はちみつ太郎 作
| １１５ 穿り出した鍵。夫婦の鍵を発見したはずの昇は、鍵穴を見つけられてはいなかった。 カウンセリング中の昇は、涙声で向山にその時の状況を告げている。 「先生、俺なんだか、悔しいんだか、情けないんだか、判らなくて。・・・彼にも憤りとかじゃなくて、・・・嫉妬心とかじゃなくて、・・・。」 「それは、どの時にそう思ったの？」 「精液まみれの鍵を取り出したときです。何ともいえない気分で・・・笙子に怒るわけでもなく・・・つらいのは、俺だけなのかと・・・寂しくなって。」 「そうね、だれも自分を助けてくれるんじゃなくて・・・奥さんも遠いところに言っちゃうんじゃないかって、不安よね。」 「はい、不安、・・そうかもしれません。」 「安定剤を処方してもいいけど・・・常習しても問題だし・・・やめておきます。」 「そのほうが、薬には頼りたくありません。」 「眠気は？」 「あれから、少し眠れないんです。・・・けど、朝方・・・少し、朝立ちっていうか、・・・します。」 「その時を狙いなさい。・・・奥さんにもお話をしています。」 「夜じゃなくて。」 「そう、疲れマラってご存じない？」 「疲れマラ？初めて聞きます。」 「医学的には解明されていませんが、おそらく脳内の覚醒物質が働いているのでしょう。眠気と戦わなければならない緊張状態が続く時、脳の活性を促している。それの作用で、・・・男としての機能も・・・。」 向山は昇に徹夜明けの朝のすすめを伝えるが、松山との関係、こちらにはいい処方はない。 「彼、あ、松山さんとの関係は・・・。」 「どう思いますか？・・・断ち切りたい。」 「いえ、まだ、そこまでは。」 「そうですね、・・・今断ち切ると。あなたが、治らない確率は高くなるし、それに伴い・・・奥さまは。」 「・・・奪われてしまいますか？」 「そうなると思いますね、８割がた。・・・きつい言い方になるけど、奥さまは、一度間違いを起こしています。夜の欲求に答えられない旦那さんを裏切る・・・ことは、ゼロではない。・・・しかも、奥さまの欲求を解消してくれるパートナーに松山という男がほぼ、合致してしまった。拘束を好み、虐げるわけでなく、あなたとの距離も上手くとってくれている。」 「笙子は、そういっていますか？」 「そうはいっていないけど、・・・こう言っていたはね。」 向山は立川笙子の電子カルテを開き、打ち込まれている文字データを読み上げていく。 「１０回以上、旦那以外の松山さんとの中で、一度このままこの人にって思ってしまったことがあります。その時は、一呼吸置いたんです。そうしたら、・・・昇さんの顔が浮かんできたんです。・・・正直、前の・・・昇さんが知らない事件の時にはそういうことは、ほとんどなくって、あのまま、もっと長い時間あの人と続いていたら、・・・心まで落ちていたかもしれません。」 向山は昇の顔をのぞきこみ、続きを読み上げる。 「最初の頃は、なんだか、体は松山さんに・・・心は昇さんにって、勝手な言い方なんですけど、そんな感じだったんです。・・・でも、この前、初めて自宅で・・・の、とき。」 もう一度昇を覗き込む。下を向いている昇は、握りこぶしに力を入れている。怒りではない悔しさが力ではなく心の震えを表していた。 「昇さんの顔が、あまり出てこなくて、それが、あとから怖くて、・・・最中にも顔が出てこないんです。」 「先生、・・・笙子は松山さんのことが？」 「それは、本人じゃないと判らない。でも・・・言っていたわ。・・・あなたのことを早く治したい。・・・そして、赤ちゃんの顔を見て・・・立川昇の子を授かりたいって。」 昇はそれを聞き、下を向いたまま頷くようにし、向山から伝えられていく笙子の言葉を理解しているようだった。 落ち着きを取り戻し昇は今後のことも、告げていた。今のまま、それでいいと。 昇は部屋を立ち去った。カーテンの向こうには、保育士のエプロン姿の笙子がいた。内容はすべて聞いている。というか、聞かされていた。 「もう少しのようね。・・・旦那さんは。」 「はい、・・・今晩も、家に・・・松山さんが来ます。・・・朝方には・・・昇さんも。」 「今晩は・・・見てる前で？」 「いえ、まだ、・・・踏ん切りがつかなくって。」 「どっちの？」 「あ、・・・多分・・・昇さんの。」 「笙子さんは・・・もう踏ん切りがついてるのね。」 「早く、・・・治るのなら、そのほうが。」 「松山さんと回を重ねるたびに相性がよくなってしまうのが怖い。」 「その通りです。」 正直な気持ちを打ち明ける笙子。向山はなびいている風をどちらに流すか思案していた。 風の向きは朝夕で変わる。海から吹くのか山から吹くのか、気温差は風の流れを変え、男女の温度差もその風を変えていた。 「Ｃｏｍｍでは、笙子に見られますね、・・・そんなことを言っていますか。結構、うれしいですねぇ。」 「そうよ、・・・ちょっと、松山さん・・・壊さないでよ。まだ論文の途中ですから。」 「先生の論文。・・・終わったら？」 「んー・・・御三方次第。・・・あなた、奥さんは？」 「いましたっけ？」 「ひどいわね。・・・論文の途中です。・・・くれぐれも！」 「判っていますよ。・・・むずむざ、笙子は手放せません。・・・あんな、いい女。」 松山はタクシードライバーに止めるところを指示する。金額を聞き、１００円単位のおつりを運転手に渡すと、向山との会話を続ける。 「今日は、自宅よね。」 「もちろん、立川邸です。」 「笙子さん言ってた。・・・もぉ、踏ん切りはついてるって。」 「見られながらのことですか？」 「えぇ、・・・でも、旦那はまだ出来てないだろうって。」 「でしょうね。・・・この前の仕掛けでも。だめだったらしいから。」 「仕掛けねぇ・・・悪趣味な。」 「そうですか？・・・僕ら二人は楽しんでいた。・・・悪趣味といったのは旦那さんだけ・・・あ、先生も。」 「壊さない！。関係は・・・いいわね。」 「はい、・・・誓います。では、着きましたので・・・おやすみなさい。」 「終わったら、Ｃｏｍｍしてよね。」 松山は通話を遮断する。玄関前であたりを見回す。誰も、出歩かない静かな住宅地。前に住む中学生の存在を気にしながら玄関の前でチャイムを鳴らした。 「チェーンロックされてなくて良かったよ。」 「こんばんは、・・・どうぞ。」 「お邪魔します。・・・旦那さんは？」 「あ、うん。上に・・・寝室にいるって。いいよね啓輔さん。」 「あぁ、構わないけど、・・・風呂、借りていいかなぁ。」 「あ、お湯は・・・溜めてないけど。」 「笙子は？・・・もう入ってるの？」 「まだ。・・・うん、だって・・・。」 「汗の臭いがすきって言ったの、覚えてた？」 「うん。」 松山は靴を脱ぎ、寝室しか知らない立川邸に乗り込んだ。廊下を通り、リビングに抜けると財布などをソファーに置き、準備を進める笙子のもとに近寄った。 狭い脱衣場で二人は、求められるままに唇を触れさせる。触れた唇はすぐの間に舌を押し込まれてしまう。舌のふれあいのまま松山は、器用にワイシャツを脱ぎ、肌着も脱ぎ捨てる。笙子は、松山のスラックスに手をかけ、ファスナーを下ろすとトランクスの張りに少し触れ、鼻息で笑みを告げた。 「な、おっきくなってるだろ。・・タクシーの中でも・・・こうだった。」 笙子は唇を外し、トランクスに目を向けながら膝立ちですべてを露にさせた。屹立は、間違いなくタクシーの中からだったのだろう。滲み出ている汁は、笙子の唇を求めている。挨拶のように、松山の言葉に返事をする前に亀頭に唇を触れさせた。 「おしっこの臭いがする。・・・パクッ。」 「笙子のも・・・嗅ぎたい。」 「えぇ・・・お風呂・・行こっ。」 今日は家着の笙子。緑のスポーツＴシャツを脱ぎ捨て、寝巻き用のハーフパンツタイプのジャージを足から抜く。 「それって、旦那さんチョイス？」 「違うよ。だって、朝から着てたぶんだから。」 「そう思った。」 「え、似合ってない？」 「そうじゃなくて・・・俺好みだもん。」 松山は、笙子に抱きつくと背に回した手でブラホックを簡単に外してしまう。腕から抜き取った笙子は、ショーツのゴムに手を当てる松山にその動きを委ねた。 しゃがむようにし足先まで下ろすと、眼前にある繁茂に顔を近づけ臭いを、その空気を吸い込んでいた。足から抜いた笙子は、渡すようせがむと、押し切るように笙子の一日を眺めていた。 「あぁん、ダメだって。」 「恥ずかしい？」 「だってぇ、・・・汚れてるからぁぁ。」 「今日って・・・やばい日・・・だよな。」 「だからだよ、・・・汚れてるからぁぁ。」 じゃれあうようにし、松山から汚れたショーツを奪い取り洗濯機に放り込んだ。 その洗濯機には笙子のものと昇のものだけが入っていて松山のものはそこにはなかった。笙子はそれが目に入ると、寝室の昇の姿が思い浮かぶ。 「大丈夫・・・顔が出てきた。」聞こえない心の声は、笙子のさらけ出している裸の胸の奥に留まっていた。 |
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| 2014.9.24掲載 |
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