姉ちゃんは優等生
保留守人 作
１７．


　静かな、静かな姉の寝息が聞こえている。
　長い、長い一日だった。

　みんなで樽井先生をお見舞いしたのが、もう何日も前のことのように思える。
　
　――――「姉ちゃん？……もう寝た？」
　ふたりで一枚の掛け布団を被り、真横に全裸で横たわっている姉・奈津子が完全に眠りに落ちたことを確認した。
　俊介はゆっくりと起き上がり、姉の足元側へ移動する。
　布団を少しだけめくって、そこから頭を突っ込んで布団の中をほふく前進で這い上がるのだ。
　もちろん手にはしっかりとペンライトを握りしめて……。

　奈津子の脚の付け根が近づくにつれ、緊張がどんどん増していく。
　まだライトは点灯させていない。
　途中、何かエッチな匂いでも漂ってこないかと期待して、鼻をクンクンさせてみるが全くの無臭だった。
　それにしても姉ちゃんの足が、なんだか変だ。
　妙に毛深いような気がする。　
（よし、ここらで点けてみるか）と、いよいよライトのスイッチをＯＮにする。
　ところが、
（あれ？……点かない……電池切れ？）
　非常に残念だったが一時撤退だ。
　ひとまず、上まで這い上がる。
　枕元まで来て布団から顔出し、横を見ると、寝ていたのは山田だった。
（あっそうか、今日は山田がウチに泊まりに来てたんだ）
　ライトが点かなくてよかったと胸をなでおろす
　そのあと、ボーっと天井を見つめていた――――

　丸いシーリングライトや間接照明は点灯していないのに、部屋全体が薄っすらと明るい。

（ん？　朝？……ハッ！！）
　俊介は慌てて上半身をむっくと起き上がらせる。
　夢を見ていたと悟るのに、わずかな時間を要した。
　それにしても随分へんてこな夢を見たものだ。
（あっ！……）
　反射的に隣を見るも、奈津子の姿はすでにない。
　持参した彼女の“マイ枕”も見当たらない。
　追うような視線で床一面を見渡したが、散乱していたはずの奈津子のパジャマは当然、跡形もなくなっていた。

　まだ思考回路がつながっていない俊介は、口をあんぐりと開けたまま、しばし呆然とする。
　唾を飲み込んで、じっくりと思い返してみる。
　どこまでが現実で、どこからが夢だったのか……。

　パッとひらめいてベッドの下に手を伸ばし、置いてあった小さなゴミ箱を拾い上げた。
　中に、大量のウェットティッシュの残骸を認める。
　記憶が現実の世界であったとすれば、その多くは奈津子自身が自分の股間の汚れをぬぐった“神聖”なモノ。
　俊介は躊躇なくその中へ手を突っ込み、底の方を探った。
　そしてこぶし大の、ひときわ大きなティッシュのかたまりを手にする。
　少し緊張しながら、そのディッシュを外側から順に剥がしていくと……、
（……あった！　夢じゃなかった）

　かたまりの中に、長く伸びて、白濁した液体の詰まっている使用済みコンドームを発見した。
　それは間違いなく自分のペニスへ被せ、姉・奈津子の膣内に挿入した遺留品（モノ）である。
（これが…姉ちゃんのオマ○コに入ったヤツなんだ……）
　俊介は感慨にひたり、頬ずりしたくなるほどその“残骸”が愛おしくなった。

　思い起こせば３か月前、中川が兄貴からくすねたという一箱３個入りのコンドームを山田と中川と自分の三人で分け、誰が一番早くこれを実戦で使うかを競うことにしたのだ。
　どうやらその勝敗は俊介に軍配が上がったようだが、勝利宣言できないのが玉にキズ。
　まさかコンドームの挿入先が自分の“姉ちゃんの性器”だとは、口が裂けても言えやしない。

　じわじわと昨夜の肉交の記憶がよみがえってきた。
　いまだに信じ難い出来事ではあったが、間違いなく自分は姉ちゃんと激しい接吻を交わしたあと、交尾まで成し遂げたのである。
　このベッドで姉ちゃんが俺の肩を抱きしめ、激しく尻を振りながらあえぎ声を上げていた。
　奈津子の肉体の皮膚が密着していた自分の肌までもが愛おしくなる。
　思い出すだけで、また勃起を始めている。

　記憶の時系列もはっきりしてきたところで〝現在時刻を把握せよ〟と脳が指令を出してきた。
　俊介が壁掛けのデジタル時計に振り返ると
“AM 07：32”の文字が目に入いる。
　“ファジー”の概念がないデジタル式はどうも自分の性に合っていないと思ったが、それについて深く吟味する間もなく、次なる思考が頭に思い浮かんでいた。
（姉ちゃんがクラブの朝練に出かける時間だ）

　俊介はベッドから飛び降りると急いで部屋を飛び出し、階段を飛ぶように駆け下りた。
　しかし、リビングルームの扉の前まできて、はたと足が止まってしまう。
　まだ奈津子が居る気配を感じ、妙に心臓がドキドキしているのだ。

　セックスをした相手と、初めて迎えた朝一番、どういう風に声を掛けるのがベターであろうか。
　事態をより複雑なものにしている理由は、相手が恋人ではなく……
“姉ちゃん”であるということだ。

　すりガラスの入ったドアをゆっくりと押し開ける。
　目に入ったのはリビングルームのその奥の方、セーラー服の上からエプロンを掛けた奈津子が、ダイニングのキッチンカウンターで自分のお弁当箱に箸でおかずを詰めている姿だった。
　赤色の小さな可愛いお弁当箱に……。

「あっ…ね…姉ちゃん…おはよう……」
　
　気づいていない…はずはない。
　シカトされたのかと思うほど、沈黙が長かった。
「…………おはよ」
　手を休めぬまま、ようやく応えた奈津子の声は、低く短いものだった。

　俊介は縮み上がる。

　長年一緒に暮らしているきょうだいである。
　姉が今、“低気圧モード”であることは一目瞭然。
　こういう時は大体において、俊介が何か粗相をおかした場合が多いのだが、今日に限っては、粗相という点に思い当る節がない。
　強いて言えば、
“姉の中に入れたこと”が粗相に当たるのか？
　やはり奈津子は昨夜の淫行を後悔していると思える。
　非常に気まずいし、なんだか悲しくて心苦しい。

　奈津子はおかずを詰め終えると、その弁当箱をピンク色のナプキンで包み、いつもの手提げバッグに入れた。
　一旦バッグを椅子の上に置き、エプロンを外しながらリビングを足早に通り抜ける。目の前を横切ったとき、いつもの甘いシャンプーの香りが俊介の鼻孔をくすぐった。
　リビングを出て奈津子は階段を駆け上がる。

　俊介は無意識の内に、そんな奈津子の白いフクラハギに視線を集中させていた。
　昨日、電車内で“少女”のうしろ姿を見たときとは違って、自分の“姉”とわかっているのに、その〝おみ足〟に惹きつけられている。
　濃紺プリーツスカートの裾と白ソックスの間に見える、きめの細かい素肌が愛おしくて仕方がない。
　胸がキューンと締め付けられる想いを感じた。
＜なんだろう、この感覚……あっ！……＞と、俊介はあることに思い当たった。
　これは中学時代に憧れていた元同級生の女の子を想っていた時と、全く同じ“症状”だった。
　当然おとといまでは、これっぽっちも姉に対して抱かなかった感情である。

　２階に上がった奈津子は俊介の部屋に入ったが、すぐに出てくると、慌ただしく元のリビングに戻ってきた。
　手にはコープでもらう乳白色の袋をぶら下げている。
　例のゴミ箱の中身を回収してきたのだ。
「あ、ごめん、姉ちゃん。言ってくれたら取ってきたのに……」

　弟の言葉には答えず、奈津子は黙ったまま、他の可燃性ゴミと一緒に大きな透明のゴミ袋へひとまとめにしていた。
　段取りを整えると、
「アンタのお昼も、冷蔵庫に用意してあるから、ちゃんとチンして食べるのよ」と、
　仏頂面……。
　やっぱり昨夜のセックスは夢だったのかと思わせるほど、姉の態度は“いつも通り”過ぎた。

「…ありがと」
「朝食は、どうするの？」
「あぁ、ブランチにするよ。その…“お昼”のヤツで」
「そ…ブランチね……結構なご身分……」
「あの…ゴミ袋……俺が裏のボックスへ入れとくよ」
「そうね、お願いするわ」

　“いつも通り”とはいうものの、今朝の奈津子は終始、ツンデレの“ツン”の方だった。
　手提げバッグを肘に掛け、玄関に向かう奈津子。
　ショートボブヘアーの裾から覗く白い首が、長く美しく見えた。
　三本の白いラインが入った濃紺の襟と、その白い首筋との境目が、いかにも清純な女子高生をアピールしているのだが、見る者によっては切ないほどに悩ましくもある。

“清純とエロスの関係は、強引に混ぜ合わせて作ったようなおいしいドレッシングの水分と油分の関係に似ている”と、誰かが言った。
　けだし名言である……？　（作　保留守人）

「姉ちゃん……大丈夫？……」
　俊介は、玄関で黒い革靴を履く姉の背中に問いかける。
　前かがみになった奈津子のスカートの裾が上がり、膝裏の薄っすらとした筋と肉感のある白い太ももがチラリと覗く。
　恋人だったら有無を言わせず、抱きついていたと思う。
　ふたりは昨夜、互いの同意のもとに、初めてのセックスをしたばかりの関係なのだから……。

　奈津子が振り返らず答えた。
「…………大丈夫よ」

　一体、何が“大丈夫”なのか。
　問うた方も、問われた方も、それはファジーなままでよかった。

「俊介……」
　扉を開け、一歩玄関ポーチに踏み出したとき、奈津子が振り返った。

「ん？」
「アンタ、いつも最後になってバタバタしてるけど、夏休みの課題、出来るだけ早く済ませておくのよ」
「…うん」
「市立吹奏楽団設立の準備なんかで、アンタにもいろいろやってもらう事があるんだから……。中学の時みたいに、一夜漬けってわけにはいかないわよ」
「わ…わかってるって」
「進み具合、毎日見せてもらおうかしら」
「うん！　頑張るよ、姉ちゃん」
「まっ……どうだか」
「あっ、姉ちゃん、いってらっしゃい」

　最後に奈津子が微笑みを浮かべた……
　……ような気がした。
　少なくとも自分のことを避けようとしているわけではないと感じて、俊介は俄然、元気が出てきた。
　それにしても、奈津子は昨夜の弟とのセックスをどう思っているのだろうか。
　奈津子のニコリともせず、弟の目を見据える時の“目力（めじから）”、そして堂々とした振る舞いに、改めて“姉”という生き物の精神的な強さに恐れ入るのである。
　俊介は正直なところ、奈津子の顔を直視するのが気恥ずかしかった。
　それでも、もしこのまま家で一緒に過ごせればどんなに幸せかと考えて、姉に朝練があることを恨めしく思う。
　こっそり奈津子のうしろ姿を見送ろうと思い、急いで２階へ駆け上がってベランダに出た。

　見下ろすと、ガレージから自転車を押して外に出た奈津子が、顔なじみの向かいのご主人と丁度出合ったところだった。
　会釈した奈津子にビジネスケースを手にしたそのおじさんが愛想のよい笑顔を向けていた。男性は俊介たちの父親とほぼ同世代と見受けられる。バス通りに向けてふたりは肩を並べて歩き始めた。奈津子はすぐに自転車に乗って行けばいいものを、何かしら世間話を交わしているようだ。
　少し歩いてから奈津子がもう一度会釈をして自転車にまたがった。
　ペダルを漕いでいく奈津子におじさんは手を振り、いつまでもその姿を見送っているようにも見えた。

　俊介は自分の部屋に戻り、ベッドをまじまじと見おろす。
　床に膝を突き、掛け布団をめくってシーツに掌を這わせた。
　たった今、眩い（まばゆい）ばかりのセーラー服に身を包み、出かけて行った姉ちゃんだったが、昨夜は素っ裸でこのベッドのスプリングをきしませていたのである……。

　……ついに犯した姉弟相姦。これはある意味、“事故”である。
　官能小説やAV以外では絶対あり得ないと思っていた。
　それだけではない。
　フィクションだとわかっていても、一緒に暮らす姉や妹に肉欲を感じる強引なストーリー設定は、現実離れしすぎていて、例えAVだとしても感情移入はできず、とてもその手のビデオを鑑賞する気になれなかった。

　だが、実際に経験してみて、その考えが１８０度、変わった。
　案外、こっそりヤッてる兄妹・姉弟は多いだろうな……と、確信に近いものを感じる。
　思い起こせば中学時代の同窓生たちの中にも数組、ピンとくるきょうだいがいた。
　今の今になって、なるほどそうだったのかと……。
　それは“相姦経験者にしかわからない直観能力”とでも説明すればいいだろうか。

＜たぶんあの兄妹（姉弟）はヤッてる……＞と、推測するだけで、デフォルメされたアダルトビデオを見るよりも、よっぽど官能は刺激される。
　しかし、俊介たち姉弟も他人ごとではいられなくなった。
　姉弟の相姦を悟られる可能性があるということを、俊介が身をもって体感したわけだから……。

　ただやはり、幸せな近親相姦事例は極めて珍しい“偶発事故”であり、確認されることはごく稀である。
　きょうだいが姦通に至るまでには様々な条件が重なって初めて、発生しうる事象なのである。

　俊介の場合もその例外ではない……
　……まず姉は客観的に見ても群を抜く美少女であった。
　偶然をきっかけに、姉の肉体的プロポーションが抜群に美しいと気づく。
　喧嘩はよくするが、実際には姉のことを尊敬しており、常に頭の上がらない存在だった。
　長く一つ屋根の下で暮らしていながら、女としての言動、振る舞いに、幻滅を感じさせられた記憶が一切ない。
　そして地震発生に伴う姉の心理的影響が作用した……などといったことである。
　
　俊介は姉のお尻が跳ねたシーツに顔を突っ伏した。
＜もっと…姉ちゃんと…セックスしたい……＞　
　この先、何度、姉ちゃんとセックスできるのだろうか。
　欲を言えば、今度はもっと明るい所でヤらせてほしい。
　俊介の妄想が暴走を始める。
　――クラブ活動を終え、帰って来た奈津子が部屋に入ったところを後ろから襲う。
　もちろん奈津子はまだ制服を着ている。
　姉ちゃんは少し驚いて逃げようとするが勉強机に手を突いたところで観念する。
　俊介が背後からスカートを脱がせ、パンツも下げてお尻丸出しになる姉。
　そして“立ちバック”で挿入する。
　すると姉ちゃんがはにかんだ笑顔で振り返り――

　そんな奈津子のエロかわいい仕草を想像した時、俊介はドクンと心臓にショックを覚えた。
　すでに姉ちゃんは現実の世界で誰かとそんなシーンを演じていたかもしれない。しかもその可能性はかなり高いと思わざるをえないのだ。
　勃起し始めていたイチモツが、わなわなと萎えてゆく。
　その“誰か”はもう、姉ちゃんが感じたときに激しくお尻を振ってしまうことを知っている。
　それだけではない。
　俊介もまだ知らない奈津子の性器や肛門の色かたちまで細部にわたり、はっきりとまぶたの裏に焼き付けていたに違いない。
　極論すれば、その“誰か”は姉ちゃんの二つの臭穴の匂い、あるいは味までを堪能していた可能性を覚悟しなければなるまい。
　そして、俊介にとってその“誰か”を断定してしまうことは、生き馬の目を抜くに等しい残酷な仕打ちとなってしまうのだ。

＜いやだ、もう誰にも姉ちゃんには触れさせたくない＞
　
　それは明らかに自分の“パートナー”を想う感情と合致していた。
　近親相姦という愛の処方箋には、好きだった元同級生の女の子をすっかり忘れてしまう副作用を伴っていた。

《ビビッ、ビビッ》
　振動音に反応して、シーツに伏せていた俊介の上体が、フタを開けたビックリ箱の中のスプリングのように跳ね上がった。
　机上のケータイが短い振動により、わずかに自転している。
　短いバイブレーションはマナーモード時の、未登録アドレスからのメール着信を意味する。

　膝立ちからゆっくり腰を上げる俊介。
　机に向かおうとする脚の膝が笑っている。
　そしてケータイを手にしても、開くにはかなりの勇気が必要だった。
　送信者は昨日、立て続けに“作品”を送り付けてきたヤツ以外に考えられない。

　折りたたみ式のふたを開けると画面が起動する。
　明るくなった液晶画面に文字のスクロール表示。

「はぁぁぁぁ～……」
　俊介の長い溜息には、簡単には言葉で表せない、複雑な感情が入り混じっていた。


『……件名……作品３……』

……つづく
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2016年7月30日掲載
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