姉ちゃんは優等生　保留守人 作
【前】/【次】
３.

「あれ？　神崎も一緒に樽井先生のお見舞いに行くの？」
　開口一番、俊介が尋ねると奈津子と神崎は互いに顔を見つめて微笑み合う。

　申し合わせたように、奈津子が答えた。
「そうなの。樽井先生と神崎君のお父様がね、芸大時代の同期なんですって。
　それでね、一緒に行こうってことになって……
　……まあ、
　山田君と中川君、
　こんにちは。
　お久しぶりね。
　二人とも背が伸びたんじゃないの？　
　ずいぶんと男らしくなったわね」
「……」
「……」

　矢継ぎ早に話しかける奈津子に対し、気がつくと山田と中川のふたりは下を向いて突っ立っている。
　しかもピシッと指を伸ばして“気をつけ”の直立不動だ。
　エロモード全開だったさっきまでの勢いがまるでない。

　俊介も想定外の状況に、すぐには心の整理が出来ないでいた。
名新学院の終業式は先週の金曜日だったはずで、神崎も制服姿でいるところを見ると、奈津子と学校からここまで一緒に来たのだろうか。

　とにかく妙な組み合わせの五人が樽井先生の病室を訪ねた。
　先生は俊介たち“三馬鹿トリオ”が来たことを本当に喜んでくれていたようだった。
　でも病室にいたほとんどの時間は先生を中心に奈津子と神崎が話をしていて、俊介たちは“蚊帳の外”といった感を否めなかった。
　
　だがそこでひとつ、新しい事実を知った。
　知らない間に奈津子が俊介たちの為に、市が運営するアマチュア吹奏楽団設立に向け、当局に対し働きかけてくれていたというのだ。
　勿論そこには樽井先生の力添えもあったようで、実現に向け計画は進行しているとのことだった。

　それというのも吹奏楽が盛んな県でありながら、俊介たちが進学した高校にはブラスバンド部がなかった。希望校を選択する余地がなかったのだから仕方ないのだが、クラブにも入らずブラブラしている俊介たちを奈津子は不憫に思ったのだろう。俊介たちも、母校のブラバンで鍛えられた自分たちのレベルは相当なものだという自負がある。奈津子のおかげで願ってもないチャンスが舞い込んできそうなのだ。
　その喜びとは尋常なものではなかった。

　結局、奈津子たち一行は半時間ほどで病室を引き上げた。
　胃に穴が空くという樽井先生の病状はストレスが主な原因らしいが、退院も間近と聞いてひと安心だ。

　外に出た時、病院の正面玄関を飾る花時計の針は２時を少し回ったところだった。
　平年より遅くて長かった梅雨がようやく明け、夏本番の日差しが痛いほどに突き刺さる。
　俊介たちの前を歩く奈津子と神崎が直射日光を避けるため、アーケードのある商店街を選んで進んだ。

　それにしても奈津子とあの忌まわしい神崎が親しげに話している様子は違和感を覚える。
　並んで歩くうしろ姿は仲のよいカップルのようにも映り、それが今にも手をつなぎそうな勢であり、俊介の心中も穏やかではいられなかった。

　歩きながら奈津子が振り返り、言った。
「実はね、今回の吹奏楽団設立の請願なんだけど、神崎君のお父様が随分とご尽力くださったのよ」
「へぇー、そんなんだ」
　俊介たちが神崎の背中に注目したが、ヤツは黙って歩いている。

「お父様は政財界にも通じてらっしゃるから、その影響力もあって話がトントン拍子に進みそうなの」
　そう言って奈津子は笑顔で神崎の横顔に視線を送った。
　すると、神崎は面倒くさそうに振り返り、
「市役所で、たまたまナツ…新堂さんを見かけたんだよ。それで話を聞いて……」
　と、言葉は曖昧なところで途切れたが、なんとなく事の流れを理解できたので俊介たちも首を縦に振って肯いていた。

　奈津子が続ける。
「ホントに異例のことなんだけど、今年中に予算案が通って来年度から活動が開始できそうなのよ」

「やったー！」
「すごいよ。信じられない！」

「だからアンタ達もウデを落とさないよう、基本練習は続けとくのよ。
　マウスピースなら、みんな持ってるでしょ？」
「はい、わかりました新堂先輩！」

「それと、音楽監督には東興フィルの尾崎恒星さんを招へいする予定なの」
「す、す、す、す、すげーっ！！　あのトロンボーンのセカンドの？」
「あの“デブッチョさん”？　信じられない！」
「ちがうって山田。それは主席の野島さんだ。セカンドは“黒ぶち眼鏡”の方だよ」
「それでもすげーじゃん」
「そうよ。やるからには一流を目指さないとね……山田くん」
「は…はい！」

　門外漢の神崎はつまらそうにしていたが、俊介たちの興奮度は半端なものじゃなかった。
　こんなヤツにでも少しは感謝をしなければと思ったのもつかの間、姉と並んで前を行く神崎が右手を奈津子の肩に回し、耳元に小声で何かをつぶやいている。
　しかもその右手がセーラー服の背中をなぞり降りたかと思うと、ついには奈津子のスカート越しのお尻に触れた。

（……えっ？！）
　にわかに俊介の心拍数は上昇した。

　おまけにスカートの裾が、わずかながらもたくし上がったように見えたのは、それほどの強い摩擦力で神崎の右手が奈津子の尻を撫でていたせいだ。
　それはステディなカップルでなければ決して許されないレベルのボディタッチといえる。
　
　山田と中川もきっと何か危ない空気を感じ取ったに違いない。
　しかし奈津子は見事なほどにさり気なく神崎の手を振り払い、振り返って立ち止まった。
　そして何事も無かったように言う。
「今日はみんな、ありがとう。暑いから何か冷たい物でも飲んで行く？」

　気がつくと一行はファミレスの前に差し掛かっていた。
　俊介は異様な雰囲気を払拭すべく、わざと嬉しそうに聞いた。
「姉ちゃんがおごってくれるの？」

「やったー。ありがとうございます。新堂先輩」
「ゴチになりますっ！」
　無邪気に喜ぶ山田と中川に救われた思いがする。

「わたしは塾の時間があるから、ここで失礼するわ」
「えっ？　そうなんだ……」

　神崎は何も言わなかったが、自分たちとつるむつもりがないことは百も承知だ。
　このあと奈津子と神崎がわずかな時間とはいえ、二人きりになることに一抹の不安を覚えたがこれも成り行き、仕方ない。

　俊介は奈津子が財布から取り出した紙幣を受け取り、
「それじゃ」と、
　山田と中川を引き連れファミレスへとなだれ崩込んだ。　
　俊介には、一刻も早くその場から逃げたいという心理が働いていたようだ。
【前】/【次】
あなたの一言が作者の励みになります！感想宜しくお願いします！
2014年10月29日掲載
Copyright (c) 2014 保留守人 All rights reserved.
▲