「磯野香緒里さんじゃったのう、あんたは」
　違う。首を振って返す。アタシの名前は香緒里だけれど、旧姓が江口で、現姓は森高だ。

「香緒里さんは、もっと舐めてほしいのかな？」
　頷く…かどうか、迷う。クリトリスを舐めてほしいのは山々でも、アタシが女の頂上に登り詰める寸前で中断されたら、なおさら耐えられない。今でさえ、腰が鉛のベルトでも巻かれたかのように、重く感じられてつらいのだ。

「それとも、ここになにかを嵌めて、オーガズムとやらを味わいたいのかな？」
《そう…そうなの…そこに…ほしいの……》
　助平ジジイは、アタシの膣口をフィンガーボウルに変えている。一般には指を洗う用途に供するポウルだけれど、今は指を汚すだけだ。
　でも、その点に関しては助平ジジイが勝手にやっていることだから、余計な口を挟む気はしない。

「どうじゃ、はっきり希望を言えば、叶えてやらんでもないぞ」
　答えは決まっている。クリトリスへの快感は鋭い反面、何とも薄っぺらだ。当然、頂上も低い。
　一方、膣が拾う快感は、ずっしりと重く充実していて頂上も高い。登り詰めると、頭の中に靄がかかるほどだ。
　前戯が足りないときは、登頂までの時間がかかるという欠点はあるものの、今はもうすぐにでも登れる。
　ただ問題は、その希望の伝え方だ。これまでなら、アタシが泣きそうになると必ず挿入してくれたのに、今日は泣いてもだめだった。

「ほら、どうしたんじゃ？」
　どうもしない。まだ決断が付かないだけだ。

「そうか、ここはひとつ、カウントダウンでも始めるしかなさそうじゃの。テン……ナイン……ボイン……エート、セップン……セックス……」
　ゼロになったら、せっかく涙まで流して堪らえた努力までが、無に帰してしまうかも知れない。

「スリーサイズ……チュウ……ワンワンスタイル……」
「待って…待ってください」
「香緒里さんは、わしになにを言いたいんじゃ？」
「アタシの…お満貯に…ウッ…あなたの、オチンチンを嵌めて…ウッウッ…気持ち良く、ウッ、させて…ウッウッウッ…いかせて、ください……ウウ…ウウウ……」
　そんなつもりはなかったのに、なぜか涙と泣き声までこぼしてしまった。

「おお、よしよし、香緒里さんは可愛いオナゴじゃ。きっとオメコの具合も良くて、わしを気持ち良くさせてくれるじゃろう。のう、大将」
「ウウ…ウウウ……」
　泣き声と涙がこぼれるたびに、どういうわけか、アタシのあそこまでが熱い涙を流す。もうすでに腿の内側までが、ビッショリと汚れたような状態だ。

「お客さんは、どこでそれを判断されていますか。ほれ、このように、濃厚で芳醇なオメコ汁がたくさん出ておるじゃろう、具合のいい証拠じゃ」
「ウッウッ…グスッ……ウッ…ウッ……」
　泣きやむように頑張る。泣きやめばオメコ汁が…違う、オメコから出ている体液も少しは減る…かと思ったのに、却って増えているような気がしてならない。

「お客さんはなかなかの食通ですが、蛤の目利きに関しては、もうひとつですね。大将、それはどういう意味じゃ。この香緒里さんの蛤は、具合がいいどころか絶品ですよ。ほほう…どの辺でそれがわかるんじゃ。ここだけの話しなんですがね、香緒里さんの蛤の中には、タコとイソギンチャクとスッポンが同居しているらしいんです」
　意味はよくわからないけれど、珍品ではなく、絶品と言ってくれたのだから、きっと褒め言葉なのだと思う。

「ほほう…そんな蛤は、おそらく何万個に一個しかおらんじゃろう。お客さん、だから最上級の蛤のことを、俗に万個と呼ぶんじゃないですか、チャンチャン」
　脳味噌がカニ味噌になりそうな落ちだった。

「さあ、香緒里、以上でオードブルとスープは終わりだ」
　助平ジジイと奴隷商人が、超エッチな洋輔さん一人に戻り、アタシの右脚もようやく自由を取り戻した。

「グスッ…本当に、グスッ…嵌めてくれるのね？」
「ああ、もらろんさ」
「両手、ほどいて？　グスン…」
「その前に」
「もう…まだなにかさせるのー？　そんなのひどい…ウウ…ウウウ……」
　アタシの涙腺は、すっかり栓が緩くなってしまった。あそこまで緩くなっていないか心配だ。

「いや、そうじゃない。後のメニューを説明するだけさ」
「グスッ…なにをするの？」
「俺が出したら、香緒里はそのまま舐めてくれ」
「拭かないで舐めるの？」
「松茸の蛤スープ浸しというか、栗の花の臭いの餡も混ざることになるけど、それが香緒里のデザートさ。舐められるだろう？」
「デザートを食べて、硬くなったら、またすぐに嵌めてくれるの？」
「ああ、最初に言ったように、俺は香緒里の生蛤を喰えるだけ喰う。香緒里も俺の松茸を何度も何度も喰う。それも、下の口と上の口が腹いっぱいになるまでね」
「うん…わかった」
　これまで、自分の体液を口にさせられた経験はなかった。たぶん精液と混ざったら、味も臭いもひどくなると思うけれど、そんな液体でおなかがいっぱいになる心配はない。

「ほら、ネクタイをほどいてあげるから、また把手を両手で握りなさい」
「どうしてベッドへ行かせてくれないの？」
「香緒里が何度も牛になったからさ」
「牛になったから、どうなの？」
「ワンワンスタイルならベッドでもやれるけど、カウカウスタイルというか、モーモースタイルは難しいじゃないか」
　その格好を想像する……までもなかった。馬が種付けする場面なら、テレビで見たことがある。偶蹄目と奇蹄目との違いはあっても、交尾のやり方は牛も馬も一緒だ……とすれば、あっさり受け入れるのは難しい。

「ねえ…本当に立ったまま後ろからするのー？」
「だってほら、香緒里はワンワンスタイルでやると、あれが出るからいやだって……」
「………………」
「同じバックでも、モーモースタイルなら、あれも出にくいものなんだよ」
《ほんとかしら》
　眉毛に牛の涎…いや、自分の唾でも塗ってみたい気分。　

　アタシは洋輔さんと結婚するまで、『マンペ』という単語を知らなかった。もちろん…というのも変かも知れないけれど、とにかくその音も、一度として聞いたことがなかった。洋輔さんの前に付き合っていた男性二人とは、後背位を受け入れるほどの関係が築かれる前に別れた。
　だからその音の発生原因がアタシにあるのか、それとも洋輔さんのあれの大きさや形や動かし方にあるのか、究明してみようがない。

　でも、もし本当に洋輔さんの言う通りなら、モーモースタイルを試してみる価値は高い。アタシ自身、あの卑猥極まりない音さえ出なければ、ワンワンスタイル…というか、後背位で受け入れることに何の抵抗もないばかりか、やはり感覚的に刺激の強い体位だから、それだけ蛤を完全燃焼させやすいとさえ思っていたのだ。

「ほら、早く把手につかまりなさい」
　相変わらず洋輔さんは、やることが早い。両手のネクタイをほどかれたアタシのお尻に、硬式バットの先端が直に当たっている。気づかないうちに、ズボンとパンツを脱ぎ終えていたのだ。

　アタシもグズグズしてはいられない。急いで洋服箪笥の把手をつかみながら上体を前に倒し、お尻を洋輔さんに向けると同時に、足も膝も充分に広げた。

「それから、最後にもうふたつ」
《もう…お母さんみたいなこと言わないでよー》
　お尻を振って抗議する。気分はすっかり雌牛だ。でも、それだけで話しが通じるわけもない。今日のアタシは、もう何度となくお尻を振ったからだ。

「他になにか、アタシにしたいことでもあるの？」
「いや、香緒里の気持ちを確かめたいだけさ」
「確かめたいことって？」
《ンッ》
　尋ねた途端、肛門に蓋をされて喉が詰まった。首と背中も反ってしまった。たぶん蓋に用いられているのは親指だ。何となく、サイズ的にジャストフィットしているように感じられるから、親指の腹にまちがいない。蓋が栓に変わらないことを願う。

「ここは本当にいやなんだね？」
「あなたは…どうしてもしたいの？」
「いや、俺はどっちでもいいんだけど、もしかしたら香緒里も、心の底では試してみたいんじゃないかと思ってね、こうやって念を押してみただけさ」
「ンッ…いや、押さないで……」
　肛門を全力で締め付けた途端、蓋が外れていった。
《フウ》
　親指で栓をされなかったことに、ほっとひと息つきながら、写真でしか知らない美子さんを思う。
　洋輔さんは『香緒里も心の底では』と言ったからだ。
　先刻の失態があるから、アタシも確かめるような馬鹿な真似はしないけれど、どう考えても今の発言は、美子さんとおこなっていたアナルセックスを念頭に置いたものとしか思えない。

「それと、もうひとつはあれの日のことなんだ」
　あれの日といえば、ナニの日しかない。もちろん真美子ちゃんに関することではなく、アタシ自身の話しだ。

「アタシが…口でするだけじゃ物足りないの？　アタシは…まだ全然へただけど、洋輔さんがもっといろいろ教えてくれれば、アタシ……」
「いや、物足りないわけじゃない。美子には悪いけど、香緒里のほうがずっと上手だし、今以上にうまくやられたら、却ってつまらないよ」
「………………」
「ただ世の中には、あれのときのほうが気持ちがいいっていう女性も多いらしいからね。香緒里に試してみたい気があったら、俺も協力を惜しまないってことさ」
「………………」
「それに、俺は香緒里にしゃぶってもらえば気持ちいい思いができるけど、香緒里のほうは、精液を飲むだけじゃ栄養の足しにもならないじゃないか」
　そんなことはない。洋輔さんの何億という精虫を飲めば、浮気の虫退治に役立つ。それだけで充分だ。野球の先発投手にしても、だいたい一週間に一回くらいしか出てこないように、アタシも月に五日間くらいは休まなければ、体力が持たないと思う。

「アタシ…今まで通りのほうがいい」
「そうか、わかった。もうこの話しは終わりにしよう」
　腰の両脇をガッシリとつかまれた。あれを挿入してもらいやすいように、上体をさらに前に倒し、箪笥の把手をつかんでいる両手に頭を預ける。

《ンッ》
　股間の蛤…いや、縦唇に、洋輔さんの飼っている亀ちゃんが頭をくっつけてきた。アタシはなにひとつ悪いことをしていないのに、亀ちゃんは頭に血を上らせているらしい。普段にも増して、頭の鉢というか頭囲が大きく感じられる。
　たぶんこういう状態のこれは、勃起ではなく怒張と表現するのだと思う。

《ンンッ》
　一気に進入されて、背中が丸まってしまった。もう尾骨には洋輔さんの恥骨が密着し、肛門まで剛毛でくすぐられているような状態だ。知覚神経では感じ取れないけれど、おそらく子宮の口も、亀ちゃんの頭で蓋をされたような格好になっているに違いない。

「香緒里奥様、お味のほうはいかがですか」
「口の中が…いっぱいで…喋られません……」
　アタシも人妻、三十女。しかも痴漢ごっこを経験したばかりか、奴隷の売買ごっこでは、商人と助平ジジイに弄ばれる奴隷役まで務めさせられた。突如としてレストランごっこが始まっても、雌牛からお客に変身するくらいのことは簡単だ。淑女を装うことだって、少しくらいはできる。

「本日の亀肉のソーセージ、少し硬すぎましたか」
「いえ、アタクシは…硬いのが、大好きです」
「なるほど、それでこんなにお口の周りを、涎で汚されていたんですね？」
「……はい……ですから……もっと、味わわせてください」
「承知いたしました」
「アアッ…ンン……ンン……アア……」
　ペニスが…いや、亀肉のソーセージが後退と前進を始めた。

「ンン…いい……気持ちが…おいしい……」
　もっとおいしく味わいたい。前進と後退を繰り返す亀肉ソーセージの動きに合わせ、息を詰めて肛門をギュッと締めつける。そうすると膣口も締まって、アタシの受ける刺激も強まる。洋輔さんが教えてくれた方法だ。

《ンッ……「アア」……ンッ……「アア…いい」……ンッ……「いい」……ンッ……「アア」……》
　いつものことだけれど、亀肉ソーセージを奥までグイッと押し込まれると、まるでそれがトコロテンの『突き棒』のように働き、堪らえようもなく声が出てしまうアタシ。

「香緒里奥様は、亀肉のソーセージの召し上がり方が、とってもお上手でいらっしゃる」
「アア…でも……アア……でも…だめ……もう…できない……だめなの……」
　全身の筋肉繊維が、バラバラに煮崩れてしまったようで、まったく力が入らない。肛門を締めつけることなど、頼まれても無理な状態。把手にすがって立っているだけで精一杯だ。

「かまいませんよ。香緒里奥様はこうしてお尻を振ってくださるだけで充分です」
　振っているわけではない。膝と腰に震えが来ているだけだ。
　クリトリスが快感で膨らんでくるときも、膣の粘膜が快感を拾い始めたときにしても、それは変わらない。快感が募ってくると、アタシはいつも膝が震え始め、震えが腰に伝染するのだ。

　もしそのことに、これまで洋輔さんが気づいていなかったとしたら、その原因は体位にあると思われる。正常位の『下敷き』になっていたり、ましてや屈曲位で『膝固め』と『腰固め』を同時に喰らっているようなとき、お尻を元気に振りまくれるような女性は、柔道のタワラちゃんや、プロレスのタイガー猫田さんくらいしかいない……かどうかは別にして。
　とにかくアタシの筋力では無理なのだ……と結論を下したところで、ソーセージの動きに意識を集中させる。
　
　すべての雑念を振り払えれば、お尻を振れる状態にあろうとなかろうと、知覚神経を持たない膣の粘膜でも、快感を余すところなく拾え、最後は頂上まで登りつめられる。そのことをアタシ…私は、夫とのセックスを通じて知ったのだ。

《あらら》
　香緒里さんの肉体が、アタシの魂を放り出しにかかっている。香緒里さんの脳味噌が、思考回路を断ち切ろうとしているからだ。
　でも、ここで放り出されたら一大事。アタシは家の外に一歩も出たことがないから、詳しくは知らないんだけど、たとえ外で雄猫を探しても、たぶんこの時季は役立たずの雄しかいない筈なのよ。

《どうしよう》
　時間がない。解決策が見つからない。
　今もし仮に、玄関でピンポンが鳴れば、それは黒猫のお兄さんという可能性が高いけれど、香緒里さんは居留守を決め込むに決まっている。たとえ洋輔さんが応対してくれたとしても、あのお兄さんは、いつもアタシの頭を撫でてくれるだけだ。

《あ、そうだ》
　閃いた。直ちに実行に移すために、自分から魂を香緒里さんの肉体から離脱させ、猫に戻す…というか、元の猫に戻る準備を始める。
　猫が猫の手を借りるのでは洒落にもならないけれど、洋輔さん愛用の“孫の手”を借りれば、『猫かぶり』とも『貝かぶり』とも呼ばれる伝説の奥義が使えるかも知れないのだ。
　
　後世に『灰かぶり姫』と呼ばれることになったシンデレラだって、白鳩の助けを借りて夢を実現させた。逆にシンデレラの二人の姉は、鳩に目を潰され、鳩胸を思わせるほど膨らんでいた乳房までペチャパイにされた。
　でもアタシは、鳩なんか捕まえて食べようとしたことはない。料理学校の生徒さんたちにしても、アタシに『鳩々サブレ』や『西鳩クッキー』はくれない。孫の手を無断で借りたからといって、洋輔さんに『借りは返してもらうぞ』なんて怒られる心配もない。
　そうしたことをすべて考慮に入れれば、アタシにも伝説の奥義を使える可能性は、かなり高いと思えてきたところで、ようやく猫に戻れた。

《えーと、どこだ……あった》
　ベッドの上に、孫の手を発見。急いでベッドへ飛び移り、孫の手に背中をこすりつける。
《ンン…これこれ、これよ……》
　アタシの場合、喉元よりも背中のほうが感じやすいの。きっと前世で人間だったときの名残ね。

《ニャオ〜ン…アア…気持ちがいい……今からアタシは…貝になるのよ…「アア」…香緒里さんの蛤になりきって……快楽を貪るの……》
　うまくいった。これで肉体的快楽は得られる。後は魂を香緒里さんの子宮に潜り込ませれば、それで問題はすべて解決。人間の女性、それも大人の女性なら、子宮でも物を考えられることを、アタシは猫に生まれ変わってから知ったのだ。

《ニャンにがニャンでも、鯨のアソコに乗り移れー！》
　思いつきの呪文に過ぎないけれど、『鯨のアソコは大子宮』という古めかしい言い換えが効いたみたいで大性交…違う、大成功を収めた感じ。
　だって、香緒里さんの子宮口に、洋輔さんの亀頭が当たっていることも感じ取れるし、香緒里さんが子宮で抱いている感想みたいな感情だって、難なく読み取れるもの。

　だからここからは、人称がゴチャゴチャになるけど、半分だけ香緒里さんになりきり、残りの半分は傍観者的立場で、フルコースの実況をしてあげるワン。

《ん？　ニャンか変だワン》
　もしかしたら、これは鯨を蔑視したような呪文が、災いを招いてしまったのかも……。

「ンン…アア……気持ちがいい……いいの……お満貯が…熱くていいの……アア…いいの……ンン…気持ちいいの……アアン……アアン……」
「そういう声を出していただけると、こちらも本気でやる気が出ます」
　正直に感想を口にしなければ、絶頂の寸前でお預けを喰わされることが多いから、出したくない声を仕方なく出しているだけに過ぎない……と思っていたのは、一年ほど前までの話し。

　最近では、普段ならとても恥ずかしくて言えない単語まで、勝手に口を突いて出る。熱い亀肉ソーセージが後退するたびに、体液と一緒に卑語を引きずり出されるような感じなのだ。
　だからもし下の口が舌と声帯を具えていれば、おそらく卑語と淫語を連発させ、マンペの連発以上に恥ずかしい思いをすることになるだろう。

　でも、誰のおかげか、下の口には発声機能が具わっていない。今のところ、無為な発音機能も発揮する様子はないから、モーモースタイルを気に入った香緒里の上の口が、無意識の内にも下の口の代理機能を果たしているのだろう。

「アアン…アアン……ンン……いい…いいの……もうじきなの……だから……」
「承知いたしました」
　ソーセージの動きが速まった。途端に、股間からいやらしい音が聞こえ始めた。唾を溜めたまま、口を開けてガムを噛むような音だ。

　卑猥な限りではあるけれど、汚らしさまで伴うマンペの音ではないから我慢できる。それにそもそも、音の出る原因が香緒里自身の体液の量にあるのは明白。誰にも文句は言えない。仮に文句を言える相手がいても、もうそんな余裕はない。

「ンッンッ…アッアッ…アアン…いい…いいの……お満貯が…気持ちいいの……いきそうなの……」
「いかがいたしますか。亀エキスもすぐにお出ししますか」
「うん…出して……一緒に……もう…ンン……出して……もう…いくから……」
　夫は絶倫なのだ。たぶん今日は五回や六回くらい、軽く出してもらえる。本日一回目の登頂を果たすのに、けちってもらう必要は少しもない。

「アッアッアッ…いく…いく……いくの…いくの……」
　お尻に洋輔さんの腰が激しい衝突を繰り返し、大きな音を立てている。お餅をつくような音だ。
　香緒里の両膝もまた、大きく震えているのか、それともせわしなく開閉しているのか、どちらとも判別できないような動きを繰り返している。
《アア…》
　閉じた瞼の裏に、満天の星空が広がってきた。空が落ちてくるときに備え、箪笥の把手にしがみつく。

「ンンン…アア…ンン、ンンンッー！」
　無数の星がきらめいた。そしてすべての星は一瞬で汗の粒へと変わり、毛穴という毛穴から噴き出した。
《え？》
　お餅をつく音がまだ続いている。下品にガムを噛む音も消えていない。

「おい、香緒里、ちょっと早すぎるじゃないか」
「アッアッ、あなた、ちょっと……アアン……」
　私が登頂を果たしたとき、てっきり洋輔さんも亀エキスを噴出させてくれたように感じたのだけれど、どうやら思い込みだったらしい。

「アアン…アアン……ンン…いく…またいきそう……ねえ…もう、いってもいい？」
「よし、発射準備…オーケーだ」
「アアン…いく…またいく…もういくの……いくうううーっ！！」
　私だけに見える満天の星空の下、思う存分に呻いたとき、洋輔さんに腰を引きつけられた。そして知覚神経を持たないはずの子宮の頸部が、亀エキスの噴出を感じ取った。たぶん膣口付近の神経が、亀肉ソーセージの激震を知覚したためだと思う。

《アア…良かった……》
　時は春。桃色の霞に包まれた至福の世界、二度連続で登頂した余韻に、どっぷりと浸る。
　まだ身体を動かす気になれない…というより、まだ箪笥の把手にすがっているだけで精一杯だ。

　しかし、脳味噌までボンヤリさせていたのでは、デザートを上手に準備することも、口にすることもできない。小刻みな呼吸で新鮮な酸素を取り入れながら、少しだけ考え事をして脳細胞の完全な覚醒を図る。

　古来より、地震はナマズが起こすものという信仰があり、ナマズには地震の前兆を予知するという俗信もあるけれど。私が考えるに、亀の起こす激震は、蛤だけが感じ取るべきものだ。
　たとえ世間の女性の中に、大蛇のようなアレの出口で感じ取る人がいるとしても、それはセックスの蛇道…違う、邪道の筈。
　ただ、車道を走りながらパンチを繰り出すボクサーに対してなら、『車道ボクシングは危ないからやめなさい』と注意する警察官はいても、邪道セックスを非難したり、否定する権利までは誰にもないと思えば。
　どちらの穴に迎え入れるにしても、とにかく定期的にというか、夫の精力と妻の体力の限りを尽くしてセックスに励んでいれば、夫婦円満につながる筈…というのが、誰にも打ち明けたことのない私の持論。
　真美子ちゃんが結婚するときは、挙式前夜にそのことだけを、母としてそれとなーく言ってあげたいなーと思う私。

「おい、香緒里」
「ちょっと待って…今、すぐに……」
《あら》
　膣口がひどく窮屈に感じられる。すでに亀ちゃんが完全復活を遂げた証拠であり、地震が…違う、激震が近い予兆だ。

「香緒里奥様。デザートの前に、このまま生の松茸を召し上がりませんか」
「はい…いただきます……」
　洋輔さんの松茸は、傘が大きく広がっている。だから形状的には椎茸と呼ぶほうが適当だと思うけれど、どちらでもかまわない。
　駄洒落好きな母や洋輔さんを真似て、食に関する諺の『香り松茸、味シメジ』をもじれば、『香緒里は松茸が椎茸でもかまわない』…では、だめだ。いくら何でも、完成度が低すぎる。

　少し考えれば完成させる自信はあるものの、今は全神経と意識を、洋輔さんの椎茸の動きに集中させておきたい。すでに椎茸は、その傘の広がりを利用して、膣壁の粘膜を心地良く引っかいてくれているのだ。
　こんなときに洒落たことを考えようとするのは愚の骨頂。生の椎茸を調理するときに水洗いする人…は、まあいいとしても、お米を洗剤で洗おうとする人や、レストランに出向く際にお洒落のつもりできつい香水をつける人と、同じくらい愚かだ。