| ▼ （へーえ‥そういう仕掛けになってたのか‥‥） 登場人物が小説を読むような小説は、俺にとっても初めての体験。 この明智大五郎という男の読む小説の題名が、『ケツをまくった変態は大変』に手を加えたというか、手を抜いたというべきか、その点はともかく、解説を兼用させるために、解説のページを前のほうに持ってきてあるとは思わなかった。 （これは誰のアイデアなんだ？） 普通に考えれば御手洗盥‥‥いや、編集担当者の可能性も考えられないこともない‥‥というより、帯にデカデカと『ていねいな解説つき！！』と謳われていたり、万引きに対する警告が、解説の中にまで書かれていたりすることを思えば、やはり編集者のアイデアと考えるのが普通。 （ということは、この林とかいうヤツは、かなり頭が切れるってわけだ） どんな男か、俺には“知る由もない”というやつだが、この小説が出版された当時、まだ二十代前半だったということは、主人公の明智という元デカより、頭のデキが良くて、仕事もできるのは確実なのだろう。 （なるほどな） これで俺には謎がひとつ解けた。江呂秀男は解説の中で、『林さんは独身で現在花嫁募集中！ おそらく死ぬまで募集中！！』と書いていたが、なぜ死ぬまで募集中なのか、その理由が読めた。 要するに林という男は、自分の頭の良さと、仕事ができることを自覚していて‥‥というより、うぬぼれにも近いほどの過剰な自信を持っているせいで、女に関しての理想が異常なくらい高いのだ。 言ってみれば、理想の男性像を、高学歴、高身長、高収入の『三高』とやらに求める女たちと一緒‥‥とも言い切れないが、まあ似たようなものだろう。 そうなると残る疑問はただひとつ。なぜ御手洗盥は、江呂秀男に恨みがましい気持ちを抱いたのか、その点がまだ不明だ。 俺は一介の読者に過ぎないというか、単なる“小説好き”でしかないが、江呂秀男の書いた解説は、それなりに出来が良かったように思える。実際、俺にはけっこう楽しく読めた。くどい分だけ、わかりやすくもあった。 特にバイロンに関する記述などは、あれを読んだだけで「為になった」と思わせてくれるほどだ。 それに第一、本当に出来の悪い解説なら、出版の専門家で仕事もできて、御手洗盥の担当でもある林という男が、内容を手直ししてもらうために、横から口を出してもおかしくない‥‥などと思うのは、俺がまともに小説も読めない“素人”というか、大五郎ならぬ『トーシロー』の証拠かも知れないので、とにかく解説の最後の数行だけ読み返す。 ▽ そこまではいいのですが、わたくしの子飼いの亀には、成長した海亀を思わせるほどの、いえ、獰猛なワニガメを連想させるほどの大きさの、致命的とも言えそうな欠点もあります。 そのひとつが、性格的に他の亀や人間と張り合うのが大好きで、小ぶりな体格ながら随所に「小どんぶり返し」の小技を用いたがり、「今の技は何点？ それとも難点？」と評価を気にする点。 結果、その伏線となる状況描写や心理描写、あるいは会話といったものが、「冗長」と言われても甘受せざるを得ないほど、極端に長くならざるを得ません。 欠点のもうひとつが、他の亀や人間の心の奥を覗きたがる点。言い換えれば、「こいつはなぜこんな事をするんだ？」とか、「どうしてこんな考え方をするようになったんだろう」といった考察を欠かさない点……と言えば聞こえはいいのですけれども……。 例えば貞淑な人妻が浮気に走る場合なら、その動機を単に「浮気相手の魅力に負けた」だの、「夫との性生活に不満を抱いていた」だのといったふうに解釈するのでは、『納得できないものは納得できない』とばかりに、動機の徹底解明に向け、人妻の生い立ちまで遡ろうとするのですから、手が掛かって仕方がありません。 早い話しが、自分を精神分析医かなにかと勘違いしている亀のせいで、物語の進行まで遅くなってしまい、結果的に『亀も裸足で逃げだす』どころか、『亀が速く走ろうとして運動靴を履き始める』ような状態に陥ってしまうのです。 つまり結論を端的に言えば。 わたくしが銀河小説から抜け出せないことの裏には、そうした苦しい事情が隠されているのである……ということにしておいてもらえれば、わたくしの能力の低さがバレる心配もないでしょうし、八方が丸く収まるはずですから、ヒデさん、解説を書いてくださるにあたっては、どうかひとつ、その辺のところをよろしくお願いしますよ、近いうちに近くで一杯なんて、実現不能なことは言いませんけど、もうじき家でなら、何杯でも奢らせていただけるようになりますから。（以上） ▼ （なんだ、そういうことか） 理由が判明。それも、ごくあっさりと。 最初に読んだときは、大して気にも留めなかったが、要するに御手洗盥は『苦しい事情が隠されている』ことにして、ぜひとも隠しておいてほしかったことを、江呂秀男がそっくり明かしてしまったために、恨みを抱いたのであり、それはすなわち御手洗がケツの穴の小さい男であることの証明……などと短絡的に結論を出すほど、俺も浅はかではない。 小説の解説には、たとえ捏造だろうとなんだろうと、こういう裏話しも書かれていたほうが楽しいと思うタイプの読者に向けて、編集担当者が工夫を凝らしたのだ。 その証拠に彼は、ここでも『林』という実名の登場を許したばかりか、解説の中では私生活の“捏造紹介”にさえ目をつぶった。林がケツの穴の小さい男なら、そこまではやらせないだろう。 頭が切れて仕事もできて、ケツの穴までデカイのなら、たとえ理想の女と結婚できなくても、男にオカマを掘ってもらう楽しみだけは残されているというもの。いずれにしても、俺とは違う星の下に生まれた男ということだ。 そんな男のことを考えていても仕方がない。 今の俺にとっての最大の関心事は、明智大五郎という名のドジで気の毒な元デカというか、おそらく次兄の大二郎によって警察を首にされたと思われる主人公が、これからいったいどんな変態ぶりを発揮するのか、その点だ。 さっさと次の頁をめくり、本編の続きというか、『ケツをまくった変態は大変』の第５章『人妻と束の間の夢を見た探偵の場合（上巻）』の『（其の一）赤と黄色は手掛かりになる』の続きを読み始めたほうがいい。 ▽ 〔編集者からのお詫びと訂正〕 江ロ秀雄さんの解説中に掲げられた「タライ利用適性チェックリスト」は、チェック項目が本来①から⑮まであるべきところを、抜けた編集者のせいで、⑪以降が抜け落ちてしまいました。 心よりお詫び申し上げますとともに、以下の通り補記しておきますので、ぜひぜひ参考になさって ください。 ⑪蓋のついたビアマグ（ビールジョッキ）は、蓋が“マ○隠し”の役目を果たすので、女性用の尿瓶に最適だと思う。 ⑫女性のアソコの「使用前と使用後の写真」を数多く撮るためだけの目的で、インスタントカメラを有効に活用している男がいても、それほど羨ましさは感じない。 ⑬カメラ用品のひとつで、微細なホコリを吹き飛ばすための『ブロワー』を見るたびに、セックスの小道具への転用を考えてしまう。 ⑭猥褻な写真を趣味で撮りたがる男の愛用するカメラは、レンズシャッター式の普及機ではなく、レンズ交換が可能な高級機（フォーカルプレーンシャッター採用の高級一眼レフ）と相場が決まっており、また使用するフィルムは、現像処理を自宅でおこなうしかないために、白黒フィルムに限られるという話しを、どこかで耳にした。 ⑮まだ赤ちゃんに恵まれていないのに「結婚以来、いちじく浣腸と紙おむつは我が家の常備品」と言って憚らない妻帯者を、羨ましく思うことはあっても、軽蔑するようなことはない。 〔編集者からの御礼とお願いと脅し〕 このたびは『ケツをまくる変態たち』の第一巻をご購入いただき、誠にありがたく、厚く御礼を申し上げますとともに、第ニ巻以降もぜひご購入くださいますよう、伏してお願い申し上げます。 はあ？ 解説を立ち読みしてみただけで、まだレジにも持って行ってないーっ？ このまま棚に戻す予定だとーっ！？ そういう根性の腐ったヤツには、腐った『ホモ牛乳』でも使って俺がたっぷり浣腸してやるから、近場の公衆便所で、尻を洗って伏して待ってろ！！ というのは無論冗談です。私は伏して…いえ、決してホモではありません。 最後の最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。編集者冥利に尽きます……と書いたところで、頁も尽きました。 ▼ （なるほど、そういうことだったか） ここに残りの５項目を持ってくるために、御手洗盥はあえて間違いをそのままにしておいたのだ。 （ということは‥‥なんて、小難しいことを考える必要はないんだったな） 伏線だろうが何だろうが、とにかく気にせずに読めと書いていた江呂秀男の進言に従う。 当然、ビールの気が抜けないように気を配ることも忘れない俺は、記憶術の天才‥‥のわけはない。 家でも酒を飲みながら読むことが多いから、慣れているだけだ。 そこで、いったんビールをすべて飲み終えてから、続きを読むことにする‥‥もなにも、中瓶だから、２杯続けて飲めばもう空っぽ。 次の頁をめくり、『人妻と束の間の夢を見た探偵の場合』の『（其の一）赤と黄色は手掛かりになる』を読み続ける。 ▽ 《ふう》 最後の最後まで読み終えた明智大五郎は、溜息とともに本を閉じ、瞼も閉じた。 青井盥の小説は、どれも銀河小説と呼ばれるほど極端に長いらしいが、江ロ秀雄の書いた解説もまた実に長かった。解説に続く編集者の付け足しを含め、本編同様、目が赤くなったり黄色くなったりしそうな内容でもあった。 人によっては、脳の神経細胞が送り出しているという電気的な信号が、まるで赤や黄色のパトライト状態……いや、クリスマスツリーを飾るミニ電球のように、点滅を延々と繰り返し始めていることだろう。 しかしその分だけ、明智が得たものは大きい。盥という字を『たらい』と読むことを含め、さまざまな知識が増えた。第ニ巻以降への期待も膨らんだ。 『ケツをまくる変態たち』を明智はまだ一度しか通読していない。一巻を三分の一ほど読んだ時点で、小林小次郎に「二巻以降は？」と尋ねたが、「僕もまだ二巻は読み始めたばかりで……」という答えしか返ってこなかった。 だからまだまだ二度でも三度でも精読したいのは山々なのだが、本編を読み返せば、股間にサンド…いや、股間に隠し持った警棒…違う、茎棒が、まるでサンドバッグを想像させるほどに膨らむことなど有り得なくても、抜きたくなるのは確実。 妻の姫子が運転していた軽自動車の中で……といっても、もちろん運転中の話しではなく、あくまでも人目に触れない場所で、かつ駐車中という状況での話しだが、とにかく姫子のパンティーの中に手を突っ込んだり、その軟らかな肉壺に、硬い茎棒を押し入れた経験を何度となく持つ明智も、この場で自分のパンツに手を突っ込むわけにはいかない。 カーセックスだけでなくカーオナニーにおいても、やはり時と場所を選ばないようでは、単なる露出狂だ。 《さてと》 明智は本をダッシュボードへ戻し、シートベルトを締めた。 車を走らせるわけではない。仮眠を取るためだ。迷惑駐車でパトカーを呼ばれても、きちんとベルトを締めていれば、『急に気分が悪くなって車を停めていた』という言い訳が通じる。 警察にも悪い奴らがいるばかりか、人を疑うのが警察官の仕事という面もあるが、人の安全を第一に考える余り、あっさり騙されてしまう純粋な人物も多いのだ。 腕時計のアラームを八時にセットして目をつぶった。その時刻なら、幼稚園児の見送りに出る母親が狙える。世の奥さん連中は一般に井戸端会議と噂話しが大好きだから、『聞き込み』の対象にはもってこいなのである。 《あ、何だ、そうか》 頭の中に幼稚園児と母親たちの姿を思い浮かべて気づいた。 今日の俺はどうかしている。明智はそう思った。 一般道で九十キロ以上のスピードを出したことといい、こんな簡単なことにも気づかなかったことといい、やはり睡眠不足がたたっている。そんなふうにも思った。 福田弘子がまだ高校生で、いくら立派なお屋敷に住んでいるからといって、素行まで立派とは限らない。 確かに岳父の金田一二三は、福田弘子を「真面目でおとなしい性格」と評した。だが、それが本当に当たっているかどうかは疑わしい。凶悪事件の犯人でさえ、普段から近所の人の目に「不真面目で凶暴な性格」と映るようなことは、極めて稀なのだ。 とくに最近は『幼な妻』だけでなく、ヤンキー上がりのママさん、俗に『ヤンママ』と呼ばれるネーチャンともカーチャンとも判別のつかない女まで登場してきた。 環境問題に詳しい専門家たちの言によれば、例えばヤンキースのような大リーグの名門チームに、日本のプロ野球選手が加えられる頃には、ヤンママが異常繁殖を遂げる反面、オニヤンマやギンヤンマといった大型トンボは絶滅に追いやられているらしい。 《なるほど…ヤンママになってる可能性もあったな》 仮眠でそれを忘れては問題である。 明智の勤める金田興信事務所のトイレの壁には、金田一二三の直筆による訓示ポスターが掲示されている。 内容は『睡眠不足が体力低下と結核感染の親友なら、思い込みと決めつけは、正確な調査の最大の敵』だ。 福田弘子という高校ニ年生の女の子が、すでにヤンママになっている可能性を、明智はしっかり脳味噌に仮の皺として刻んでから、脳内に流れる電気信号を徐々に弱めていった。 ▼ 右側のページの途中で文章が終わった。そして左側のページには『（其のニ）青いタライは夢でも役立つ』とだけ書かれている。 このページもいわゆる中扉というやつだが、おそらくこの“中タイトル”は、仮眠中の明智が夢を見るということの予告だと見当をつけて扉を開ける。 ▽ 半袖のセーラー服を着たひとりの女子高生が、学校の職員室を覗いた。無人なのか、今度は二階の校長室へ足を運んでいく。 女子高生がドアを何度ノックしても、返事は返ってこない。それでも女子高生はドアを開けて、中に入ってしまった。女子高生を尾行していた明智も、ドアを細く開けて覗き見る。 男の姿が見えた。女子高生はその男の前に、大きな机を挟んで立っている。 男は頭を後ろに倒し、ふたつの鼻の穴で女子高生を見ている。獣のような唸り声まで発している。 『校長先生…』 女子高生が呼びかけた。だが、校長は執務机に向かってはいるものの、天井に向けて広げた大口から、豪快なイビキを発している状態だ。 『校長先生、起きてください。校長先生…』 女子高生に二度三度と呼びかけられて、校長が目を覚ました。 校長は毛が一本もない頭だけでなく、顔までテカテカと光っている。 年齢は六十代の半ば過ぎ。明智は「金田のオヤジさんと同じくらい」と見当をつけた。 『ん？ きみは確か…一年Ａ組の、中曽根康子…じゃなくて、曽根康子君だったね』 『いえ…違います……』 『ああ、ごめんごめん。二年Ｂ組の少女Ａ…じゃなくて、先生たちから“少女Ｍ”とかエンジェルとか呼ばれている森永明奈君だ。そうだろう？』 今度も女子高生は首を横に振った。 『もしかして……中曽根菜津子君？ のわけはないな。彼女は今頃の時間、いつも“つけマツゲ”つけて、早弁してるからね。今日もそうなんだろう？』 『……知りません』 『あ、わかった。週刊ピンチボーイで、パンチのない平凡な水着写真を取らせたり、週刊プレーボールで野球のユニフォーム姿を見せている……えーと…そう、三年生の南明菜君だ』 『そんな人…知りません』 森永明奈や朝倉南ならよく知っている明智も、中曽根菜津子と南明菜に関しては、顔と名前が一致しない。 『私…薬丸弘子です』 『そうか。まあ、私も生徒の学年や名前なんかどうでもいいんだが、いったいどうしたんだ。今はまだ授業中だろう』 『わたし…急におなかが痛くなって…早退したいんですけど……』 表情を歪め、上体もわずかに屈めるようにして、薬丸弘子は下腹をさすっている。 『おやそうたい、なんちゃって…では、フルイかな、それともタライかな？ なんちゃって』 脳天気なことを言い、ズボンを引き上げながら、背の低いハゲ校長が薬丸弘子に近づいた。 『曽根君は、あれになんちゃって…じゃなくて、あれになっちゃったのかな？』 『………………』 薬丸弘子が無言で顔を伏せた。名前を呼び間違えられたためとは思えない。もちろん、笑いを堪らえているようには見えない。質問に恥ずかしさを覚えたか、それとも痛みが強くなっているか、あるいはその両方だろう。 『曽根君たちの年頃は、まだ女性ホルモンの分泌がどうしても足りないからねえ……あれも不順になりがちなんだよ』 またしても間違った名前を口にしながら、頭の足りないハゲ校長が弘子の背後へ回った。 『どれ、ちょっと見せてごらん』 『ア…校長先生……』 弘子は慌てて身体を反転させ、危うく捲られそうになったスカートを押さえた。 『なに、恥ずかしがることはないんだ。月経は今のキミにとって良い便り。妊娠していない証拠なんだから、安心してセックスに……励まれても困るからね。この機会に、悪い病気にかかっていないかどうか、ボクがパンティーを下げて見てあげようじゃないか』 『………………』 『心配はいらないよ。ボクは長く保健体育を教えてきたからね。パンティーに付いた下り物の染みの色と臭いで、それが生理的なものか、それとも病気の膿みたいなものか、正確に識別できるんだ』 ハゲ校長が老眼鏡を掛けても、弘子のほうは両手でスカートの裾をしっかり押さえたままだ。 『曽根君は純情そうだし、まだ処女だという噂もあるからね。パンティーを下げられるのが嫌なのなら、足を広げて、匂いを嗅がせてくれるだけでもいいんだ。この時期は汗もかきやすいし、処女のムンムンに蒸れたパンティーの匂いには、ジットリ汗ばんだ腋の下と、また違った格別の趣があるからねえ……』 ハゲ校長は人差指で鼻クソをほじり始めた。ほじった鼻クソはそのまま丸められ、机の上に並べられていく。 スカートを押さえている弘子が両腕を交互にさすっているのは、鼻クソの粒を見て鳥肌でも立ったのだろう。 『どれ、鼻の通りも良くなったし、そろそろスカートの中に頭を突っ込ませてもらえるかな？』 弘子は首を忙しく振って応じ、両手でしっかりとスカートを押さえている。 『高校時代のボクは、勉強を始めると必ず眠くなってね。だから試験のときは、いつも隣の席の女の子の答案を覗いていたんだけど、彼女たちはみんな黙って覗かせてくれたものだよ。その点、曽根君は冷たいね。もしかしたら、そろそろパンティーまで冷たくなってきたんじゃないのかな？』 すっかり曽根弘子だと思い込んでいるハゲ校長の質問に、女子高生は首を力なく振って返すばかり…ではない。スカートを押さえている手の片方が、徐々に尻のほうへ動いている。 『フンフン、なるほど』 ハゲ校長がいかにも満足げに頷いたとき、女子高生の右手は肛門に蓋をするような格好になった。 『曽根君は白いパンティーが赤くなったんじゃなくて、ピンクのパンティーが黄色くなりそうなんだね？』 露骨な問いかけに、弘子の顔が真っ赤になった。その顔を下から見上げてニヤニヤするハゲ校長の歯は真っ黄色だ。とても歯磨きをしているようには見えない。 『それならそうと早く言ってくれれば、ボクとしても対処のしようがあるというものじゃないか。ほら、ボクの椅子をよく見てごらん』 弘子は校長の椅子に目を向けた途端、驚きで目をいっぱいに見開き、後ずさりを始めた。だが、ハゲ校長はそれを抱き抱えるようにして、無理やり机のほうに連れ戻そうとしている。 明智も急いで中へ入り、書棚の陰に隠れた。今は手錠も手帳も持たない身だから、なにも手出しができない。いや、たとえ仮に手帳を持っていたとしても、逆に「不法侵入」の罪を問われかねない状況だ。 『ほら、早くパンティーを脱いで、ここに座りなさい』 弘子が激しく首を振って返した。ハゲ校長の椅子は、ポータブル式の洋便器だったからである。 もちろん普通の椅子だとしても、弘子がハゲ校長の指示に従うとも思えない。見るからに清純そうな感じの高校生なのだ。 『もちろん便座に座ったら、両方の足も便座に乗せて、膝を広げないとだめだよ？ そうしないと、どうして曽根君の腸の調子が悪くなったのか、診断してあげられないからね』 調子のいいことを言う一方、ハゲ校長は弘子の顔を覗き込もうと懸命だ。弘子がどんな表情を見せているのか、その反応を楽しみたいらしい。 『どうしたの。早くしないとパンティーが黄色くなっちゃうよ？ 黄色いサクランボもおいしくないけど、黄色くしたパンツもくさいからねえ……』 ハゲ校長の台詞はくさい。弘子がずっと顔をそむけているのは、ハゲ校長の口や息までくさいためだろう。 『ボクはイボ痔で、なかなかウ○コがきれいに拭ききれないし、普通の椅子に座っているとイボが膨らんで痛むからね。ここに座っている間は、いつもズボンとパンツを脱いでいるんだよ。こんなふうにね』 イボ痔校長がズボンをパンツごとずり下げて珍棒を……いや、チンケとしか呼べないような肉棒を取り出した。勃起しているのは明らかなのに、その長さも太さも小指程度でしかなく、持ち主の頭がツルッパゲなのに対し、亀の頭はすっぽりと皮で被われたままなのだ。 肉棒の付け根に毛が生えていなければ、幼児のチンコと見間違えられるだろう。 『キャッ…』 弘子が小さな悲鳴を発した。イボ痔校長の肉棒を見たためではない。手で蓋をしていた肛門が、遂に鈍い悲鳴を放ったからだ。 『ほら、早く便器に座りなさい。一発二発は大丈夫でも、三発目の正直という諺もあるくらいだから、そのときは実まで洩らすことになるんだよ？ いくら曽根君がＢ組だからって、Ｃを洩らすのならともかく、ＢＢやってパンティーを膨らませても、恥ずかしいだけだろう』 イボ痔校長が言った途端、二発目の洩れ出る音が聞こえた。 『…恥ずかしい……』 弘子が泣きだしそうな声で呟いた。 『ウーン…今のはＢというより、明らかなＶだったから、採点としては、ボクが長く吸ってきたタバコと一緒のスリーＡというか、すぐにでも曽根君にチンコを吸ってほしくなるほどの、この上もなくエー音だったわけなんだが、ひとつ質問をさせてもらえないかね』 『………………』 『実は、黒井福朗という人の書いた本の中で、尻から出す音が鈍い女の子ほど、あそこの感度は鋭いという説が紹介されていたんだが、曽根君の感度はどうかね』 『いや…』 弘子は首を細かく振って応じた。無論、感度は良くありませんと答えたわけではないだろう。 明智には確信がある。洩らした音の音色を指摘してほしくない気持ちが、言葉と態度になって表れただけのはずだ。 なぜなら、イボ痔校長の口にした説が正しいかどうかは不明でも、弘子が洩らした音色、それも二発目についての表現は正しくない。明智の耳には「低くて鈍い音」というより、「濁りきっている音」とか「汚れきったような音」としか聴こえなかった。 『ねえ、曽根君。盗まれた物と掘り出し物というのは、なかなか出てこないのが世の常だけど、ビールを飲めばオシッコが出るし、サツマイモや豆やゴボウや……ニンニクやタマネギなんかもそうだけど、とにかくそういう物を食べればオナラが出るし、思春期の場合は、なにもしなくたって、ニキビと精液がすぐ出るものなんだ』 イボ痔校長が初めてまともなことを喋り始めた。 『それと一緒で、出物と腫れ物、つまりオナラやイボ痔といったものは、所を嫌わずに出るから仕方がないんだよ』 今度は昔の諺を持ち出してきた。そうした知識に関してだけは、そこそこの常識を持った人物らしい。 『まあ例えてみれば、トコロ庄司とかいう芸人が、視聴者の好き嫌いとは無関係にテレビに出まくったり、夏になると甘味喫茶でも、酢っぱい味のトコロテンが出てくるのと一緒だね』 そんな話しをしても、何の“例え”にもなっていない。 やはりこのイボ痔校長は頭が足りない。明智はそう断定した。 『それに、曽根君のような細身で清純なギャルには、大喰いしたり早喰いしたりする姿が似合わないように、汚濁した重低音を尻から放つ姿は似合わないなんて、馬鹿なことを思うやつもいるらしいんだが、実に似合うんだなこれが。その証拠に、ほら、見てごらん』 弘子は顔を伏せたまま、閉じた瞼と唇を震わせている。たぶん三発目を堪らえるのに精一杯なのだ。 俺が代わりに見てやるしかないか……明智は仕方なく目を凝らした。 イボ痔校長はよほど興奮しているらしい。チンケな肉棒は相変わらず皮を被ったままとはいうものの、その先端が濡れ光っている。亀が涎をこぼし始めたらしい。 『アアッ…』 弘子が背すじを反らした。だが、それも一瞬のことで、すぐに両手で顔を覆うと、わずかに上体を前かがみにした全身を、わなわなと震わせ始めた。 『ウーン…メンタム』 まったく男くささを感じさせないイボ痔校長が、顎を撫で始めた。どうやらメンソレータムを塗りたいらしい……のではなく、メンソレータムのテレビＣＭに出演した英国人俳優、ウイリアム・ブロンソンを気取ったらしい。 だが、なぜそんなことをするのか、明智には見当がつかない。 『今の音は、濁りきったというより、明らかに水分を含み、半濁してくぐもった破裂音というほうが適当かな……』 どうやらイボ痔校長はオーギュスト・ロダンに…いや、考える人になっていたらしい。 どうせなら愛用の便器の上に座り、彫刻になって固まってくれれば俺が……明智はそんな願望を抱いた。イボ痔校長が口にした感想に、明智も同感したからである。 『曽根君は、実も洩らしちゃったんだね？』 『ウウ…ウウウ……』 泣き声まで洩らし始めた弘子の首は、横に振られ続けている。だがそれは、決して質問を否定しているのではなく、音色を聴けば誰でもわかることというか、わかりきっているような事実を、敢えて指摘してほしくないという気持ちの表れだ。 『あなるほど。アナルから立ち洩らしというのも悪くないね』 イボ痔校長が、右手のグーで左手のパーを叩きながら言った。当人は駄洒落のつもりのようだが、そもそも「アナルから」では正しくない。 名詞を使って「アヌスから」と言うべきだ……明智はそう思った 俺でさえ知っていることを、このイボ痔校長は知らないのは、知能がグーではなくパーの証拠のひとつ……明智はそうも思った。 こんなとき、青井盥の小説に出てくる男なら、「便の出るアナルとアヌスの品詞を知らないオヌスは、紳士とは呼べんし、英語の弁士にはなれんぞ」とでも言うのだろうが、今の明智は言葉を発するわけにはいかない。そもそも明智自身が紳士とは程遠く、英語とは縁遠い人間でもあるのだ。 『さあ、曽根君。こうなったら、そのまま遠慮なくブリブリやってくれていい。ボクは自慢じゃないけど、キミのようなギャルのブリッコが大好きで、ブリッコがお尻でブイブイ言わせるのは、もっと好きなんだ。 ブリッコでギャルの曽根君がみんな出した後は、膨らんだパンティーの写真でも撮りながら、水気がすっかり切れるのを待って、ボクがウ○コもマ○コもきれいに拭いてあげるからね。なにも心配いらないよ』 イボ痔校長が喋り終えた途端、弘子のスカート丈が一気に長くなった。しかも泣いていたはずの顔には、きつい化粧がケバケバしいほどに施され、脱色された髪も逆立てられている。どう見てもスケバンだ。 『おい、ハゲ』 スケバンの声に、周りを見回すイボ痔校長。 『オメーのことだよ。短小で包茎でイボ痔のドハゲジジー』 厳しい口調に、チンケな肉棒を瞬時に縮み上がらせた極短小包茎校長。亀の頭の先端では、余った皮が皺まで寄せている。まるでミニチュアのビール瓶の首の部分だけを、そのままくっつけたようにしか見えない。 『アタシが黙ってりゃ、いい気になりやがって、好き勝手なこと抜かしてんじゃねえよ、馬鹿。アタシが腹が痛いっつーときは、あれが近くなって、カレシとやりたくなったときだっつーことくらい、センコーたちの常識だろ』 啖呵を切っている間に、セーラー服が特攻服に変化した。髪も茶色どころか金色、手には機関銃…違う、木刀まで携えている。俗にいう「族」に属するヤンキー娘だ。 『でも…今のあの魅惑の三連発は……』 『バーカ。これを使ったんだ。決まってるだろう』 スケバンがスカートのポケットから取り出したのは、小型のカセットレコーダーだ。 『それはどうも、申し訳ありません。でも、今は授業中ですし、よろしかったら、彼氏のあれの代わりに、ビール瓶でも使ってオナられたらどうでしょう』 『………………』 『テープにオナラの音を録音されるくらいですから、わたくしの見ている前でオナられるくらい、屁でもないんじゃないですか？』 『先に中身も飲ませてくれるんだろうな』 『いえ、それは……』 『ビール瓶でオナるのが良くて、何でビールは飲めねえんだよ』 『曽根さんはまだ未成年ですし、わたくしも校長という立場上、ここでチンコを立てたり、生徒に立ち洩らしくらいはさせられても、さすがに飲酒までさせるというわけには……』 『ざけんじゃねーよ、馬鹿野郎！』 『ヒッ！』 ヤンキー娘が怒鳴りながら木刀で机を叩くと、極短小包茎校長が首を亀のように引っ込めながら、素っ頓狂な悲鳴を上げた。 『それなら、初めっからビール瓶なんて言わなきゃいいだろう。ああ？』 『はい、すみません。コーラの瓶に訂正させていただきます』 『わかったらぐずぐずしてないで、早く持ってこいっつーんだよっ』 『はい、ただいま』 怒鳴られた極短小包茎校長が、机の引出しからコーラを取り出し、ヤンキー娘に差し出した。 『おい、ハゲ。テメーはアタシを舐めてんのか』 『はい、これでオナられた後は、ぜひわたくしに舐めさせていただければと思います』 『はあ？』 『わたくしもそれなりの経験を積んでまいりましたし、何と申しましても、岐阜県は奥飛騨の出身ですから、女生徒のスカートのヒダにアイロンはかけられなても、皆さんのアソコのヒダでしたら、奥のほうまで上手に舐めくり回せます』 『………………』 『ほら、例の肉襞のシャブシャブ、それも食べ放題…いえ、舐め放題ですよ。曽根さんもお好きでしょう？』 『………………』 『ちょっとやってみましょうか…といっても、まだオナっていただいてないわけですから、舌の動きだけですけど』 勘違いの激しいボケ校長が舌を突き出し、鼻先に近づける訓練を開始した。 『どうです。わたくしが“奥飛騨牛の舌舐めずり”と名づけた丸秘テクニックなんですが』 同郷人として恥ずかしい。明智は心の奥からそう思った。 『やっぱしテメーは、アタシが女だと思ってバカにしてんだな？』 『はい？』 『だからなー、空の瓶なんか持ってきても、コーラが飲めねえって言ってんだよ！』 『ですが、あいにく一時間ほど前に、空き瓶ばっかりになってしまいまして……。喉が渇いていらっしゃるなら、わたくしのこれを舐めていただければ、ほんの三秒半ほどで、すぐに濃厚な乳酸菌飲料みたいなやつが出ますが、それではまずいですか。お味のほうは、それほどまずくもないと思うんですが……』 開き直ったのか、それとも根っからボケているのか。極短小包茎の早漏校長は、股間に下げたミニチュアのビール瓶の首を、親指と人差指で摘まみ上げている。 『あのなー、ハゲ』 『はい？ 何でございましょう』 『そもそもテメーは、何でコーラを机の中に溜め込んでんだ？』 『あ、それはですね。曽根さんのような魅力的な生徒さんに、校長室を訪ねていただいたときは、先程もご説明しました……かどうかは忘れましたが、いちじく浣腸でお尻をブイブイ言わせていただいた後、必ず生で一発させていただくのが、わたくしの趣味と申しますか、生き甲斐でもありますものですから……』 極短小包茎の早漏校長は、照れるような素振りひとつ見せずに答えた。 『もちろんパンティーがきれいに…と申しますか、コンモリと形よく膨らみましたときは、記念に写真を撮らせていただくこともありますし、それをオカズにして掻くときもあります。写真はすべてモノクロですが、よろしかったら、曽根さんもアルバムをご覧になりますか』 『そんな物、見たいわけねーだろ』 『どうしてです？ やっぱりああいう写真は、カラーじゃないと迫力や臨場感に欠けるからー、マ○ズリが掻けないとか？』 教育者としての適性ばかりか、品性にも欠けた校長だが、語呂合わせを用いた駄洒落と口だけは、それなりに達者なようだ。 『おい、ハギ』 『はい？ “追い剥ぎ”がどうかしましたか？ それとも……』 『メガネの漫才コンビなんか呼んでねーよ。ハギとハゲを言いまちがえただけだ』 『………………』 『さっきテメーは、生で一発とか何とか抜かしてやがったけど、まさかナカダシした後に、コーラで避妊しようとしてるんじゃねーんだろうな』 『その点はほら、皆さんは避妊に関する知識が欠けておられますから、たいてい信じていただけますし、できたらできたで、わたくしの子供じゃないって言えば済みますから』 『ケツをまくるっつーのかよ』 『だってほら、これまでの所は一人も処女がいませんでしたし、それに、産婦人科の病院を訪ねるようには指示しておりますから』 『堕ろせって言ってきたのか』 『いえいえ、とんでもない。わたくしも教育者の一員として、責任ある立場ですから、そこまで具体的な指示は出せません』 早漏校長が顔の前で手を振り、ヤンキー娘が呆れ顔になった。 『ですが、濃厚な乳酸菌飲料みたいなやつなら何度も出せますから、曽根さんの喉も充分に潤うんじゃないでしょうか』 『馬鹿野郎っ！！』 『ヒーッ！！』 ヤンキー娘が木刀を振り上げて怒鳴ると、Ｈｅが、いや…早漏校長が失禁した。 『テメーみたいなヤツが学校にいるから、みんなアタシみたいになるんじゃねーか』 『申し訳ありません。今度からアナルセックスに変えるとか、生尺だけで我慢いたしますから、どうか許してください。この通りです、お願いいたします』 早漏校長は、小便の水溜まりの上で土下座を始めた。 『アア…おなかが痛い……』 ヤンキー娘が突如として下腹を撫で始めた。今度は本当にお尻でブイブイ言わせなければならないのか、その弱々しい眼差しはポータブル式の洋便器に向けられている。 『あのう…曽根さん？ どうやら曽根さんは、だいぶガスがお溜まりのご様子ですが……』 早漏校長の指摘通りだ。ヤンキー娘の平らだった下腹が、急激に膨らんでいく。 『ンン…痛い……』 『ガスの溜めすぎは、精液の溜めすぎよりも身体に悪いらしいですから、コーラの瓶でオナられる前に、おならだけでも瓶に移し替えられたほうがよろしいかと思いますので、すぐに準備いたしましょう。少々お待ちください』 根は優しいのか、それともただの変態の権化なのか。ズボンをパンツごと引き上げた早漏校長は、ヤンキー娘の苦悶をよそに、机の引出しからコーラの空き瓶を何本も取り出し始めた。 『いいですか？ いいですか？』 早漏校長はコーラの瓶を取り出しながら、腰を前後にカクカクさせている。明智には、その質問と動作の意味がわからない。 『ねえ、いいですか？ いいですか？ すぐに行きますからね。まだ洩らさないでくださいよ？ 少しくらい痛くても、わたくしがおそばに行くまでは、我慢してくださいよ？ 多少は洩らされてもかまいませんが、決して息んだりなさらないように、くれぐれもご注意くださいね』 『アア…産まれそう……』 ヤンキー娘の特攻服がマタニティードレスに変わった。その膨らんだ腹の中には、スイカでも入っているようだ。 『キミ、大丈夫かい』 白衣を着た中年の男が、青い盥とヤカンを持って部屋に入ってきた。すると、早漏校長が腕の中にコーラの空き瓶を抱えたまま、白衣の男の前に立ちはだかった。 『何だね、こんな所に盥なんか持ち込んで。ここにはちゃんと便器があるんだぞ。たとえ金盥でなくても、我が校の女子生徒に盥を使わせるなんてことは、このワシが許さん』 『あんたは誰だ』 早漏校長を睨む白衣の男。顔にはニキビの痕がたくさんある。 『ワシは校長だが、お前こそ誰だ。名を名乗れ！』 『その顔は、私に「赤銅、鈴之助だ！」と答えさせたいようだが、私の名前は小佐野、小佐野ハルモトだ』 『がっぽり稼いでいるミュージシャンだな？』 『名前で人の職業を決めるな。それに私の名は、春に本と書いてハルモトだ。シュンポンじゃないぞ。佐野賢治とは違うから、政商でもなければフィクサーでもないからな』 『それじゃ、まだ駆け出しのお笑い芸人か』 『お笑い芸人？』 『ギャラの少なさを補うために、臨時講師の採用試験を受けに来たんだろう』 『それなら試験に落ちないように、裏口から鍋や缶…いや、鍋とヤカンを…持ってこないにしても、授業でネタが受けなかったときに備えて、頭を叩いてもらうための洗面器くらいは持ってくるはずだろう』 白衣のニキビ男は、青いポリ盥の中にヤカンから湯をそそぎ始めた。 『医者を真似た格好で、でたらめな医学講座を開くお笑い芸人もいるじゃないか』 『あんたはなにを言ってるんだ』 『ハハーン…わかったぞ。貴様の本名は、高峰モトハルか、佐野ケーシか……いや、演技が達者だから、“マザコン夏彦”の芸名を持つ佐野四郎だな？』 『私の名前は小佐野春本、れっきとした産婦人科の医者だ』 『あ、なるほど。産婦人科の先生ということは、彼女に盥を使わせるんじゃなくて、生まれた子供に産湯を使わせるわけですか』 『当たり前だ。盥はなにかと役に立つが、私は盥で行水する女子高生の裸なんか、見たいとも思わない。今ではもう、見るだけじゃ立たないからな』 『そうでしょうねえ…普段から裸どころか、あそこまで覗いて指を入れたり、浣腸なんかもするらしいから……』 『それが私の仕事だ』 『やっぱり学校の先生になるより、産婦人科の先生になれば良かったよな……』 満面に無念の表情を浮かべながら、早漏校長が独り言を洩らした。 『あ、そうでもないか……。生徒の中にも痔を患ってる子が多いというか、地主の娘で３年Ｇ組にいる福田沙紀子君は、痔の薬のテレビＣＭに出てるんだから、浣腸を中心に考えれば、肛門科だ。触診するときだって、穴を間違えたふりをすれば、どっちにも入れられるじゃないか』 早漏校長の独り言は、いっこうに止まる様子がない。 ただ、これまでの話しを聞いて、明智にはこの高校の名前に見当がついた。 タレントが数多く在籍していることを思えば、『細腰学園高校』しかない……。 『チェッ。肛門科の先生になっていれば、イボ痔の手術を受けるときにも、どこの病院ががいいか選びやすくて、一石二鳥だったのに……』 イボ痔の早漏校長の呟きが聞こえているのかいないのか、産婦人科医はヤンキー妊婦を早漏校長の机まで導いていく。 『佐野先生、ちょっとお待ちください』 『今度は何だね』 名前を呼び間違えられた産婦人科医は、苛立ったような声で早漏校長を振り返った。 『曽根さんの足が濡れているようなんですが、破水とかいう状態になったのでは？』 『えっ、まさか』 驚きを口にしながら、産婦人科医が慌てて視線を床に落とした。確かにヤンキー娘の足下には、水溜まりが広がっている。 『大丈夫だ。心配ない。これは羊水ではなく小水だよ』 『ショースイといいますと？』 『小水がオシッコで、淫水がオメ○汁、雲水が僧侶で、陽水がミュージシャンであることくらい常識だろう。あんたは、やつれるという意味の憔悴という熟語も知らないんじゃないのか』 『ということは、やはり曽根さんは立ち洩らしで陶酔するわけですね？』 『あんたは馬鹿か。妊婦というのは、内臓が常時圧迫されているから、ちょっとしたことでも屁や尿を洩らしやすくなるものなんだ。そのことは、蓋つきのビールジョッキを買う人のほとんどが、妊娠後期の女性だという調査結果で、裏が取れているだろう』 『なるほどなるほど。妊娠はオッパイを豊満にして、パイズリをしやすくなる効果があると同時に、空気浣腸と同様の付帯効果が出現するわけで……蓋のついたジョッキは、マ○隠しのついた尿瓶として売られているのか……これはメモしておかないと、仮眠を取っただけで忘れそうだな』 早漏校長が独り言のように言って、ちびらせたばかりのチンケな肉棒ほどにちびたエンピツを、舌で舐め舐めしながら、手帳にメモを取り始めた。 『さあ、キミ、ここに上がって横になって』 産婦人科医の指示でヤンキー妊婦が机に上がり、身体を仰向けに横たえた途端、机は産婦人科の検診台だか分娩台だかに形を変えてしまった。 『佐野先生。曽根さんのパンティー、ちょっと拝見させていただけますか』 『どうして校長がそんなことをする必要があるんだね』 『教育上の寒天からです』 『あんたは頭だけじゃなくて、発音も悪いな。それを言うなら、寒天じゃなくて観点。頭にカツラ…じゃなくて、頭にアクセントを付けるんだ』 『………………』 年下の同性にハゲ頭まで指摘されたせいか、早漏校長が涙ぐんでいる。 『で？ どんな観点なんだね』 『はい、寒天…いえ、簡単です。例えばＴバックを穿いているようなら、セックスの体位の好みがタチバックだとわかりますから、教室で黒板にマ○コマークを書き並べながら、教師と性交に及ぶかも知れませんし、紐パンなら、将来的にヒモ志願の男のカモになりかねないじゃないですか。言ってみれば、そうしたことを未然に防ぐ意味から、隠された性癖を探る性格検査みたいなものです』 『フルバックのパンティーの場合は、どんな危険性があるんだね』 産婦人科医も興味を抱いたらしい。真剣な口調で尋ねた。 『誰の前でも尻をフルようになり、情事の際にも常時バックでやるようになりますから、動物的な行為を恥じない母親になり、子育てへの悪影響が懸念されます』 『穴あきパンツの場合は』 『無政府状態を作ろうとする、無政府主義者かも知れません』 『穴空きはアナーキーに通じるからか』 『そうですそうです。さすが外国語に堪能な高峰…いえ、佐野先生、わかっていただけて恐縮です』 『なるほど。校長の心配はもっともだが、この子はノーパンだよ』 『どうしてわかるんですか』 『テレビでヒーローになれる刑事は、必ずジーパンを穿いているように、和服の女性とスケバンは、いつもノーパンに決まっているんだ。ほら、あんたの一人娘…えーと…名前は何て言ったかな……』 『満子ですが、娘がなにか』 早漏校長が不安げな声で尋ねた。 『彼女がいつもスケスケのパンツを穿いているのと一緒だよ』 『は？ どうしてご存じなんですか。まさか佐野先生も、女子高生のスカート捲りが趣味だとか？』 『あんたはなにを言ってるんだね。誤解のないように、この際は医師としての守秘義務を無視して言っておくが、あんたの娘の小万子さんは、十五の時から、すでに五回も私の病院で子供を堕ろしているんだ。わかって当然だろう』 『！！』 堕胎専門医の答えに絶句する早漏校長。娘の名前を間違えられていても、それを正す余裕さえ失っている。 『ほら、キミ。もっとよく見えるように膝を広げて……初めて正常位でやったときのように、もっとガバッと……そうだ、そしてここに足を乗せて……』 ヤンキー妊婦はおとなしく堕胎専門医の指示に従っているらしい。だが、明智の位置からは下半身の様子が見えない。 『臨月になっての堕胎は現実的に不可能だから、出産するしかないんだが、それでいいね？ それとも……』 堕胎専門医が、意味深長な物言いをした。そこにハゲ校長が寄っていく。 『あのう…佐野先生。こういう物が必要になるんじゃないでしょうか』 ハゲ校長が差し出したのは、黒いゴミ袋と透明なポリ袋だ。 『どうしてそんな袋が？』 『だってほら、妊婦によっては分娩のときに、息みながらブリブリやる人も多いそうじゃないですか』 『三流週刊誌の告白記事の読みすぎだ。あんな記事はでたらめもいいとこで、エロ作家を目指す編集者なら誰でも書ける。そんな週刊誌を読んでも、クソの役にも立たないぞ』 『いえ、わたくしがそのことを知ったと申しますか、読んでいるうちにナニが立ったのは、黒井福朗とかいう医者の書いた小説で、題名は……そう、確か「知恵袋よりポリ袋のほうが役に立つ」です』 『………………』 『小説の中には、女を立たせてブリブリさせるときは、透明のポリ袋がお勧めで、ジョージョーさせるだけなら、バシャバシャいう音を立たせるためにも、スーパーのレジ袋が最適だと、そんなことも書いてありました』 『ゴッホン』 堕胎専門医が右手のグーを口に当てて咳払いをした。 『あ、もしかして……佐野先生が黒井福朗さん？ そうですよね、ご本に載っていた写真とお顔がそっくりだ』 『ゴホンゴホン……ゴホゴホゴホッ…ゴッホ、ゴッホ……』 画家…ではなく、堕胎専門医が激しく咳き込み始めた。さすがに『コッホ』という咳音は発せられないらしい。 『マスク、使いますか』 『ゴホゴホ…ゴッホン……。ああ、済まないね』 ハゲ校長の差し出したマスクを、堕胎専門医が広げた。 『何だねこれはー。生理用のナプキンじゃないか』 『使えませんか』 『耳に掛けられないだろう』 『わたくしは普通の椅子に掛けるとき、痔の痛みを緩和するためによく使ってますよ』 『………………』 『それなら…こっちはどうですか。これは必要なんじゃないんでしょうか』 今度は紙オムツを差し出した。 『あんたのハゲ頭の中には、そういうことしか詰まっていないのかね』 『でもこれは…赤ちゃん用なんですが……』 『あ、なるほど。それは必要だ』 堕胎専門医は思い込みと決めつけと忘れ物が激しいようだ。 『こらこら、ハゲ校長。許可なく女性の陰部を覗き込むんじゃない』 『あ、いえ、どれくらいハゲ…いえ、生えているのかと思いまして……』 『あんたの娘さんと同じくらいさ』 『そう言われても……』 『娘さんの話しだと、あんたは覗きも趣味で、娘さんの入浴姿まで覗いているそうじゃないか』 『ですが、満子はいつも風呂にスリコギを持ち込むものですから、それを満子…いえ、マ○コに突っ込んではいけないと……』 『突っ込んでズコズコやればいけるから、風呂にまで持ち込むんだろう』 『はい、いつも大きな声で喘いだり呻いておりますから、たぶんそうなんでしょうが、わたくしが覗くと、満子はいつも洗面器いっぱいのお湯をかけてくるものですから、どの辺まで生えているのかまでは、お恥ずかしい話し、まだ一度も……』 ハゲ校長が頭を掻いた。 『そういうわけですから、この機会にこれを使って、出産前と出産後の写真なんかも撮らせていただけないかなー…と思ったんですが』 『ほう…それはインスタントカメラの最高級機、“撮れるんですＳＥＸ６９”じゃないか』 『さすが佐野先生。カメラにもお詳しいんですね』 『私は胃カメラの操作は苦手だが、インスタントカメラに関してはプロだ。若い女性の陰部の写真は、子飼いの亀のエサにもなるからね』 『それでしたら、ここはひとつ、ぜひ、このわたくしにも……』 ハゲ校長が揉み手を始めた。 『ここで撮らせていただけないと、せっかく買ったカメラの持ち腐れになって……亀の持ち腐れと申しますか……わたくしの亀の“抜けるんですセックスしなくても”のキャッチフレーズが、グスッ……泣くというものじゃないですか……グスン……』 ハゲ校長が鼻をすすり始めた。 『この子の陰部の写真を撮らせてほしかったら、ビール券を持ってきなさい。あんたほどのハゲというか馬鹿につける薬はなくても、医者の心を動かす薬はあるんだから』 『生徒の親御さんからもらった商品券なら、手元に山ほどあるんですが、それでもいいですか』 『ああ、かえってビール券よりそのほうがいい。軽度な医療ミスなら、立ち会っていた看護婦に商品券を渡せばウヤムヤにできるんだ』 悪徳医師の答えに、贈賄校長が机の引出しから商品券の束を取り出した。 『商品券はどこに入れましょう。先生のパンツの中ですか』 『一種の賄賂なんだから、袖の下に決まって……お、何だ、産まれたぞ』 赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。 また一人、ヤンママが誕生した瞬間だが、赤ちゃんの泣き声がおかしい。ピピピピピ…と泣いている。哺乳動物というより、鳥類の鳴き声だ。 まさか…そんなことがあるのか……明智は急に不安を覚えた。 姫子の出産予定日は近い。もしも我が子が、そんな産声を発したらと思うと、心配が募る。 急いで姫子の許へ向かったほうがいい……。昨日、妹の種子が産んだ“初子”の顔を見てきたばかりだが、姫子が双子の胎児と眠る菩提寺の墓まで、再びトンボ帰りしたほうがいい……。義父が買ってくれた車を飛ばせば、鳥には及ばないまでも、トンボになら負けない速さで岐阜まで行ける……。 だが、なぜか身体が動かない。車を動かせない。 明智には己の全身が、まるでなにかに縛り付けられてでもいるかのように感じられるのだ……。 |
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| 2008.3.22掲載 |
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