前を桃子にしようと決めたのだ。そして桃子という名前が不自然に感じられないように、５月から逆算して“子づくり”に励んだというか、８月の暑さも夏バテも何のそのといった感じで、朝と言わず昼と言わず、五月青葉のふくよかな乳房を揉み、大粒の乳首を乳輪ごと舐めたり吸ったりしたその後に、桃の種‥‥ではなく、「夏期の種」とも呼べそうな子種を注入していたものと考えられる。 そのときの体位も、俺には容易に推測できる。五月青葉の亭主は、美味そうな“白桃”を観賞しながら“槍”を突ける体勢というか、要するに「後背位一本やり」でやりまくり、“桃子づくり”を果たしたと考えてまちがいない。 もちろんふたりの離婚原因については、あれこれ考えてみるまでもない。 秋乃紅葉の元亭主というのは、「畳と女房は新しいほうがいい」と考えたり、「ワカメが何年も経つとコンブになる」と決めつけたりしている古いタイプの男で、若芽の萌えた新緑に目を奪われることはあっても、木々が紅葉していく美しさには、目をくれようともしなかったせいに決まっている。 実際、秋乃紅葉の裸は、全体のボディーラインというやつも美しい限りで、まったく申し分なかった。 なにしろ上は肩口から胸元、そして“二の腕”や下腹は言うに及ばず、下は太腿からふくらはぎに至るまで、年齢相応の充分な脂肪に包まれていながら、手首や足首はあくまでも細く、腰のあたりも滑らかな曲線を描いてくびれていたのだ。他に注文など付けたら、彼女の裸体に対して申し訳ないというものだろう。 現に俺は、全裸になった彼女の全身が、スクリーンいっぱいに映し出されたとき、初めて『たおやか』という言葉の意味を実感し、同時に「これで妄想する楽しみが増える」と感激した。そしてまた彼女をピンク映画に出演させた映画会社に対し、心から感謝したことを、今でもはっきり憶えている。 さらにまた「映画会社に俺の貯金の全額を渡せば、次の映画で撮影助手のひとりに加えてもらえるのではないか」などと、本気で考えたことも忘れてはいない。 俺にとって唯一問題だったのは、そんな秋乃紅葉の演じたマダムが淫乱だったこと。言い換えれば、彼女が出演を受け入れた映画の脚本と、俺が彼女に出演してほしかった映画の脚本との間に、巨大なズレがあったこと。その一点に尽きる。 それまで俺が観ていたピンク映画には、明確な共通点があった。秋乃みのりが『処女物語』で演じた女性に代表されるように、映画の中で描かれる女性たちはすべて、本質的に慎み深くて羞恥心が強く、貞操観念も固かった点がそれである。 勝気な性格が前面に出ている人はもちろんのこと、途中までは“クソ生意気”としか言えないような人や、自堕落な性格のように描かれている人も、いざその時というか濡れ場というか、本当に好きな男からセックスを求められる場面になると、誰もが必ず違う一面を見せていた。 つまり勝気な人は控えめな性格に変わり、生意気が従順と素直へ激変し、自堕落もまた自律と節操と真面目さを取り戻すのだ。 そして主人公が処女という設定なら、喜んで応じたいと望む純真さを見せ、前戯でハモニカを受け入れるときは、全身に羞じらいを浮かべて“ためらい”を見せる。逆に尺八を求められれば、戸惑いつつも懸命になって取り組む健気さを見せるその一方で。 相手が童貞だろうと誰だろうと、官能が目覚めたり磨かれたりするのは極端に早く、いったん官能に火がつくと、まるで全身に油をかぶっていたかのように燃えてしまい、熱い快感に悶えるのを抑えきれなくなる‥‥そんな姿も見せてくれるのが常だった。 当然、たとえ暴虐な男に自由を奪われても、「おっぴろげて見せてみろ」と迫られれば、誰もが頑なに拒否の姿勢を貫く。人妻としての貞操を穢されそうになったときは「どうせ減るもんじゃないんだし」などと割り切ることなく、必ず精一杯の抵抗を試みる。そして抵抗が無駄と知れば、そんな我が身を必ず嘆き悲しみ、男に貫かれた時点でたいてい涙を流す。 貫かれた後は、あそこから“悦びの涙”というやつが流れ出すことも多いが、そこには必ず『心ならずも』という前提があるから、「あ〜そこよ、そこがいいの」などと口走ることは有り得ない。 ところが素行だけでなく底意地も悪い男のほうは、それを「何だ、嫌だ嫌だと言いながら、しっかり感じてるんじゃねえか」だの、「こんなに濡らして……下の口のほうは正直なもんだぜ」だのといった具合に、口を極めて指摘したり、時にはその証拠とも言える“涙”を指に塗りつけ、女の鼻先に突きつけたりしてからかうものだから、女は身の置き所さえなくなるほどの羞恥を強いられ、そのときの様子がまた女としての魅力をいっそう高めるために、なおさら男の劣情を煽るような結果を招く‥‥。 俺の観てきた映画の大半がそういう筋立てであり、脚本上で約束されていた女性像でもあった。 |
| あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。 |
| 2009.10.24掲載 |
| [最新・コラボ小説]／[完結小説（長編）］／［完結小説（中編）］／[完結小説（短編）]／［休載？小説］／［体験告白］／［ＭＡＩＮ］ |
