《ンン…アア…ンンン……》
　乳腺の本来の役割は、赤ちゃんのために乳汁を生産して蓄えることにある。アタシもそれは知っているのだけれど、今はまったく違う働きをしているとしか思えない。
　どうしてだろうか。乳房が張ってきたのも、乳輪が隆起しているのも、快い感覚を乳腺が熱エネルギーへと変えて、乳房を形作る脂肪細胞を膨張させているからに違いない……と冷静に原因を分析したアタシ。

　でも、格別それを恥じる必要はない筈。なぜなら痴漢の正体は我が夫。
　アタシにしても、すでに肉体的な成育を充分に遂げたばかりか、この五年間は夜毎というか夜な夜なというか……とにかく連夜のように夫の手と唇と舌と、いわゆる真ん中の脚とによって、官能を磨かれてきた身なのだから……などと考えても、自分を納得させるのは難しい。
　やはり恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

「おい、だいぶ汗ばんできたな。ああ、乳全体が、手のひらに吸いつくようになってきた。つまりそれは、痴漢行為が効いてる証拠か。ああ、まさに“効く痴漢”の手による『乳変える』ってとこだ」
《アア…ンン…アア……》
　菊池という姓を持つらしい痴漢の手が動くたびに、体温が上昇していく。
　原理は単純。いくら全身の汗腺が広がって放熱を試みても、乳腺が膨らませる熱エネルギーのほうが大きいからであり、それはそれで仕方のないことだけれど、今から肌に汗をびっしょり浮かべるのも問題が大きい。

　野球観戦を一番の趣味とするばかりか、語呂合わせや駄洒落が好きな点でも、母に勝るとも劣らない夫である。もしも、『おっぱいを揉むだけで汗ビッショリになるほどだから、あそこがビッチョリになるのも早そうだ。なるほど、立ったままであそこをグッチョリにするタイプか』などと言われたら、立つ瀬がなくなる。
　そうなると、今のアタシに取れる対策はただひとつ。唇を半開きにして呼吸を速め、体内の熱を逃がすように努めることだけだ。

《ハー…ンン…ハー…アア…ハー…ハー…》
　無声音とも呼べそうな荒い息遣いを、痴漢の耳に届けているのはまちがいない。でも、犬と違って舌まで出しているわけではなく、表情を見られる心配もない。だからそれほど恥ずかしく思う必要はない……と、どうにかこうにか三段締め…違う、三段論法の完成。
　これでしばらくは凌げると思う。

「ンッ…」
「兄貴、今の声は？　今のは声というより、喉の奥から呻きが漏れただけだろう」
「ンンッ…ンンッ……」
「兄貴、この奥さんはどうしてこんな呻きを？　俺が乳首の付け根をグリグリやってるからさ。痛いからかな。馬鹿言え、気持ちがいいからに決まってるだろう。なるほど、本当かどうか、俺も試してみよう」
《ンーッ…ンッ》
　喉を閉め、息を詰めて、呻きが漏れないように頑張る。幼稚園時代から中学卒業まではクラシックバレエを習い、高校の部活では新体操をやっていたから、アタシの心肺機能は丈夫なほうなのだ。

「兄貴、このくらいの強さでいいのかな。いや、もう少しきつくやったほうがいい」
《ンーッ…ンーッ…ンンッ》　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　アタシがいちばん好きな…違う…本当はそうかも知れないけれど、とにかく、いちばん感じてしまうことをされたら、息継ぎの合間に少しくらい呻きを漏らすのも仕方がない……と思っても、それをはっきり指摘されたら恥ずかしい。痴漢相手に呻かないよう頑張り続ける。

「何だ、兄貴の言ったことは嘘じゃないか。嘘じゃないさ、その証拠に尻をクネクネ揺すりまくってるだろう」
《！！》
　慌てて腰の揺れを止めた。

「なるほど、呻くのを我慢すると、どうしても尻を振りたくなるんだな？」
　首を振って返す。お尻は振りたくて振ったのではない。つい揺れてしまっただけなのだ。

「その通り、もう一回試してみればわかる」
「アッ…ン〜ッ……」
「ほら、そうだろう。確かに兄貴の言う通り、思い切りグリグリしたら、呻きながら尻を振った」
《ウウ…恥ずかしい…》
　痴漢は黙ってやってほしい。いちいち解説されたら気が散る。気が散っているのに、なぜか快感だけは増幅して、乳房の芯に集束していくから困るのだ。

「おい、そろそろお湿りが来てないか。お湿りってのは？　オシメを当てる場所の中心が濡れてきてないかってことさ」
《もう…そんな駄洒落まで使って解説なんかしないで》
　耳から入ってくるお湿り…違う、お喋りまでが、恥ずかしい体液となって膣の粘膜から滲み出ていくような気にさせる。

「確かめるのを手伝おうか。ありがたいな、頼むよ」
《ウウ…馬鹿》
　少しもありがたくなんかない。夫は、アタシのあそこが濡れ始めているのを、充分に知っていながら喋っているのだ。

　夫が左脇にしゃがんだ。アタシが頼んでもいないのに、両手をスカートの中に堂々ともぐり込ませてくる。とても痴漢の振る舞いとは思えない。
　当然、アタシは両脚のすべての筋繊維を結集させて抵抗する。どうせこの後も、二人の痴漢は何だかんだと言って、アタシに羞恥を強いるのだ。いくら乳頭を勃起させたからといって、膝を広げて歓迎する気になんか、膝頭…違う、毛頭なれない。

「兄貴、両脚がピッタリ閉じてて、触ろうにも触れないぜ。当然だろう、いくら森永チサトのそっくりさんだって、キャラメルでも溶かしたみたいにネッチョリ濡れてたら、わざわざ俺たちに触らせる必要がないじゃないか」
　ひどい。なにもそんな言い方をしなくてもいいと思う。

「なるほど、両脚を閉じてるってことは、まだパンティーがグチョグチョなだけで、あそこはネチョネチョになってない証拠か」
《もう！　そんなわけないでしょ！》
　仕方がない。グチョグチョではないことを証明するために、脚の力を少し抜いた…途端に、左手が前のほうから腿の間に入ってきた。
　でも、その手はまだ水平状態ではなく、垂直のまま。それがアタシの譲れるギリギリの線だ。

「俺がこうやっておくから、お前は後ろから強引にやってくれ。オッケー、了解」
《だめ》
　臀筋に力を込めて対抗する。そんな強引なことをしなくても、ショーツの上から少し触るだけで、充分に確かめられるはずなのだ。
《ンンッ》
　垂直だった左手が水平に変化し、腿の隙間を広げられた。それでもまだ狭い隙間に、今度はお尻の側から右手を押し込まれた。

「どうだ、お湿りの具合は。ここからじゃ充分にわからないな。だからって、そのまま引き返すような馬鹿な真似はするんじゃないぞ」
　できれば馬鹿になったふりをして、引き返してほしい。そしていつものように、ベッドの上でショーツを脱がせてほしい。こんなことを続けられたら、本当にショーツがグッチョリに…違う、いや、違わないけれど…ショーツに体液が染みてしまう。

　まだ一度も経験はないけれど、ショーツをグッショリにするのは、初めてシーツをビッショリにしたときより、遙かに恥ずかしい思いをするのはまちがいなさそうで……心配。

「それなら、こういうことをしてみるか」
「アッ、だめ」
　グッショリ状態を作る『素』を出している最中に、思わず声まで出してしまった。

「もしかして、肛門がすぼまったんじゃないか？　さすが兄貴、よくわかるな。お前の中指だけが曲がって上に動けば、尻の穴をつついたことくらいわかるさ」
　アタシにもわかる。でも、この痴漢のやろうとすることが、すべてわかっているわけではないだけに、非常に困る。これまでアタシが遭った本物の痴漢というか、電車の中で襲われた痴漢は、誰もがただお尻を撫でてきただけだ。

「ヤッ、やめて」
　把手をつかんでいた右手を離し、痴漢の右手を払いのけた。痴漢は肛門に指を入れようとしてきたのだ。いくらショーツの上からとはいえ、そんなことはされたくない。

「何だよ香緒里。把手から手を離すのは反則だぞ」
「だってあなたが……」
「俺がどうしたんだよ」
「お尻に指を……」
「指を？」
「……入れようとしたじゃない……」
「お尻に指なんか入らないぞ、ほら」
　夫はお尻の膨らみを、あちこちつついている。もっと場所を明確に説明させたいらしい。でもアタシとしても、『お尻の穴に』だの『肛門に』だのとは言いたくない。いや、本来なら口にする必要さえもない。

　真美子ちゃんがまだ一年生だった頃、お風呂で入浴の作法を教えたときにしても、アタシが『お湯の中に入る前に、お尻と前のほうにお湯をかけたり、手で少し洗うのよ？』と言っただけで、それぞれの場所を充分に理解してもらえたのだ。

「それに俺は、入れる真似をしただけで、実際に入れたわけじゃないし、第一、パンティーの上からじゃ無理だろう」
「………………」
「そんなことができるくらいなら、婦人科の医者にやられるっていう触診だって、わざわざパンティーを脱ぐ必要もないはずじゃないか」
　どう応じればいいか。
　せめてアタシの心臓の中だけでも、母の血が濃く流れてくれていれば、即座に『そんなの、場所が場所だけに屁理屈よ』とでも応じられるだろう。
　でも生憎なことに、アタシの血液はどこを流れる場合でも、常に父の血と母の血が半分半分。シモネタの駄洒落なんか、口にできるわけがない。

《うん、これで行こう》
　対策が決定。言葉選びに細心の配慮を尽くし、自らの意思を明確に伝え、夫の確約を取るほうを選ぶことに決めた。

「アタシはね」
「アタシ？　香緒里は、いつからアタシになったんだい」
「アタシ、いまアタシって言った？」
「ああ、今も言った」
　確かに言った。
《でも…どうして……》
　これまでアタシは、自分のことを普段は『私』、少し改まった場所では『わたくし』と使い分けてきた。というより、アタシの思考語彙の中に『アタシ』は含まれていなかった。

「でも俺はアタシも嫌いじゃないよ。美子もアタシだったし、真美子も香緒里と付き合い始める前はアタシだったからね」
　言葉の足らない説明は、実に何ともややこしい。アタシも気をつけたほうがいい。

「とにかくアタシはね、食物の消化カスを排泄する人体の開口部に、指を入れられるのはいやなの。絶対にしないって約束してくれる？」
「指じゃなければいいんだな？」
「だめ。形状や材質やサイズや用途や…それから硬さとか固体液体気体……」
「気体っていうのは？」
「もののついでに言っただけ」
　固体の後に液体が来れば、どうしたって次は気体が続く。水道、電気、ガスと同様、一種の三点セットだ。変な回答を期待されても困るので、話しの先を続ける。

「だから、そういった物の…えーと……」
　話しの腰を折られたせいで、後に続ける言葉を見失った。

「如何は問わずに、ぜーんぶ、いかんわけだ」
「……そう……」
「わかった。今の俺は痴漢の役だし、何度となく遺憾ですと言っておきながら、イカンことを繰り返す政治家や、空のヤカンを首に乗せた役人じゃないからね。真似だけしかしないって約束するから、痴漢ごっこの続きをやろう」
　真似だけでもいやだというのに、母と同じで野球と駄洒落が好きな上に、とっても手の早い痴漢は、アタシの両手を把手まで運んでしまった。仕方なく握る。

《アッ》
　本当に痴漢の手はすばしっこい。痴漢本人も機敏だ。自分ではかなり反射神経が鋭く、俊敏なほうだと思っているアタシが、両脚に力を込めて揃えるより早く、腿の間に前後から同時に手を差し入れてきた。それもほぼ水平に近いばかりか、ほとんどショーツに密着したような状態だ。

「おい兄貴、今度はどうするんだ。俺としては、やっぱり蛤の身をパンティーの上から、蛤グリグリというか、グニグニしたい。それなら俺は、フジツボで型を取ったような窪みを、ツンツンつつこうか。ああ、それは勝手にやってくれていいが、俺が先だぞ」
《アアン…》
　痴漢の左手が、小陰唇を平手でグニグニと揺すり始めたというか…揉むようなことを始めた。ショーツ越しとはいっても、そこに受ける刺激は、手で直接触られるときと少しも変わらない。
　いや、却って恥ずかしさが強い分だけ、刺激も強いように感じられる。腰が揺れても仕方がないと思って諦める。

「そろそろアナルをつついてやったほうがいいんじゃないか？　兄貴、それを言うならアナルじゃなくてアヌスだ。どうしてだ、そこも穴じゃないか」
《ンッ、ンッ、ンッ…だめ…いや…》
　穴を…違う、窪みをツンツンされるたびに、肛門括約筋とかいう筋肉が怯えて収縮する。背筋が全身を反らせ、いわゆる『逆猫背』にさせるだけでなく、臀筋とふくらはぎの筋肉も収縮し、かかとまでが浮き上がってしまう。

「あなるほど、確かに兄貴の言うように、アヌスも穴のひとつだからな。ほほう…オヌスも…いや、お主もやっとわかったか。ああ、アナルが形容詞で名詞はアヌスだなんて、そんな理屈っぽいことを考えてたんじゃ、女子アナとアナルセックスなんかできないもんな。そうだ、女の穴は前も後ろもテレビに映せないのと、理屈は一緒だ」
《ンン…やめて…もう…そこはやめて》
　アナルセックスへの不安に肛門が縮み上がる。そして気持ちの悪い感覚が…というよりも、得体の知れない微妙な感覚まで発生し、尾骨から脊髄を貫いてくるのだ。
　もうこれ以上、肛門をいじるのはやめて……切なる願いを痴漢の指に届けてもらえるよう、括約筋に頼むアタシ。

《ンン…ンッ……アア…アア…ンンッ…アア…ンンン……》
　小陰唇へのグニグニまでが、速度と強さを増してきた。もうだめだ。声が出てしまう。呼吸が苦しくて唇も閉じていられない。

「ンーッ…ンッ…アア…アア……ンーッ、ンーッ…アッアッ…アアン……」
　肛門を強く押されるたびに、呻きで息が詰まる。その指の動きが止まると、今度は手のひらによるグニグニが始まるのだ。
　こんな痴漢ごっこで呻き声を放ったり、喘ぎ声を漏らすのは恥ずかしすぎるけれど、どうしても堪らえきれない。

「アア…アア……アア……ンーッ…ンーッ……」
「おい、兄貴、いい声を出す奥さんだな。確かにその通りだが、出してるのは声だけじゃないぞ」
《アア…「ンン」……恥ずかしい……「アア…アア」……ウウ…「ンーッ」……アア…ずいぶん…出てきちゃったみたい》
　グニグニと揺すられていた小陰唇が、ショーツの上で滑り始めている。内側がヌルヌルしてきたせいだ。

「アア…アアン……アアン……」
　腰が揺れる。どうしようもなく揺れてしまう。それも腿の間に痴漢の手がふたつも挟まっているせいで、前後にしか揺れないのが恥ずかしい。これではまるで、痴漢の手を借りたオナニーであり、後背位で結合を果たしたときの男性の『腰真似』でしかない。

《ンン…いい…「アア」……いいけど……「ンン」……でも…恥ずかしい……》
　腰の動きが止まらない。ショーツのヌルヌルも増す一方だ。

「それにこの奥さんは、そこから俺たちと同じ物を出すんだぜ。そこからっていうのは、ここかい？」
「アッアッ…アッ、だめ…だめ……」
　またしても肛門へのツンツンが始まった。指でアナルセックスの真似みたいなことをするくらいなら、せめてその指だけでも、前のほうの穴に入れてほしい。

「だけど兄貴、こんな上品な奥さんが、まさか俺たちみたいな豪快な音は、人前で出さないだろう」
　その通りだ。出さない。豪快か否かを問わず、どんな音も人前では絶対に出さない。音が出そうになくても、そして臭う心配がなさそうでも、風さえ放たない。
　出そうになったときは、お手洗いまで必ず足を運ぶ。間に合いそうもないときは、腸の中で強制的にガスを分解吸収させるのだ。

　お手洗いの中でも、できるだけ大きな音が出ないように努めている。ごくたまに、耳を塞ぎたくなるような音が出るときもあるけれど、それはおなかの具合が悪くなって、その痛みを一刻も早く解消しようとする結果、やむなく生じる音だ。
　しかし、これまで穿いたことのない『ヌルヌルショーツ』のせいで、声だけはどうしても出てしまう。ここが寝室であることだけがアタシの救いだ。

「アアン…アアン……」
「もしかしてお前は、この奥さんのあの音を聴きたいのか。兄貴がそう聞いてくるってことは、聴く方法を知ってるんだな？　お前がツンツンやってる穴には、菊の花の模様が刻まれているからな、聴く方法というか、聴ける方法もなくはない。なあ兄貴、ぜひ教えてくれよ。ああ、また機会があったらな」
《いやいや…そんなの聴いてほしくない》
　腰を振っているついでに首も振った。

　いつまた二人の痴漢が再会するとも限らない。そしてまた夫があれこれ屁理屈を並べ立てて、アタシの屁…違う…違わなくても違う……ああいう種類の音を聴こうとする可能性だって、絶対に否定できないと思う。痴漢というのは誰もが変態なのだ。

「アアッ…」
「兄貴、今度はなにをしたんだ。お前はどうしてそんなことを聞く。だってこの奥さん、アアッ…アタシ…もう堪まらない…ってな感じで、身体をブルブルッと震わせたじゃないか」
《もう…そんな物真似までしなくたって》
　この痴漢は、女の声音まで真似る。まったく堪まらない。アタシの『腰真似』もいっこうに止まらないから、なおのことつらい。

「俺はただ、パンティーの横っちょから指を入れてるだけさ」
　違う。嘘だ。たぶん人差指だと思われる指を、ショーツと小陰唇との間で滑らせている。その動きを例えてみれば、自動車のワイパーの動きとそっくりのはずだ。

《ンン…「アアン」……いい…「ンン」……でも、こんなこと…「アア」……ずいぶん出てる……》
　小陰唇の縁をなぞられるたびに、微弱な電流が骨盤にまで流れ、骨の髄液を溶かす。腰が落ちそうになったり、痴漢の指を『夥しい量』としか表現しようのない体液で濡らしているのは、そのせいだと思う。

「兄貴、どんなふうだい。お前はなにが知りたいんだ。毛の生え具合とか、蛤の剥き身の大きさとか軟らかさとか…それから蛤スープの出来具合を教えてほしいんだよ」
《だめだめ、そんなこと聞かせないで》
　二人だか一人だかで勝手に喋る分にはかまわないけれど、アタシの耳にはひと言も入れてほしくない。今のアタシは瞼を閉じていられるだけで、耳が塞げない状態なのだ。

　そんな説明を耳に入れるより、そろそろ痴漢から夫の洋輔さんに戻り、あれを入れてほしい。もうアタシのあそこは、充分すぎるほどの準備態勢を整えているのだ。おまけに、あそこ一帯に血液が集中しているせいかどうか、足と腰の力が抜けてきて、立っているのさえつらい。

「教えてやってもいいが、そのためには条件がある」
　指の動きが止まり、ショーツの中からも抜けていった。
「どんな条件だい。俺とお前で、奴隷の売買ごっこをするのさ」
《えっ！？》
　奴隷という言葉が怖い。人身売買は人権を冒涜…いや、蹂躪する行為だ。心臓がドキンとなった反動で、膝の震えまで激しくなってきた。

「わかったよ。それじゃ俺が奴隷商人になるから、ちょっと手伝ってくれ。どうするんだ。簡単さ、箪笥の中からネクタイを一本取り出して、この奥さんの両手を軽く縛ってくれればいい」
「えーっ…そんなのいやよ……」
　瞼を開けて口と舌を動かした。でも、ほとんど身体は動かせない。

「ほら、奴隷がグズグズ言わないように、俺がこうやって腰を抱えておくから早くしろ。わかったよ兄貴」
　大した反抗もできないうちに、両手が腰の後ろで縛られてしまった。とはいえ、手首の痛みもなく、自力でほどけないこともなさそうだけれど、それをするためには、なにか正当な理由を見つけて訴えなければならない。
　過去の経験と、今日ここまでの『流れ』を考えたら、たぶん『早く来て…』という訴えだけでは、聞き入れてもらえないはずなのだ。

「おい大将、女にそんな格好をさせておったんじゃ、品定めができんじゃないか。お客さん、そんなに慌てなくても、今からちゃんとお見せしますから」
　背後からブラウスの前が広げられ、ブラジャーをずらされた。すっかり汗ばんだ肌に、乾いた空気がひんやりと感じられて心地いい…とは、とても言いがたい。

「どうです、この形のいい乳は。なるほど、乳首の色も乳輪の色も悪くないというか、かなりの上物のようじゃな」
　評価は嬉しくても、喜びよりも恥ずかしさのほうがずっと強い。誰もいない空間に向けて、勃起した乳首と、緊縮した乳輪を晒しているのだ。しかも、いわゆる『着衣の乱れた状態』であり、ブラジャーまでずれている。

「まだ子供を産んだことのない女ですからね。ふむふむ、そうじゃろうそうじゃろう。お客さんが種をつけてやれば、上物どころか、最上物になりますよ。ふむふむ、わしの倅もまだ現役じゃし、倅の吐き出す唾は、精液と呼ぶより原液と呼びたいくらいじゃからな、孕ませるくらいは簡単じゃ」
　今日が“安全日”で良かった……程度のことしか喜びを得られない。奴隷ごっこは、まだ始まったばかりだ。

「良かったら、声のほうも聴いてみますか。ああ、そうしてくれ、オナゴの声の良し悪しは、買値に大きく響くからのう」
「アア…もう…もう……アア…もう、もう……」
「ふむふむなるほど、このオナゴは乳首をグリグリしてやると、いい声を響かせるために、牛に変身できる特技を持っておるわけか」
《ウウ…もう…意地悪》
　これでもう『もう』とは言えなくなった。客の爺さんから『発情した雌牛のようじゃな』などと言われたくない。『もう来て』と言ったとしても、たぶん間違いなく奴隷商人から『モーウ』という雄牛の鳴き真似が返ってくるだけだ。

「大将、あっちのほうはどうなんじゃ。あっちというのは、こっちですか」
　スカートの上から、恥丘のあたりに手を当てられた。

「そうじゃ、地球の上に朝が来れば、潮も満ちてくるのかどうかは知らんが、そろそろ潮が満ちておるのかどうか、確かめてみんことには値段も付けられんからな、満潮を確かめてくれ」
　奴隷商人は東京生まれで埼玉育ち。だから結婚前は『満湖』と呼ぶかと思っていたけれど、結婚したら『満貯』だった。でもたぶん、定額貯金の満期とは何の関係もないはずだと、そんなことを考えているしかない今のアタシ。

「承知しました、では早速」
　スカートのフックが外され、ジッパーも緩められた。スカートが床に落ちた。
《ン…》
　奴隷商人があそこに顔を近づけてきた気配に、思わず顔が横を向いてしまった。

「香緒里という名前が本名かどうかはわかりませんが、かなり香りが強いですから、満潮なのは確実ですね。どれどれ、どんな匂いがするのか、犬年生まれのわしにも嗅がせてもらえんかの。どうぞどうぞ、ご遠慮なく」
《いや…恥ずかしい…》
　客の爺さんの鼻がショーツに密着してきた。両脚をよじり合わせて匂いの拡散を防ぐ。
　いくらシャワーを浴びたとはいっても、場所が場所である。溢れさせた体液の量も量だ。汗が混ざって体温で蒸れれば、どうしたって匂いの発生は免れない。

「ほほう…蛤というかアワビというか…『似たり貝の雌』だけが持つ特有の匂いじゃな。お客さん、それは貝なんですから、もっとクンクン嗅いでいいですよ。済まんのう…どれどれ……」
《だめ…そんなにクンクンしないで》
　鼻を鳴らす音が、実に耳障りだ。

「うーん…磯の香りが実に濃厚じゃな。この女の名前は、磯野香緒里ですからね」
《もう…名前だって変えてくれればいいじゃない》
　どうせ名字を森高から磯野に変えるなら、名前もサザエに…ではだめだ。サザエというのは、貝類の中でも磯の香りが特に強い。

「他にご要望のある方は？　毛の濃さとか、ビラビラの大きさや色も見せてほしいな。はい、わかりました、今からお見せします」
　見た人が、感想とか所見というやつを言わないことだけを、切に願うアタシ。
　ショーツがお尻の側から下げられていく。奴隷商人は脱がすのが上手だ。

「のう大将、パンテーを脱がせたら、先にそれを裏返しにして、わしに見せてくれんかのう。お客さんもそのお年で、好きですねえ。何じゃそれは、無理ということか。いえいえ、お見せするだけでいいんですか？　いや、できればヌルヌルを舐めたり、しゃぶったりもしたいんじゃが……」
《エーッ…嘘ー》
　急いで両足のくるぶしとくるぶしとを密着させ、ショーツを足から抜き取られないようにする…つもりだったのに、すでに手遅れ、いや、足遅れだった。奴隷商人も痴漢と同様に手が早い。

「お客さん、遠慮は無用です、料金も頂きませんから」
《いや、舐めたりなんかしないで》
　たとえ奴隷の、いや、妻の物であっても、ショーツを舐めたりしゃぶったりするような男は、変態以外の何者でもないと思う。洗いたてで乾いている状態ならまだしも、いま脱がされたショーツには、夥しいとしか言えないほどの体液が染みているのだ。

「のう、大将、ものは相談なんじゃが……。何ですか、お客さん。どうせなら、このオナゴのオメコを直接…というわけにはいかんかのう」
《エッ》
　状況が変わってきた。事態が好転するかも知れない。
　アタシの希望する展開は、奴隷商人が『それをするためにも、早く金を払って、この女を家のベッドへ連れていってくださいよ』と言い、客の爺さんのほうも、あっさりと『おお、そうじゃったな』と応じてくれることだ。

「わかりました、お客さんはそれだけ鼻の下を伸ばされているわけですから、その努力というか、助平さを買って、そのまま舌も伸ばしてくれてかまいません。おお、何とサービスのいいことじゃ、ありがたやありがたや」
　アタシのほうは、少しもありがたくない。
　いくら奴隷商人はかまわなくても。そしてそれが決して変態行為ではないことくらい、アタシも充分に承知してはいるけれど。こんな格好のままクンニリングスをされたくない。

「ねえ…ベッドで……ね？　お願い……」
「おい大将、このオナゴはオメコを舐めさせてくれんぞ。なに、逆らうようなら、毛の二本や三本、まとめて抜いてくれてもかまいません」
《ウウ…》
　本当に抜かれることはないと思う。そんなことをされたら、痛みの程度にかかわらず、アタシは泣く。まちがいなく必ず絶対に泣く。
　でも、まだベッドへ行かせてもらえないのなら、足を広げるしかない。

「どうですお客さん、満潮のオメコは広がりましたか」
「オメコは広がったんじゃが……」
　そんなものは広がっていない。アタシはただ足を広げただけだ。
　第一そもそも、アタシのあそこの呼び名はオメコではなく満貯であり、そのことは洋輔さんが誰よりもよく知っているではないか。

「じゃが、何です？　こんな窮屈な格好で舐めろと言われても、わしには無理じゃぞ」
　他にどうしろと言うのだ。グズグズ言うなら、早くベッドへ連れて行け…と、はっきり言えたらいいと思う。
　でも、仮にそれを言ったからといって、事態の好転は見込めそうにないから、足を広げたままの格好で黙っているしかないアタシ。

「何だったら、相撲取りが土俵で懸賞金をもらう格好でもさせますか。それはつまり、ソンキョの姿勢というか……。ええ、早い話しが便所でしゃがむ姿勢です。うーん……わしが仰向けになるのはいいんじゃが……。じゃが、何です？　いくら奴隷といっても、まだまだ若いこんなオナゴに、素っ裸で便所の格好をさせるのは、わしとしても忍びないのう……」
　その通りだ。この助平な爺さんは女心というものをわかっている。

「大将、このオナゴの経歴書には、子供の頃にバレエをやった経験があると書いてあるじゃないか。ええ、高校時代も新体操をやってましてね、そのせいかどうか、股関節は柔らかいみたいですよ」
　柔らかい『みたい』ではなく、実際に柔らかい。今でも、このまま足をさらに広げていけば、床にオメコを…ではなく、あそこをほぼ密着させられるほどだ。

「それなら大将、例の格好でやらせてもらえんか。お客さん…本気ですか。本気も本気、わしは女房が若い頃によくやったもんじゃよ。それならどうぞ、ご遠慮なく」
　この爺さんの奥さんの名前には見当が付く。たぶんヨシコという名前に違いない。
　でもアタシには、二人がやっていたというその格好に見当が…付いてしまった。助平ジジイの右手によって、右脚を持ち上げられているからだ。
《アアン…こんな格好…》
　右の膝が胸にくっつき、左脚一本で立たされる格好になった。
　それでも転倒しないでいられるのは、バレエと新体操をやっていたおかげ…などではなく、奴隷商人だか助平ジジイだかの左腕に、腰を抱きかかえられているためだ。

「よしよし、おとなしくわしの肩に脚を掛けておくんじゃぞ」
　無理だ。右足のかかとで助平ジジイの背中を叩く。

「実に年寄り思いの、いいオナゴじゃのう……わしは背中の筋肉が凝っておるから、そのまま続けておくれ」
　無駄だった。やめる。何の格闘技の心得もないアタシには、『かかと落とし』とかいう技をイメージするのも困難。かかとの部分を落したサンダルやスリッパさえ、一度も履いたことがないのだ。

「どうです、お客さん。なんじゃ、大将はわしに『グッチョリどころかグチュグチュしておるように見えるぞ』だの、『こうしておる間にも、左脚の腿に伝ってきそうじゃ』だのと、言わずもがなのことを、まさか言わせたいんじゃあるまいな」
《ウウ…馬鹿…》
　言ってほしくなかった。まさか言われるとは思わなかった。いちいち説明されている間にも、左脚の腿に垂れていくのが自覚できるのだ。

「なんじゃ、大将は言わせたいのか。いえ、無理にとは言いませんが……。当然じゃ、いくらこのオナゴが奴隷でも、『ヌルヌルした液体というより、まさにネバネバが白く泡立ち、縮れた毛に絡まっておるだけじゃのうて、肛門まで濡らしておるぞ』などと、そこまではっきりわしに言われたら、恥ずかしくて泣きだすかも知れんからのう」
《ウウ…ウウウ…》
　本当に泣きたくなってきた。

「お客さん、ひとつだけお尋ねしてもいいですか。なんじゃ。そのネバネバというのは、水飴をよく練って白くしたような状態ですか。いいや、納豆をよくかき混ぜたときの状態じゃ。どこが違うんです？　水飴はほとんど無臭じゃが、納豆のほうは違うじゃろう。ああ、そういうことですか」
《ウウ…そんな…ひどい……ウウウ…》
　もう泣く。本当に泣く。もうじきではなく、すぐに泣く。現に涙腺が緩んできた。声帯も震えそうになっている。

「アッ」
　泣き声ではない声が出た。助平ジジイの舌と唇が、アタシの下の口の唇に届いてきたからだ。

「アアン…アアン……」
　今の窮状を知らない人が耳にすれば、泣いていると思われても仕方のない、そんな生々しい声まで出始めてしまった。下の唇の表面を、もうろくとは無縁の助平ジジイの舌が、好き勝手に徘徊しているためだ。

「アアン…アアン……アアン…アアン……」
　声帯が恥ずかしい声を堪らえてくれない。その代わりでもないだろうに、左膝は無意味な屈伸を繰り返し、腰を上下に揺り動かす。それをまた器用に、助平ジジイの舌が休むことなく追いかけてくるのだ。

「アアン…アアン……ンン…アアン…アアン……ンン…アアン…アッ」
　助平ジジイの舌と唇が離れていった。この隙に、急いで酸素を取り込む。恥ずかしい声を出し続けていると、新体操の演技を終えたとき以上に、ひどく息が上がるのだ。

《ハー…フー…ハー…フー…ハー…フー…》
　肺が膨らんですぼむたびに、あそこの奥から体液が押し出されていくような、そんな気がしてならないアタシ。

「どうかな大将。何ですか、お客さん。パックリ割れた濡れ蛤を、もっとペロペロやってもいいもんかの。どうぞどうぞ、蛤スープを存分に味わってください。音を立ててスープを飲んでもいいんじゃな？　日本蕎麦だって、音もさせずに喰ったんじゃ、うまくも何ともないですからね、遠慮はいりません」
「アアッ…だめ…だめ……そんな音、させないで……アアン…アアン……」
　日本蕎麦やウドンやラーメンといった汁物の麺類を食べる場合はともかく。また口の中が火傷しそうなほどに熱い味噌汁を、それでも飲みたいときは別にして。
　どんなスープにしても、ズルズルと音を立てて飲むのは食事マナーに反する。それ以前に、そもそもこんな格好でクンニリングスをすること自体が、ベッドマナーに背いている。

「ンッンッ…ンッンッ……」
　膝がガクガク揺れる。助平ジジイは、舌先でクリトリスを転がし始めたのだ。

「アアン…アアン…だめ…だめ……アアン……いい…いい……」
　鋭い快感が、腰骨にひびを入れそうだ。クリトリスは膨らみきって、助平ジジイの舌先と硬さ比べをしている。

「アア…いいの……いいの……ねえ…いいの……」
　瞼の裏側に、白く点滅する星がいつくも見えてきた。もう夜は、いや、頂上は近い。

「アッ…もう、意地悪……ウウ…ウウウ……」
　突如としてすべての星が消滅してしまった。助平ジジイが舌先を離し、アタシを頂上付近から引きずり下ろしたせいだ。泣き声が洩れても仕方がないと思う。

「このオナゴは、サイレンの物真似まで上手にやれるんじゃのう。でしょう、まさに一級品なんですから、そろそろ豆でも召し上がられてはいかがですか。ふむふむ、豆というからには、貝柱やナメコと違って、皮を剥いて食べるんじゃな？　ほほう…お客さんはかなりの食通ですね」
　泣いている場合ではなくなった。今度こそ期待できる。たぶんおそらくきっと必ず絶対にまちいなく、洋輔さんがいつもやるように、クリトリスの包皮を舌先で剥くようにしながら、その芯を微妙な力加減で刺激してくれるはずだ。

「アッ…」
　やはりそうだった。舌が戻ってきてくれた。嬉しい。
「アッアッ…いい…いい……やめないでね？　アア…アア……今度は…今度は…このまま…いかせてね？　ね？」
　喋られるうちに希望を伝えた。相手が洋輔さんだろうと助平ジジイだろうと、この際は誰でもいいからいかせてほしい。

《アア…「いい」……「いいの」……ンン…「アア」…気持ちがいい……》
　お股が熱い。腰まで熱に包まれて、クリトリスの芯が快感に痺れている。膣口からは絶え間なくスープが溢れ出し、毛穴という毛穴からも、汗が噴き出しそうな感覚だ。

「アア…もう…アア…もう……アタシ…もう……アーッ……」
《馬鹿…馬鹿馬鹿馬鹿……》
　星の点滅が見えてきたというのに、またしても意地悪をされた。お股に対しておこなわれる意地悪は、真美子ちゃんが苛められるのと同じくらい悲しい。

「大将、このオナゴはまた牛になってしもうたぞ。たぶんそれは、お客さんが馬と鹿になったからでしょう」
「ウウ…ウウウ……」
「今度はまたサイレンまで鳴らし始めおったぞ、一体どうなっておるんじゃ」
　どうなっているもこうなっておるもない。アタシは『もういきそうだ』と、はっきり告げたのだ。
　それを途中でやめるからサイレンが鳴って…違う、泣き声が出てしまっただけだ。クリトリスの芯だって、たぶん真っ赤になって怒っている。

「お客さんから聞いてみたらどうですか。身体に訊けばいいんじゃな？　いえいえ、大事な奴隷ですから、そういう荒っぽい真似は困ります。そうか、わかった」
　アタシにはなにもわからない。涙腺が緩んでいるせいで、脳味噌まで緩くなってきたからかも知れない。