僕の青春ものがたり

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龍晃一作

第１１章　燃える小夜子と武志

　小夜子を迎えに行き、有田で新店の契約ができたことを話した。
「そうなの、私は福娘なの」
　と言って小夜子が抱きついてきた。キスを求めてくる。キスを交わしているとお互いが欲しくなってくる。今夜も出張で泊る予定にしていた。

　嬉野温泉の安い温泉ホテルのツインにチェックインした。露天風呂もあり、建物は古いが趣のある造りの温泉宿であった。この宿も小夜子から紹介された。普通のビジネスホテルよりも少しだけ割高ではあるが平社員の旅費規定に適合する宿であった。地元の人の紹介がなければ気が付かないホテルであった。

　この夜は小夜子から積極的に求めてきた。薄暗い混浴温泉に二人でいると一人の中年の男が股間のものをブラブラさせながら入ってきた。
「これは失礼----お嬢さんには眼の毒だったかもしれないなぁ」
　と言いながら二人の傍にまで寄ってきた。
「この温泉はいい湯だよ---美人の湯と言われているが神経痛にもよく効くから---」
「そうですか---私達はお先失礼しますので----」

　小夜子はお湯の中で小刻みに歩いていたが岩のところで勢いよく立ち上がった。片脚を持ち上げたとき、男の目には小夜子の股間の茂みが見えていたと思えた。すぐに更衣室に入った。

「あんなピチピチした女と遣りたい----お尻も大きいし、乳房の容がいい----いい女だ」
　聞こえるように言っているのか、独り言なのかは解らないが聞こえてくる。その声を無視して部屋に戻った。
　部屋に戻ると電話が鳴った。
「お食事の準備ができました」
「行きます」

　オープンスペースの食堂である。私達が食事をしていると露天風呂で出会った男がきた。仲間の男がいた。我々に気が付くと、
「先ほどは失礼した」
「こちらこそ」
「素敵なお嬢さんですね。恋人ですか」
「そんな感じです」
「一緒に飲みませんか」
　と言ってビールとグラスを持ってきた。小夜子がビールを注いで貰っている。武志にも注がれた。４人で乾杯した。

　男の一人が「○○薬品㈱課長　森田　喬」と書かれていた。
「あなた達は、カトレア化粧品の人ですね。有田で会いましたね。佐賀商人の通った後には草木も生えないと言われている佐賀で新店契約をすでに４～５店も契約した凄腕ですね」
「偶然ですよ」
「偶然で新店契約は出来ないです。化粧品のある薬局ではカトレア化粧品が噂になっています」
「山崎さんは、何か違うカリスマ性を持っている人です」
　と小夜子が言葉を挟んだ。
「小夜子さんも美しいしスタイルも良いですね。化粧品会社は羨ましいです」
「ノルマに追われています」
「よかったらこれからもお付き合いお願いします」
　と言って食事が終わると森田は立ち去った。

　山崎武志は、社長賞を獲得することが目的ではなく、懸命に努力することで道が拓ければ良いと考えていた。社長賞は結果であって目的ではないと覚悟している。汚名を挽回することができなければ、退職も仕方ない。仕方ないが退職はしたくないと思っているが小夜子が協力してくれていることで夢は実現できると確信していた。

「念ずれば花ひらく」
　勿論、努力が必要である。６店まで順調に新店開拓ができた。多久市にある紅谷化粧品店は昔、カトレアと取引をしていたが、営業が約束を守らなかったということで契約を解除していた。奥さんも社長も武志に好意的に応対してくれていたので７店目は紅谷だと決めてしまった。

　ところが途中から、
「カトレアと取引するつもりはないのでもう来なくていい」
　と言われた。
「ご指導ありがとうございます」
　と言って退散した。武志も意地になった。

　毎週木曜日に唐津から佐賀に行く途中なので定期的に挨拶していた。
「もう、来るなと言ったろう。来るな」
　社長の言葉が荒くなってきた。この店と決めた以上諦めることができなかった。
「来るな」
　と言われ出して５回目、
「来るなと言っているだろうがくるな」
　営業の仕事は、断られた時からが真価を発揮すると言われている。このとき、１０回だけ訪問しようと決意した。７回目のときは、トアの前に立っただけで脚が震えていた。

「来るなと言っただろうが-----」
「ご指導ありがとうございました」
　厳しい言葉を浴びせられると姿勢を９０度に近くまでおってお礼の言葉を述べた。

　８回目からは手足が震えていた。就職３年目、２４歳の武志には厳しい試練となった。

　９回目はお礼の言葉まで震えていた。通いだして３ケ月になる。今日の１０回で断られたら諦めよう。３年目の新人が社長賞を狙うこと自体が無謀だったのかもしれない。武志の運命は定められていると覚悟すると気持ちも落ち着いてきた。

　それでもお店の前に来ると入ることができなかった。熊のようにお店の前を往ったり来たりを３回くらい繰り返していたが決心した。入ろうとすると脚が震え、手も震えている。もう逃れられないと覚悟する。

「ご--め--ん--く--だ--さ--い--」
　言葉まで震えていた。ご主人が出てくるのが見えると身体が強張ってきて、怒られることを覚悟する。時間にして４～５秒くらいだと思うが、２分～３分位沈黙の時間が流れたように思えた。
　いつまで待ってもカミナリが落ちなかった。ふっと顔を上げると顔面笑みの社長がいた。

「山崎さん、よく頑張ったね。座敷に上がりなさい。お寿司ができているし今日は取引契約をすることにした」
　一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「取引契約をすることにした」
　を反芻すると涙が溢れてきた。
「ありがとうございます」
　御嬢さんから、
「山崎さん、さあ上がってください」
　奥さんも娘さんの顔も笑顔である。溢れる涙が止まらなかった。

　苦難の道であったがその３週間後の開店セールに３年間の叡智を注いだ。来店賞に有田焼の３０センチの大皿を準備していた。白磁の大皿が好評で、初回納が２００万円であるがオープンセールの２日間で２００万円を越えて販売できた。勿論小夜子の踏ん張りもあった。福岡から支社長も来てくれた。

　このとき知ったのだが紅谷社長は、佐賀県の化粧品連合会の会長をしていたこともあり、甲斐支社長もご満悦で大きなカトレアの鉢植えを持参してきてくれた。嬉しいことが続くものである。オープンセールが大盛況で終わると鹿島と伊万里のお店を紹介してくれた。トントンと９店まで新店ができた。

　武志が目星を付けて訪問していた北方町のお店が契約できたので１０月で１０店になった。２番手が５店しかできていないことを支社長から聞いた。目標の１２店までは頑張った。

　１１店が１０月末に納品でき、毎日もう一軒、もう一軒と念じていた。
　佐賀のホテルで小夜子を抱いて眠っているときに夢をみていた。

「鳥栖市の信号を右に行くと神崎町がある。商店街の薬局でライバルがマックスと契約した。その反対側の薬局がカトレア化粧品を望んでいる」
　小夜子をお店に乗せていくと神崎町に行った。夢の中で見た光景がそこにあった。初めてくる町である。

　カトレア化粧品の名刺を診せると先生が驚いて奥様を読んだ。
　夢で見たことを話した。昨夜二人で相談してカトレアを置くことに決定したと話してくれた。
「夢が正夢になった」
　ということで初めて訪問した日に契約をして貰った。武志の長い営業生活の中でその日に契約できたことは最初で最後であった。念願の１２店の契約ができた。１１月末までに１２店の納品と初回納品の回収も終わらせた。
　

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2015.4.1掲載