姉ちゃんは優等生　保留守人 作
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２.

「なあ俊介、おまえホントに新堂先輩とエッチしたいとは思わないのか？」
　ダミ声の山田が言った。
　それに便乗して、こもった声質の中川が続けて言う。
「本当は近親相姦、してんじゃないの？」

　そんな二人の揶揄に動じることもなく、俊介はため息混じりに返してやった。
「おまえら、またそれかよ。
　いつも同じことばかり言って、全く成長のないヤツらだなぁ……」

　終業式が終わって学校の門を出たのは11時過ぎ、いよいよ明日から高校生になってはじめての夏休みが始まる。
　駅までの道すがら、中学時代からの腐れ縁である山田と中川のテンションは頂点に達しているように思えた。三人そろって受けた補習授業が厳しかったせいもあって、開放感を一際強く感じているのは俊介も同じだが、山田と中川の思考回路は極端に猥雑な方向へと傾倒しているようだ。

　二人の言う『新堂先輩』とは俊介の姉のことで、男女共学の“文武両道型”名門私立校に通う高校３年生だ。
　同級生の彼らには、デキの悪い弟と優秀な姉との“相姦図”が、最上級の興奮をもたらしてくれる“ズリネタ”となっているらしい。
　男兄弟しかいない二人は、俊介のように美人な姉がいる境遇をユートピアのごとくに思い込んでいるようだが、はたして現実の世界というものは――何をか言わんや――である。
　もっとも彼らだって本気で姉弟の近親相姦を疑っているわけではないにしても、想像される方の身としては迷惑な話だ。
　
　さてこの三人、俊介と山田と中川は中学時代、ブラスバンド部に所属していたのだが、俊介たちが１年生の時、二つ上の奈津子はその副部長を務めていた。
　したがって1年次のみではあるが、学年は違えど奈津子に接する機会は多かった。

　色眼鏡なしの弟の目から見ても明るく活発で面倒見のよい奈津子は、男女や上下関係の別なく誰からも慕われていて、みんなの憧れ的存在であったという周囲の評価に異論は無い。

　ただ俊介自身にとっては小うるさい母親みたいな存在で、目の上のタンコブといったところだろうか。
　仕事の関係で一年の半分ほどは海外を飛び回っている両親に代わって姉が家事の一切を担ってくれていた。長年に渡り新堂家の家政婦を務めていた女性が高齢のため引退したのを機に、奈津子自身が新しい家政婦は不要と両親に申し出たのだ。
　そんな計らいができる姉に、ぐうたら弟の頭が上がるはずもあるまい。

　当然、姉弟喧嘩をしてもいつも俊介の分が悪い。
　理屈をこねられて言い負かされてしまうのが常だった。
　姉から強いられた理不尽とも思える体験を数えれば枚挙に暇が無い。
わずか２歳の年齢差だが、俊介から見た奈津子は随分と大人に思えたものだ。
　
　ただ奈津子は、どんな時でも毎朝欠かさず俊介の弁当を作ってくれていた。
　俊介が『学食で食べるから』と言っても、その分のお金を小遣いに回すことを見抜いていた奈津子は、『体に悪い』と言ってそれを許さなかった。
　弟想いの優しい姉であるということだけは俊介も十分認識している。
　その上何でも完璧にこなしてしまうのだから、正直なところ、畏怖の念を抱いていると言っても過言ではなかった。

　有数の進学校に通う受験生でありながら９月の音楽コンクールが終わるまで部活動を続け、尚かつ家事をこなしてしまう奈津子。そんな姉を大学生の従兄が“スーパー美少女”と呼んでいたのは、俊介にもうなずける話ではある。

　また奈津子の“美少女度”について、それを端的に伝えるエピソードにも事を欠かない。
　例えば去年のコンクールでのこと。
　木管アンサンブル部門で奈津子をリーダーとするクインテットが上位入賞を果たした。
　その喜びを表している５人の集合写真が吹奏楽系の月刊誌に掲載され、その雑誌が発売されるや否や、自宅に芸能事務所各社のスカウト達が大挙して押し寄せて来きたのだ。
　たまたま帰国して在宅だった両親が対応し、本人にその意思がない事を伝え丁重に断っていたにもかかわらず、諦めきれない彼らは登下校中の奈津子を待ち伏せし、直接本人への接触を試みていた。
　それ以外にもストーカー的な輩までが出現し、ついには学校を通じて警察に通報しなければならない事態にまで発展してしまったのである。

　歩きながらダミ声の山田が言った。
「それにしてもよぉ、女のアソコってグロいよな。見てみろよ……」
　どこのサイトで拾ったのか自分のスマホに保存してある女性器の局部無修正画像を俊介たちに見せびらかしている。
「やめろよ山田。そんな写真、いつも持ち歩いているのか？」
　俊介は呆れ顔で言ったが、
「やっぱ新堂先輩のアソコもこんな風になってるのかなぁ」と、
　中川がすぐさま悪乗りをする。
　すると、
「ま、そういうことだな。おー、なんて女は罪深いんだ」
　などと利いた風な口をきくダミ声。

　そんなところで引き合いに出される奈津子も気の毒だが、それは常に周りの耳目を集めるアイドル的存在である者の宿命かもしれない。
　俊介だって今このとき、不覚にも意中の女の子の顔を思い浮かべてしまったのだから、同じ穴のムジナである。
　せめて二人には、固有名詞を伏せて妄想を楽しんでほしいものだと俊介は思った。
　話題についていけない俊介はしばらく無視をきめこむことにして、お馬鹿なふたりの会話を聞きながら歩いた。

「でもさ、新堂先輩だっていつかは誰かにヤられる時がくるんだぜ」
「ギャー、信じられん。そん時、アソコも見られちゃうわけだね」
「ああ、そうさ」
「オイラがその誰かになりてーよ」
「それは天と地がひっくり返っても、あり得ねーな」
「アハハハハ……　やっぱり？」

「あっ、そうだ俺、五日ほど前に新堂先輩に会ったんだ……山見坂駅のホームで」と、ダミ声が自慢げに言った。
　山見坂駅周辺は閑静な住宅街が広がっているだけで、奈津子がなぜそこにいたのか……俊介も一瞬考えはしたが、誰か友達の家でもあるのだろうと、それ以上の興味は湧かなかった。

「えーっ？　いいな昌ちゃん。会ったんだ」
「……でさ、おさげ頭の可愛い顔は中学んときとおんなじなのにさ、セーラー服のオッパイはボーンで、ウエストがキュッの、お尻がボーンなんだぜ。
　思わず勃っちゃったよ」
　山田は語彙力の無さをゼスチャーで補っているが、誇張しすぎだと俊介は思う。

「で、何しゃべったの？　新堂先輩と」
「あ…いや、俺、反対側の電車乗ってたんで……」
「何だよ。それって会ったんじゃなくて、見かけたってだけじゃん」
「まあ…そうとも言うかな」

　ダミ声はスマホをポケットに戻しながら続ける。
「新堂先輩って、今でも同じ中学出身の大学生の人と付き合ってるんだろ？」

「……ってことは昌ちゃん、もう新堂先輩もエッチは経験済みかも？」
「うーん、確かにあの体つきはセックスを知ってる大人の女の肉体って感じだったな」
「でも名新学院の天才美少女がセックスなんてするのかなぁ」
「どこの学校かなんて関係ねーし、よく考えてみろよ。
　相手は大学生だろ。プラトニックラブなんてあり得ないんじゃねーの？」
「それじゃ新堂先輩はその人に、もうヤられちゃってるってわけ？」
「まぁ、その可能性は高いかもな」
「そしたらさ、先輩みたいな女子高生でもエッチの時、四つんばいになったりするのかなぁ」
「おうっ、それが男子の本懐ってもんよ」
「ダンシノホンカイ？」
「おうよ。後ろからズッコンバッコンとな……」
「やっぱり想像できないよ。新堂先輩が誰かとセックスしてるなんて」
「なぁ俊介、新堂先輩だって絶対ヤってるよな……彼氏とエッチ」

　能天気な二人に、ついに俊介も我慢ができなくなった。
「……んなこと、俺が知るわけねーだろ！　いい加減にしろって！」
　声を荒げて叫んでいた。

　弟としては、まだ高校生である自分の姉が誰かとセックスをするかどうかなんて、考えたこともなければ思いつきもしなかった“命題”である。
　敢えて考察するならば、自分の姉に限っては、少なくともセーラー服の袖に手を通している間はそれはないという、確信めいたものをもっている。

「あ、それに新堂先輩って、脚のスタイルが抜群なんだよな」
「そうそう、先輩のうしろ姿見てるだけでもチンポ、勃っちゃうもんね」
「走ってるときの足とか腕の振り方も可愛いし……」
「なんで新堂先輩は年上なんだよ！」
「あーあ、先輩って、年下の男子には興味ないのかな」

　俊介は開いた口がふさがらなかった。
　今のヤツらに何を言っても焼け石に水である。
　だがこの時、
『へー、そうなんだ』と、妙な感心もしていた。
　俊介は今まで好きな女の子を見るときも、顔とせいぜい胸の膨らみくらいにしか注意を払っていなかったような気がする。
　女の子の脚のスタイルにまで評価を下す視点がなかったわけで、まだ性的にも幼かった証なのだろうか、その点ではおバカなふたりに先を越されているような気がした。

　それはさておき、級友ふたりが有頂天になっているのにはもうひとつ大きな理由があった。
　実はこの日、俊介たちはクラブの朝練を終えた姉と合流して、中学時代のブラスバンド部顧問だった先生のお見舞いに行くことになっていたのだ。
　大したことは無いらしいが、先生は手術をして入院中だという。
　見舞いに行くのが嬉しいなんて不謹慎極まりないが、二人は単に奈津子に会えることが嬉しくて仕方ないのだ。

　うだるような暑さのせいか、学校からの駅までの道のりが遠く感じる。
「ところで俊介、やっぱ新堂先輩でも家ではソファなんかに寝そべってたりすることあるのか？」
　と、中川。
「そんなの、普通だろ」
「そんな時さ、先輩もオナラなんか……したりする？」
「えっ？……」
　あまりにも意表をつかれた中川の質問に、言葉がつまった。
　だが……、
「あ…あたりまえじゃないか。アイドルじゃあるまいし……」
「ぎょへ〜、信じられん！」
「……たまらん！　俺も先輩の弟になりてーっ」
　思った通り、ふたりは狂喜乱舞している。

　奈津子には申し訳なかったが元来サービス精神旺盛な俊介は、そう答えるとふたりが喜ぶと思い、咄嗟に口からでまかせを吐いてしまった。
　実のところ、姉がオナラをしているシーンは思い浮かばなかったし、記憶もない。
　俊介は長らくどこの家庭でも女という生き物は、家族の前でさえオナラなどしないものだと思い込んでいた。そればかりか幼児期以降、家の中で姉の下着姿も見たことがなかったが、それも女性であれば当然の身嗜みだと思っていた。
　それがよその家では意外とそうでもないらしいということを知ったのは、つい最近になってからのことである。
　これはどうやら女の子の躾に関し、相当厳しかった俊介たちの母親の影響であるようだ。
　もっともそれは現在進行形でもあるのだが、今となっては両親からも全幅の信頼を得ている奈津子が母親からお小言を喰らうことなど皆無に等しかった。

「……でも、神崎はいいよなぁ」
　唐突に山田が言った。
「なんで？」
　中川が聞く。
「だってさぁ、俺たちの学年でさ、男で名新学院へ進学したヤツって、神崎だけだろ？」
「おう、そうだよな。アイツだけは毎日、新堂先輩の顔を見ることができるもんな」
　
　神崎は頭がよくて、妙に大人びたヤツだった。
　おまけにいわゆるイケメンである。
　何でも知る人ぞ知る写真家の御曹司らしいのだが、とても好きになれるタイプではなかった。
　いかんせん、女子との交際に関してあまり良い噂を耳にしたことが無い。
　中学時代から何人もの女の子と不純異性交遊を繰り返していたという事実は周知の通りだ。
　さらにその交際相手の女子たちをモデルにしたて、ヌード撮影を行っていたという信じ難い行状までが、まことしやかに囁かれていたのだ。
　所詮噂なんてものは、事実に尾ひれ羽ひれが付いて広まるものだと承知していても、火の無い所に煙は立たぬと先人は言う。
　とにかく、男の風上にも置けないヤツとはかかわりたくなかった。
　
　俊介たちは駅前の立ち食いそば屋で軽く昼食を済ませてから電車を乗り継ぎ、先生が入院している病院の最寄り駅に降り立ったのは予定通りの午後１時だった。
　東口の改札を出たロータリー前で奈津子と落ち合うことになっている。
　自動改札口を抜け、しばらく歩いたところで山田の足が止まった。
　……そして、
「あれ？　なんで神崎がいるの？……」と、ポツリとつぶやく。
　山田が見つめる視線の先を追うと、なんと噴水の前で奈津子とくだんの神崎が肩を並べて立っている光景が目に飛び込んできた。

　白いカッターシャツにピシッと折り目の入った黒いスラックスを履いた神崎。
　夏でも長袖の白いセーラー服に、ひだ数の多い濃紺プリーツスカート姿の奈津子。
　ふたりとも、足元には白いソックスに黒いローファーがピカピカと輝いている。
　薄汚れたスニーカーを履いている俊介たちとは雲泥の差を感じた。
　しかし、いったいなぜ二人が一緒にいるのか。
　二人にどんな関係があるというのか。
　どう考えても姉と神崎の接点が俊介には思いつかない。

「よっ、久しぶり」
　小麦色の肌をした神崎が、白く光る歯を覗かせて軽く手をあげた。
　その神崎の顔を、横に立つ奈津子が上目遣いにチラリと見る。

（な…何なんだよ、この状況……）
　明らかに俊介は動揺していた。
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2014年10月25日掲載
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