『愛欲の果てに』続編

（１）

「じゃ、シンディ、お願いね。」
「はい。わかりました。」

　センター第二課長の遠藤美津子が、シンディと呼ばれた業務係長に出向を命じた。
　第二課長の遠藤美津子は、旧姓　桜井美津子　センター長を務める遠藤の妻である。
　美津子は、主に分析・管理を担当していた。

「亜美、いくわよ。」
「はい。」

　亜美は、業務係長の加納と丸一鋼材に向かった。
　係長の加納は、英国人を母に持つハーフで名をシンディ洋子という。
　生まれも育ちも日本で、大学も勿論、日本の学校を出ていた。
　亜美は、洋子の直属部下として、常に行動を共にしていたのだ。

　洋子の車に乗り込んだ亜美が、資料の確認をしていると洋子が声を掛けてきた。

「亜美、今晩、仕事終わったら飲みに行こうか？」
「ええ、係長のオゴリなら行ってもいいです。」
「・・・・しょ、しょうがないわね。・・・ま、いいわ。」
「しかし、係長、この間みたいに酔って男の人をひっぱ叩かないで下さいね。」

　洋子は、小さい頃から父に格闘技を習い中学時代から始めた実戦空手では、男子に混ざって全国でベスト８に入るほどの実力の持ち主だった。
　他にも、合気道をはじめ武道に大変な興味があり休日も道場に通うほどの格闘好きな女性なのである。

「あの時は、しょうがないでしょ。しつこかったんだから。」
「でも、一緒に居る私が恥かしいですよ。」
「何を言ってるのよ。いまの男は生意気なのよ。からっきし酒も身体も弱いくせに。」

　洋子は、タイプ的に自分とよく似た亜美を目に掛けており業務のノウハウの全てを惜しまずに亜美に叩き込んでいたのだ。

「でも、係長と対等な男の人って少ないんじゃないですか？」
「別に喧嘩が強くなくたって男らしい人はいるでしょう。」
「え？　例えば・・・」
「んー、そうねぇー。・・・正義感ある人や、弱者に優しい人は強い男と思うわ。」
「はぁ・・・なるほど。・・・失礼ですが係長・・・彼氏はいるんですか？」
「し、失礼しちゃうわね。１人や二人いるわよ。」
「す、すいません。」

洋子が横目で亜美の表情を確認した。

「・・・亜美、・・・まさか私が処女だとでも思ってたんじゃないでしょうね。」
「と、とんでもありません。」

　洋子は、笑いながらアクセルをふかした。

　二人は、丸一鋼材に到着した。
　丸一鋼材は会社組織としては成り立っているが、事実上、暴力団と比べても遜色がない会社だ。
　車から降りた洋子と亜美は、誰もいないフロアーを通り過ぎると社長室がある奥の部屋に向かった。

　部屋の前に着くと二人の若い男が、洋子と亜美に気付いて制止する。

「おい、なんだ、お前らは？　社長に何か用かっ！」
「あんたら、雑魚に用は無いわ。」
「・・・何だとぉー、このアマッ！」

　派手なスーツに奇抜なネクタイをはめている１人の若い男が、洋子の前に立ちはだかり凄んで見せる。
　洋子は、仁王立ちのごとく足を半開きにし片腕を組んで男を睨んだ。

「ほぉー、姉ちゃん、なかなか美人だな。俺が遊んでやろうか？」

男は、そう言いながら、からかうつもりで洋子の尻に手を当て、弄ぶように遠慮なく撫で回した。
　微動だにしない洋子を見ると男は薄笑いを浮かべ、更にスカートの中に手を突っ込んでいく。

「ククッ、姉ちゃん、ビビッてんのか？」

　隣りでは、もう１人の男が薄笑いを浮かべて、その行動を眺めていた。

　しかし洋子は、全く動じずクールに振舞っていた。
　男は、おとなしくされるがままの洋子に図に乗ってショーツをずらすと指を蜜壷に滑らしていく。

「ほぉー、姉ちゃん濡れてるじゃねぇかっ！」

　亜美が、その後、起きるであろう行動を想像して目をそらした。

　案の定、洋子が両手で男の両耳を強打すると男は悲鳴を上げて倒れこんだ。
　鼓膜が破けたのだ。
　洋子は倒れた男の股間に容赦なくピンヒールを思いっきり蹴りこむ。
　急所が潰れる異様な音に亜美も顔を顰めた・・・

「ウゲッ・・・」

　まるで蛙を踏み潰したような男の叫び声に部屋の中から別の男が飛び出てきた。

「・・な・・・何だオメェらは？　何やってるっ！」

　洋子は、無言で男を押しのけ社長室に入っていった。
　中に入ると社長の遠山が、何事かという顔で洋子を睨んだ。

「なんだね、君は？」
「フン、・・・私は太平洋グループの加納っていうの。覚えておいて。」
「た、太平洋・・・・」
「なぜ来たかお判りね。社長さん・・・」
「契約書のことか。」
「その通り。太平洋の正規なものではないので今後一切関わらないで下さい。」
「今更何を言ってるんだ、もう始める段階まで話は進めているんだ。」
「・・ふっ、冗談を言っちゃいけないわ。偽装した契約書のくせに。」
「・・・グッ・・・・な、何を言っとるかっ！」

　洋子は笑いながら遠山に言い渡す。

「なめちゃいけないわよ。とっくに調査済みなの。」

　そう言うと洋子はバッグから書類を取り出し遠山に突きつけた。
　中身を見て驚く遠山・・・
　偽装した書類、工作した人名、経過、依頼した大物議員等、見事に調べ上げている。
　遠山は、見る見るうちに顔が蒼ざめていく。

「お判り？　警察に言わないだけありがたいと思いなさい。」
「・・・く、くそったれーっ・・」

　遠山は歯ぎしりをして悔しがっている。
　外に倒れていた男が、顔を顰めて部屋に入ってきた。
　股間からは、血が滲んでズボンを汚していた。

「こ、この、くそアマぁー・・・・よく・・も・・・・俺の・・・・」

　しかし洋子は無視して知らん顔をしていた。
　そんな洋子に遠山が言いがかりをつけてくる。

「おい、加納さんとやら、大事な社員の一物を使い物にならんようにしてくれた落とし前はどうつけるんだ。反対に暴行罪と不法侵入で、訴えてもいいんだぞ。」

　洋子が、遠山の言葉に怒りを表しネクタイをねじ上げると大声を張り上げる。

「馬鹿言うんじゃないよーっ。この男は、私のマ○コに指突っ込んでおきながら、たかが、この程度で済ましてやったんだ。文句言われる筋合いはないわよっ。」
「・・・・マ・・・マ○コ・・」

　洋子の遠慮ない淫語に遠山も引っ込みがちになってきた。

「私が訴えればどうなると思ってんの？　ええ、遠山さん。」

　洋子の迫力に遠山もタジタジになり、とても言い返す言葉が見つからなかった。

「・・わ・・わかった・・わかったから・・・・・も、もう帰ってくれ。」

　洋子が承諾書を出し遠山が座る机に叩き渡した。

「帰ってやるから、ここにサインして捺印しな。」

　今度は、遠山のネクタイを引っ張り、叩きつけた書類まで引き寄せた。
　遠山は、これ以上、太平洋に関わる事は危険と察したようだ。
　それに洋子の迫力に圧倒されているのも事実である。
　遠山は、言われるとおりにサインをして判を押した。
　承諾書を受け取った洋子は、それを亜美に渡すと再度、男の股間を蹴り上げる。男は泡を吹いて気絶してしまった。

「フンッ、・・・・さ、亜美、帰るわよ。」
「は、はい。」

　洋子と亜美は、玄関の真ん前に停めておいた車に乗り込んだ。
　煙草に火を着け煙を吐き出す洋子・・・
　亜美は、洋子の度胸と、決してスマートではないが堂々としたやり取りを見て、つくづく関心の意を表わしていた。

「何見てんの、亜美？　何か私の顔についてる。」
「い、いえ・・・そのぅ、格好いいかな・・・と。」
「フフッ、貴女も直にそうなれるわ。」
「そうでしょうか。」
「ええ、絶対。何といっても、あの伝説の人の娘だからね、アンタは。」
「・・・あ・・あの・・知ってるんですか、父を。」
「私の尊敬する遠藤所長から、何度も聞かされたわ。とても、私には到達できないほどの実力と存在感は聞いているだけでも、感動で身体中が震えたわよ。一度、亜美のお父様にも会ってみたいと思ってるの。」
「・・・・・・」

　そういうと洋子は、キーを回してエンジンをふかした。
　煙草を指で玄関に飛しホイルスピンを掛けて車をスタートさせる。

「さ、今日の仕事は終わったしお茶でも飲んでいこうよ。」
「・・・は・・はい。」

　洋子の運転する車が、駅ビルの地下駐車場に入っていった。
　車を駐車すると縛ってあった髪をほどき、軽く後ろからかきあげた。
　二人は、車から降りエレベーターで最上階の展望喫茶に向かう。

　エレベーターの中で洋子が亜美に質問をしてきた。

「ところで亜美、アンタこそ彼氏いるの？」
「いえ、これだと言う本命は、まだ・・・」
「そう？・・・・　たぶん、たぶんだけど香坂君に惚れてるでしょ。」
「え・・・・そ、そんな・・・」

　亜美の慌てぶりに洋子は声を出して笑い出した。
　エレベーターが、止まり二人は店に入ると窓側の席に座る事にした。
　ボーイが、二人の座った席に注文に来る。

「アイリッシュコーヒーを・・」
「私は、オレンジティーを下さい。」

　ボーイが頭を下げて席を離れた。

「亜美、さっきの話だけど香坂君の事、図星でしょ。」
「え、・・・はぁ・・まぁ・・・」

　香坂とは、同じセンターの情報係長で香坂裕二である。
　現在、センター内では、エース的な存在であり、センター長の遠藤は勿論、皆からも絶対的な信頼を受けていた。

「フフッ・・・彼のこと・・・・私も好きだったのよ。」
「え？」
「彼とは同期なの。センター配属は彼のが１年早いけど彼を追っかけて私もセンターを希望したのよ。もちろん簡単ではなかったんだけどね。」
「そうなんですかぁ。」
「でも、彼を諦めたわ。」
「な、何故ですか？」

　洋子は、窓の外を眺めて少々考えていた。
　そして、独り言のように亜美に聞かせる。

「この仕事が香坂君より好きになったの。所長から色々な話を聞くうちにアンタのお父様のようになりたいって思ったわ。これは偽りない本心よ。」
「・・・・・」
「所長も香坂君は、アンタのお父様によく似たところがあるって言ってた。だから、香坂君を好きになるより香坂君には負けたくないって思うようになったのよ。」
「係長って・・・」
「ん？」
「係長って、なんか無茶苦茶、格好いいですね。」

　洋子は、亜美を見つめて顔を崩した・・・・・

「・・・・ア・リ・ガ・トッ！」

　おどけて返答する洋子に亜美も笑いが込み上げる。

「で、香坂君に声掛けたの？」
「で、出来ませんよ。そんなこと・・」
「馬鹿ねぇー、言わなきゃ。」
「そ、そんな・・・」
「ＯＫ、私が香坂君に言っておいてあげる。」
「や、やめてください係長、・・・そんな・・・ほら・・・その・・・ね・・・・」
「プッ・・・何が言いたいの亜美？」
「・・・あ・・あの・・・じ、自分で言いますから。」
「ふぅーん、本当かしら？　彼は近寄りがたいからねぇ。」

　確かに洋子の言うとおりだった。
　決して冷たい感じではないのだが、触ると切れそうな鋭い雰囲気を持っており喋るのさえ気を使ってしまうのだ。
　しかし、唯一、この洋子とだけは同期であるためか仲が良かった。
　仲が良いと言っても冗談を言ったり笑いあったりするのではなく口喧嘩の様な二人の言い争いが亜美の目には仲良く映っていたのだ。

「係長は、香坂係長と・・・・・その・・・」
「寝た事あるかって？」
「あ・・い、いえ・・・・・と、特に変な意味では・・・」
「フフッ、ないわ。でも最初は抱いて欲しいって思ったかな。」
「・・・すいません、変な事を聞いてしまって・・・」
「別にアンタが謝る事ないわよ。ま、私の希望をアンタに託すわ。頑張ってアタックしなさい。」
「は、はい・・・・頑張ります。」
「それに、いま、本気で結婚したいって思ってる男がいるの。」
「え・・誰ですか？」
「鏑木さんよ。」
「？・・・・鏑木・・・・鏑木補佐ですか・・・・・」

　鏑木洋は、センター課長補佐で調査係長を兼務している。
　頭脳明晰でいまのセンターの屋台骨を支えている超エリートだった。
　洋子がセンターに配属された時に教養担当をした男で、諭すような喋り方や振る舞いに洋子も好感を持ったのが始まりだった。

「・・・え？・・結婚したいって言う事は？」
「ええ、付き合ってるわよ。」
「そうなんですかぁー。知りませんでした。」
「フフッ。今言った事、アンタ以外には誰も知らないの。まだ黙っててね。」
「ええ、それは勿論です。しかし、ラブラブなんですねぇー。」
「彼のオ○ン○ンが、私のオマタに突き刺さると本当にそのまま死んでもいいって思っちゃうのよ。ＳＥＸも最高に私と相性ピッタリなのよねぇー。」

　亜美が、周りをキョロキョロ見ながら洋子に小声で呟く。

「か、係長・・・・その・・・淫語を人前で・・平気で喋るのを・・・・・・やめましょうよ。」
「え、なんで？　そう言わないかな・・・」
「・・・・そ、それは・・・い、言う事もありますけど・・・人前では・・」
「フフッ、じゃ気をつけるか。」
「・　・　・　・　・　・」
「でも、そういうアンタも、一応付き合ってる人いるんでしょ。」
「ええ、一応ですが。・・・でも、あくまで本命にしたいのは・・・・」
「香坂君か。・・・・ということは、亜美、いま付き合ってるのは繋ぎなの？」
「というか両親に似て、元来、Ｈ好きなんです。」

　洋子は、亜美の大胆な言葉に最初は意味が解らなかったが、直ぐに真意を気付き腹を抱えて大笑いした。

「アハハハッ・・・・・・・・あーぁ、面白い。アンタって面白いわ。じゃ、口に出さないだけで、さして私と変わらないじゃない。」
「私は理性があります。係長ほど露骨に表現しませんよ。」
「ど、どういう意味よ・・・・」
「ぁ・・・す・・・すいません・・・・」

　他愛もない話を二人は、１時間程繰り返していた。洋子が腕時計を見る。

「さ、亜美、帰ろうか。」
「はい。」

　二人は、駅ビルを出るとセンターに戻った。

「ただいま帰りました。」
「おう、ご苦労っ。どうだった？」

　第一課長の京本道夫が、洋子に丸一鋼材の結果を聞いてくる。

「はい、丁重にお願いして承諾書にサインしてもらいました。」
「そうか、さすがだな。」

　亜美が、なかばズッコケながら自席に戻る。
　洋子も亜美にウィンクを投げながら机に向かった。
　その二人の様子を鏑木が笑いながら見ていたようだ。

（絶対に鏑木さんだけにはバレてるわね・・・）

　亜美は、胸の内で含み笑いをしながら資料の整理に取り掛かった。