姉ちゃんは優等生　保留守人 作
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10.

「あ、いや…パソコンでユーチューブでも見ようかなって……」
「やだ、びっくりした」
「ハハハ……ごめん。音は出さないようにするからさ」
「それはいいんだけど、大丈夫？　ゆうべもあまり寝てないんでしょ？」
「ああ、大丈夫」
「わたしは早く寝たほうがいいと思うけどなぁ……」

　自分の挙動をとっさに誤魔化していた俊介だったが、奈津子もそんな弟を特に不審に思った様子はなく、すぐに集中力をペン先に戻したようだ。

　俊介は奈津子の邪魔にならないようサイドデスクから静かにノートパソコンを引き出し、ベッドの端に腰掛けた。
　チマチマと動画を見たりネットサーフィンをするような気持ちにはとてもなれなかったが、口に出した手前、そのように演技するしかない。

　膝の上にノートパソコンを乗せ、ディスプレイを起こして電源ボタンを押す。
　“ようこそ画面”は省略する設定になっているので、間もなくしてデスクトップ画面が映し出された。
　皮肉なもので急いでいない時は、ノートパソコンの起動もそれほど遅くは感じないものだ。

（あれ？！……）
　立ち上がった画面を見て俊介は驚いた。
　そこには“復活ファイルだよ〜ん”と名づけられた新しいフォルダが自動的に生成されているではないか。入浴前に試みた復元作業は途中でＰＣをシャットダウンさせており、中断したはずだったのだが……。

（……まさか、できてたの？）
　ふざけたフォルダ名に若干の苛立ちを覚えながらも、好奇心と嫌な予感が入り混じった複雑な心境で、俊介はそのフォルダをダブルクリックした。

（あれ？　ひらかない……）
　いつもマウスを使っている俊介は、タッチパッドに慣れていなかった。
　もう一度、確実にダブルクリック！……

　……すると、
（おおっ！）
　中には写真画像を意味するJPEGファイルのアイコンが７つ並んでいる。

（ヤバすぎるって！）
　にわかに緊張感が高まる。

　各ファイルには自動的に割り当てられた数字のみのファイル名がついていた。
　その若い番号から昇順に開いてみることにする。

（いくぞっ！　クリィィーッック！！）

　気合を入れて開いた一つ目のファイルは奈津子の同級生たちだろうか、ピンボケになって写っている“ありがち”な集合写真だった。
　そう、単に葬られた失敗写真に他ならない。

　二つ目、三つめと続けて開いてみるが、同じようなピンボケ写真ばかりだ。

　平常心を取り戻しかけていた俊介が五つ目を開いたとき、状況は一変した。

（ええっ？！）
　それは、Ｔシャツを着た神崎がピースサインを出して微笑んでいる上半身の写真だった。
　学校以外の場所のようだ。
　奈津子が撮影したものなのだろうか。
　もしそうだとしたら、神崎と奈津子の親密さを疑うのに十分な証拠の一枚となる。

　ただそれだけの画像を見ただけで俊介の心臓の鼓動はカラダ全体に響くほど強く波打ち、心拍数はレッドゾーンにまで達した。
　えも言われぬ不吉な予感がこみ上げてくる。

　生唾を飲み込み、恐る恐る６つ目を開く……。

（っ！！！！……）
　その瞬間、俊介は心臓が口から飛び出るのではと思うほどの驚きで、気が動転した。
　それでも目を見開き、映し出された画像に釘付けになる。

　紛れもなくその画像は『作品２』の登場人物――少女の背後に立つ少年――が持っているピンク色のケータイによって撮影されたものだと、瞬時に判断できた。

　すなわち、白いセーラー服を着た少女がうつ伏せで肘を付いている。
　綺麗にとかれたおさげ髪の分け目。
　襟元のうなじが白くて愛おしい……。
　そして少女は衣服を纏っていないムキ出しのお尻をケータイカメラに向けて高々と突き上げている体勢だ。

　真っ白で、デキモノひとつ無い、きれいな肌をした臀部の双山。
　カメラが捕らえた遠近の差によって、少女のお尻があたかも目の前にあるかのように写真の鑑賞者に迫ってきている。

　注目してしまうのはその中心部。
　お尻の割れ目、白肌の窪みの中で薄茶褐色に沈着した部分が、画像の底辺付近にはっきり見えている。
　中心から放物線状に何本もの皺（シワ）が広がっている“紋様”だ。
　イボや裂け目のない綺麗な皺の集まりは、“菊門”と例えられてもその名に恥じることはない。

　とはいえ、少女が自らの汚物やガスを排出させる消化器としての出口の穴だ。
　ためらいもなく異性にさらけ出すことができるとは到底思えない。
　おまけによく見ると尻肉の白い肌と肛門周辺部の薄茶褐色との境目あたりには、産毛のように白い、ちぢれた細い毛が数本生えていた。
　
　そして、故意なのか偶然なのか、画像は少女の肛門部分で途切れている。
　つまり、丸出しになっているはずの“女の象徴”はギリギリ映っていなかった。
　それだけに、少女の生まれ持った美しい形状の肛門には多大なインパクトを感じてしまうのだが、いずれにせよ童貞の俊介にとっては余りにもショッキングな写真画像である。
　
　俊介が激しい心臓の鼓動を感じながら顔を上げると、そこには受験勉強に集中している奈津子の背中があった。
　綺麗に揃えられたショートボブの髪から白い首筋が覗いてる。
　ピョンと立ったチョンマゲがかわいい。

　もしかしたら自分は一生見ることのないはずの姉の肛門を、誰かの手によって撮影された写真画像で見ているのかもしれない。
　俊介は膝上のＰＣ画像と、椅子に腰かけている奈津子の後ろ姿を何度も交互に見た。
　どうしても俊介は奈津子と写真のモデルの少女が同一人物だとは思いたくない。

　難問でも解いているのだろうか、奈津子の右手に持つシャーペンの動きが止まっている。

（……これが、姉ちゃんなの？）
　絶対に認めたくないのだが、自ら収得した紛れもない物証を前に、極めてクロに近い状況と言わざるを得ない。

　寝耳に水。
　青天の霹靂。
　猿も木から落ちる……（いや、ちょっと違う）

　俊介の不安と焦燥感は限界を超えていた。
　半ばパニックに陥りながら七つ目のファイルを開く。
　
　７枚目の画像は灰色一色で塗りつぶされており、復元エラーを起こしていたようだ。
　途中でメモリーを引き抜いたのだから当然といえるが、復元可能な削除されたエロ画像は他にもたくさんあったかもしれない。
　決定的な写真がそこに含まれていた可能性もある。
　さらに残念なことには、復元した画像のプロパティを見ても、撮影日時の情報までは復元できていなかった。

（俺はいったい、どうすればいいんだ……）
　俊介は頭を抱えた。

　思い切ってこの画像を奈津子に見せてはどうか？
　あるいは『作品１』か『作品２』を見せてみる？

　そうすればその時の奈津子の反応で、間違いなく白か黒かの決着はつくはずだ。
　だがこの方法はあまりにも大きな危険が伴う。
　モデルの少女が奈津子だと確定したら、それがわかった時点で姉弟の関係に修復できないくらいの亀裂が入ることは必至だ。
　あるいは、受験勉強が手につかないくらい姉を奈落の底へ突き落すことにもなるだろう。
　できるだけ早く神崎から奈津子を遠ざけることも重要だが、ここはどうしても慎重にならざるを得ない。

　とにかくモデルの少女が奈津子ではないという証拠を掴むことのみが、俊介が安心を得るための唯一の方法だ。
　俊介はまだその望みを捨ててはいない。

　……となれば、どうすればいい？

（指紋鑑定ならぬ、“肛紋”鑑定でもやってみる？
　でもどうやって？
　姉ちゃんに睡眠薬でも飲ませて、そっとパンツを脱がせてみる。
　それからデジカメで撮ってじっくりと復元画像と見比べてみるとか……。）

（ハハ……あり得ねーな）
　
　馬鹿げた自問自答のあと俊介は大きくため息をつき、ノートパソコンにパスワード設定をしてから電源を落とした。

　立ち上がって部屋の出入り口へ向かう。

「やだ！　どこ行くの？！」
　と、シャーペンを走らせていた奈津子が慌てて立ち上がった。
　その慌て様に俊介も驚く。
「い…いや、その、トイレ…行こうと思って……」

「わたしも、ついてく！」
「え？　姉ちゃんもトイレ？」
「……ちがう。ついて…行くだけよ」
「２階の、そこのトイレだよ」

「……うん」
　そう言って奈津子は弱々しく目を伏せた。
　
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2015年1月14日掲載
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