姉ちゃんは優等生


姉ちゃんは優等生　保留守人作
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５．「神崎君の話、すごかったな」　移動中の電車内、ポツリと中川が言った。「神崎と教室でエッチした女子の先輩って、どんな人かなぁー」　山田も呟く。　三人はこのあと、別の同級生の親が営業している雀荘で、一局交えることになっていた。「もうよそうぜ、その話……」　俊介だけはこれ以上、その話題に触れたくなかった。　なぜなら姉、奈津子も名新学院の３年生であり、神崎の性交渉相手である可能性はゼロではないからだ。　山田と中川もそれを面白半分に期待しているフシが、無きにしもあらずである。　無論、奈津子が神崎の毒牙にかかるような愚かな女でないことは、弟である自分が一番よく知っている。頭ではあり得ないことだと分かっていても、わずかな不安を拭いきれないのも事実だ。　今回の市立吹奏楽団設立のために奔走してくれている姉が、神崎と打ち合わせをしなければならなかった可能性は十二分にあったと思う。　だから、奈津子が神崎に対し恩義を感じることは想像に難くない。　その恩義が、やがて好意に変ってしまう可能性も全く否定はできない。　そこへきて思い浮かぶのが、神崎と奈津子が並んで歩いていた、あのシーンである。　神崎にお尻を触られてもそれを咎めなかった姉。　確かに、すぐに神崎の手を振り払ってはいたが、奈津子は驚く素振りも見せなかった。　すでに二人の間では、あの程度のボディタッチは常態化しているとでもいうのだろうか。「……なぁ、俊介。新堂先輩は本当に大学生の人と、今も付き合っているのか？」　山田がいつになく真面目な口調で聞いてきた。「何なんだよ。だから知らないって」「８組の河本、知ってるだろ？」「ああ……体育の時しか一緒にならないから、知ってるってわけじゃないけど。　山田はたまに遊んでるんだろ？　河本と」「あいつ、山見坂に住んでるんだけど……それで…その……」　山田の口がやたらと重い。　奥歯に物が挟まったような言い方だ。「何なんだよ、はっきり言えよ」　俊介も苛立ちを覚えた。「……見たんだって」　その山田の言葉に、なぜか中川の体もピクリと動いた。　中川も一緒になって俊介の知らない何かを隠している。「だから何を？！」「新堂先輩が……出てくるのを……」「どこからだよ。どこから出てきたんだよ！」「神崎が…一人暮らしをしてるワンルームマンションから……」「……えっ？！」《ドクン》とひとつ、俊介の胸の鼓動が大きく波打った。「アイツ、家を出て、ひとりで豪華なワンルームマンションに住んでるらしいんだ。　それで……」　今度は体から血の気が引いていくのを俊介は感じた。「いつ、いつ見たって？」「一ヶ月くらい前……」「でもどうして河本が神崎と俺の姉ちゃんのこと、知ってるんだよ。おかしいじゃないか」　詰問する俊介に対し、山田がその理由をタジタジになって答えた。　どうやら河本の姉も名新学院の３年生で、ブラスバンド部にも所属しているらしい。　だから例の吹奏楽の雑誌や写メなんかを見て、奈津子のことを知っていたとしても不思議ではない。　一方、神崎については著名人の子息が高級ワンルームマンションに住んでいるという噂が山見坂付近で広まっているらしかった。「ほら、市立吹奏楽団のことで、打ち合わせでもしてたんじゃないの。　神崎のお父さんにも、何かお願いするわけだから」　内心とは裏腹に平静を装ってそう答える俊介。　しかし、三人の間に重い沈黙が続いた。　《ゴットン、ガッタン》と、電車の車輪がレールの繋ぎ目を弾く音だけが聞こえていた。　つかみどころのない不安とやり場のない怒りが込み上げてきた。　物事の良し悪しを知る賢い姉が、危険な香りを漂わせる下級生男子の部屋で、二人きりになることを許すだろうか。　思えば山田と中川は今日、初めから自分に探りを入れていたのだと俊介は悟った。　神崎が一緒にお見舞いに来ることになったのは偶然としても、奈津子と神崎が交際しているかもしれないという強い疑念をいだいていたのだ。「どうして、今まで黙ってたんだよ」　俊介は冷静に、山田たちに問いただした。「……」　押し黙る山田。「新堂先輩は神崎みたいなヤツとは付き合わないよ」　中川は俊介を思い遣ってそう答えたのだろうが、今となっては説得力に欠けている。　ふたりは今日、面白がって神崎の話を聞いていたに違いない。　神崎をエッチな話に誘導したのも山田たちだった。　神崎の情交相手が奈津子であるかもしれないと期待して……。「俺、今日は、帰るわ」　分岐する駅で扉が開いたその瞬間、俊介はそう言ってホームに降りた。「おい、俊介！」「俊介！」　級友達が呼び止める声を背に、グイグイと歩き始める。　とにかく一人になりたかった。　いろいろ考えを整理したい。　しかし、すぐ家に帰るつもりはなかったので、あちらこちらを彷徨い歩いた。　普段降り立つことのない駅の繁華街は目新しく、刹那にも煩わしいことを忘れることができた。　ゲームセンターでＵＦＯキャッチャーに興じたり、本屋で立ち読みしたり。　最後に辿り着いたのはＢ級映画を上映している、うらぶれた映画館。　観客席は空席だらけで物悲しさを誘ったが、空調が利いた空間は時間を費やすのに最適だった。　映画の内容はテロリストが旅客機をハイジャックして特殊部隊が事件を解決する物語だ。　知っている俳優が一人もおらず、ストーリーの展開に無理を感じたのもＢ級ならではである。　エンドロールが出たところで俊介は席を立つ。　　映画館を出た頃にはすっかり夜の帳が下りていた。　商店街を歩きながらポケットに手を突っ込み、着信音とバイブレーションをOFFにしていたケータイを取り出す。　折りたたみ式の画面を開くと、おびただしい数の着信履歴があった。　数十分ごとに山田と中川が、そして麻雀仲間の青島からのものまである。　俊介はただ苦笑するしかなかった。　当面ヤツらと喋る気はしない。　　電話以外に一件の着信メールがある。　見慣れないアドレスからのものだった。　件名に『作品１』とある。　本文が無い代わりに、添付ファイルがあるようだ。　いかにも胡散臭いメールであり、いつもなら無条件で削除していたはずなのだが、俊介はこの時なぜか“作品”という文字に何かを感じ、どうしてもファイルを開いてみたくなった。　クリップの絵が描かれたアイコンにカーソルを合わせ。“ＯＫ”を押す。　すると鮮明なデジタル写真の画像が、幕を開けていくように徐々に表示されていく。　そして、浮かび上がった画像の全景に俊介は言葉を失った。（……っ！？）　またしても心拍数が上昇しだす。　シティホテルのツインルームだろうか、白壁に抽象絵画の額縁が飾られた、シンプルで清潔そうな一室。　カメラの視点は平行に並んだ二台のベッドの足元側から被写体の人物を捕らえている。　男性らしき被写体の人物は画像の中央、ベッドとベッドの隙間に背中を向けて立っていた。　身に付けているのは黒いズボンに白いシャツ。　それは一見して男子中高生などが着る、夏季用制服を思わせる。　その男の肩越しに見えるのはセーラー服の襟と三つ編みおさげ髪の白いうなじ。　男は女子生徒とおぼしき人物を背後から抱きかかえているのだがそのポーズたるや、まるで親が幼子にオシッコをさせているように、女性の両脚をかかえ上げているのである。　つまり強制的に大きく股を開かされた女生徒の脚はＭ字型を呈しており、白く肉々しい太股から、宙に浮く白いソックスに黒い革靴を履いたままの足先までが、男の体を中心として左右対照に見えている。　そんな恥ずかしいポーズをとらされている女生徒は、自分の顔を両手で覆い隠しているのが見て取れた。　さらに衝撃的なのは、向かって左側のベッドに黒っぽいプリーツスカートが無造作に置かれており、その上に白くて小さな布切れが重ねてある光景だ。　布切れはどう見ても女性用のショーツであり、抱え上げられている女性が下半身は靴下以外何も身につけていないということを写真の鑑賞者に連想させているのだ。　被写体の女生徒は、鑑賞者に裸や恥部を見せつけているわけではない。　しかしその状況を深く吟味すると、とてつもなく大きな興奮が沸き起こってしまう。　少女を抱え上げている男からの視点、あるいは壁側から見た光景を想像せずにはいられないのだ。　女子中高生が履くソックスといえば紺系が主流の昨今だが、白のソックスに黒の革靴の足元は、清純な女生徒の象徴であることに現在も変わりない。　それを汚すことこそががこの写真の意図なのだ。　ただ、俊介にはそれだけで済まされることではなかった。　一体だれが何の為にこんな画像を自分に送りつけてきたかである。　更にはこの被写体の人物が誰かということであり、つまるところ、男は神崎を、女性は奈津子を思い浮かべずにはいられなかったのだ。　得体の知れぬ大きな不安が俊介を襲う。　奈津子の身に、何か恐ろしく深刻な事態が忍び寄っているのかもしれない。　着信時間を確認するとそれは俊介が山田たちと別れてから２時間くらい経った頃だろうか、まだ映画館に入る前、繁華街をふらついていた時のことである。　我に返って周囲を見回す。　商店街を歩く人々は俊介の胸中を知る由もなく、ただ足早に通り過ぎていた。　突然、今朝食卓で偶然に見た奈津子の受信メールのことが思い浮かんだ。　もしあのメールの送り主が神崎だとしたら……。　居ても立っても居られなくなり俊介は奈津子に電話をかけてみるが、電波は届かない。　時間的に奈津子も帰路の車中なのだろうか、それともまだ塾の授業中かもしれない。　俊介は一刻も早く姉の顔が見たいと思った。　　息を切らしながらたどり着いた駅は、山田たちと別れた所から２つ先の駅だった。　ホームに上がるとベルが鳴り響き、発車直前の列車に目が留まった。　その最後尾に俊介は飛び乗る。　車内は帰路を急ぐサラリーマンやＯＬ達で少し混雑している。　朝とは違い、車内での会話声もあちらこちらから聞こえてくる。　しばらくはじっとしていた俊介だったが思い立ち、先頭車両を目指して揺れる車内を歩き始めた。下車する駅が支線の終点で、改札口が先頭側に位置しているからだ。　立っている他の乗客を避けながら、つり革につかまっては休憩し再び前進を繰り返す。　８両編成の丁度中間ぐらいまで来たとき、俊介はドアのすぐ横に立っている白いセーラー服のうしろ姿が目に入った。この路線で見かけるセーラー服といえば聖敬女子高か、姉の通う名新学院と相場が決まっている。　袖口と襟の部分だけがスカートと同系色の黒に近い濃紺で、そこには３本の細いラインが入っている。オーソドックスでありながら、夏でも長袖の、高級そうなその生地は間違いなく名新学院の制服だ。　女生徒は小物などを入れる為の、奈津子と同じ学校指定の手提げバッグを腕に掛け、文庫本とおぼしき小さな本を読んでいる。　俊介は両手でつり革につかまり、休憩するふりをして横目で少女を観察した。　艶やかな黒いショートボブのストレートヘアは毛先だけがクルンと内側にカールしていて、襟との隙間に白い首筋を覗かせている。　それは清楚な中にも、少し大人っぽい美しい女性の色気を俊介に感じさせた。　視線を下半身に移すとプリーツスカートのお尻がポーンと突き出ていて、女子特有の体型が愛おしくも、思春期男子の官能を存分に刺激した。そしてスカートの裾からすぐ下には、薄っすらと筋が付いた膝裏が見え隠れしている。　以前奈津子が言っていたが、校則によりスカート丈は膝小僧が完全に隠れていないとダメという規定があるらしい。　それから鑑みると、この少女のスカート丈はグレーゾーンだなと俊介は思った。　　それにしても、その少女の膝裏部分に視線が吸い寄せられてしまうのはなぜだろうか。　また、白くきめ細かそうな美しい肌をした脹脛は、その三分の一ほどは白のソックスに覆われているのだが、太すぎず、程よく肉付いたそのシルエットは絶妙な曲線を描いて足首へと流れていた。　（あっ！　この子……脚のスタイルがすごくいい……）　勃起し始めていた俊介のペニスがさらにピクっと反応した。　それは生まれて初めて俊介が、異性の脚に肉欲を感じた瞬間でもあった。　姉と同じセーラー服の女子に対し、不純な目で見ている自分に罪悪感を覚えるも、沸き起こる妄想に歯止めをかけられずにいた。　再びスカート越しのお尻に視線が戻る。 ――このスカートの中で、どんなパンツが可愛いお尻を包んでいるのだろうか。 ――神崎が言ってたように、背後からスカートとパンツを剥ぎ取って、 ――メールの画像“作品１”のように、この子を後ろから抱え上げたら…… 　　　ハッと我に返る俊介。（何考えてんだ！　俺……）　低俗で卑猥な妄想をしている自分に気がつき、俊介は頭を振った。　　清純そうな少女を妄想で犯そうしていた自分に強い嫌悪を抱く。　だが、崇高なまでに美しいうしろ姿には、どうしても視線を惹きつけられてしまう。　せめてどんな顔立ちをしているのか見てみたいのが男心だ。　もし少女がもう少しドア側に寄っていたならば、外が暗いため、鏡のように反射している車窓から、顔の輪郭ぐらいは確認できたかもしれない。　残念ながら少女はドアと座席の間に立っていてそれも叶わない。　近寄っていく勇気もない俊介は諦めるほかなかった。　どうせ自分には高嶺の花。　どうこうしても始まらない。　　歩き出そうとしたその瞬間、なぜか少女が振り返る。　　　俊介を認知したその女子高生がパッと笑顔になる。「あら、俊介！……」
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2014年11月4日掲載
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