龍 晃一 作
| 第１３章 郁子と武志 ツキは博多に来てもあった。３月天神地区のお店を廻り何気なく裏通りの道を歩いていた。春日町に来ると小雨が降りだした。毛糸屋さんに軒下の張り出しテントがあったので何気なく雨宿りをしていた。 「寒いのに中に入ってお茶でもどうぞ----」 と言葉を掛けてくれた。一度は断ったが丁寧に誘われたので、 「お言葉に甘えて----」 お茶を飲みながら話した。 「１５年前に編み物教室を開校した時には、お店に行列ができるほどお客様が来てくれたのに---最近は、既製品が安くなり、編む人が少なくなりました。他の商売を考えなければと思っているのです」 「今日はありがとうございました。実は私はカトレア化粧品の者です」 とて言って名刺を渡した。 「美智ちゃん、降りてきて-----」 「美智子です」 「娘です」 「美智ちゃんはカトレア化粧品を使っているの----」 「天神で買っています。-------偶然にしては不思議ですね」 「毛糸も化粧品も対象は、女性ですね----化粧品は面白いですよ----基礎化粧品がすべて医薬部外品のアルファードが好評ですし----コスメデコルテも高級品が売れています」 「私もそのアルファードを使っています。気に入っています」 その翌日にサンプル商品やパンフレットを持参した。その時に初回納品の条件や化粧品コーナーの設置、カウンターの援助品の説明をした。 その翌日に会社に電話があった。 「山崎さん、契約したいです」 博多での１号店になった。 その勢いで壱岐の島に行った。壱岐の島で初回納品２００万円は難しかったが１００万円納品で２店契約できた。 博多駅には新幹線が来るということで地下街を増設していた。薬局と中洲のお店が出店することで交渉をしていた。 その２店とも契約ができた。博多駅の地上部でも契約ができたので６店まで契約した。 勢いということは思わぬ結果を招いてくれた。佐賀の紅谷さんが川端町のお店を紹介してくれた。私の担当区域からは少しはみ出したが箱崎でも新店契約できた。新店の納品が８店になった。新店の納品実績が１５００万円を越えていた。郁子が春日の毛糸屋さんで奮闘してくれたこともあり、毎月１００万円を販売できるお店に成長してくれた。 ９月になったときも２位の者が３店しかできていなかった。８店を契約できたことは奇跡に近いと言われた。 ほぼ、２年連続で社長賞を獲得できること明白になってきた。この頃からライバルメーカーの美容部員から誘われることが多くなってきた。２０代で入社４年目の若者が新店コンテストで２年連続社長賞を獲得することは奇跡にちかかった。それも天神、中洲地区で新店を獲得すること不可能だと陰口を叩かれていたが不可能を可能にした。 ２年連続して社長賞を獲得できたことは奇跡に等しかった。 お蔭で嬉しいことに岩田屋の美容部員達の憧れの的になっていた。このことが小夜子を孤独にしてしまった。小夜子が泊りに来ることが判っていた日、Ｋ社の美容部員から強引に美味しい店を予約していると誘われてしまった。食事、スナックに行き、Ｋ社の美和さんとお泊りになって仕舞った。翌朝、マンションに戻ると美和子の姿はなかった。 テーブルの上に１枚の紙切れが置いてあった。 「さようなら 小夜子」 と書かれた紙と小夜子が造ってくれたグラタンが置かれてあった。 小夜子のパジャマも無くなっていた。 「後悔先に立たず」 小夜子の夢を砕いてしまった。小夜子であれば結婚しても良いと思っていたが郁子の存在があって言えなかった。 М社のさおり、Ｓ社の真理子とその週の内に結ばれる結果になって仕舞った。さおりとは２回目の逢瀬をしたが２回目は極力行かないように努めた。それが郁子に対する誠意と思っていたが、 「山崎が美和、さおり、真理子とホテルに行った」 ということは噂としてデパート売り場に流れていた。 お蔭で郁子も来てくれなかった。小夜子が去った２日後に、小夜子は田辺に抱かれていた。田辺のペニスが余りに大きいことに失神して、潮を噴き上げたと田辺から聞いた。 「小夜子と結婚するがいいか」 「俺がいいとか、ダメだという権限は無くなった。結婚したかったがのぼせていた------幸せにしてやってくれ。小夜子は家庭の味に飢えている。お願いする」 「来月に結婚式をあげる」 武志は小夜子が幸せになることを願うだけであった。 武志は結婚するチャンスをまた逃がしてしまった。人生の荒波を乗り越えてきた３５歳の田辺であれば小夜子を幸せにできると思えた。３５歳で主任になった苦労人である。２６歳で係長になって自惚れている武志とでは苦労の仕方が異なっている。普通は３０歳で主任になれるのが一般的であるが営業の世界は実績を、結果を示した者が昇格していくのだ。 社長賞の２連覇で武志が慢心していたことも事実である。仕事に対して絶対的な自信に溢れていた。強者達が苦手にしていた店をたった１回の訪問で武志ファンにできる感性を持っていた。武志が持っている瞑想法に誰もが感服していたことも事実であった。 神がかり的なことで武志は不可能と言われた天神中洲博多駅地区で奇跡を起こした。毛糸屋を化粧品店にする発想は生まれないとも言われた。そんな武志が那珂川端で一人涙を流していた。３回目の失恋であった。武志が結婚しょうと言っていれば、小夜子は頷いたはずであるが武志は我を忘れてしまっていた。うぬぼれ以外何もなかった。 「小夜子、ごめん。君と結婚したかった。佐賀時代から尽くしてくれてありがとう。小夜子、すまなかった。結婚、おめでとう」 失って初めて小夜子の真心を知った気がしてきた。 小夜子から結婚式の招待状が届いた。白のウェディングドレス姿はこれまで観たことがないほど美しかった。 「小夜子、結婚おめでとう」 「ありがとう」 小夜子と握手しながら溢れる涙を診た。 「これまでありがとう。何もしてあげられなくてごめんなさい」 「私こそ------」 この時が小夜子と話ができた最後の日となった。 武志は博多時代が全盛期であった。その翌年に松山市に転勤になったからである。全社会議で苦し紛れに言った森支社長の言葉が現実になった。四国はカトレアにとってお荷物のような存在であった。武志が全社会議に行くようになって、毎年四国の支社長が見せしめになっていた。森支社長も顔は青白く、震えながら社長、専務の言葉に返答していたが、 「四国出身の山﨑武志係長を四国に帰してください。彼が奇跡を起こしてくれます」 その一言で山崎武仁は、四国支社松山営業所に転勤になった。 第１部 僕の青春ものがたり 完 第２部 愛の遍歴 |
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| 2015.4.25掲載 |
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