| 姉ちゃんは優等生 保留守人 作 |
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| １９． コンドームの入手は、想像以上に困難を極めた。 一軒目に立ち寄った店では女性店員しか目につかず、あえなく退散する羽目となる。 それが２軒続き、結果的に一駅分を歩くことになった。 ３軒目でようやく、男の店員がレジを担当している店に出くわす。 頭髪が寂しくなった初老の男性が、店名入りの鮮やかな青いハッピをはおっていた。 感謝の意を表明し、思わずその“バーコード頭”にキスを献上したいくらいの気持ちになった。 だが広い店舗内、どこに置いてあるのか見当もつかない。 当然、尋ねる勇気もないので自分で探すしか術はない。 と……歩けど歩けど、これが本当に見つからないのだ。 店内を２周、３周……。 途中、買い物カートに２〜３歳くらいの幼児を乗せた“ワンレン美人ママ”に合うのも３回目、ついに怖い目つきで睨まれて、飛び上がりそうになった。 今どきネット通販で買えば、こんな苦労もしなくてすむのだが、クレジットカードを使用するには、姉に何を買うのか“申告”しなければならない。 それに今日、すぐに欲しいという理由もあって、店頭購入に踏み切ったのだ。 （……だぁ〜っ、あった！！） やっと見つけて歓喜に浸る。 ２回も前を通り過ぎていたことなど、水に流そう。 色とりどりの箱が並び、“薄さ○○ミリ”“使用感なし”などの、蛍光ペンで書かれた文字がおどっている。 が、正直、俊介に選んでいる余裕はない。 逆に、どれでもよかった。 （よし、無難なメーカーにしよう） やはり“スキンと言えば近藤君より岡本君”と級友の誰かが言っていたのを思い出す。 “オカモト”のロゴを選んで手に取った。 急いでレジに向かおうとしたが、 （そうだ、これ、何個入りだ？）と、早く勘定をすませたいのに背中を引っ張られる。 個数を確認して、ダース物と取り換えた。 そしてお尻フリフリ、ほとんど競歩スタイルになってレジへと急ぐ。 ≪ちょっと君、待ちたまえ。そこで何をしてるんだ？≫ ≪あっ、はい、いえ、ちょっとコンドームを買いに…≫ ≪ほう、それを使う相手は誰なんだ？≫ ≪はい、僕の姉ちゃんです。だから心配ないです≫ どういうわけか“脳内劇場”で、補導員と少年のシュールな小芝居が勝手に上演されて、それを打ち切ることもできない。 なんとか現実の世界に舞い戻り、 （どうか、ほかのお客さんが並んでいませんように）と、祈りながらレジカウンターが見えたところで星一徹が現れ、ちゃぶ台をひっくり返した。 （なんでやねん！！）と……。 なんとレジにいたのは白衣を着た小綺麗なネーちゃん。 それを見た瞬間、俊介は絵に描いたような１８０度ピボットターンをキメた。 （くそっ！ あのジジイ！ どこ行ってん！ ハゲ頭にキスまでしてやったのに！） 歩きながら意識が朦朧（もうろう）としてくる。 しかし、ここで諦めては今までの努力が水泡に帰す。 とっさにワゴンセールのデンタルリンスを掴み取り、再び１８０度、踵（きびす）を返してレジを目指す。 （あっ、コンドームって未成年でも買えるのかな？ ダメなら、『お父さんのです』って言えば売ってもらえるか？） 少年は完全に正気を失っていた。 それでも、清水の舞台から飛び降りる気持ちで、きれいな“ネーちゃん薬剤師”の前に商品を差し出した。 まな板の鯉の気持ちがよくわかる。 「２点で1,368円になります」 「はい、わかりました」 いつもなら店員さんに返事などすることはないのに、なぜ、こんな時に限って愛想のよい客になってしまうのだろう。しかも、とっとと千円札２枚円出せばいいものを、３６８円の小銭を財布から選んで一つ一つ取り出している自分を止められない。 （ああ…もう、倒れそう……） おまけに！……なんと俊介の後ろにピタリとくっつくように並んだのは、例のワンレンママ。 し、し、し、し、しかもである、 お買い物満載のカートには、３箱パックのオカモトが二つ、他の商品の一番上に鎮座しているではないか！！ そして長い髪を手でなびかせる、その威圧感がハンパない。 （あんた、大人だったらAmazonで買いなよ！）と、心で叫ぶ俊介。 「有難うございました。またのご来店をお待ちしております」 こちらを見つめる“ネーちゃん薬剤師”の笑顔は、ダメ押しの一撃だった。 （この男の子は歯磨きしてからセックスするんだわ、お利口さんね……） と、言っている……ようにしか思えない俊介だった。 やはり“舞台”から飛び降りてしまったら、軽く済んでも瀕死の重傷を負うのが必然の帰結であった。 俊介……燃え尽きる。 店を出たときにはもう、精根尽き果てていた。 正午前だというのにクソ熱いアスファルトの照り返しは、気弱少年に追い打ちをかけているようだ。 それでも、コンドームをゲットした達成感は爽快で、みるみるうちに“充電率”が回復していくのを実感する。 ＜これで姉ちゃんと、セックスできる……＞ 俊介は、“今夜”に期待を膨らませた。 ＜今頃、姉ちゃんは何をしているだろうか＞ 今までに、こんな風に姉のことを想ったことはない。 血肉を分けたきょうだいを恋人のように想い、切なくなるのだ。 たとえセックス無しで、一緒にいるだけでもいいと思う。 そんな感情は相姦経験者にしか、わからないだろう。 もっとも、奈津子が俊介と同じような感情を抱いているとは限らない。 とにかく気の強い姉ちゃんで、あらゆる事に忙殺されている女子高生だから……。 さて、次に手に入れたいのは小型監視カメラだ。 商品名に冠せられた“監視”や“防犯”という文言は大義名分であり、“盗撮”が主目的であることは売り手と買い手、双方が暗黙の了解とするところである。 カメラは、ペンやキーレス型、或はスプリンクラーなど様々な形に模してあり、発見することは容易でない。 俊介はその中でも小さな置時計型をチョイスしていた。 ベッドの足元側には模型などを飾っている棚が置いてあるので、設置にはもってこいなのだ。 ≪記録媒体はお手軽なSDメモリ、リモコン操作も可能ですが、人体検知録画機能まで備えられているんです。 おまけにですよ、もし奈津子さんがまた、照明を完全に落としてほしいと所望されても、赤外線LEDが搭載されていますので、暗所撮影も可能なんです。 暗闇の中でも細部までバッチリ、映っちゃいます。 しかも、これだけでなんとお値段が１万円を切るんです！ すごいでしょ？！≫ 俊介は今、通販番組でおなじみの高○社長になりきって、頭の中でセールストークを展開させている。 まるで、カメラを買わなければならなくなった本来の理由を忘れたかのように意気揚々と商店街を歩き、前方にそびえ立つ大手家電量販店に向かう俊介の胸の内は高ぶっていた。 とは言っても、高校生の俊介にとって１万円は大金だ。 再び“舞台”から飛び降りなければならないことに変わりはない。 と、そこへ……、商店街の一角に、全面マジックミラー張りで怪しげな、“防犯カメラ専門店”を発見した。 普段なら素通りするところなのだが、――『置時計型監視カメラ、現品処分。展示品につき￥4,860』――という張り紙見出しに吸い寄せられた。 何という巡り合わせ。 お世辞にも綺麗な字とは言えぬ、斜め張りされた手書きの二行広告を何度も読み返す。 考えてみても、大阪の日本橋や東京の秋葉原ならともかく、一地方都市の量販店に自分が欲しいと思っている置時計型があるとは限らないし、この値段は魅力的過ぎる。 『防犯対策、ご相談にのります』の文字に、若干の安心感を覚え、俊介は意を決し、『押』と表示された扉を、当然、押し開けた。 ≪カラン…コロリン……≫ おっとびっくり。 なんと、扉の上の方にぶら下がっていたドアベルが鳴った。 昭和の喫茶店じゃあるまいし、デジタルな商品を扱っている割には随分、アナログな趣（おもむき）だ。 （この店、大丈夫か……？） 横幅は狭いが奥行きの深い店内、両サイドにショーケースが並び、商品が展示されている。 その奥深い所のカウンターにバンダナを頭に巻いた、 恰幅の良い男が新聞を広げて座っていた。 しかも店内で書物を読んでいるというのに、結構、色の濃いサングラスをかけている変わり者だ。 絶対、どこかの国で『傭兵をやっていた』とか言い出しそう。そうでなければ北の某国中枢機関に仕えていた料理人だったかもしれない。 すぐにでも店を出たかったが、気の弱い少年はそれさえも、はばかられた。 「いらっしゃい……」 そのオッサンは新聞を折りたたみながら、地響きするような低い声を出した。 俊介の“息子”はノーマル時の半分ほどに縮んでいたかもしれない。 「あ…あの…ングッ…ト…時計型のカンシカ…」 「あるよ、こっちおいで」 「あ、はい……」 緊張のせいか、奥へと歩き進む自分の足がスローモーションで動いているように感じた。両サイドに陳列された品々が走馬灯のように流れていく。 生まれて初めて生命の危険を感じた……。 カウンターの前に到着したときには、脚の震えが止まらない状態だった。 オッサンがおもむろにサングラスを取る。 「これが、そうだ。どうだい？」と、取り出したカメラを見せ、俊介を凝視する眼光は……全然、鋭くなかった。 そればかりか、まるでサングラスがスイッチになっていたかのように、オッサンのその声が１オクターブ高くなっていて、拍子抜け……脚の震えがピタリと止まる。 バンダナと眉毛との隙間に見える肉厚感のあるオデコが蛇腹のように波打っていて、不気味でありながらも、噴き出しそうになるのを必死に堪える労力も必要になった。 そんな俊介を尻目に、 「デジタル式時計になってるけど、可愛い形してるだろ？ たまご型だよ。充電式だけど外部電源も使えるから長時間でも安心ってわけ。メモリカードも64GB対応だから長く録画できるね。自動上書き機能は当たり前。それに赤外線LEDは不可視タイプだから気づかれないんだ。わかる？ 光ってるのが見えないの」と、オッサンの、早口で一方的な話が止まらない。 「動画、静止画、ボイスレコーダー、動体検知機能、何でもあり。ハハハハハ……」 「す…すごいですね」 「だろ？ これで税込み5,103円だ。お買い得だよ。いやぁー、今の世の中、物騒だからね、監視ってのは、絶対必要になってくるんだ」 「は…はい……」 「ボクは昔、若いころ、キューバで傭兵専門の料理人をマネージメントする仕事に従事してたんだけど……」 （でェ！ 出たぁ〜っ！！） オッサンの言ってることが本当なら、俊介の推理はかなりビミョーだったことになる。 俊介が思考していたことをまるで見透かしていたような、正解スレスレの所をかい潜るオッサンの答弁であった。 もっとも、俊介弱冠１５歳にして、この手の話のほとんどが眉唾モノだとは心得ている。 どうでもいいオッサンの話は続いていた。 「…傭兵たちの間で盗みが頻発してね、いざこざが絶えなかったのよ。それでね、ボクは、向こうの日本人仲間の間では“チェ・ジャバラ”って呼ばれて慕われていてさ……」 それ以降の話は俊介にとって有益なネタも無く、ただ、オッサンの自慢話が続いて退屈だった。 結局オッサンは３円、まけてくれた。 支払いを済ませ商品を受け取る。 「箱はオリジナルじゃないけど、取説は日本語のヤツもあるし、保証期間も間違いないから」 「ありがとうございます」 逃げるように出口へ向かう。 店の外では、俊介も釣られたあの見出しを食い入るように見つめるヒョロッとした男が立っていた。 きっと二行の広告を何度も読んでいるに違いない。 中から見ると、随分おバカな風に映っているが……。 「ちょっと、お兄ちゃん……」 「は…はい？……」 「……忘れてるよ」 オッサンがドラッグストアの袋を高く持ち上げていた。 「す…す…スイません」 走って戻り、袋をもぎ取る。 オッサンには袋の中身が見えていただろうと思う。 そして最後にサングラスをかけ、 「グッド・ラック！」と、親指を立てた。 もちろん、地響きするような低い声で……。 ふざけた人なのか、いい人なのか、ヒトの世とは、本当に奥が深いものである。 これで今日欲しかった品物はすべて手に入った。 といってもデンタルリンスは望まない副産物だったが、いずれも満足できる商品であり、帰路の足取りは軽い。 安心すると急に空腹感に見舞われた。 思い立って家を飛び出したので、朝から何も食べていない。 姉が作ってくれた昼食は冷蔵庫に入ったままだ。 ちょうどお昼時で混雑していたが、マクドに入ってチーズバーガー単品とマックシェイクを頼んで座席を確保した。 今頃奈津子も、練習が終わって図書館へ行く前にお弁当を食べていることだろう。 （早く夜にならないかなぁ……） ハンバーガーにかぶりつき、適度なチーズの“とろみ“とピクルスの“アメリカンフレッシュ”な香りがブレンドさた独特なマックテイストを満喫する。 噛み切ろうとしたその時、デニムパンツのポケットから短いバイブレーションが伝わってきた。 メール着信だ。 一度は体が硬直した俊介だったが、慌てずバーガーを噛みちぎる。 そして、カウンター席から外の景色を見つめ、ゆっくりと味わいながら好物を咀嚼（そしゃく）するのだ。 この時俊介は初めて生じた自分の感情に、やや戸惑を覚えていた。 着信したメールに、さほどの恐怖を感じていないのである。 その上、件名は“作品４”だと期待している自分がいる。 もぐもぐと口を動かしながらポケットに手を突っ込み、ケータイを取り出す俊介の視線は、はるか遠くに照準を定めていた…………。 ……つづく |
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| 2016年8月11日掲載 |
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