きっかけは他でもない。池本がこんな台詞というか、体位に関する説明を彼女に聞かせてくれたおかげである。 『さあ、今度はこの格好で突いてやるから、お前は冥途へ向かう一太郎のために、よがり声をたっぷり聴かせてやるが良い。そうすれば“あやつ”も、あの世へ着いたときにセンズリがかきやすいというものじゃろう。 お前は知らんだろうし、あやつもクソが付くほどの“とうへんぼく”だったらしいから、よもや知っておったとも思えんが、こういう格好でおこなう“まぐわい”を「仏壇返し」と呼ぶんじゃからな。今のお前が、香典返しのこともなにもかも忘れて“よがる”には、絶好の格好じゃ』 亡き夫をぞんざいに「あやつ」すなわち「あいつ」と呼ばれ、「クソ唐変木」とまで侮辱された上に、白木の位牌と遺影を据えた仏壇の前で、わざわざ池本から体位の名称が『仏壇返し』だと告げられては堪らない。 秋子は「いやーっ！」と叫んだ後、「こんなのひどい……なにも、こんな格好…させなくたって……ひどいひどいひどい…いやいやいや、ひどすぎるーっ……」と大泣きしながら激しい抵抗を再開し、必死に池本から逃れようとするのだが、杭のように刺さった巨根は抜けてくれない。腰をつかまれた格好で、ぬかるんだ肉池への強烈な“杭打ち”が再開されただけだ。 そうなると秋子としても、せめて体勢的な安定がほしくなる。その欲求の強さは、池本から性的快感を与えられたくない気持ちに劣らないほどなのだが、もはや彼女には、自力で上体を起こそうにも、そんな気力さえ起きない。 ただひとつ秋子に出来たのは、溢れる涙のしずくを畳に落としながら「お願いです……。どうか、せめて…なにかにつかまらせてください……」と、息も絶え絶えに訴えることだけだった。 しかし、そんな訴えが敵に通じるわけもない‥‥などという予想は、すっかり気持ちの余裕を失っていた俺も、さすがにしなかった。といってもそれは、秋子の乳房が剥き出しになっていたからこその話し。もしも池本がそうした準備を整えていなければ、『処女物語』で見た秋子の乳房‥‥ではなく、秋乃みのりの乳房の特徴さえ思い出せなかっただろう。 彼女の乳房は、そんじょそこらのデカパイとは物が違う。といっても超特大のデカパイというわけではなく、パイの体積だけで言うなら「平均的なデカパイでしかない」とは言えても、普通のデカパイとの形状の違いを「直径に比べて高さが極端に高い」と表現すべきか、それとも「円周は短いのに全長が長い」と形容すべきかどうか、その辺の判断が非常に難しいのだけれども。 簡単に言えば、彼女のデカパイはドーンと細長く突き出ていることから、俗に「鉄砲乳」と称される形に特徴があるのだ。 池本はあっさり頼みを聞き入れ、秋子の手を取ってやると、細い腰を手首ごと抱えた。そのときのふたりの体勢は、秋子が池本を背負っているようにも見えなくはなかった。 おかげでその分、秋子の乳房は完璧に丸見え。池本の杭打ちによって揺れる鉄砲乳を、ほぼ身体の正面から撮った映像からは、何とも形容できないほどの迫力が感じられた。 鉄砲乳を好む男が多いかどうかは不明でも、希少性が著しく高いのは明らか。仮に多くの女性が鉄砲乳を隠し持っているようなら、乳房という名称は詐称の容疑で摘発され、その名を『乳砲』か『乳筒』に強制変更されても不思議はない。 つまり鉄砲乳こそが秋野秋子というか、秋乃みのりの最大の“売り物”であり、鉄砲乳に眼を撃たれた男が彼女に心を奪われるという状況を、誰よりもよく知る『泣きボクロ』の脚本家は、鉄砲乳の見せ方というか、揺れ方にひと工夫を凝らしたと言える‥‥といったふうの評論を、当時の俺が、初めて観た時点でおこなえるようなら、何の苦労もなかった。 また工夫を凝らしたのが脚本家だけで、監督やカメラマンは何の頭も働かせることなく、画面に映っていたのは鉄砲乳のアップだけという状況なら、俺も慌てるような事態は迎えなかったと思われるのだが。 銀幕の上には、涙の流れる合間を縫うようにして喘いだり、あるいは眉間に皺を寄せて呻いたり、さらには半開きの唇から涎を垂らしながら、陶酔しきったような表情を浮かべたりもする秋子の顔が、重量感たっぷりに揺れ続ける鉄砲乳とともに、様々な角度から映し出され、これこそピンク映画といった感じの猥褻感が、色濃く漂っていたものだから‥‥‥‥。 池本が秋子の肉池へ杭を打ち込むたびに、俺は目玉に釘を打ち込まれるような、そんな錯覚に陥ることこそなかったものの、真下を向いてぶらりぶらりと揺れる鉄砲乳で、脳味噌を激しく揺さぶられているような感覚に襲われ、鼻血を出してしまった。 これが平常時なら、少しも慌てず騒がずといった感じで、バッグからポケットティッシュを取り出し、鼻に栓を詰めるところなのだが、あのときは『１秒たりとも目が離せない』という意味で非常時。事態収拾に向けた応急処置が急がれるという点では、これ以上の緊急事態はないといった状況。 仕方なく俺は、顔を上に向けたまま、ズボンのポケットからハンカチを取り出し、それで鼻を押さえながら“下目使い”で画面を凝視していたものだった。 血気盛んな年頃‥‥というより、旺盛な精力を持て余す年頃とはいえ、そのときの格好の情けなさというか、無様な限りとしか言えない姿は、今こうして思い出すだけでも赤面の至り、汗顔の極みといったところだが、もしもあの日、映画館へ足を運ぶ前に１本抜くのを忘れていたら、たぶん鼻血を出す程度のことでは済まなかった。 悩ましさに溢れた秋子の顔と、宙ぶらりん状態で揺れ続ける鉄砲乳を、前から映したり横から映したり、斜め下からアップで映したりしていた画面が、いよいよ「最大の見せ場」を映し出す映像へと切り替わり、池本が５発目の発射に向けて杭打ちの速度を上げたあたりで、俺は息子が鼻血を噴射させるのを、おそらく制止できなかった筈‥‥などという表現では正しくない。舌足らずでもある。 俺はきっとそこが映画館の客席であることも忘れ、灰白色の鼻血を噴出させたがっていた息子に対し、ズボンの上から手を貸そうとする自分を、抑えきれなかったに違いない‥‥という表現のほうが適切。 そして映画が終わり、席を立ってトイレへ向かうときは、血の滲んだハンカチで鼻を押さえた顔を真下に向け、ズボンの前に生じた染みをバッグで隠しながら、へっぴり腰で歩くことを余儀なくされるという大失態を演じていただろう。 泣きボクロという映画は、それほどまでに猥褻な映像で綴られており、本山慎也という監督のサングラスとチョビヒゲ‥‥ではなく、アイデアとセンスが随所に光っていた。 中でも、仏壇返しで交わるふたりを背後から撮った映像は、あれこそ「特筆もの」というやつ。なにしろ本山監督は、通常ならボカシが入っていておかしくない場所を、独自の手法で無理なく隠しつつ、観客が見たがる場所の“状況”だけは余す所なく‥‥いや、過剰とも思えるほど見せつけてくれたのである。 カメラがふたりの背後に回り込み、真後ろの位置で固定されたとき、画面の中央には赤い布が垂れ下がっていた。池本が尻から下げている越中褌というか、いわゆる『赤フン』だ。 そして褌を挟むようにして映っていたのは、「八の字」状態に並んだ４本の脚。内側の２本が秋子の脚で、外側の２本が池本のそれである。 池本が腰をぶつけるようにして杭を打ち込むと、秋子は爪先立ちになって膝と声を震わせるのだが、スピーカーから聴こえていた音声は、彼女の淫らな声だけではなかった。秋子の下の口から発せられる卑猥な音も、館内には明瞭に響いていた。 もちろん卑猥な音といっても、あの場面にビビビを連想させるマンペは似合わない‥‥こともなかったとは思う。だが、その時点で本山監督が選んだのは“一般受け”する猥雑音。 “有効貯液容量”の少ない満貯から、雌花の蜜にも例えられる樹液と、武骨な亀のエキスとの混合液が、太い杭の打ち込みによって押し出されるというか、溢れ出すときの「樹武樹武…樹武樹武…」という生々しい擬音を、本山監督は「最大の見せ場を盛り上げるための効果音」として使ったのである。 しかも効果音の効果を最大限に高めるために、ふたりの体液が秋子の内股を伝い落ちる映像まで、しっかりと正面からアップで映し出すという念の入れようだった。 わずかに白濁した体液の流れ方は、一定の規則性を保ってはいたものの、その流量自体は決して一定というわけではなく、池本のゆっくりした杭打ちのリズムに合わせてというか、「樹武樹武…樹武樹武…」という音に呼応する形で、流量が増減を繰り返していた。 褌の赤い色を背景に、そんな生々しい光景までアップで見せつけられては、まさに目の毒とも呼べそうなほどの刺激の強さ。おかげで俺の眼は真っ赤に充血して‥‥いたかどうかはともかく、視線は秋子の内股に釘付け状態。耳の穴も指向性集音器と化して、彼女の穴‥‥いや、肉壷が発する卑猥な音だけを、積極的かつ集中的に拾い続けていたのだが、それも束の間。 カメラが再びふたりの背後に回ったそのとき、突如として秋子が「あっ、やっ…」と慌てたような声を発し、そこに豆を撒いたような音が重なった。 いったい何事が起きたのか。俺を含め、興奮で勘が鈍っていた男というか、推理力に欠けた観客の疑問に答えるような形で、カメラが赤褌の下から前方を覗くと、畳の上には少量の水が溜まっていた。 膝に水が溜まる原因にはいろいろあるらしいが、床に水溜りが生じていれば、その原因は通常ふたつしか考えられない。傷んだ屋根から雨水が漏ったか、あるいは誰かが水をこぼしたか、そのどちらかである。 しかしあの状況で、雨漏りや覆水は考えにくい。いや、考えにくいもなにも、秋子が狼狽して声まで上げたことを思えば、誰もが瞬時に原因を特定できて当然だろう。未熟な限りだった俺も、もちろん例外ではなかったのだが、原因を特定した直後に、ある種の驚きを覚えたのもまた事実。 絶頂に登りつめながらという状況でならともかく、秋子はまだ八合目あたりで道草を喰っていたというか、みずから頂上に足を向けることを躊躇していたとしか思えないような、そんな状況にあったからだ。 人がなにかに驚いたとき、単純に「ああ驚いた」だけで済むことはない。例えば不意に背後から「わっ！」と大声を出されたような場合でも、それが身近な関係にある人のいたずらだと判明すれば、その時点で、驚きは安心や安堵といった感情に変わる。つまり驚いた後には、誰しも喜怒哀楽に代表されるような、なにかしらの感情や想いといったものが芽生えるのだ。 あのときの俺の場合、驚きによってもたらされたのは感嘆だった。アイデア自体は簡単でも、それをまったく予期させない見事な展開に、心の底から感心させられたのである。 他の観客も俺と同様の感想を抱いた様子で、ほうぼうからというか、館内のあちこちから「ほう…」という声が聞こえた。 敵の意表を突いて、驚かせたり慌てさせたりすることを「ひと泡吹かせる」というが、おそらく盥さんなら、観客が予想もしないタイミングで秋子に潮を吹かせ、多くの人に感嘆の声まで上げさせた脚本家を「ひと潮吹かせることに成功した」という表現で称えるだろう。 無論、いくら秋子に小便をちびらせたからといって、「ひと潮吹かせた」だけでは洒落にもならない。すでに観客のほうは、秋子が繰り返すはずの失禁に対し、期待と股間を大きく膨らませていたというか、仏壇返しの体勢のまま池本に粗相を強いられ、恥辱にまみれる秋子の姿を想像し、「期待もひとしお」といった心境に達していたからだ。 それを「ひと潮」だけで切り上げられたり、突如として池本が仏心でも発揮して、秋子を独りでトイレへ行かせたりするようなことにでもなれば、館内には興奮が渦巻く代わりに、不満が嵐となって吹き荒れたはずである。 俺が読みかけのままテーブルに置いてきた小説、『ケツをまくった変態は大変』の『人妻と束の間の夢を見た探偵の場合』にしてもそうだ。 作者である盥さんは、明智大五郎の相手を務めている豊乳の人妻に、俺の予想を遥かに超える紆余曲折を経させながらも、結局は明智の眼前で屁をさせた。それもいわゆる「屁でもない」ような屁ではない。変態性を剥き出しにした明智の欲望に応える形で‥‥というより、読者の熱い期待に応える意味から、小林夫人には明智の鼓膜を『侮美侮美侮美侮美……』という音色で染めさせたのである。 だがもし盥さんが、小林夫人にとっては不慮の事故としか呼べない軽微なビビビだけで、明智に充分な満足感を覚えさせていたら、俺は今頃、どこでなにをしていたか。 たぶんこのトイレで、のんびりウンコなんかしていなかった‥‥かどうか定かではないので、『泣きボクロ』に関しての確かな記憶だけをたどり続ければ。 観客の「ほう…」という声に続いて聞こえてきたのは、池本のこんな台詞だった。 『ん？ 急に慌てたような声を出して、いったいどうしたんじゃ』 秋子が答えられるはずもない。口をつぐんでいると、池本は杭打ちの速度を上げながら詰問した。 『ほれ、どうした。正直に言わんか』 『……トイレへ……行かせてください……』 呼吸が荒かったせいもあり、確かに女子の屁は‥‥違う、助詞の「へ」は聞き取りにくかったものの、「トイレ」という名詞だけは、はっきり聞こえた。だがあいにく、杭打ちに熱中する池本の耳には届かなかった‥‥わけもなく、ああいう場合は聞こえなかったふりをしたり、敢えて誤解や曲解をしたりしてこそ、ピンク映画の敵役というもの。 地方自治体の助役から評論家へ転身した畑中康夫は、その著書というか、人の役目というものについて書いた『なんとなく暮らしては遺憾』の中で、市長の補佐役である助役なら、市長の座に気に喰わない男が就いたときは、たとえそれが全国的な知名度を持つ名士であっても、市長の就任直後に目の前で名刺を‥‥違う、ヘソを曲げて見せることが肝心だと断言していた。 そしてその理由については、『そうした助役の態度は市長の不興や市民の反感を買うだけでなく、各方面からもヒンシュクを買うだろうが、そこまで徹底して反抗しなければ、マスコミを通じて地域に名前と顔を売ることは不可能。従って、仮に次の市長選挙に助役を辞して出馬しても、本命候補の引き立て役にしかならないだろう。』と解説していた。 ピンク映画の敵役もそれと似たようなもので、主役の女の頼みを素直に聞き入れるようでは、観客の興が削がれる。 その点、池本は敵役というか悪役の資格充分。そもそも秋子がすでに“ひと潮吹いた”ことを知っていながら、平然とした口調で応じた。 『そうか、わしもそろそろと思っていたのじゃが、お前もいきたくなっておったか』 『はい…』 『そういうことなら遠慮は無用じゃ。男のわしが先にいくわけにはいかんが、お前が先にいく分には、いっこうに差し支えないからのう』 『それでは…』 『慌てるでない。念のために言うておくが、いくときは「いきます」と、はっきり声に出して言うのを忘れるでないぞ？ 諺にもあるように、親しき仲にも礼儀ありじゃからのう』 『行きます』 膀胱が満タンになると、誰でも頭の回転は鈍くなる。切羽詰っていた秋子は、首を後ろに回して素直に応じた。 『そうじゃ、そういうふうに言えばそれで充分。これまでは幾分わしも遠慮しておったが、これからは存分に突きまくってやるから、お前も必ず絶頂までたどり着ける筈じゃ』 『違います、違うんです』 秋子が慌てて声を大きくすると、池本は杭打ちの動作を止めて、なおも尋ねた。 『どう違うんじゃ？』 『トイレへ行って…オシッコが…したいんです……』 秋子の声は消え入りそうだったが、今度はさすがに池本もとぼけなかった。 『なんじゃ、小便がしたかったのか。観音様が道を狭めておったのも道理じゃ』 女性が尿道を締めつければ、一般に産道とも呼ばれる肉壷が窮屈になるというのは、大の男にとって常識。そして女性にとってそれを可能にする各種括約筋が、俗に「８の字筋」と総称されることも、当時から俺は常識的知識として知っていた。 だが、池本が次に口にしたひと言は、俺にとっての常識から大きく外れていた。 『とかく未熟な女は、とにかくここを締めることが、男に喜ばれる近道と思い込んでおるようじゃが、それは思い違いも甚だしいとしか言えん』 どこが思い違いなのか。俺は池本の説明を待った。 『たとえ純金で造られておっても、狭くて窮屈で、身動きも叶わぬような湯船では、湯に浸かる心地よさ、極楽気分は味わえん。男が銭湯を好むのは、広々とした湯船の中で、手足を存分に伸ばしたいからなんじゃ。 つまり、好きな男に嫌われたくないとか、寝床でも男を喜ばせたいと思うなら、女は男がここを好きなように突きまくれるように、そして出したいときに出せるように、無用な締めつけをやってはならんということじゃな』 俺には何の役にも立たない知識とはいえ、池本の解説にそれなりの説得力を感じた俺が、天井に顔を向けたまま頷いていると、彼はさらに言葉を重ねた。 『良いか。女がここを締めても良いのは、男が極楽から戻ってきた後、さも満足そうに息をついたときだけじゃ。とかく男というのは身勝手じゃから、女がそのままなにもせずにおくと、「今日はここまで」」とばかりに杭を抜き取り、背中を向けてしまうかも知れんからな。 いくら長湯の好きな女でも、ぬるま湯に入ったんでは、身体が温まることはなく、湯船から出るに出られん状況になるのが落ちというものであろう。 それと似ておるのかおらんのかは別にして、とにかく男がひと息ついたら、女はぬるま湯にどっぷり浸かっておることなく、直ちにクイクイッと締めることが肝心でな。そうやって男の杭を、抜くに抜けない状況に追い込むことが、女にとっては、悔いを残さぬ一番の近道、まさに女の生きる道と言えるんじゃ』 確かに池本の言うとおり、背を向けた男に対して女から挑むのは難しい。従って状況が状況でなければ、秋子も教祖様の下世話な話しに、法話のような有難みを感じたかも知れない。 だがあのときの秋子は、強姦魔に背後から杭を深々と打ち込まれた格好で、抜いてほしくても抜いてもらえず、トイレへ行きたくても行かせてもらえない状況。しかも「今日はここまで」どころか、今夜はまだまだ犯され続けることがわかっていた身である。 彼女が池本の話しに、有難みを感じるどころか、耳を傾けているとも思えなかった。 それにもかかわらず‥‥というか、状況が状況だというのに、なおも池本は一人で喋り続けたのだから、彼の場合、もはや冗舌を通り越して、やたらと話しが冗長で余計なお節介も過ぎて自分の身勝手さをまったく自覚しない巨体包茎巨根絶倫老人としか、当時の俺には呼べそうになかった。 『ついでに言うておけば、たとえ男から「ゆるい」と言われても、女はそれを真に受けてはいかん。そんな言葉を真に受ける女の愚かさは、百戦錬磨の商売女とまぐわっておるときに「ああ…きつい…」などという声を出され、それをあちこちで自慢して回る男の愚かさ以上というものじゃ。 商売女が客に「きつい」と言うのは、客に喜んでもらうためのリップサービス、所詮お世辞に過ぎんのじゃからな』 『………………』 『もっとも客の中には、口臭がきつい男もおるじゃろうし、どれだけ女がオーバーによがってみせても、なかなか出せんような遅漏の男もおるじゃろうから、そんな男たちの相手までせねばならん仕事のきつさが、ついつい「きつい」という愚痴になって出て、男に誤解を与えるような場合もあるやも知れんが、それはそれとしてじゃ。 男が女に「ゆるい」と言うのは、その女とのまぐわいに飽きてきたとき、すなわち興味や愛情を失ったときか、あるいは己の技巧や倅に自信を失くしたときか、そのどちらかに決まっておるんじゃから、お前も“ゆめゆめ”そのことを忘れるでないぞ。良いな？』 今の俺には無論、池本が長々と喋り続けた目的は言うまでもなく、脚本家が急に彼を『駄洒落の好きな強姦魔』から『強姦中に冗長な説教をするお節介老人』に変身させた意図まで、すべてお見通し‥‥もなにも、３０回以上は確実に観た俺である。 脚本家が池本の長台詞の中に敷いた伏線が、先々の展開にどう結びついていったのか、それらのすべてを理解できていなければ、俺は３５歳にして愚かな男の頂点に、水の入ったバケツを両手に提げた格好で立たされるだろう。そのときは当然、たとえ尿意を催しても、両手が塞がっているのだから、普通に立ち小便さえすることもできず、ズボンを穿いたまま立ち洩らしするしかなくなるはずだ。 しかし当時の俺の真骨頂は、未熟さから来る『愚の骨頂』の典型。短気は損気とか、慌てる乞食は貰いが少ないという諺を知っていながら、池本の胸中を推し量ろうともしなかった。 おまけに彼の「ゆめゆめ忘れるな」を聞いたあたりで、彼が『セックスに悔いを残したくないと思う女は、男がひと息ついた時点で直ちにクイクイッと締めて、男の杭を抜くに抜けない状況に追い込めむべし』といった趣旨の説教をおこなったことも、すっかり忘れてしまっていた。 さらに言えば、池本の名が「太一」であることはおろか、秋子の夫の名が「一太郎」であることさえ、ハナからまったく頭に入れていなかったほどの愚かさなのである。 あのまま池本が喋り続けていれば、まちがいなく俺は「このままじゃラチが明かないどころか、夜が明けちまうじゃないか」というような不満を募らせ、鼻をハンカチで押さえているのをいいことに、「俺はお前のお喋りが聞きたいわけじゃなくて、秋子が潮を吹くのを見たいんだから、巨根で突きまくるなり腹を押してやるなり、とにかく早く何かやれよ。お前だって馬鹿じゃないんだから、鳴かないホトトギスを鳴くまで待った徳川家康より、ホトトギスを自力で鳴かせた豊臣秀吉のほうが、先に天下を取ったことくらい知ってるんだろう？ それに秋子はずっと泣き通しなんだから、早く潮を吹かせてやって、よがり泣きもさせてやらなきゃ可哀そうじゃないか」といった文句を、まるで念仏か呪文でも唱えるかのように、ブツブツ呟いていただろう。 ピンク映画を上映中の薄暗い館内で、顔を天井に向けたまま、ハンカチの陰で“独り言”を呟く男の姿は、毛髪の有無にかかわらず薄気味悪い筈。まわりの席にいた客が気づけば、ひと騒動さえ起きた可能性を否定できないが、そうした事態を未然に回避できたのは、まるで池本が「良いな」と念を押すのを待っていたかのように、再び豆をまくような音が聞こえてきたおかげである。 そしてまた音が一瞬で途絶えた後、額に脂汗を滲ませ、頬を涙で汚した秋子の顔が、スクリーンにアップで映し出されてしまえば、いったんは止まりかけていた鼻血が、いっこうに止まる気配を見せなくなっただけでしかない。 なぜ池本が長々と喋り続けたのか、その点に関しても、俺にはそれこそ「考える暇もあらばこそ」といった状況だった。 あのときの秋子は、満面に苦悶を浮かべていた。ただ、それによって彼女の美貌が損なわれることはなく、逆に美貌がいっそうの輝きを放っているようにさえ見えた。 言葉も呻きも発することはなかったものの、それでも彼女の表情からは、こんな胸の内が痛いほど‥‥というか、息子を痛くさせるほど伝わってきた。 《ああ…また洩らしちゃった……。でも…これ以上、洩らしたくない……。もう、洩らすのは嫌……。今はまだ、なにも言ってこないけど、次に洩らしたら、なにか言われるに決まっているんだから、なにが何でも、絶対に我慢しないと……。でも…でも……苦しい……おなかが痛い……。ああ…また出ちゃいそう……あ、また出ちゃった……恥ずかしい……んん…苦しい……オシッコしたい……》 ３回目の“潮音”というか、潮が畳を打つ音は、２回目のそれよりずっと大きかった。最初にひと潮吹いたときの音量を基準にすれば、３倍近くに達していたかも知れない。 池本も言っていたように、諺によれば「仏の顔も３度」。だが彼は、秋子の３回目の粗相に対しても無言を貫いていた。肉池を貫いたままの杭にしても、突き動かしたような様子はなかった。 冗舌さがすっかり影を潜め、寡黙な強姦魔と化した池本が口を開いたのは、３回目の潮音が消えて３０秒ほども経った頃。秋子が精一杯の礼を尽くしたように見せかけ、儀礼的な言葉を用いて頼み込んだ後である。 『ああ…教祖様。どうか…どうかわたくしを……トイレまでお導き……いえ、わたくし一人で行かせてください……。このままでは…教祖様の“おみ足”まで……汚してしまいます……』 『心配には及ばん。これまでの女の中には、わしが観音様を舌で愛でてやっておるときに、何の断わりもなく潮を吹いて、わしの顔を潮まみれにした者もおったが、わしは慈悲深いからのう。叱るどころか、こうやって仏壇返しでまぐわう前に、食塩を舐めさせた後、水をたっぷり飲ませてやったものじゃ。 そうしたら“そやつ”は「死ぬ死ぬ」と叫びながら、一気に大量の潮を吹きおってのう。おかげでわしの足下まですっかり水浸し。まるで噴水を眺めながら、温泉で足湯を使っておるような気分が味わえたぞ』 池本から「潮吹き大歓迎」とまで言われてしまえば、秋子もトイレへ行くのは諦めるしかない。だからといって、「では遠慮なく」ともいかないのが一般的な女心。言い換えれば、普通のピンク映画で主役を務める女性の模範的な対応というもの。 一方、典型的な敵役の務めは、自分の趣味や嗜好を徐々に明かしつつ、時には言葉の暴力によって、主役の女性を翻弄したり玩弄したりすることにある。常に単なる力まかせというか、すべてを腕ずくで解決しようとするような粗暴な男では、端役の悪役しか務まらない。 『ただし誤解のないように言うておくが、わしは元来、酒を飲むときもちびちびやるのが好きなタチじゃからな。お前にまで噴水のような立ち小便をやってもらおうなどとは、小便の一滴どころか、塩の一粒ほどにも思うておらんぞ？ やはり女は女らしく忍耐強く、我慢の上にも我慢と辛抱を重ねつつ、慎ましやかにチビることが肝心じゃというのに、お前ほどの女がその努力を怠って、一気に噴水させたのでは、わしが待ち続けてやった努力まで、小便の泡となって消え失せるからのう』 池本が偉そうに説教を垂れている間、秋子は今にも迸りそうな潮を、懸命に堪らえていた。大粒の涙を思わせる潮の滴を、肉壷の真下あたりにポタポタッ、ポタポタッと垂らしてはいたものの、噴水だけは避けたいという思いから、必死の努力と頑張りを重ね続けた。 だが、彼女がどれだけ我慢の糸を太く紡ごうと、見えない糸で尿道を緊縛できるはずもなく、８の字筋が緊張を失う一瞬に備えて尿道に辛抱‥‥いや、心張り棒を突っ込んでおくわけにもいかないのが現実。所詮、時間が切れれば、我慢の糸も切れてしまうのである。 『ああっ……』 秋子の切ない嘆きに潮音が重なったとき、カメラは池本の満足そうな表情を映し出した。 『そうじゃ、今やったようにやることが、なによりも肝要なのじゃ』 池本の言葉を聞いて、俺は耳を疑った‥‥というより、彼の聴力を疑った。秋子が洩らした４回目の潮音は、それまで以上に大きく且つ、かなり長めだったからである。 ただそれもまた、単に俺が愚かすぎただけの話し。池本が後に続けたいくつかの台詞を聞き、それを潮目に秋子が本格的な潮吹きを始めた頃には、彼の耳を疑ったことさえ忘れそうになってしまった。 『今のやり方を忘れんためには、引き続き反復練習に励むしか道はないが、やはり一人でやる練習というのは退屈で、身が入りにくいものじゃからのう。ここはひとつ、わしも練習を手伝うてやろう。 なに、遠慮も礼も要らん。これはお前が、これまでちびちび洩らし続けた褒美なんじゃからな。 さあ、今度はわしの合図に合わせてやってみるが良い。良いか、わしが観音様を「イチ、ニ、サン」と軽く突いて、その後に「シー」と奥まで突いたら、それを合図にチビるんじゃぞ？ 良いな。 年端もいかぬ幼子でも、親から「シー」と言われれば、それを合図に小便が出せるんじゃから、大人のお前なら簡単にできるじゃろう』 池本は悪魔でも‥‥違う、あくまでも悪役らしく、憎々しい口調で長々と“うそぶいて”から、俗に『三浅一深』と呼ばれる杭打ちの技法を使い、秋子の観音様へ合図を送り始めたのだが、苦しい我慢を続ける彼女にとって、そんな手伝いは有難迷惑どころか迷惑千万。 『やっ…やめて…お願い……出ちゃうから……あっ…お願い……ねえ、お願いだから…やめて……』 秋子は必死の形相というか、観客を魅了する表情で池本に訴え続けた。 『お願いします……後生ですから……せめて、お風呂場で……オシッコを、させてください……。ここでは…ここでは……ああ…もう、出ちゃう…出ちゃう……』 『心配には及ばん。諺でも言うておるように、出物と腫れ物は所を選ばず。ここでお前がどれだけ出そうと、一太郎が今更「恨めしや〜」と出てくる筈もなかろう』 秋子がなにをどう頼んでも、池本には糠に釘‥‥というより、ぬかるんだ肉池に杭。ひたすら辛抱強く三浅一深に励むというか、休むことなく『１・２・３・シーッ！』のリズムで合図を送ることで、秋子に潮吹きを促すのだ。 『あっ…出る、出る……うっ、出る…………あっ、やーっ！』 『なにをやっておる。タイミングがずれたではないか。もっとわしの出す合図に集中して、タイミングを合わせるのじゃ』 『ああ……また…出る…出る……出ちゃう…出ちゃう……』 『どれだけ出しても構わん。畳は濡れるが、わざわざ裏庭まで出して干さんでも、そのうち乾く』 『うっ…あっ……うーっ！』 『そうじゃ、今のタイミングを忘れるでないぞ？ ほれ、イチ、ニ、サン』 『ああっ！』 『だいぶコツを飲み込んできたようじゃな。それ、イチ、ニ、サン』 『いや…いや……もうやめて……お願い、やめて……こんな…こんなこと……』 『まだ出るじゃろう。イチ、ニ、サン』 『やあっ！』 池本が「シー」のタイミングで腰をグイッと突き出すと、まるでそれに呼応するかのように秋子は潮を吹いた。 その様子は俺に、竹筒で作られた水鉄砲を連想させたのだが、人によっては‥‥というより、温泉めぐりの好きな人なら、間欠泉を連想するかも知れない。潮が畳を打つ音にしても、豆をまいた音ではなく、トタン屋根を叩く雨やアラレの音を思い浮かべる人が、少なからずいるとは思う。 しかし、観客の期待や要望に応えるような形で、繰り返しというか執拗なまでにというか‥‥とにかく秋子に徹底して潮を吹かせた脚本家と監督のサービス精神に対しては、「感謝感激、雨アラレ」という言葉しか思い浮かばない。 『その調子で、最後の一滴まで絞り出すんじゃ。イチ、ニ、サン………イチ、ニ、サン……。どうした、もう出んのか』 『あっ…また…あっ、あっ、あーっ！』 途中でいくら池本に褒められたからといって、そんな言葉が秋子の励みになるはずもない。それでも彼女は、決して一気に全量を噴水させることなく、少量ずつしか潮を吹かなかったのだから、女の鑑と呼ばれる資格は充分にあるだろう。 だが、ピンク映画の世界で真に「鑑」と称えられ、多くの客を呼ぶためには、特定の条件が不可欠。といってもそれは、映画の幕が上がった時点において、処女膜を有していることなどではない。無論、女優としての知名度や人気の高さでもない。 たとえどんな役柄であっても、幕が下りるまでの間に、本当の女になる姿や、あるいはすでに“なっていた姿”というものを、惜しみなく見せてくれないことには、鑑になれるどころか、話しにもなにもならないのだ。 俺はいつ秋子が本当の女になるのか、期待と興味を胸に‥‥というより、ハンカチを鼻に当てたまま、興奮しっぱなしの息子とともに成り行きを見守った。 |
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| 2009.11.7掲載 |
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