| 姉ちゃんは優等生 保留守人 作 |
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| １. 「俊介っ！ 早く起きなさいってば」 階下から、苛立ちを伴った姉の声が聞こえている。 何度も起床を促されているのは自覚していたが、新堂俊介はベッドからどうにも抜け出すことができないでいた。 一週間続いた補習授業の最終日だった昨日、深夜まで友人宅で雀卓を囲んでいたのだ。 覚えたばかりのマージャンは三度の飯より楽しくて、文字通り寝食を忘れて没頭していたわけだ。 そして、今日は一学期最後の一日。 終業式にさえ出席すれば、高校生になって初めての長い夏休みが始まる。 寝ぼけなまこで階段を降り、リビングルームに入ると食卓には既に朝食が用意されていた。 それはふたつ年上の姉、奈津子が登校前の慌しい時間の中で準備してくれたものだ。 普段ならこれに加えてお昼の弁当まで手際よく作ってくれているのである。 我が家では、いつしかそれが当たり前の事のようになって、随分と久しい。 「ふぁーっ」 あくびをしながら椅子に腰掛けると、姉のケータイがテーブルの上に開いたまま放置されているのが目に入った。 食事をするのに邪魔だったので除けようと思い、俊介はそのケータイに手を伸ばした。 他意はない。 だが手が触れた途端、消えていた画面がパッと明るくなり文字が浮かび上がる。 それはメールの受信画面だった。 例の件ですがいい考えを 思いつきました。奈津子 さんの携帯を使用すると いう案はどうでしようか 。 作品を二人だけで鑑賞し たらその場ですぐ削除す ることを約束します。 それなら何の心配もない でしょ？ 文章には数箇所、絵文字が挿入されていた。 寝不足でボーッとしている頭では何のことだかピンとこない。 何しろ昨夜帰宅してベッドに横になったのが、ついさっきのことのように思えるのだ。 俊介はケータイを閉じ、腕を伸ばしてテーブルの端に置いた。 そしてまずは目覚ましに、グラスに注がれた冷たいミルクを一気に飲み干す。 続いてスクランブルエッグが載ったトーストにもかぶりついた。 頭の中は空っぽだったが、廊下の奥からトイレの水洗音がかすかに聴こえた。 やがて夏季用の白いセーラー服に身を包んだ奈津子がリビングに姿を現す。 その姉の表情が、どことなく憂鬱そうであるのが弟には一目でわかった。 そして彼女はひとり言のように、こう呟く。 「やだわ。またあの新しいウォシュレット、壊れてる…」 新型に取り替えたばかりの便座式洗浄機は一ヶ月ほど前にも不具合を起こし、ようやく業者に点検してもらったたばかりだった。 「えっ、またシャワーが出ないってこと？」 「…そうなの」 だが世の弟というものは、こういう時にも全く気の利かないことを口にするものだ。 「そっか。でも別にいいじゃん。 お尻なんてトイレットペーパーで拭いときゃいいんだからさ。 あー、それより俺、まだ眠いよーっ」 「もうっ…」 奈津子は小さく声を発し、白い頬をプゥと膨らませた。 姉弟の仲とはいえ、俊介はデリカシーに欠けていたかもしれないが、そこにセクハラめいた悪意があるわけではない。 「早く食べて、遅刻しないように行くのよ」 そう言いながら奈津子は自分のケータイを手に取り、ほとんど黒に近い、濃紺のプリーツスカートのポケットにそれを収めた。 「あ、うん…わかってる」 「ほんと、わかってるの？ １時に城西駅のバスターミナルがある方よ」 「わかってるって。お見舞いに行くんでしょ？」 「またアンタ、昨日お風呂に入ってないでしょ」 「なんでわかるの？」 「わかるわよ。洗濯物が出てないんだもん」 「いいじゃん。一日や二日、入らなくたって死にはしないんだからさ」 「やだ、汚い…」 奈津子は苦虫を噛み潰したような表情を見せ、椅子の上に置いてあった学校指定の補助用手提げバッグとクラリネットのケースを取り上げた。 そして、 「先に行くわよ」と、 足早に玄関のほうへ向う。 「いってらっしゃい」 俊介は、背中まで届く三つ編みおさげ髪が揺れている姉のうしろ姿を見送りながら、注ぎなおした２杯目のミルクに口をつける。 「ちゃんと食器は流しに出しとくのよ」 精一杯怖い顔をしたつもりの奈津子が不意をついて振り返ったので、飲みかけていた牛乳が鼻から逆流しそうになる。 かろうじて俊介は、『うんうん』と無言でうなずくことができた。 |
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| 2014年10月18日掲載 |
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