赤と黄に彩られた棋譜

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　自己体験だけが頼りの「小学生になれば」という姫子の判断が、本当に正しかったのかどうか。
　姫子の痛々しい遺体と対面した時点で、もうそれさえ確かめることもできないと知った明智は、心の奥底から『犯人』を憎み、明確な殺意を強く抱いた。そしてまた同時に、姫子の無念を晴らし、自分も悲しみから逃れるためには、報復殺人しかないと考えた。

　決して逆上したわけではない。あくまでも冷静だった。悲しみの深さこそが、冷静を保つ何よりの原動力にもなった。その証拠に明智は、姫子の遺体とともに自宅へ帰った時点で、報復殺人の計画を完璧に立て終えていた。
　
　交通事故による業務上過失致死の裁判が、一審で結審を迎えるまでの期間くらい、新聞をよく読んでいる人なら容易に推察できる。ましてや現場で働く『警部』なら、所属がどこであろうと誰でも読める。
　もしも読めない警部が捜査課にいるとすれば、そいつのイニシャルは『ＫＹ』。
　むごたらしい殺人現場へ赴いたときは、ピリピリした“場の空気”を和ませようとでもするかのように、開口一番、“なんちゃってギャグ”の三連発。

『害者の名前は“牟午田”らしいな、なんちゃって。害者もショットガンなんか持ち出す前に、外車で逃げていればな…なんちゃって。心配ない。俺はもう犯人の目星をつけてある。お笑い芸人で、鼻の穴から梅干の種を飛ばす梅干義明と、梅酢のコマーシャルに出てる漫画家のカズオのふたりによる犯行だ。梅干は漬けるものだし、カズオの漫画の登場人物には、目に星が入ってるからな、なんちゃって』

　白けるどころか、呆れるしかない状況に置かれた部下たちを尻目に、今度は自分のテカテカした額に懐中電灯を向け、スイッチを入れたり切ったりしながら、“てかーギャグ”の六連発。

『警部、邪魔をっし～ないで～え～、てかー？　わたしたちこれから現場検証～、てかー？　あなたの言葉が連発銃のように、わたしの心にしみている、てかー？　“笑い死に”しても問題だから、きみたちそろそろ帰りなさいという上司の声がした、てかー？　ピンクの服着た通報者によれば、絹を引き裂く声がした、てかー？　レディーならともかく、男がそんな悲鳴を発するわけないだろう、てかー？
　さあ、みんな。冗談はそのくらいにして、弱音なんか発することなく、事件解決に向けてハッスルハッスル、なんちゃって。解剖に回して死因を調べる必要はないぞ。警部の俺がここまで骨を折ったんだ。害者の直接の死因は頸部骨折によるもの決まってる、なんちゃって』

　そして最後はこんな調子で周囲の“大ヒンシュク”を買う。

『よし、今日もバッチリ決まった。それじゃみんな、ギャグの増産は終わったから、後はよろしく頼むゾ～サン、ゾ～サン、お～なかが痛いのね～。おい、近くに公衆便所はないか。きみたちが捜査情報を漏らすのも問題だが、俺がウ○コを洩らすのは、モノがモノだけに大問題だからな。おい、そこの肛門…いや、大門哲也君、害者のショットガンとサングラスに興味なんか示してないで、早く案内してくれ』

　そんな『ＫＹ』のイニシャルを持つ彼は、部下たちから‥‥いや、上司からも『ペッパー警部』というアダナで呼ばれていることだろう。

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（これも伏線か？）
『ＫＹ』というイニシャル。そして『ペッパー警部』というアダナ‥‥‥‥。

（お、読めた）
　ペッパーといえば胡椒。つまり、頭が故障している警部という意味だ‥‥‥と思うが、いちいちそこまで考えていたら、ますますこの小説を読む時間が少なくなるというもの。
　とりあえず先を読み進める。

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　被告に課せられる刑罰についても、それと同様のことが言えるから、林に対して下される判決に、たとえどんな不満を抱いたとしても。またその刑自体が、予想している通りの“軽さ”であっても。
　明智は裁判の結果を諾々と受け容れることに決めていた。

　無論、明智は紛れもない被害者だが、業務上過失致死のような刑事事件、刑事裁判においての原告は、あくまでも国であり、国を代表する検事でしかないから、明智がどうあがこうと喚こうと、控訴や上告ができるわけもない。
　金田一二三にしてもそうだ。いくら前職が検察庁の次長検事だからといって、ＯＢが現職者の方針や意向を左右できるはずもなく、仮に現職の検事がＯＢの心情を汲み取り、最高裁まで争う姿勢を見せたとしても、判事が法廷で下す刑は、法定刑の上限を超えることがない…というより、判事は判事で、法定刑の上限を超えた刑罰は与えられないのである。
　
　刑が確定して収監される先は、俗に『交通刑務所』と呼ばれる千葉県の市原刑務所。有期刑が下される林の場合、仮釈放が認められるのは、早ければ刑期の三分の一を務め終えた後、遅くても三分の二が経過するまでの間……。

　仮釈放後の林の居住地を調べるのは、明智にとって“お手のもの”。そもそも仮釈放の場合は、保護観察を受けるというか、要するに居住先が限定され、行方をくらますと再び収監されるから……などと、小難しい理屈をあれこれ並べ立てるまでもない。
　明智の明晰な頭脳をもってすれば。そして報復を終えたあとに、今度は自分で自分を裁く覚悟もあった明智なら。
　林を殺害するのは、いや、殺害計画を立てるのは、いとも簡単だった。

　そんな明智が、なぜ殺人を犯さずに済んだかと言えば、それはひとえに金田一二三の慧眼と、彼の説得を聞き入れるだけの冷静さを保てたおかげ。

　通夜でも告別式でも、まったく取り乱すことのなかった明智の様子を見て、金田は明智の決意を読み取った。そして火葬場へ向かう霊柩車の中では、明智の決意の固さを知らされた…というより、報復殺人と自殺を予告する言葉まで聞かされた。

　通常、仮葬場で骨を拾う際は、故人と縁の深い順にペアを組み、片方が箸で拾った遺骨を、もう片方が箸で受け取る「箸渡し」で、骨壷に入れていく。
　従って姫子の骨拾いでは、夫の明智大五郎と、姫子の父の金田一二三がペアを組み、まず箸渡しに臨むのが常識。ところが金田は明智から、霊柩車の中でこんなふうに言われたのである。

『オヤジさん。姫子の骨拾いは、俺ひとりでやります。オフクロさんにも、俺のたっての希望だからと言って、無理を聞き入れてもらってください。その代わり俺の骨は、オヤジさんとオフクロさんだけで拾ってくださいなんてことは、口が裂けても言いません。二郎兄さんはもちろんのこと、他の兄さんや姉さんや妹にしても、俺の骨なんか拾いたいとは思わないはずですから』

　慌てた金田は、霊柩車の運転手の耳を憚ることなく、直ちに説得を始めた。すでに明智が決意を固めたのを知りながらも、まだ「考えかねない精神状態」と受け取ったふりをして、懸命の説得に努めた。

『俺は姫子の親だ。お前の気持ちは、お前以上に俺がわかっている。でもな、絶対に馬鹿なことを考えてくれるなよ？　悪いヤツは法律で裁いてもらうしかないんだ。もしお前がそんなことをしたら、大二郎さんの出世の目は消える。大二郎さんのこれまでの努力も、俺と大二郎さんの共通の夢も、夢のままで終わるんだ。そのことを忘れないでくれ。
　頼むから……俺も、我慢するから……お前も…絶対に……。もしそれでも、どうしても我慢できなくなったら……俺にそう言ってくれ。どうせ俺のほうが、先に逝くんだ……。お前の考えそうなことを、俺がやれば……お前も…いや、大二郎さんや、俺以上に弁の立つお前なら、マスコミの前で……今の気持ちと、今の法律が間違ってることを、はっきり言ってやれるはずだからな……』

　検事時代はその辣腕ぶりと服飾のセンス、すなわち赤いシャツに黄色のネクタイを締めてみたり、青いジャケットの下に、赤と黄色の縞模様のシャツを着込むといったセンスの悪さから、検察の「赤鬼」とも「青鬼」とも呼ばれていた金田一二三も、さすがに話しの途中からは、涙を溢れさせ、言葉を何度となく詰まらせた。

“チョビヒゲのチビハゲ”が、口の悪さを如何なく発揮する姿には、何度もお目にかかったことがある明智も、『鬼の目から涙』を目撃したのは、過去四十年の人生において、後にも先にも、そのときの一度きりしかない。

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　やはりこの小説を書いた御手洗盥は、さっぱりわけのわからない人物だ。
　変態ばかりが登場するエロ小説に、なぜこんな“お涙ちょうだい”の場面を盛り込むのか‥‥俺まで涙が出てきそうになってしまった。
　
　確かに飲酒運転で人をひき殺しても、業務上過失致死罪が適用されれば、５年かそこらで刑務所から出られる。遺族に多額の賠償金でも払えるなら、それはそれで多少は遺族の気持ちの慰めになるかも知れないが、「ない袖は振らなくてもいい」というのが法律の考え方であり、その裏には「袖を振る気がなければ、振らなくても済むように工夫すればいい」という精神が隠されている。

　悪知恵の働くやつらは、普通の人以上にそうした“法の精神”‥というより、法の捻じ曲がった精神をよく知っているから、賠償を求められそうになると、そでまでに‥‥違う、それまでに蓄えた山ほどの“袖”を、親族の名義に付け替えるのが常。賠償金を支払うより、贈与税や所得税を払うほうが結局は得だという計算を、素早く働かせるのだ。

　そしてまた、そうした法律を作る政治家や役人連中というのは、自分の“袖”をせっせと増やすことに血道を上げ、増えた袖を振らされることがないようにと考え、悪法を正すどころか、次から次へと“ザル法”を世に送り出していく‥‥という現状くらいは、俺にもわかっている。

（ということは‥‥）
　もしかしてこの御手洗盥は、そうした世の中の仕組みを少しでも改善したくて‥‥いや、そうした社会の問題点を訴えたくて小説家になった‥‥。そうだ、思い出した。

　あの覆面ルポライターとして名を馳せた『鍛冶屋敏行』。彼の書いた『牛のような女は馬並みの男をカウ』の解説には、確かこんな記述もあった。

『もし鍛冶屋が、こうした官能小説をいっさい書かず、警察組織の暗部や恥部にスポットを当てたルポだけを書き続けていたら、彼は猥褻物頒布罪の容疑で警察の摘発を受ける代わりに、生活どころか生命を脅かされるような事態さえ迎えていたことだろう。
　つまり裏を返して言えば、警察が彼の著作を狙い打ちにした最大の目的は、庶民に対して「こんなエロ本作家の書くことを真に受けるな」というメッセージを、マスコミ経由で繰り返し送り届けることにあったのである』

（いや、でも違うな）
　こんな場面に、こうした話しを盛り込むのは、やはり読者の興奮を鎮めるため‥‥だとしたら、それをなぜ解説の江呂秀男は盛り込まなかったのか‥‥といえば、やはり彼に解説を書くだけの能力が備わっていなかったことになるのかも‥‥。

　だめだ。俺にそういった難しいことを考える頭はない。続きを読むほうが利口だ。

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　残忍な殺人犯でしかない林太志と同じ人種にならないためにも、ここで男の趣味を完全に満足させておくことが欠かせないのだ……というのは、単なる明智の自己弁護。
　明智もそこそこ恥というものを知っているから、“変態度”が高いと思われる行為に、心置きなく臨むためには、一種の言い訳を用意しておく必要があるという次第だ。

「ねえ…探偵さん……」
「はい、何でしょう」
　もどかしげな呼びかけに、明智は答えのわかりきっている質問を返して待つ。

《やっぱりな》
　明智の予想通りだ。返事の返ってくる様子はない。
《となればだ》
　予定通り、左手で右の乳房の重さを測ってみるまで。

《ほう…これはこれは……》
　見ため通り、明智の手にずっしりとくる重さだ。
　そのまま今度は、親指と人差指で乳首周辺の状態を探ってみる。

　直径が三センチほどの乳輪はすっかり緊縮し、勃起した乳首を押し出しているような状態だ。無駄に勃起させておいても、互いに意味がないことは言うまでもない。
　明智は乳首の付け根を強く摘まみ、グリグリと揉み潰し始めた。もちろん、時には引っ張り上げてやることも忘れない

「んん…んん…んん……」
　パンティー奥さんが鼻を鳴らすようにして喘ぎ始めた。喉の奥から洩らす喘ぎ声は、明智の耳の中で甘くせつなく響く。スベスベしているように見えた肌も、見るからにシットリしてきた。

　そろそろ乳首を解放してやり、再び乳房全体を丹念に揉みしだいてやったほうがいい。明智は次の予定に移ることにした。
　たとえ“うっすら”であっても、汗ばんだ乳房というのは、手のひらによく馴染み、揉み心地がさらに良くなる。それを知らない男は、女の乳房を素手で揉んだ経験を持たないか、あるいはとうに二十歳を過ぎていながら、まだ乳離れのできていないウスラトンカチか、そのどちらかに過ぎない。

　汗をかきすぎてきたら、まず汗を拭ってやった後に、シッカロールでもタルカムパウダーでもベビーパウダーでも何でも、要するに『天花粉』を手で塗ってやれば、スベスベ状態になり、また違った揉み心地を味わえるが、乳房を舐めまわしたい場合は適さない……といったことまで、青井盥が懇切丁寧に書いていたことも、明智は憶えている。

「んっ…」
　一瞬、汗ばみ奥さんが息を詰まらせ、首をすくませた。明智の舌が、首筋を這い始めたからである。

「奥さんのオッパイは、揉んでいるだけで涎が出てきますよ」
　耳元で囁き、舌に乗せた唾液を首筋に塗り広げていく明智……。
　吸いたいのは山々でも、キスマークを残しては問題。たとえ一粒たりとも、不幸の種を植えつけるような愚は犯したくない。

　無実の容疑者「姫子」を相手に、破廉恥警官がスリコギで肉襞をこする『肉体尋問ごっこ』にしても、最後は容疑者を犯すという進行ではなかった。ヒーロー役の刑事が容疑者を救い出し、姫子の求めで茎棒を突き刺すという設定だった。
　そして明智が、少しでもそれを渋ってみせると、「もう！　息子さんを代わりに逮捕しちゃうからね！」と“強チン”されるのがお定まりのコースでもあった。

「んん…んんん、ん、ん…んんん……ん、んん……」
　汗ばみ奥さんの呼吸が、かなり乱れてきた。もし誰かがその鼻先に頬を近づけれは、熱気さえ感じ取れるだろう。すでに明智の左の手のひらの皮下神経は、“シットリ感”が“ジットリ感”に変わりつつあるのを知覚しているから間違いない。

「ねえ…んん…探偵さん……ねえ……探偵さん…んん…ねえ……」
　今度は腰まで揺すり始めた。意識的かどうかは別にして、明智の不肖の息子を、ムッチリとしたふたつの膨らみで可愛がろうとでもするような、そんな動きである。
　もし明智の身長がもっと低ければ。そしてまた“腰振り婦人”が、尻を丸出しにしているのなら。
　明智の息子の飼う亀の下顎がモロに刺激され、たちどころに濃厚な髄液を噴出させることだろう。

　こんなときに右手だけを遊ばせておくようでは、たとえ姫子が存命で、無事に双子の子供を産んでくれていたとしても、明智に子供たちの遊び相手は務まっていないだろう。
　また仮にこの先、会社を興すようなことになっても、従業員を遊ばせておくだけだ。

　そんなことでは、本当の甲斐性なしになってしまう。明智は左手で乳房を揉み続ける傍ら、右手で腰振り婦人の下腹を撫で回し始めた。

　生地が厚くて目の詰んだ月経用パンティーとはいうものの、コルセットやガードルのような『締め付け』機能は備わっていない。パンティーの上から撫でるだけでも、明智の手のひらには、なだらかな下腹部の膨らみと柔らかさが、充分に伝わってくる。

《うーん…いいねえ……》
　実に撫でごたえのある…いや、撫で心地のいい下腹だ。この奥さんの旦那が普通の変態なら、青井盥の小説に出てくる男たちのように、この腹を夜となく昼となく浣腸によって膨らませ、手のひらに腹鳴や蠕動といったものを感じ取りながら、しつこく撫でたがるに違いない。明智はそんなことを思いながら、右手を徐々に下げていった。
　そして、かなりの盛り上がりを感じさせる恥丘一帯を……素通りさせ、軟らかな肉襞の合わせ目あたりを目指す。

《♪中年は～こうやって～目ー指ーすー…なんちゃって》
　頭の中で鼻歌を唄っている間に、右手が目的地に到着した。

「あっ…いやん……」
　明智の右手を股間に挟んだまま、パンティー婦人が大きく腰をよじって落とそうとした。同時に股…違う、また同時に、右手で右手を追いかけてきた。
　問題ない。明智には痛くも痒くもないどころか、手を撫でさすってもらっているようなものでしかない。もちろんパンティー婦人にとっても、まったく何の意味も持たない行為だ。
　
　三流探偵社に勤めていた頃の明智が得意にしていたのは、刑事時代の経験を活かした張り込み。右手を女の股に張り付かせておくのも大好き。
　明智は過去、青畳の上以外では、誰に対しても腕力にモノを言わせた憶えはない。だが、筋力という意味でなら、腕力を活かした機会は数えきれないほどある。

　年齢とともに、筋力は相応の衰えをみせてきた。それでも相手は女性。明智の腕力に勝てるわけがない。
　現に明智は、ナプキンで柔らかく膨らんだ股間に手のひらを密着させたまま、さらに奥へと押し込むという当初の目的を、苦もなく果たした。

《どれ》
　明智は右手でパンティー奥さんの股を持ち上げた。

「あっ、やあん……ああん……」
　パンティー奥さんが爪先立ちになり、腰を激しく揺すり始めた。

　この状態になれば、明智の不肖の息子は、人妻の尻に敷かれて溺愛されているのも同然。デレデレと鼻の下を伸ばす代わりに、身長をさらに伸ばそうとしているような状態だから、親として、応分のお礼をしなければならないのは当然。

　では、どんなお礼がふさわしいか。
　爪先立ち奥さんが商品券を喜んでくれるとも思えない。
　そうなると、姫子に先立たれた今の明智には、爪先立ち奥さんのかかとを床に戻してやり、引き続き右手でナプキンを前後左右に揺するようにして応じるしか、他に方法が思い浮かばない。
　極めて自分勝手な思考かも知れないが、漢字で『強請』と書くユスリをやっているわけではないから、何の罪に問われる心配もない。

《こういうのを、ないない尽くしの三段論法ないし五段論法……なんてことは言わないな》
　息子の熱を下げてやるために、明智はそんな下らないことを考えながら、右手に休むことなくナプキンを揺すり続けるよう命じた。

「ねえ…こんなの…恥ずかしい……」
　パンティー奥さんの尻も首も、休むことなく振られている。だが、明智の右手を振り切って逃げるのは不可能だ。

　おそらく尻振り奥さんは、ナプキンの確かな存在を、明智に感じ取られているのが恥ずかしいというか、明智の右手に伝えているのが恥ずかしいと訴えているのだろう。
　みずから月経だと告げて求めてきたのだから、そうでなければ話しに辻褄が合わない。

《んー？　これは……ちょっと違うかな？》
　どうやらこの奥さんが穿いているパンティーは、姫子が穿いていた月経用のパンツとは違うようだ。
　明智の右手は、そうした報告を“上司”に当たる脳膜に届けた。

　明智も“パンティー姫子”の股は触りまくった。だが、姫子が月経用パンツを穿いているときは別だった。何度か撫でたことだけはあるものの、撫で回すまでには至らなかった。
　ただそれでも、他の洗濯物の陰に隠すようにして干されていた状態でなら、何度もその手触りを確かめた。裏返しにして、股に当たる部分も含め、ナプキンが当てられるあたり一帯を、じっくり観察したことさえある。

　姫子が亡くなった後にしても、そうした状況はそれほど変わっていない。月に一度は撫でたり触ったり観察することで、遺品の月経用パンツをオカズにしてきた。そしてまた息子がオカズを吐き戻す際には、これまた遺品となったナプキンで、息子の口を包んでやることもあった。

　そうした極めて乏しい経験に基づく判断でしかないが、手触りから判断する限り、尻振り奥さんの穿いているパンティーは、木綿に合成繊維が多めに混ぜられているだけで、防水加工まで施されているようには感じられないのである。

《これもガードルの一種なのかもな》
　明智は自分なりの結論を出し、ナプキンの“手探り分析”に移った。
　分析といっても、明智にできることは限られている。右手にナプキンを揺するのを中断させ、ナプキンのサイズや厚みといったものの“触測”を指示することだけだ。

《ほう…さすがは二日目だ》
　やはり月経の二日目というのは、出血量が極端に増えるものらしい。ナプキンもずいぶん大きくて厚そうだ。明智の右手は、そうした推測と実感に基づく報告を脳膜に上げた。
　
《いや、この感じは……たぶん違うな》
　いくら出血量が多いにしても、明智には、ナプキンがいかにも厚すぎるように思えてならない。
　おそらくこの奥さんが当てているナプキンは、去年あたりから売られ始めた『薄型』ではなく、従来の厚ぼったいやつというか、俺がたまに使うのと同じようなやつだと思われる……。明智の脳膜はそんなふうに推測した。

「ああ…ねえ…もう…向こうで……」
　尻振り奥さんがベッドへ向ける顔と喘ぎからは、もうこれ以上は待ちきれないとか、このまま我慢しているのはつらいといった切ない心情が、あからさまに窺える。

　しかし、明智の拳銃はまだまだ余裕しゃくしゃく。たとえ自殺願望の強い女流尺八名人が盗んで口に咥えたとしても、暴発させるような危険はまったくない……とも言い切れないことは、誰よりも明智自身がよくわかっているのだが、まだ充分な楽しみを得ていない段階で、最終工程に移るわけにはいかない。

　明智が右手を股間から抜き取ってやると、“尻振り奥さん”が“汗ばみ奥さん”へ戻った。
　次は月経用パンツだかガードルだか、とにかくパンティーに包まれた尻を観賞し、撫でさすってみる番だ。

　明智は汗ばみ奥さんの腰を両手でしっかり押さえ、床に膝をついた。この格好なら、拳銃の暴発も完全に防げる。

「奥さんは、ヒップの形も実に魅力的ですねえ……」
「……でも……」
　あとに続く言葉を尋ねる必要はない。敢えて言わせるようでは優しくない。汗ばみ奥さんは、分厚いナプキンのせいで、ヒップラインが崩れていることを自覚しているのだ。

《やっぱりナプキンメーカーの開発者は男の敵だな》
　ヒップラインの崩れた汗ばみ奥さんの尻を眺めながら、明智はそんな思いを強く抱いた。
　顔や名前を誰ひとりとして知らないばかりか、法律的にも道徳的にも道義的にも、まったく何の罪も犯していない人物を、はっきり『敵』と見なした経験は、さすがの明智も初めてだ。

　あらゆる商品において、技術開発の進み具合はまさに日進月経…ではなく日進月歩。生理用ナプキンもこの先、ますます薄くなっていくことだろう。
　厚みだけではない。品質や性能にしてもそうだ。より漏れにくく、いっそう捨てやすく、そしてもちろん臭いも発生しにくい新製品が、次々と市場に送り出されてくることは想像に難くない。

　しかし、そうした事象を歓迎するのは女性だけ。男にとっては、つまらなくて残念で無念で心外で遺憾で余計なことに過ぎない。なぜなら、ナプキンによってヒップラインの崩れた女性の尻を、さりげなく探して発見できたときの小さな喜びばかりか、じっくり眺めているという大きな楽しみまで失われてしまう。
　そんなひどくてむごくて無慈悲で薄情で、血も涙もないような罪作りな人物が男の敵でないのなら、他に男の敵なんか一人もいない。それが明智の打ち立てた論理である。

《でもまあ、必要は発明の母という諺もあるからな》
　そのときはそのときで、誰か必要度と創造力の高い男なら、なにかしらの対抗策を見つける筈。明智はそう考えることで、仮想敵を全滅させた。

　人物を特定できない敵に、いつまでもかかずらわっていられるほど、明智も暇ではない。眼前の素敵な人妻を放っておくのでは、それこそ青井盥が書くところの『厳寒期には玄関どころか男の風上にも置けない冷たい男』になってしまう。
　汗ばみ奥さんは、いっときも呼吸を整わせることなく、全身をモジモジさせているのだ。

　明智は立ち上がり、再び背後から抱きすくめて耳元に囁きを届けた。
「奥さんは美人ですし、これだけオッパイもお尻も魅力的だと、混んだ電車になんか一人で乗れないでしょう」
「……どうして？」
「こういうことをやりたい痴漢が、ひっきりなしに寄ってくるんじゃないんですか？」
　左手で右の乳房を軽く揉みながら、右手で尻全体を撫で回す。

「ああ…やっぱり探偵さんは……何でも…わかるのね……」
《ええ、何でもわかりますよ》
　この奥さんは絶対に痴漢を撃退しない。明智がわかったのはその点だ。
　確かに汗ばみ奥さんは、あれほどベッドへ行きたいと望んでいたにもかかわらず、今はもう明智の手から逃げようともしない。

《どれ、そういうことなら》
　尻を撫で回していた右手の、その中指だけを起こした明智は、悪質な痴漢をまねて尻の狭間を目指した。

「あっ…そこは……」
　菊模様が刻まれている陰穴のあたりを強く押したら、汗ばみ奥さんは慌てたように腰を突き出した。

《うんうん》
　大満足。姫子以外の女性に、一度これをやってみたかった明智である。
　姫子の場合は、明智が一瞬でも陰穴をつつくと、即座に「痴漢の現行犯で逮捕します」と言って、有無をも言わせず拳銃を即刻押収したというか、日当たりと風通しが悪くてジメジメした○ンコ、つまり陽穴とも表現できる金庫に一時保管したというべきか……後背位の場合なら、明智の拳銃を下の口から抜き取り、上の口に収めてしまったのだ。

　藪をつついて蛇を出したというならともかく、いくら黄色い大蛇が出てきかねない穴とはいえ、陰穴をちょっとつついただけで、そこまでの罰を与えてきた姫子の気持ちが、明智にはまったく理解できなかった。

　しかし今の明智には、痴漢の気持ちばかりか、楽しみ方まで理解できたように思えてならない。となれば、多少の回り道をしてでも、新しい試みに対し積極的に取り組みたくなるのが常というか、変態の心理。もちろん明智も例外ではない。

　そこで今度は再び右手を前に回し、恥豆のあたりに中指で強い圧迫を加えてみる。それが“俄か痴漢”の思いついた新しい試みだ。

　鋭敏な神経に覆われている恥豆に対し、粗暴な刺激は厳禁。青井盥が掲げる『男の憲法』の第一条にも“ご法度”と明記されている。
　だが、今なら例外規定が適用できる。現状は分厚いナプキンで覆われているのだから、強く押しても痛みを与えるような心配はない。そうした明智の現状分析は正しい。

「あ～ん…そこは……」
　明智の予想通り、ナプキン奥さんは爪先立ちになって腰を引き、明智の愚息に快い圧迫を加えてくれた。明智の愚脳が右手の中指に対し、「お返しの意味で陰穴と恥豆を交互に押してやれ」といったような指示を下したのは言うまでもない。
　もちろん中指も“好き者”。指示を無視するわけもない。愚脳の指示を忠実に実行へ移した。

「あっあっ…だめ……ん～ん…今は、そっちも…だめ……だめだめ…そっちは、今だめ……」
　明智が中指に力を込めるたびに、爪先立ち奥さんの腰も前後に忙しく動く。

《なるほど、またひとつわかった》
　この奥さんは、普段から腰の使い方が激しい。おそらく正常位で挑むときの旦那は、腰が跳ね上げられそうになることだろう。明智の愚脳はそんな想像まで巡らせた。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。

2008.7.5掲載

［1-2-1-9］／［1-2-1-7］