はちみつ太郎 作
| １３ ３回目の江藤の射精後、疲れを感じた二人は汗を流すことなくベッドで寝息を立てている。７月の朝日は昇るのが早い。 全裸のまま横たわっている二人の男女は、長年連れ添った連れ合いのように、タオルケットにくるまれたままだ。 「ピロロロ・・・ピロロロ。」 電子音の目覚ましは、いつものように６時を知らせる。知らせと同じくして、身近な人間からの新着メールがアイコンに①のマークを表示する。 「ん？・・・え、何時・・・あ、やばい。・・・６時。」 笙子は、全裸のまま飛び起き江藤を起こすことなくスマホの新着メールを確認した。 『家に寄らずに、会社に行くことにしたから。転職案内があるのを忘れてたので。今日、代休だったっけ、まだ寝てるよね。』 何度も、メールの内容を見返す笙子。昇の帰宅は回避されている安堵は、深いため息で表される。そのため息で起きた江藤はことの重大さが笙子のあわてぶりで感じ取れた。 「ごめん、旦那くん、帰ってるの？」 「ううん、そのまま会社に行くって、・・・助かったぁ。・・・でも、すぐ帰らなきゃ。」 江藤は、邪魔にならないよう笙子に配慮している。ビニールバッグから、昨日と違う黒のブラとショーツを取り出し、いつもよりあわただしく装着した。 江藤の視線は気になっていない。少しでも早く、家に帰る算段をするための動きは、昨晩の笙子とは別の顔だった。 化粧はしないまま、着替えを終えると、江藤の家の中を散策することもなく、玄関で靴を履き、別れのキスだけを淡々とした。 「ごめんなさい、・・・じゃ、帰ります。」 「うん、楽しかった・・・・また、来てくれるよ・・・ね？」 「・・・じゃ、明日。」 「うん。明日。」 明日、保育園で二人が会ったときいつものような会話ができるだろうか、心配になったのは笙子だけだった。 玄関が閉まり、笙子の残り香が消えると江藤は、今まで寝ていたベッドルームに腰掛ける。自分のスマホを取り出すと、友人らしき男への口調で一言だけ端的に伝えた。 「あ、俺、取りに来いよ。」 短い一言を事務的に伝えると、喉の渇きを潤しに冷蔵庫を物色しにいった。笙子の買い置きのコンビニ袋の中身は、今口に運ぶものではないと感じ、そのまま開けた冷蔵庫にしまった 笙子は、車に乗るやいなや昇におそるおそるメールを送る。今どのあたり？とか、家に寄らないの？とか、アリバイ工作のようなメールだった。 返事は、すぐではないが数分後には返信があった。『うん、今、高速を降りるとこ、家によらずにマクドで食って行くわ』 時間的余裕は、数十分確認できた。マクドに寄らなくても、こっちの場所のほうが家には近い。それだけでも、アクセルワークは変化した。 息を整えハンドルを握ると、家路までの帰路は昨晩の昂ぶりを思い出しつつある。江藤との関係は一晩だけのつもりは、笙子にはもうない。でも、江藤の腹づもりまで見透かすことはできていない。 朝の慌しさで、これからの二人の距離感をどこに持っていくべきかも感じあうことは出来ていなかったからだ。 そうこうしている間に、家まで１回曲がるだけの路地まで来ていた。曲がった瞬間見えた２台分のガレージには、昇の車はない。 ほっとした瞬間、笙子は旧姓から立川の姓に戻ったような感じがした。でも、罪悪感の裏にある背徳感のほうがかぶさるように幅を利かせていた。 玄関のドアを開けると、もしかして昇がいるのではと、疑心にあふれたが、その形跡は無い。 「ふぅぅぅ。・・・あぶなかったぁ。」 笙子は、少しかいた冷や汗と、江藤が発した牡のマーキングを消すため風呂に消えた。 シャワーを浴び、朝食をとることなくベッドにうつ伏せた笙子は、そのまま寝息を立てている。８時の記憶はあるがそれ以降は夢の中だった。昼の１５時過ぎに目を覚ましたのは、昇の帰宅した車の音だった。 不貞を働いたと後ろめたさの残る笙子は、目を開けるのをやめ、昇がアクションをするまで寝たふりを決め込んだ。 玄関ドアの開く音のあとに、笙子を呼ぶ声がする。軽く寝返りを打つと、寝室のドアの反対を向いた。寝室のドアは、昇の声とともに開くが、笙子の寝相を見て再び閉じられた。 昇は、着替えと土産や洗い物を取り出したりする音を控えめに出している。笙子の寝姿に違和感を覚えることもなく、夕方の再放送ドラマを見始めた。 内容は、昇の知らないところで起きている事柄に類似したもの。不倫している妻の不貞をネタに脅され、殺人事件に巻き込まれる刑事ドラマだった。 テレビのボリュームを小さくしているが、笙子は頃合とみはからい昇に背後から声を掛けた。 「おかえり、晩御飯どうする？」 「あ、外で食べるか。」 「いいね、・・・回転寿司？」 「おれも、今そう思った。・・・じゃ、新しいモールの中のとこにするか。」 「気が合うね、私もあそこに行きたかった。」 「やっぱり、夫婦だね。」 「・・・うん、夫婦だよ。」 笙子は、よどみなくそう答えれたわけではない。が、妻と女の二つの仮面を掛け始めた笙子は、昨日を境に掛け外しのタイミングをつかみ掛けている。 気の弱そうな男が、パソコンと睨めっこしている。カーテンが閉じた事務室で、事務作業をしている感じで画面を見つめている。 「コンコン。」 「は、はい、ちょ、ちょっと、待ってね。」 開かれているウィンドウを隠すと、ドアのほうに声を掛けた。 「ど、どうぞ。」 「失礼します。・・・園長、東山組の社長さんが、外壁塗装の件で見えられてますが？」 ドアを開けただけで、園児たちのおおきな声が響いている。２０代前半の若い保育士は、園長の言葉を待っている。 「どこに来てる？・・・呼んで、ここに。」 「はい、じゃ、お通ししますよ。」 「あぁ。」 若い保育士は、玄関まで男を呼びに行った。呼ばれた男は、若い保育士が玄関に行くより先に、園長室にたどり着いていた。 「園長、来週からかかるけど・・・いいの？」 「あ、うん。・・・典秀くんに任せるよ。」 「金額見てくれたん？」 「あ、うん。・・・２５０だったっけ？」 「あぁ、・・・追加、出るかも・・知らんけど。」 「あ、その辺は、任せるよ。」 典秀と呼ばれた男は、園長の横からパソコン画面を覗き込んだ。壁紙の下のタスクバーにマウスを合わせると、先程隠した画面が現れた。 「あ、ちょっと・・・。」 「安、見せろって・・・。」 「ま、まだ、だめだって。」 「今度のか、これ？」 「ん、うん。・・・まだ、一回目だから。」 「・・・。」 動画のシーンをコマ送りにしていく男の口は、無口になる。 「これ、いいな・・・・一回、２５０万・・・くらいか。水揚げは。」 にやけた男は、金額だけを発し、塗装費用と同じぐらいの金額を安に問いかける。問いかけに否定も肯定もしないでいると、典秀は仕事をする前の請求書を机の上においてその場をさった。 |
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| 2014.1.8掲載 |
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