| 姉ちゃんは優等生 保留守人 作 |
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| ９． 「地震よ、地震！」 「今の、地震だったの？」 「そうよ。揺れたでしょ？」 緊迫した表情を見せている姉だったが、未だ俊介にはピンときていない。 応えるまでに少し時間を要した。 「ああ…かもしれないけど……だとしても、震度１にもならないんじゃない？」 それでも奈津子は緊張した面持ちを崩さず、辺りの様子をうかがいながら言う。 「ねえ、テレビつけてよ」 「うん」 俊介は画像が映ったままになっていたケータイを反射的に閉じ、ベッドから降りた。 リモコンで電源を入れると番組表通りに芸能人対談番組が放映されていたが、確かに地震速報のテロップが画面上部に流れていた。 それによると200Km離れた付近を中心に震度３が計測された程度で、やはり自分たちの住む町や、隣接する市町村にも震度は観測されていないようだった。 ＮＨＫにチャンネルを切り替えても民放と同じように文字による速報が流れているだけで、臨時ニュースが始まるような気配もない。 だが奈津子は参考書を胸に抱えたまま俊介のベッドに腰掛け、サイドデスクの上を占領している19インチワイドの液晶テレビに見入っていた。 突っ立った状態で、俊介はそんな姉を見つめる。 奈津子は短くなった前髪をチョンマゲのようにゴムで束ね、チャームポイントである丸みを帯びたオデコを露出させていた。 耳にかかる髪の毛を指で流すしぐさを見て、姉が“女”であることを俊介に強く意識させた。 ショートヘアの髪型になった姉を、やはり可愛いと感じてしまう。 不安げに眉を八の字に寄せている表情もいじらしい。 着ている赤白チェック柄のパジャマの襟は丸く縁取られ、白く細かなレースで装飾が施されている。 やや、少女チックなパジャマだが奈津子には似合っていると思った。 首元までしっかりボタンを留めているが、白い喉元が清らかで美しい。 （……パジャマの時って、ブラジャーは付けてるのかな？） “少年”は素朴にそう思った。 「ねえ……俊介の机、使わせてくれる？ ここで勉強させてもらっていいかしら……」 弟の思考をよそに、奈津子は不安げな表情のまま俊介を見上げて言った。 「あっ、え？ あ、俺は、全然いいけど……」 「それじゃ、ノートとか、取ってくるね」 奈津子はまだ地震に怯えているのか、勇気を振り絞ったかのように走り出し、一旦自分の部屋に戻った。 正直なところ、俊介は戸惑いを禁じえなかった。 謎のメール、『作品２』を見てしまったショックが尾を引いているばかりではない。 脱いだばかりのショーツにペニスを押し付けていた弟のいかがわしい行為を見てしまった姉である。 それからさほどの時間も経っていないのだから、本当は顔を見るのも嫌なくらい弟を嫌悪していてもおかしくないはずだ。 俊介自身だって、バツの悪さがハンパないというのに……。 とりあえず俊介はテレビの電源を切り、散らかっている自分の勉強机を片付けた。 最後にノートパソコンをサイドデスクの棚に収めれば完璧だ。 素早く戻ってきた奈津子が机上が整理されているのを見て「ありがとう」と言う。 そして抱えてきたノートや本を机に並べ、最後に脇に挟んでいたミネラルウォーターのペットボトルを《ボン》と置いた。 「アンタ、もう寝るんでしょ？ ベッドで寝たら？」 弟にそう声を掛けてから奈津子は机に向かった。 そしてひとたび勉強に取りかかると、その集中力にはすさまじいものがあった。 一心不乱にシャーペンを走らせ、参考書のページを行ったり来たり、ページをめくる手さばきの速さにもド肝を抜かれる。 血の繋がった姉弟でありながら、一流大学を目指す受験生はこうも違うのかと圧倒される俊介だった。 「あっ、そうか姉ちゃん。去年の海外研修で、すごく怖い目にあったんだね」 奈津子の返事はなかったが、俊介はこれほどまで姉が地震を怖がる理由をハタと思い出した。 海外研修とは言っても実質は修学旅行のことなのだが、その旅行先のインドネシアで奈津子は巨大地震に遭遇していたのだ。 その恐怖の体験談を、当時姉が両親に話していた時にも俊介はほとんど関心がなかった。 垂直尾翼に日の丸が描かれた政府専用機で帰国した姉を羨ましく思っていたほど、のん気だった。 俊介は幼弱で愚かな自分を再認識しつつ、姉の今の心中をおもんばかると一層いじらしく思うのだった。こんな不出来な弟でもそばに居るだけで役に立つというのは嬉しいような、申し訳ないような、複雑な気分だ。 俊介はゆっくりと床に座って壁に背をもたせかけ、勉強に打ち込んでいる姉の横顔を見上げる。 決して口に出して言いうことは無くとも、才色兼備の自慢の姉。 勉強やクラブ活動に全力で打ち込んでいる姿は弟でさえも眩しく感じる。 みんなから慕われ、誰もが羨むほどの美少女。 その素行までもが模範的かつ誰にもマネ出来ないほどだと評価され、周囲の大人たちからも一目置かれている奈津子。 そんな姉に自分の知らないところで、一体何が起こっているというのだろう。 真実の見えない焦燥感と苛立ちと不安が一気に俊介の心に襲いかかる。 目に映る現実の姉の姿と、大胆なポーズをとる『作品２』の画像が脳裏で重なった。 そんな時…… ……《ガバッ…》 目の前にいる奈津子が突然勢いよく立ち上った。 「ど…どうしたの？ 姉ちゃん……」 すると奈津子は無表情で言った。 「俊介……神崎君から、全部…聞いたんでしょ？」 「えっ？ 何のこと？」 俊介が驚き、問い返すと奈津子は無言でパジャマのズボンを脱ぎ始める。 「なにするんだよ、姉ちゃん……」 「……お願い…絶対…誰にも言わないでね」と言いながら、 奈津子は弟の目の前で、何とパンツまで脱ぎ下ろしたのだ。 「ね…姉ちゃん！？……」 下半身だけ裸になった奈津子がベッドに上がると こちらを向いて四つん這いになり、肘を付いてお尻を高々と上げた。 『作品２』と同じポーズだ。 そして少し怒ったような顔つきで、こう言った。 「アンタも、後ろから……見たいんでしょ？」 …… 「姉ちゃん！」 無意識のうちに俊介は立ち上がり、両手はコブシを握っていた。 「やんっ！ どうしたのよ、急に……」 シャーペンを手に、勉強机に向かって腰掛けている奈津子が驚いて俊介を見上げている。 それが妄想から我に返った、現実の世界だった……。 |
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| 2014年12月27日掲載 |
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