浴室に到着した。趣味の悪い変態ジジイがカメラを据えた。なにも悪いことをしていない私は、まだ洗い場に立たされている。
　でも、じっとしているだけでは芸が…いや、能がない。わずかに引いた腰を回し、小刻みな足踏みを繰り返すことで、激しい便意と腹痛を堪らえる。

　排水口の蓋が外された。どうやらカレーは、排水口に直接捨てるらしい。せめてもの救いだ。
　もうひとつ救いができた。シャワーのコックがひねられ、シャワーハンドルが床に置かれた。こぼれたカレーも、これなら自動的に洗い流せる。臭気も大幅に減少するのは確実だ。

《えーっ…そうなのー？！》
　ふたつの救いが、一瞬で帳消しになった。変態ジジイは、角型の浴用椅子をふたつ、それも間隔を開けて並べたのだ。どう考えても、私のための…いや、私にとっては決して『為』にならない足置き場としか思えない。
　なぜなら、お尻の位置が高くなれば、それだけカレーの排泄口と、洗い場の排水口との距離が広がる理屈であり、狙いを外した際には、跳ね返る音も加わるのが物の道理、物理的な必然だ。

《もう…そんな音まで聞きたくない》
　私の鼓膜には、ションベン生ビールを勢い良く注いだ音が、今も消えずに残っている。そこにカレーシャワーの跳ねる音まで重なったら、耳垢が耳クソに変わってしまう。

「さあ、準備は終わりじゃ。そこに乗って、しゃがみなされ」
　勧められても、気が進まない。足も進まない。でも、もう我慢ができない。無理やり進める。一刻も早く痛みを捨て去り、楽になりたい。

　椅子に乗った。後はしゃがむだけだ。
　気乗りはしないけれど、立ったままでカレーを出すわけにはいかない。
「おお、カメラはこの高さだと、高すぎるようじゃ」
　三脚が最も短く縮められた。私は両膝が折れない。このまましゃがめば、お尻の位置がちょうどカメラの高さに来てしまう。

《アア…痛い……ウウ…痛い……》
　激しい腹痛に上体を押し潰されて、徐々に腰が折れる。膝も曲がっていく。
《ンン…だめ……もう…我慢できない》
　清水の舞台から飛び降りる…ではなく、泥水の中へ飛び込む覚悟で、思い切ってしゃがむ。
《！？》
　過去に激しい下痢を起こしたときは、排便の体勢が整った途端、肛門が自動的に広がったものだけれど、今はそういう状態にならない。いや、かなり広がっている感覚はあるものの、カレーが出ていかないのだ。

　これはすでにタンポンが、カレーの水分を吸収して太くなったためだと思われる……などと、悠長な分析はしていられない。カレーはすでに煮えたぎり、はらわたが煮えくり返るほどの…という表現は意味が違うけれど、とにかく、それほど痛い。
　額の脂汗は、瞼のあたりまで流れ落ちているような状態で、満足に目も開けていられないのだ。

「香緒里さん。カレーの栓を抜いてほしかったら、わしのほうを向いて、口からタップリ涎を押し出してくだされば、抜いて差し上げるぞ」
　またなにか企んでいるらしい。薄目を開け、脂汗越しに変態ジジイの様子を窺う。

「ググ…オオイア……」
　用意されたビデオカメラは、一台だけではなかった。変態ジジイもカメラを構え、レンズを私のほうに向けている。

「もういやと言われても、香緒里さんのようなオナゴが、涎をダラダラ垂らしておる顔は、なかなか淫らで絵になるからのう。わざわざ玉轡をくわえさせてあげたんじゃ」
　顔を反対側に向ける。轡の名称が、猿轡ではなく玉轡だと教えられても、私にはそれこそクソの足しにもならない。

「まったく、オナゴの気持ちはわからんもんじゃて。香緒里さんは、思い切り息んで、カレーの栓をひり飛ばそうというんじゃからのう……」
「ググ…グググ……」
　顔を振って、涙と脂汗を振りちぎる。またしても究極の選択だ。

「おお、そうか。もしかしたら、香緒里さんが腹の中で作っておるのは、本場風カレーではのうて、シャンパンかも知れんぞ。どこまで栓が飛ぶのか、これは見ものじゃ。ゆっくりと見物させてもらおうかの」
　結論が出た。

　思い切り息めば、仮にタンポンは飛ばないまでも、カレー専用タイマーが大きな音で鳴るのは避けられない。
　運良くタイマーは鳴らないとしても、カレーの状態が本場風であることを考えれば、タイルに跳ね返る音が大きくなるのを避けられない。その点に関しては、物理的な法則を持ち出すまでもない事。
　下痢を招いたときだけでなく、オシッコを長く我慢した後にお手洗いに入ったときの経験則でも、何度となく裏付けられている。

　瞼を閉じたままの顔を、クソジジイ…いや、そう呼びたくなるほどの変態ジジイに向けた。
　要求に従い、口の中に溜まっている唾液を舌で押し出す。

「ほれ、もっとタップリと」
　いやでも従うしかない。口から溢れさせれるようにして、さらに押し出した。
《アア…いや》
　多量の唾液が、ダラダラと顎を伝っていく。

「うーん…魅惑の表情とは、このことじゃな。長生きはするもんじゃて」
《ウウ…もう…だめ……》
　唾液が顎先から滴るのを感じたとき、涙腺が完全に決壊した。顔を伏せる。涎と涙を一緒に垂れ流しているような顔まで撮られたくない。

「グッ…グッグッグッ…ガガ…グエーエ…エーエ……」
「ほれほれ、そんなに大声で泣かんでも、わしが栓を抜いてやるから、本場風カレーを盛り付けなされ。タイマーもたくたん鳴らしなされ」
「グッ…グッ……グッ……」
　泣きやむように頑張る。
　大きな声で泣くと、随意筋でもある腹筋が、不随意に収縮してしまう。あちこちの筋肉を自動制御できるほど、私は器用ではないのだから、今は可能な限りタイマーが鳴らないように、肛門の括約筋に準備を整えさせるほうが得策だ。

《うっ》
　肛門が引っ張られているような感覚。タンポンを抜けやすく且つ肛門が広がりきらないように、微妙な調整をおこなう…のは不可能。肛門と括約筋に、我が身を委ねる。
　出るのはカレーでも、一般には『実』とも呼ぶのだから、身を委ねればどうにかなると思う。

《あっ》
　抜けた。少し出た。でも、さすがは私の鍛えた括約筋。反射的に締まってくれた。そのまま締めておく。まだ心の準備が充分にできていない。

「グャッ…」
　悲鳴が出た。それもカレーの噴出音を後追い…いや、直追いするような形で出た。

　脳味噌の一部が、『糞出音』という漢字表記は当て字がどうかを考えている。
　現実逃避を図ろうという意図はわかるけれど。そして、その努力は買ってやりたいけれども。
　そういう行為は『小さな親切、大きなお世話』どころか、『下世話な駄洒落、巨大な迷惑』になることを、私からも、是非とも何としてでも、一刻も早く教えてやらなければならない。

　しかし、今それを教えるのは無理。今の私は、肛門を閉めておくというか、括約筋を締めておくことで手一杯だ。

「香緒里さんには、まだ教えていなかったかのう……。カレーの出口を包む筋肉は、随意筋の一種なんじゃが、他の随意筋と違って、特殊な性質を持っておるんじゃ」
　肛門括約筋を全力で締め上げたまま、変態ジジイの講釈に耳を傾ける。カレーの盛り付けに少しは役立つかも知れないからだ。

「溜まったカレーが大腸から直腸へ運ばれてくると、それを自動的に押し出してやるために、出口は勝手に広がるんじゃよ」
　嘘だ。それは括約筋に根性が足りないせいだ。現に私は、まだ締めている。肛門という名の出口が勝手口だったりなんかしたら、堪まったものではない。

　お勝手の生ゴミを溜めない主義の私は、ゴミ出しのルールもきちんと守っているのだ。肛門や括約筋だって、勝手にこの場を肥溜に変えるような真似はしない。

「下痢というのは、体内に留めておくと健康に悪影響を及ぼす物を、一刻も早く外に出すための一種の生理現象じゃから、それを意思の力で」
「グャッ…ガッ……」
　本当だった。二度も連続した『糞射』が、それを如実に証明している。
　ただ幸いなことに、これまでのところは本場風カレーとも何とも判断のつかない液体が、激しくタイルを叩く音しか聞こえてこなかった…ことにしておく。
　人間というのは、誰もが自分に不都合なことや不利益なことには、耳を貸さないものなのだ。

「話しを続けてもいいかのう」
　勝手にしてもらう。私はどうしたらタイマーの音が小さくできるか、それを考えるのに多忙を極めている。

「そうした生理現象を、愚かな意思の力で止めることができぬように、神様は人体をお造りになるとき、一分と続けて締められないように工夫されたというわけじゃ。まあ、例えてみれば、自分で息を止めて窒息死できないのと理屈は一緒じゃな」
　参考になった。
　そういうことなら、無理に我慢するのは身体に毒。直腸のうねりに合わせて、軽く息むほうを選ぶことに、決めた途端に来た。さっそく軽く息む。

《ンッ…あ》
　出たのは出たけれど、予定と違った。予想とも大きく異なっていた。鈍くて汚らしい音だけが出たのだ。いや、肛門の神経が感じ取ったところによれば、実際には音が九割程度で、残りの約一割は、泡立ったような水っぽいカレーだったかも知れないけれど、私の耳には、音だけしか出なかったように聴こえた。それほどまでに汚らしさの際立つ音だったのである。

《もう…やだあ…何でこうなるのよう》
　まったく恨めしい。こんなことでは、安心して息めない。
「なるほど、香緒里さん愛用のタイマーは、そういう音じゃったか」
《ウウ…馬鹿馬鹿》
　首を強く何度も振って抗議した。変態ジジイだって、こんなときに出す音は私と大して変わらないはずなのだ。

「音楽の『ヘ調』はアルファベットのＦで表すようじゃが、カレー専用タイマーというのは、ＴＰＯに合わせて調子や音色を変えるからのう。香緒里さんの場合も、Ｂだけじゃのうて、ＰやＶと鳴ることもあるじゃろうし、Ｃだって出るかも知れん」
《もう…そんなことまで言わないでよう…ウウウ……》
　この変態ＧＧの裏の特技は、下世話な駄洒落で私に巨大な迷惑を蒙らせることなのだ。

　まったくもって悲しい限りだけれど、ともかく膀胱は空にしたばかり。Ｃは出ないと思う。でも、おなかがＰＰのときは、ＰどころかＢやＶが必ずと言っていいほど出る。いま発したばかりの音も紛れのないＢだった。

　しかし、これからはたぶん違う。まだ下腹の張りは、大して減少していない。
　しかもその大半は空気だと思われるから、息めば必ずＢＢＢという音や、ＶＶＶという音色が連続して出るに決まっている。

《ウウ…いや》
　息みたくない。耳を穢したくない。耳を穢すくらいなら、耳を怪我するほうがずっとマシなようにさえ思えるほどだ。

　プラスチックのポリプロピレンをＰＰと略して表記したり、ポリエチレンをＰＥと表示することは前から知っていた私も、ＰＶＣというのが塩化ビニールのことだとは、つい最近まで知らなかった。
　でも、環境を著しく汚染する有毒物質、ダイオキシンが最も多く発生するのは、そのＰＶＣを燃やすときであることと、カレーを廃棄するときに発生するＰＢＶが、耳を穢す音であることは、ずっと前から承知しているのだ。

　誰かの書いた小説によれば、整い過ぎた物に真の美しさはなく、その小説家は『美は乱調にあり』と断定しているそうだけれど、直腸が肛門で掻き鳴らすＢやＶには、美など微塵も感じられるわけもない。
　 もし今ここで耳が穢れたら、私の鼓膜はこれから先、『ビビッドカラー』という英語を聞くたびにカレーを思い浮かべ、また女性から『ビビッと来た』と言われたときは、本場風カレーを噴出させるその人の姿を、まざまざと網膜に投影させるようになってしまいそうだ。

《ンン…痛い》
　 激しい痛みを伴って、またしても直腸の大きなうねりが来た。いくら耳が穢れるからといって、我慢するのは身体に毒なのだから、うねりに合わせて息むべきかどうか、迷う…間もなく、肛門が自動的に緩んだ。
《アア…恥ずかしい…ウウウ……》
　 涙がこぼれる。本場風カレーも、鈍くて汚らしい音を立てながら、激しく噴きこぼれて止まった。

「香緒里さんはアメリカ映画がお好きなようじゃから、憎たらしい男に頭に来たとき、アメリカ人が其奴を思い切り罵るときの台詞を知っておるじゃろう」
　 知っている。とはいえ昔は、なぜ『サノバビッチさん』が侮蔑の対象の代名詞に用いられるのか、理解に苦しんだものだ。

「香緒里さんの別れたご亭主は、外国で女を買うそうじゃ。相手が売春婦とはいえ、別れたご亭主を憎らしく思う香緒里さんの気持ちは、わしにもようわかる。そこで、わしを別れたご亭主に…見立てるのは、わしも忍びないから、売春婦を何人も罵るが良い。この場で罵る分には、彼女たちも腹を立てんじゃろう」
　 この変態ジジイは、まったくもって話しが回りくどい。
　 要は『お前の母ちゃん、売春婦！』とか、『父親が誰かもわからない、娼婦の小伜め！』と罵る代わりに、『売春婦！！』と英語で罵れと言っているのだ。

　しかし、今の私は玉轡のせいで喋られない。売春婦という意味の英単語が『ビッチ』だと知っていても、それを口にできない。この変態ジジイはそれを承知していながら、私に無理やり言わせようとしているのだ。

　言いたくない。でも、おなかはまだ痛い。ひどく苦しい。言うしかない。いや、これまでと同様、肛門に発してもらうというか、出る物が物だけに、代弁してもらうしかない。少し息むだけでも、肛門は断続的に…と思っていたのに、『売春婦売春婦売春婦』と連続的に発してしまった。

《もう…こんなの、恥ずかしすぎる……》
　 音だけでなく、臭いも気になる。いくらシャワーの水が洗い流してくれていても、カレーはビールと違い、作った途端に悪臭を放つのだ。
　
　 今の気分は最悪。まるで脳味噌が鼻でも摘まみながら、『♪ビッチビッチ、ジャップジャップ、フンフンフン…』などという最低の替え歌を、単語の意味も知らずに唄っているような気分だ。

「なるほど、香緒里さんは売春婦を罵る代わりに、浜辺を求めたわけじゃな？」
　 そう言ってもらえると、少しは救われる…わけがない。『ビッチ』も『ビーチ』も、連続的に音で並べれば、ただの汚らしい排泄音でしかない…のならいいけれど、私には恥ずかしい限りの音でもあるから、少しも救われない。
　 本当に、穴があったら入りたいというか、せめてお手洗いに入りたかった。

「じゃがのう、いくら浜辺へ行っても、猫のように砂をかけて、『はいお終い』というわけにもいかんじゃろう。おなかが痛いのなら、ここでカレーを全部出しなされ」
　 言われなくても出す。もうこの際だ。思い切り開き直り、下腹に全力を込めて出してやる。もう少しカレーを捨てれば、おなかの痛みだけは消えそうなのだ。

《ンッ…ンンッ……いや…いや……》
　 息みながら首を振ることで、売春婦とも浜辺とも聴き分けられない英単語を、頭の中と直腸の中から追い出す。
《アア…》
　 まったく堪まらないほどの、聴くに耐えない音が途絶えた。腹痛も一応は消えた。腸の中にはまだ空気が残存していそうだけれど、もう我慢の限界。
　 鈍くて汚らしくて恥ずかしい限りの音を聴き続けたせいで、脳味噌が変質しかけている。せっかくの脳味噌を、手入れを怠って腐敗菌に侵された糠味噌に変えたくない。

「ほれ、タオルで顔を拭いて差し上げましょうかの」
　 濡れタオルで汗と涙を拭かれた。でも、涎は拭いてもらえない。お尻もまだだ。
「オイイヲ、ウイエ」
　 不明瞭言語が通じなかったのか、それとも『まだ出る』と思われているのか、あるいは清掃時間が訪れたのか、変態ジジイは濡れタオルをシャワーハンドルに持ち替えて、床のカレーをきれいに洗い流した。

「さあ、香緒里。いよいよメインディッシュだから、喋られるようにしてやろう」
　 変態ジジイが洋輔さんに戻った。頭の後ろで手が動き、玉轡を外された。
　 自由になった舌と唇を動かし、唾を飲み込んでから頼み事をする。

「お尻…拭いて……」
「みんな出きったのかな？」
「うん…」
　 カレーだけはみんな出た…と思う。

「シャワーで流そうか？」
「だめ…シャワーはやめて」
「どうして」
「だって…タンポンが……」
　 それこそ水太りしかねない。

「わかった。それなら濡れタオルで拭くから、お尻を少し持ち上げて、俺のほうに向けなさい」
　 汚れた肛門をつぶさに見られるのは恥ずかしいけれど、ほんの少し前には、陰部一帯が経血にまみれたような状態を見られたことを思えば……だめだ、いくらそう思っても、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。

「ほら、早く」
　 濡れタオルの助けを借りて、お尻を持ち上げてもらった。これなら安心、見られることもなく、そのまま拭いてもらえる。たぶん『くさい物に蓋』という言葉は、こんな場合にも使えるはずだ。

「アッ…」
　 くすぐったい。肛門が急に敏感になったような気がする。タオル越しに指の動きを感じただけで、声まで出してしまった。でも、お尻からあんな鈍くて濁りきったような音を連発させることに比べれば、それほど大した問題ではない。

「よし、これでいつものきれいなお尻に戻ったぞ」
　 独り言のようなお世辞を合図に、濡れタオルがお尻から離れていった。お尻も元の位置まで落ちた。

　いよいよだ。緊張が肛門から背すじを這い上がってきて、全身を包む。
　洋輔さんに『きれいに』されたのは、決してお尻や肛門だけではない。浣腸の主目的はあくまでも直腸の洗浄にあり、それはまたアナルセックスを挑んでくるための下準備に違いないのである。

　喉が勝手に唾をゴクリと飲み込んだ。
　今はもう玉轡を外され、唾液も難なく飲み込める状態なのに、なかなか喉から食道に落ちていかない。緊張の強さが唾液の粘りけを増しているせいだろう。

「それじゃ、メインディッシュをいろいろ試食させてあげるから、いつもみたいに、おいしいときはおいしいって、いい声を出して教えてくれ」
　 やはりそうだった。もっとも、洋輔さんは『いろいろ試食』と言ったけれど、私が表のフルコースで食べた主菜といえば、亀肉のソーセージと松茸と、椎茸の串刺しのみっつで、味に少しの違いもなかった。

　裏のフルコースでも、たぶん主菜はその三種類。まちがいなく味も一緒。だが、味への評価と感想だけはまったく異なる。
　表のフルコースの主菜が『おいしい』の一語に尽きるのに対し、裏のフルコースのそれは『気持ちが悪い』とか『気色が悪い』としか言えないと思う。

「さあ、入れるからね」
《？》
　 私はまだ浴用椅子に足を乗せてしゃがんだままの体勢。洋輔さんも横にしゃがんでいる。しかもパンツを脱いでいない。
　 これでは洋輔さんの亀ちゃんが、肛門をノックすることさえ不可能だ。

「ねえ、なにを入れるの？」
　 瞼を開けて尋ねた。
「これさ」
《§…？！》
　 目の前に現れたのは串団子…違う、巨大な真珠というか、ビー玉をいくつも串刺しにしたような代物だ。こういう物を異物と呼ぶのだと思う。

「もしかして香緒里は、俺にアナルセックスをやられると思ってたとか？」
　答えに迷う。いや、正直に答えるべきかどうか迷う。亀肉ソーセージと串刺しのビー玉とでは、どちらが肛門にとって変態なのか、判断に困っているからだ。
　仕方がない。馬鹿を承知の質問で時間を稼ぐ。

「美子さんにも、それを入れたの？」
「美子に使ったやつを香緒里に使ったんじゃ、香緒里に失礼だろう？　これは新品さ」
　 予想に反して答えが返ってきた。ついでなので、もうひとつ聞く。

「アナルセックスをしてたんじゃないの？」
「たぶん香緒里も、お尻で俺の松茸をくわえるのは無理だよ」
「………………」
　 邦子さんは無理だったとしても、私なら無理をすれば、迎え入れられないこともないと思う。

　誰に言うつもりもなく、誰にも一度として見せたことはないけれど、一人も子供を産んでいない私も、大蛇なら何匹となく産んできた。
　 真美子ちゃんを『早寝早起きの野球大好き少女』と称するなら、私のほうはつい最近まで…というか、洋輔さんが海外出張を始めるまで、『快食快眠快便の健康主婦の代表』を自負していた。
　 そして快便か否かの判定基準というのは、俗に…いや、卑俗に『一本○ソ』と命名される寸足らずの大蛇を、ほぼ毎日のように、定期的に産めるかどうかなのだ。

「世間は広いから、女性とアナルセックスをするために、あれこれ道具を使ってお尻の穴を拡げさせる男もいるらしいけど、俺には蛤だけで充分だし、そこまでしてアナルセックスをしたいとは思わない。それに、香緒里の肛門を傷めたりなんかしたら、親父みたいになりかねないからね」
《？？》
　 最後の台詞は言葉が足りない。右脳も左脳も疑問符に包まれた状態だ。
　 まさか母の肛門を、私の義父となった人が傷め、母の報復を受けて大怪我を負ったとも思えない。

「お父さん…どうかなさったの？」
「お袋さんから何にも聞いてない？」
「なにを？」
「親父は若い頃からイボ痔がひどかったらしくてね、お袋がまだ元気だった頃に手術を受けたのはいいんだけど、イボを取った医者がヘボだったせいかどうか、ちょっと締まりが悪くなって……」
「まさか…タンポンを？」
「いや、ナプキンを当てていたらしい」
　 ナプキンなら、それほど驚かない…ということもないけれど。とにかくお母さんが存命だった頃ならともかく、亡くなられた後はいったいそれをどうやって購入していたのか、その点も含めて、様々なご苦労が偲ばれるというものだ。

「でもまあ、最近はお袋さんにも正直に打ち明けて、外出するときは大人用のおむつパンツを穿いているんだそうだ」
《フーン…そうだったの……》
　 母からは、そんなことをひと言も聞かされていない。母も現役の妻に復帰して、新しい夫の名誉と誇りを守っている証拠だ。

「実は俺も、親父の遺伝…とは関係ないと思うんだけど、けっこうイボが膨らんでてね。パンツを汚すのは、そのせいもあるんだ。普段はほとんど痛みもないんだけど、何度も拭くと、痛くなるような気がするんだよ」
《フーン…それも原因だったんだ……》
　 洋輔さんはかなり毛深い。頭のてっぺんはだいぶ薄くなってきたけれど、胸毛ばかりか手の甲にまで、太くて黒々とした毛が生えている。
　 だからいつも『拭き残し』でパンツを汚すのは、単純に毛がたくさん生えているせいだと思っていた。ただしもちろん、肛門周辺の生え具合まで見た経験があるわけではない。

　そして私もまた、恥毛はかなり濃いほうのようだ。これまで洋輔さんからは…というより、結婚前に付き合った男性や、母を含めたどの同性からも、ただの一度として指摘されたことはなく、腕や脚の無駄毛はそれほどでもないのだけれど、恥毛だけは濃い。恥丘や陰唇周辺だけでなく、肛門の周囲にまで及んでいる。
　だからそれを自覚してからというもの、用を足した後はその大小を問わず、入念に拭くことを心掛けてきた。セックスの前に必ずシャワーを欠かさないのは、恥毛の濃さも一因なのだ。
　無毛症の女性の悩みは深いと聞くけれど、恥毛が濃い場合も、なにかと苦労が付きまとうものなのである。

「とにかくそんなわけだし、俺は香緒里を生理のときでも気持ち良くしてやれればいいんだから、アナルセックスになんか全然こだわってないんだ。俺が出したくなったら、香緒里にオーラルセックスをやってもらえば済む話しだからね」
　 オーラルセックスを、そのまま英語で翻訳すればフェラチオかクンニリングス。私は女だからフェラチオ担当、和訳すれば『尺八奏者』だ。

「さあ、入れるよ？」
「あ、ちょっと待って」
「大丈夫さ。このミタラシ団子は粒が小さいから、お尻が切れるような心配もないよ」
「違うの。他にはどんな物を入れるのか、それを教えてほしいの」
「それは後のお楽しみ」
「………………」
　 不安だから聞いたのだ。

「ただ、香緒里がこのミタラシ団子一本だけで満足できるなら、今はこれをお尻いっぱいになるまで食べればいい」
《？？》
　 洋輔さんの言葉選びが不適切なせいで、言っていることが矛盾だらけのように感じられる。でも、今はもうひとつ別なことを確かめたい。

「ずっとここでするの？」
「なにを？」
　 聞き返されても困る。私の脳味噌には『造語能力』が足りない。でも、会話を進めるためだ。脳味噌をこねくり回し、無理やり捻り出す。

「だから…つまり、ミタラシ団子の食べ放題セックス……」
「そうだね、香緒里はここをトイレに使ったし、ミタラシ団子っていうのは、漢字で『お手洗い団子』と書くわけだから、ここでやるほうがいいと思うな」
《もう…どうしてそういうこと言うのよー……ウウウ……》
　 情けない。今日の洋輔さんには、情けというものが感じられない。それが悲しい。一瞬で涙腺が緩んでしまった。

　私も料理の専門家、ミタラシ団子を『御手洗団子』と書くくらいのことは、今更わざわざ誰に教えてもらうまでもない。洋輔さんが知りたいと言うのなら、ミタラシ団子にまつわる故事来歴というやつだって教えてやれる。
　 それに、私には年齢相応の一般常識というものがあるから、『御手洗』という姓を持つ人を、『お手洗いさん』と呼ぶような心配もない。正しく『ミタライさん』と呼べる。

　しかも。そもそも第一。この浴室をお手洗いに使ったのは、私の意思によるものではない。変態ジジイに強制されただけだ。
　 それなのに、そんな言い方をされたら、止まっていた涙がまた出てきても、当然のことだと思う。

「ほら、泣きやみなさい」
「ウウ…ウウウ……」
　 泣きやめない。泣きやめと言われて、泣き声まで出てきた。それをどうにもできない首は、右往左往している状態だ。

「ミタラシ団子を、タラがフグを喰うように喰いたいという香緒里さんのために、団子屋のわしが、食べ放題セールを企画して出前に来たんじゃが、喜んでもらえるかのう……」
　 またしても変態ジジイがやってきた。家族構成は知っていたけれど、商売がお団子屋さんとは知らなかった。
　 タラがフグを主な餌にしているという話しも初めて聞いた……と思ったのは、私の脳味噌が黄色に染まりかけていたことによる思い違いというか、受け取り違い。今の『タラがフグを喰う』は、たらふく喰うという意味だ。

「さあ、ひと口、召し上がってみてくだされ」
「ウウウ…ンン……ウウ…だめ……だめ……」
　 肛門にお団子の丸い粒が当たってきた。お尻を揺らしても、お団子は執拗に追いかけてくる。

《アッ》
　 肛門の窪みに、丸い粒がちょうど嵌まってしまった。もう逃げられない。無理に逃げれば、押し込まれたときにお団子の串と肛門の角度がずれて、きっと痛い思いをする。そのことは…いや、それに類したことなら、初めてタンポンを使ったときに経験済みだ。

「ンッ…ンッ…ウウ…ンン……ウウ…」
　 お団子の粒々が、肛門の中まで入ってきた。気色が悪い。お尻の中で、タンポンの束とこすれ合っているような感覚まであるから、なおさら気持ちが悪い。
《アッ、アア…いや、ウウ…だめ、やっぱりだめ……》
　 曲げている膝が震える。吐き気まで催しそうだ。それも、口からだけでなく、肛門までが吐きそうになっている。
　 洋輔さんが言ったように、異物の挿入は急激な便意をもたらすらしい。蜂蜜を塗られたときとは桁違いの催便効果だ。
　 もしかしたらこのお団子は、ミタラシ団子と呼ぶよりも、モタラス団子のほうが……などと、またしても脳味噌が巨大な迷惑をかけ始めた。

《アア…どうしよう……ウウ…どうしたらいいの？》
　 モタラス団子が出たり入ったりを始めた。このままではまずい。息を詰め、肛門を締めたまま現状分析をおこない、対策を練る。

　お団子をくわえたまま、肛門に吐かせるわけにはいかない。鈍い音を発するだけならまだしも、本場風カレーまで奮発したら、いや、糞発させたら大問題。団子屋の爺さんの手を汚す可能性が高い。
　 団子屋の爺さんは精力が強いだけでなく、変態性も強い。でも、私は変態ではない。たとえ相手が変態の人や動物だとしても、便を浴びせるような真似はできない。仮に小さいほうの便であったとしてもだ。

　普通は男女を問わず誰でもそうだと思うから、その点、『蛙の面に小便』という諺を作った人は、少なからず変態性向を持っていたと考えられる…とか、男の子はミミズにオシッコをかけるとオチンチンが腫れると聞いたけれど、女の子の場合はクリトリスが腫れるのかしら……などということまで考え始めた脳味噌を叱りつけ、正常な思考を再開させる。

《ンン…もう…ウウ、だめだ……ウウウ……》
　 今の私の肛門は、まさに一食即発…いや、一触即発の危険を孕んで…違う、くわえている状態なのだ。結論を急がなければならない。
《ウウ…出そう…》
　 結論が出た。出てしまう前に、やはり正直に告げたほうがいい。意に反して出すという点では変わらなくても、事前に予告しておけば、洋輔さんに心の準備と態勢的な準備を整えてもらえる。私にしても、覚悟が決められるというものだ。

「ウッ、ちょっと、待って。ウッ…お願いだから、待って」
「どうなさったんじゃ？」
　 ミタラシ団子の動き動きが止まった。涙と泣き声を止めるように努めながら、唇と舌を動かす。

「グスッ、お団子を、食べる前に…グスッ…げっぷをさせてほしいの」
「ほほう…げっぷというと、要するに屁じゃな？」
「ウウ」
　 泣き声と一緒に、仕方なく頷いた。
　 知力を尽くした『げっぷ』だったというのに、これではせっかくの努力も台無しだ。
　 まったくこの変態ジジイは、日頃から自分でも言っているように、『オナゴの気持ち』をわかっていない。だから私の涙も泣き声も止まってくれないのだ。

「屁をこきながらでも焼芋は喰えるが、吐き気を催しておるときに団子は喰えんからの。そういうことなら、吐かせてやろうぞ」
　 やはり私には言葉選びの才能がない。『げっぷをしたい』と言うよりも、せめて『吐きたい』と言うべきだった。

「ほれ、もっと団子を奥まで入れてやるから、吐けるだけ吐きなされ」
「アッ、いやいや、そんなことできない…できないの……ウウウ……」
　 腰を振って訴えたら、ミタラシ団子が動きを止めた。

「どうしてじゃ。口から吐くときも、指を喉の奥に入れたほうが、楽に吐けるじゃろう」
「でも、ウッ…洋輔さんの手が…汚れる……ウウウ……」
「大丈夫だよ。俺はゴムの手袋を嵌めてるから」
《！！》
　 驚きが涙腺を締め、声帯の震えを止めた。

「さっきの様子だと、香緒里はまだ全部出し切ってないと思ったからね、念のために準備しておいたのさ」
　 まったく洋輔さんは、手の早い事この上ない。そこまでの準備が整っているのなら、私も心置きなく…というわけにいくはずもないけれど、とにかく洋輔さんの手を汚す心配だけはなくなった。

「ほら、息みなさい」
「ンン……ンン……だめ…こんなんじゃ……」
　 ミタラシ団子の動きが再開した。これでは息めない…と訴える前に、鈍い音が洩れ出た。腹筋と腸と肛門が自動的に働いて、無用なガスの排出に努めてくれたためだ。

《アア…恥ずかしい……》
　 喉に指を突っ込んで吐くときなら、吐き気が込み上げてきた時点で指を抜ける。でも今は、ミタラシ団子をくわえたまま噴出させたのだ。
　 カレーの量も少なかった筈であり、ほとんど霧のような状態だったと思うけれど、こんなことを何度も繰り返したくない。

「ねえ…お願いだから、一回、抜いてちょうだい」
「香緒里さんは、わしのミタラシ団子を、どうしても気に入ってもらえんのかのう」
「ううん、違うの。思い切り…カレーを、吐きたいの……」
「おお、そうか。それなら抜いて差し上げよう」
「アッ、アアン……」
　 ミタラシ団子をゆっくりと抜かれ、思ってもみない声が出た。気色の悪さとは、また少し違う感覚が発生したせいだ。

「さあ、思い切り息んで、カレーじゃろうと天然ガスじゃろうと、あるいはブーロパンガスでも何でも、好きなだけ出しなされ」
《うん…「グスッ」……》
　 頷いて返し、鼻をすすってから大きく息を吸い込んだ。

「もちろん、どんな屁をこくのでも遠慮は無用じゃ」
　 まったく無用のことを言うジジイだ。でも、改めて息を吸い直す気はしない。息を詰めて、腹筋に全力を込める。
《ンッ！　ウウ…恥ずかしい……》
　 肛門が破裂して、予想を遥かに越える音が出てしまった。ＢやＶどころか、まさに『爆濁音』とでも形容するしかないような音だった。これだからガス爆発は恐ろしい。

「今のが香緒里さんの最後っ屁かな？」
　 確かにそうだけれど、私はイタチではない。答えずに黙っていても、首を振らなければわかってもらえると思う。

「そうかそうか。わしはもうじき外国へ行くんじゃが、香緒里さんが店仕舞いする日に、これほどの最後っ屁を聞かせてもらえるとは、夢にも思ってみなんだ。もうこれで日本に思い残すことは、なにもないというものじゃ」
　 それは困る。本場風カレーばかりかＶＰガスまで残らず出した私に、ぜひ想いを残してほしい。そのためには、裏ビデオよよりも生身のほうが、洋輔さんの気持ちを繋ぎ留めておきやすいはずだ。

「ねえ…お団子屋さんじゃないほうの洋輔さん……」
「何だい？」
「私…洋輔さんが外国へ行っても、定期的に逢いたいの。一時帰国のときだけじゃなくて…どこかで逢ってほしいの」
「逢うだけ？」
「ううん、逢ったら必ずフルコースを食べさせてほしいし……グスッ…お満貯もたくさんしてほしいの。洋輔さんの仕事の都合に合わせるし、もし私が生理のときは、裏のフルコースでもいいから…どうしても逢ってほしいのよ……グスン」
「それなら、アンカレッジかどこかの空港で待ち合わせて、そのままホテルに泊まるのがいいかも知れないな。俺は体力に自信があるし、香緒里だって飛行機の中で眠ればいいんだから、少しくらい強行日程になっても問題はないだろう」
　 良かった。嬉しい。言葉が出ない。嬉し涙だけをこぼして喜びに浸る。

　私もまだまだ若い。どんな強行日程でも耐えられる。
　 そしてまた、満腹感は睡魔を誘うのが常であり、満腹が招いた睡魔の誘いに乗れば、熟睡と快適な目覚めが約束されているというのは、男女を問わない一種の生理現象。
　 たとえ一睡もしない『五発一泊』になろうとも、定期的にフルコースを食べまくるほうが、普段もグッスリ眠れると思う。

「それに、裏ビデオも次から次へと新作を撮っていけば、俺の楽しみも増えるからね。香緒里と逢うときは、必ずカメラと三脚を持っていくよ」
《えっ》
　 ビデオの新作まで撮ってもらうつもりはなかった。嬉し涙まで流したのは、失敗だったかも知れない。でも、睡眠薬を常用することに比べれば、ずっといいと思う…ことにして諦め、別の頼み事をする。

「ねえ…お団子屋さん……」
「何じゃな？」
「もうお尻の吐き気が治まったんだけど、ミタラシ団子の食べ放題セールは、お部屋で実施してもらえない？」
「出前セールは可能じゃが、香緒里さんは本当にみんな出なさったんかな？」
「うん…だから、お団子たくさん食べながら、松茸も舐めさせてほしいの。松茸エキスもたくさん飲ませてほしいの。脚も疲れてきちゃったし……」
「それならそうしましょうかの。香緒里さんは先に行っててくだされ。わしはここの後始末だけ済ませたら、すぐに行きますで」
「お尻…きれいにしてくれないの？」
「後でみんな、きれいさっぱりさせてあげましょうぞ」
「うん…わかった」

　最後にカレーを噴霧させたときも、そしてイタチの真似事をしたときも、肛門は下向きだった。このまま歩いても床を汚す心配だけはない。今いちばん心配なのは、一人で歩けるかどうかだ。
　 ゆっくりと腰を上げ、膝を伸ばしていく。
《ンン…きつい…》
　 タンポンが太くなってきたらしい。膣口の広がりがさらに増したように感じられる。腰を真っ直ぐ伸ばすことさえ難しい。

「どれ、手を貸して差し上げましょうかの。足や椅子が滑ると危険じゃで」
　 身体を抱いてもらうようにして床に降りた。洗い場から脱衣場へと足を進める…のが難しい。いくらガニ股で歩こうとしても、脚の筋肉を動かそうとするだけで、タンポンの存在をますます強く意識させられる…どころか、何とも言いようのない感覚が、太くなったタンポンの周辺で膨らんでくるのだ。一刻も早く、どうにかしなければならない。

《ンン…》
　 腰を引いて、股間に発生した感覚を散らしにかかる。
《アア…》
　 だめだ。腰がクネクネと揺れてしまう。これではまったくの逆効果だ。
《いや…恥ずかしい……》
　 腰の揺れが止まってくれなくなった。クネクネと揺り動かすたびに、洋輔さんのあれを迎え入れたときと同じ種類の感覚が、膣から腰全体へと広がっていく。

《ン〜ン…ン〜ン…》
　 困った。声まで出そうになってきた。こんな淫らな腰振りダンスに、みずから声の伴奏まで付けたくない。
《あ…》
　 思いがけず、腰の揺れが止まった。洋輔さんが上体を抱きしめてくれたおかげだ。

「部屋へ行く前に、ここで一回いくかい？」
《うん…》
　 洋輔さんの胸に、無言でふたつ返事を返した。頼まれたわけでもないのに、淫らな腰振りダンスまで独演して見せたのだ。この期に及んで恥ずかしがってはいられない。

「さあ、こっちへおいで」
　 私の身体を抱いたまま、洋輔さんが浴槽の縁に腰を掛けた。
「どれ、蛤はパックリと口を開けたかな？」
「ン〜ン…」
　 手は早いのに、予告が遅かったせいで、小陰唇の縁を軽くさすられた途端、またしても腰を淫らに揺すってしまった。恥ずかしい声までくねらせてしまった。
　 でも、それも仕方がない…というより、極めて当たり前のことだと思う。私の肉体も官能もすっかり成熟…いや、完熟したばかりか、洋輔さんはいつも私が腰を振ったり、声を出すような触り方ばかりするのだ。

「さあ、ちょっと指を舐めて？」
　 陰唇をさすっていた右手が、口許にやってきた。もはや私は、裏のフルコースまで食べ始めた女。
　 頼まれた理由くらい、即座に理解できる。

　唇を広げ、洋輔さんの指を何本もくわえた。たっぷりと唾液をまぶしてから押し出す。
　 普段なら多すぎるほどの潤滑液が溢れる場所は、まだタンポンの束で塞がれたままだから、唾液はその代用にされるはずなのだ。
「ア〜ン…」
　 やはりそうだった。唾液に濡れた右手が、まだ乾いたままの陰唇へ戻ってきた。

「ンン……いい……ンン……」
「普段より、この辺も感じるだろう？」
「うん…とっても…いい……」
　 大陰唇と小陰唇によって作られた溝というか……襞がたたまれ、折り返されているような部分を、濡れた指がゆっくりと滑っている。それも左右両方だ。
　 たぶん用いられている指は、人差指と薬指だと思う。

「どうしてだか、香緒里にはわかるかな」
　 わかる。私のお満貯は、長くタンポンの束をくわえてきたばかりか、タンポンが太くなってしまったために、まるで潮汁にされた蛤の殻も同然。陰唇が広がりきり、薄い皮膚が伸ばされたような状態だから、皮下神経が鋭敏になっているせい…ばかりでないことも、今の私にはわかっている。
　 その証拠に…というのも変だけれど、まだ揉んでもらっていない乳房までが、硬く張り詰めているような感覚まであるのだ。

　しかし、それは認めたくない。
　 変態まがいの、いや、変態行為としか呼べないほどの恥ずかしい真似をしたために、全身の細胞が燃えやすくなっているせいだ…などと、認めるわけにはいかない。タンポンを太らせた体液が二種類あることも、今は認めたくない。
　 もし私にそれを認めるときが来るとしたら、それは裏のフルコースをすべて堪能した後だ。

「わからない？」
　 しつこい。でも、嘘は付きたくない。胸毛に押し当てた顔を上下左右に振って応じた。これなら答えも曖昧にできる。
「そうか。それじゃ、この辺も感じやすくなってないかな」
　 洋輔さんが背中を丸めるようにして、私の胸に顔を寄せてきた。たぶん今度は乳首のあたりを舐められるのだ。

「アアン…」
　 左の乳首を乳輪ごと舐め上げられた。
「どう、感じやすくなっているだろう？」
「………………」
　 もう恥ずかしい声を出した。答える必要はない。

「ほら、ちゃんと答えて」
「アアン…」
　 まったくしつこい。今度は右の乳首を舐め上げてきた。
「ほら、香緒里。ちゃんと答えなさい」
　 くどすぎる。ペロリとひと舐めされただけで、どちらの乳輪も緊縮し、乳首は硬く勃起しきったのだ。答える必要なんか、微塵どころかミジンコの糞ほどもないと思う。でも、答えなければ、まだまだ絶頂に押し上げてもらえない。

「うん…たぶん……」
「そうか、それで俺も安心した。裏のフルコースを気に入ってもらえなければ、俺は過去の男になりかねないところだったからね」
　 なにも私は、『気に入った』と言ったわけではない。言葉にこそ出さなかったけれど、恥ずかしいことをされたり、させられたら、なぜか全身が感じやすくなったと、そういう趣旨のことをさりげなく曖昧に伝えただけだ。

　しかし今の私に、そんなまだるっこしい抗議をおこなう余裕はない。
　 タンポンの束を包んでいる膣の細胞も、そして私自身の唾液を塗られた陰唇も、すでに熱い感覚を明確な快感として捉え、それがさらに燃え広がることを欲している。
　 まだ一回も触ってもらっていないクリトリスまでが、快感に爆ぜるときを今や遅しと待ち望み、ジンジンともズキズキともつかない疼きで、私に別の言葉を喋るように命じているのだ。

「ねえ…あそこを…クリクリ撫でて…いかせて？」
「あそこだけでいいのかな？」
「ううん、一緒に、グリグリもしてほしい」
「グリグリだけでいいのかい？」
「もう…意地悪……」
「モミモミもしたほうがいいんだろう？」
「うん……アッ…そんな……急に……アアン……アアン……」
　 左の乳房へのモミモミは、背中から回ってきた左の手のひら全体で。そしてまた乳首の付け根へのグリグリは親指と人差指によって。さらにまたクリトリスは、まだ私の唾液で濡れているらしい右手の中指を使って、優しくクリクリされている。

　だから、『なにもそんなに急に一度に始めなくても』と、本気で抗議しかけた私だけれど、あちこちで同時に発生している快感を考えれば……などと、余計なことはもう考えていられない。乳房の芯で発生しているまろやかな快感と、クリトリスの芯で膨らんでいる鋭い快感とが、子宮のあたりで結び付いたのだ。

「アア…いい……気持ちいい……アア……アアン…もう…もう……」
　 ギュッと閉じた瞼の裏側で、いくつもの小さな星が点滅を繰り返している。

「ねえ…洋輔さん…もう…いきそう……アア…いきそうなの……」
「好きなときにいきなさい。たぶん真美子はお袋さんの家に泊まってくるだろうし、俺は明日の朝まで、香緒里が死にそうになるくらい、何度もいかせてあげるからね」
「うん…うん……アア…いく…いく……アア…だめ…だめ……」
　 おかしい。星の点滅は白と決まっていたのに、今はなぜか黄色く光っている。しかもいつもなら、星の点滅が見えるだけでなく、脳味噌も薄桃色の靄に包まれるというのに、今はカレー粉のような黄色い霧が漂っているばかりか、鼓膜には、あの恥ずかしい限りの音まで蘇りそうになっているのだ。

「ねえ…だめ……だめなの……」
「うん？　なにがだめなんだい？　どこかが痛いの？」
「ううん…違う、違うの……いや、やめないで……クリクリと…グリグリ…そう…アア…それ、とっても、いいの……私、それが好きなの……」
「それじゃ、どうしてだめなんだい？」
　 いくら状況を説明しても、きっと信じてもらえそうにない…こともなさそうだけれど、あのことは忘れていたい。あんな音も聴かなかったことにしておきたい。

「ねえ…愛してるって……言って……」
「愛してる」
「だめ、もっと…アア……何回も…何回も……香緒里を、愛してるって……私が、いくまで、ンン…気持ちがいい……お満貯が熱いの……グリグリも…アア…クリクリも……とっても、いいの……」
　 タンポンがさらに太くなっているらしい。でも、それが痛みを与えてくるのではなく、洋輔さんのあれを入れてもらっているときと同様、重い快感をいっそう充実させてくれるのだ。
　 しかし、このままでは絶頂に登れない。たとえ登れるとしても、このまま登り詰めたくない。

「でも、いきたい……いきたいの……お願い……いつもみたいに、白い星で…薄い…桃色で……アア…ねえ…気持ち良く…ンン……いかせて、ほしいの……」
「よくわからないけど、香緒里を愛してる、香緒里を愛してる、香緒里を愛してる、香緒里を愛してる、香緒里を愛してる……」
　 わかってもらわなくてもいい。洋輔さんの言葉が聴こえている限り、あの鈍くて汚らしくて恥ずかしい音が聴こえてくる心配はないのだ。

「アア…洋輔さん……愛してる……私、死ぬほど愛してる……ンン…ンッ…ンッ……」
　 黄色い星が白くなった。数もずっと多くなった。靄もいつもの薄桃色だ。

「香緒里を愛してる、香緒里を愛してる、香緒里を愛してる……」
「ンッ、死ぬ…死ぬ……ウウ…死ぬーっ……」