僕の青春ものがたり

僕の青春ものがたり

龍晃一作

第二部「愛の遍歴」

第５章　私の結婚と脱サラ

　私が翡翠化粧品店で大学生であった雅美と初めて出会った。
「母が信頼している山崎武士さんであれば私も信頼できます」
「嬉しいです。雅美は私の花嫁さんになってくれるね」
「えぇ、慶んで----」
　雅美は母の死をきっかけ、新しい生き方を選んだ。どんな生き方が正解で、間違いかは誰にも解らない。

「雅美、今回の件を契機に新天地に赴かないようにする。付いてきてくれる」
「本当に----嬉しいわ」
「全国を転勤するかも知れないが付いてきて欲しい」
「ありがとう。あなたのいい奥様になりますね」

　雅美とこんな言葉で結ばれた。若い２２歳である。大学をこの３月に卒業する。卒業を前に雅美と結婚届を提出して戸籍を同じにした。卒業証書は山崎雅美で貰うことになった。
　住み慣れた徳島を離れて高松に住居を構えた。雅美の新婚生活は楽しく初々しさが漂っていた。

　正月の全社会議において高松市のりんどう化粧品店が四国No.１は言われている。このりんどう化粧品店とカトレアは取引を停止してから１０年以上の歳月が流れていた。専務が行っても、カトレアの人間機関車と言われた船木部長が行っても契約できなかった。

　佐賀県にもこのようなお店があった。営業に対する不信感で取引を解約してしまうともう一度契約をするということが至難の業になって仕舞う。取引とは信頼関係である。その信頼関係の問題で解約すると多久市の場合も困難を極めた。

　社長からの冗談とも言えない檄が飛んだ。
「山崎課長、高松のりんどう化粧品店と契約を締結してきてくれ。契約できれば部長にすることを約束する」
　と言われた。凄い話だと思えたが、専務が行っても、船木部長が行っても駄目な店は誰もが不可能と思った。

　僕も難しいと思えたし、契約できる確信がないからこそ、部長にするという人参をぶら下さげたにすぎないと思ったが、最善の努力はしようと決意した。

　その夜からりんどう化粧品店の社長との瞑想が始まった。1週間がすぎ、2週間が過ぎて社長の顔の輪郭も浮かばなかった。4週間、5週間が過ぎた頃から会話ができるようになり顔の輪郭が見えてきた。

　7週間が終わったときにりんどう化粧品店を訪問した。
「カトレアの山崎さんがくることをお待ちしていました」
　この言葉に胸が高鳴った。瞑想が通じていたのであった。社長に誘われるままにお店の反対側にある喫茶店に行った。

「ジャスコができ、ダイエーができて商店街が変貌してきた。郊外にある店舗に出店することの意義と店内でのメーカーの充実が必要になってきた。来週の水曜日のこの時間に契約書を持ってきてくれ」

　水曜日の前日に社長から、
「契約書を3通持参してくれ」
　と電話があったことを事務の担当から聞いた。

　2回目の訪問になった。社長室に入った。
　本店とジャスコ店とダイエ-店の3店の契約をしてくれた。取引契約書と同時に飾り棚と対面陳列棚を設置する契約を交わした。初回納品300万円×3店で900万円の納品が確定した。
　社に戻ると社長あてに契約書をＦＡＸして、電話を入れた。
「契約できたか、さすがに社長賞3回獲得した実績は本物だった。今月から部長職になり、部長手当が貰えるように言っておく---良く頑張った。ごくろうさま」

　部長職昇格は、雅美に贈ることのできた最初の嬉しい報告になった。
「私の旦那さんは、さすがに凄い。母の目に間違いはなかった」
　この翌日に雅美が妊娠したことを知らされた。嬉しいことが続いた。

　山崎武士は四国の市場を２年の歳月を要したがお荷物から日の出の勢いの支社にすることができた。雅美も女の子を出産した。名前は雅(みやび)と命名した。

　高松勤務になって3年後に本社に転勤する内示があった。本社に転勤することは嬉しいことであったが、りんどう化粧品店の社長が武士に脱サラすることを勧めてくれた。資本金１０００万円を出資して貰って新会社を設立した。カトレアに勤務していた頃とは異なり何もないところからの出発である。人生とは苦難の連続である。良いことがあれば、不運な事が起こる。苦しいと感じていても楽しかった道となる。

人生とは、苦難があるとラッキーな幸せの時間を与えられる。雅美と結婚しても雅美に苦労は掛けないと誓っていたが、
「あなたの苦難は雅美の苦難です」
　と言っていつも支えてくれた。
　父が絶対に保証人になるなと私に言明していたのに、父が急死した１ケ月後に私に１通の郵便が銀行から届いた。
「父が連帯保証人をしていた人が破産宣告を受けたので、５０００万円を代理返済してください」
　という督促状が届いた。相続財産を税理士にして貰っている最中であった。

　死後に破産宣告が確定した時は、相続税から５０００万円の控除は出来ないのかと税務署と談判したが適わなかった。税務署の所長の部屋で自殺したい思いだった。周囲から説得され、税理士も駆けつけてくれたことで死ねなくなった。私と雅美の老後の資金にと溜めていた株式を売り、定期預金を解約して５０００万円を代理弁済した。
　相続税の２００万円を支払うと私の全財産は、３０万円だけになった

　山崎武士・雅美夫婦の責任は一切ないが父の土地を相続するためには、父の保証人の債務を完済するか、父の全財産(農地と宅地)を相続拒否するかの二者択一しかなかった。光源氏の血筋を引き継ぐ武士は、５０００万円の完済を決めたことで残された財産は３０万円しかなかった。
　夫婦で懸命に働くことが幸せの道と信じた。

　雅美は子供を保育所に預けると趣味を生かしたアルバイトをすると言い出した。大学の先輩が３００年も続いている老舗の料亭の女将の娘であったということもあり、雅美のピアノと先輩のバイオリンで過去の三味線の格式を捨て、料亭にピアノとバイオリンで結婚式や宴会の余興を行うようになった。これが若い人達からも常連さんからも受けていた。
　そんな時に仲間と訪れたのが武士の大学の先輩である森田熊太郎がきた。

　熊太郎は、武士と雅美の結婚式に招待していたので見覚えがあったが思い出せなかった。
　女将と話しているときに、山崎雅美という名前を聞いて思い出していた。

　このとき森田熊太郎は奥様に先立ちされ、約１年間一人暮らしをしていた。お金を持っているということでお金目当ての女達が取り巻いていたが、そんな女達を嫌っていた。

　その１週間後に森田は、山崎武士を居酒屋に誘った。
「山崎君、奥さんと料亭であったよ。保証人で大変な目にあったと聞いたが私で良ければ支援してあげようか。勿論、金利は要らないよ----奥さんと月２回くらいデートさせてくれると嬉しいが-----」

「いきなりの提案に驚いている。もう、少し時間を下さい」
　今の私には雅美を誰にも貸したくも、渡すこともできなかったが、脱サラを決めたことと父の他界と保証人が重なり、私もバニックになっていた。

「１億円までであれば無利子、無催促で貸すよ」
　この言葉の意味の重さを噛みしめていた。全く知らない人でもないし、これまで私のことに心配をさせた森田熊太郎である。悪い男ではないと思っている。

「あなたの苦難は、私の苦難です。あなたから行ってくれと言われれば従います。１億円を無利子、無催促ならば私が犠牲になっても構いません」
　その翌日に森田熊太郎に携帯をした。
「ウェスティンホテルで３人で食事をしたい。そのときにお互いが納得で来るようにしょう」
　

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2015.6.10掲載