保育士だった人妻

保育士だった人妻

はちみつ太郎作

１４

　火曜日、梅雨明けが例年より早く今日開けた。３３℃まで上がった気温を象徴するように、村野保育園の玄関は帰宅前の園児で熱を帯びている。

「先生、さようなら、みなさん、さようなら。」

「はい、じゃぁ、また、明日。」
　園児たちは、お迎えの保護者と帰る者や保育園バスに乗り込む者、延長保育室に向かう園児と三様に別れている。

　笙子は、いつもより余計に時間を気にしていた。１７時上がりの今日の勤務は、その後に続くよいさ踊りの打ち上げのためだった。

　江藤と約束まではしていないが、昇には遅くなることを告げている。不審にも思っていない昇は、快諾し楽しんでこいよと笙子の行動を気にしていない。

　１７時前までは、残った残務や園児たちを相手に笑顔を見せている。感受性の高い園児は、いつもと違う笙子の笑顔を気にしていた。

「せんせい、あのね、うんとね、・・・といれにいきたいの？」

「ん？どうして？」

「だって、だって、トイレばっかり・・・みてるから・・・うんちいく？」
　トイレの方向の時計を気にしていた笙子は、園児の目線になって話しかける。

「そうだねぇ。・・・トイレみてたんじゃないよ。・・・時計見てたの。」

「なんで、なんで、とけいみてたの？」

「んー、先生ね、１７時に帰るんだ、今日は用事があって。だから、けいくんのお母さんのお迎えの時間までいられないからね、もっともっと、一緒にいたいから時計見てたの。」

「そうかぁ、・・・シンドレラ・・・だね。」

「ハハ、けいくん。シンデレラだよ。」

「シン・・デレラ？」

「そう、・・・１２時になったらけいくん、先生迎えに来てね。」

「うん、迎えに行くよ。・・・ピーマンの馬車で。」

「・・・。」
　にやけた園児を抱きしめた笙子。抱きしめた向こうに見える時計の時刻は、１６時３０分を示している。

　よそ行きという感じではないが、いつものジャージの雰囲気ではない江藤が、笙子の園児と戯れる姿を見ている。

　笙子のクラスの雰囲気を覗き込むと、江藤は園児の男の子にパンチを食らう。

「いたたた。」

「えと、せんせい・・・パンチッ。」

「先生、悪者か？」

「うん、色が黒いから、怪獣・・・。」

「え、そうかっ・・・がおぉぉぉ。」

「せ、せんせい、逃げて、怪獣が入ってきたよぉぉ。」
　園児は、笙子のそばに駆け寄ると江藤の進行を阻むように通せんぼをきめこんだ。同調した４、５人の園児は笙子を取り囲むようにしてカバーしている。

　怪獣を装いながら、ドアから入り込む。ゆっくりした動作で、園児たちを追いかける江藤。誰一人恐怖を感じない笑顔で逃げ惑っている。

「わぁぁ、怪獣・・・だぁぁ。」

「がぉぉぉ・・・笙子先生を・・・食べちゃうぞぉぉ。」

「だめぇぇぇぇ、せんせいをたべちゃだめぇぇ・・・。」
　男の子の園児が、江藤の股間を強打する。少し悶絶した江藤は、わざと倒れこむと、園児たちの餌食になり、馬乗りでやり込められていく。

　周りの先生も皆でその光景に大笑いしている。笙子も同じく笑みを浮かべ、園児と一緒に江藤をやっつけるそぶりをしていた。

　立ち直った江藤は、まじないを掛けるように「パンッ」と手を叩くと、園児は催眠術にかかったようにおとなしくなり気をつけの姿勢になっていた。

「はい、今日はここまでぇぇ。」

「はぁぁい。」
　まじないを掛けられたように園児らは、次の行動に移る。絵本を読む者、パズルをする者、母親の迎えを待ちわびる者。

「笙子先生、・・・車で行くんですか、打ち上げ？」

「あ、はい、一応そのつもりなんですけど。」

「僕、今日飲まないんで、・・・車、自宅に置いていかれたら、・・・一緒にどうですか？」

「え、・・・はい、じゃ、お言葉に、甘えます。」
　笙子の顔は少し赤らんでいる。遠まわしの江藤の誘いは、笙子にも伝わっていた。二人の会話は、昨日、月曜日の朝、別れたときからこの時が始めてだった。

　夕方１７時を過ぎる。着替えをした笙子は、軽自動車に乗り込んだ。黒のハイブリッドカーは、笙子の横に止められ、「後を着いていきますよ。」と指差しで合図する江藤が、笙子の後を追う。

　帰路をランデブーで走行する二人。笙子は自宅の数百メートル手前のコンビニに入った。後ろを走る江藤は、その行動をある程度予想していた。

「待っててください、車、置いてきますから。」

「うん、了解。」
　バックし、ショートカットするように右折する笙子。直線を進んだ先に開発会社の看板の横を曲がった。

　昇の車は、駐車場にない。まだ帰宅してないことが伺える。車を止め、着替えやらを家の中に置き去ると、書置きなど無いまま江藤の待つコンビニへ向かった。

　コンビニの人の出入りの少ないとこに止められた江藤の車を見つけた笙子は、助手席のノブを触り壁に当てぬよう乗り込んだ。

「お待たせしました。・・・なんか、恥ずかしいですね。」

「そう？・・・俺は、ごく自然・・・だけど。じゃ、いこっか。」

「うん。」

「ってか・・・場所どこだっけ？」

「加美町の、よし蔵ですよ。」

「あぁ、じゃ、あそこの立駐に停めよ。・・・駐車券もらえるし。」

「詳しいんですね。」

「そう、みんな知ってない？」

「んー、外食とか、あまりしないから・・・あのあたりで食事ってしないし。」

「よし蔵よりね、安くて上手い店、いっぱい知ってるよ。・・・今度、おごるよ。安い店だから。」

「高い店でもいいですよ。遠慮しないで。」

「ハハハハ、安月給に集らんでくださいよ。笙子ちゃん。」

「安月給の人が、あんなマンション買えませんよ。」

「あ、あれ、中古なんだよあれでも、購入して３年でリストラで払えなくなったとか。競売物件でさぁ、最近多いらしいんだ。だから、すごく安く買えたんだよ。」

「あ、そうなんだ。・・・・・・・。」
　笙子は、自分にかかる不安がその言葉で増幅される。昇のリストラと家のローン、人事ではなかった。

「今日、旦那くんは？」

「あ、し、仕事です。・・・でも、８時には帰ってるかな。」

「そうかぁ、二次会とかって・・・どうするの？」

「え、江藤先生は、？」

「僕は、遠慮するよ・・・笙子ちゃんも？」

「じゃ、ご一緒させて・・・もらえます？」

「いいとも、・・・家まで送りますよ。江藤タクシーで。」

「寄り道しますよねぇ、そのタクシー会社。」

「えぇ、多分。」
　加美町の交差点を曲がると、よし蔵の看板の手前で笙子を降ろす。江藤は、笙子を降ろすと無料チケットのもらえる駐車場に車を放り込んだ。
　

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2014.1.11掲載

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