はちみつ太郎 作
| ２３ 学芸会の準備などで忙しい１１月の後半。江藤は、昇の休暇の多さに少々欲求不満気味であった。単身赴任地でもワークシェアのためか、実質労働時間は１４日分くらいしかなかった。そのため、１週間以上自宅で、ブラブラする日々が続いていた。 準備が忙しいとはいえ、江藤との密会を夜遅くまで行うのは、ただでさえギクシャクした夫婦関係に大規模な亀裂を生じさせるくらいのことは、笙子も江藤も理解していた。 電話や、メールも極力しない。疑心が深まっていくのは、江藤ではなく笙子のほうだった。 笙子は、勤務中の江藤の自分との距離感のある態度に少し戸惑う。副園長に言われたことを気にしての距離感からまた、少し差が開いてきているようにも感じた。 昇の休暇は、あと２日で終わる。その２日の４８時間すらもどかしく感じている。 日曜は、学芸会の日だった。翌日は、笙子も江藤も代休日。いないのは月曜から出勤の昇。学芸会の終わる時間に、勤務地に向かうことは笙子も江藤も理解している。 誘いのない笙子は、江藤にアプローチを掛けたいが、３週間近い二人のよそよそしさがそれを遠ざけてしまっている。 土曜の晩、講堂で準備を終えると、笙子は車の中から電話した。江藤の車は、駐車場にはもう無かったが、６コール目でようやく繋がった。 「もしもし・・・悟さん？」 「あ、・・・あとで、掛けなおす。」 いつもの感じでないのは、ありありと判った。かかってくるまで駐車場に居ようと決め込んだ笙子は、１５分２０分と底冷えのし始めた外気を窓の外に感じながら待っている。 「もしもし、笙子ちゃん？」 「あ、ごめんね。忙しそうなのに。」 「いやいや、ちょっと用事があって。・・・どうした？旦那くんと喧嘩？」 「そんなんじゃないよ。・・・どうしてるんかな、土曜日はっ、と思って、電話してみた。」 「ん？浮気調査？」 「してるん？」 「してないよ。・・・笙子は？」 「してる。・・・悟さんと。」 「あ、そうだったな。」 「日曜、旦那くん・・・昼には帰るんだけど、・・・。」 「月曜、代休・・・って・・・言いたいんだなぁ。」 「うん、なんか、用事、入ってる？」 「うん。・・・入ってるよ。」 「そうか・・・じゃ、しょうがないね。」 「もう、行くとこ決めてるんだ。」 「誰かと、遊びなんだ。」 「うん、・・・片付け終わったら、６時だろ・・・ちょっと遠出、４時間あったらいけるところ。予約済み。」 「ん？・・・」 「７時集合、遅れるなよ・・・笙子。」 「・・・うん。」 忘れられていないことを実感すると、時間の過ぎ去るのを早く感じ取れた。 昇は、勤務地に到着したとメールを笙子に送っていた。受信した笙子は、その昇の勤務地の方向に江藤と向かっていた。 昇の居る街からＪＲで二駅手前のその町の一角に江藤と笙子は、車を止めた。笙子は、何度か江藤に行き先を尋ねたが、秘密、内緒の二文字でしか答えない。 期待より不安が増し、さらに昇の居る付近へ近づくだけで別の心配が増える。「まさか」という感覚は、背筋を伸ばすより早く、女の中心に熱を加えていた。 繁華街から少し離れた雑居ビルに江藤は笙子を誘う。江藤は、スマホのメール画面をのぞきながら場所と行き先の名前を確認し続ける。 ８階建てのビルの最上階にエレベーターを進めると、扉の開く音と共に一人の男性が立っている。ただ、酒を飲みに来ただけではないことは、笙子にも判っていた。 エレベーターのドアの向こうの男が昇ではなくて、安堵している笙子。江藤と、その男は何事かメール画面を見ながら一言話すだけだった。 男は笙子をちら見している。嘗め回すというより、視線を極力合わせないようにし、二人を一番奥のドアへ案内する。 ドアの横には、飾った看板も、何もない。ただの事務所、雑居ビルの管理事務所のようにしか見えない。 男がインターホンを押すと、二言返ってくる。それに反応するとドアが開いた。中は、薄暗いのと、ジャズの音が聞こえる。音は小さめで、数人の人間の声が聞こえてきた。 ジャズの音に混じっている声は、女の昂ぶりを抑えている声だけで、男の声はあまり聞こえなかった。笙子は、江藤の腕を掴む。 帰ろう、という感じより、お化け屋敷を進むカップルのように江藤の肩口から、衝立の奥を興味深く覗き込んだ。 「悟さん、これって？」 「カップル喫茶、会員制の。」 「？・・・ほ、ほんと？」 「ほんと、・・・旦那くんが出てくると思った？」 「近所まで来たから・・・もしかしてって、でも、ここ、・・・やばいところじゃ？」 「大丈夫、顧問弁護士指導のもと、運営してるって。」 「・・・常連？」 「いや、初めてだよ。・・・笙子は？」 「あたりまえでしょぉ。」 「だよねぇ。」 腕を組んだまま二人は中に通される。マネージャーらしき女性が、ランジェリー姿で現れた。 「こんばんは、はじめまして、運営者のＲＹＯです。」 「はじめまして・・・え、」 「お名前は、いいわ。・・・奥様も緊張気味ですね。リラックスする飲み物をお出ししましょ。」 「あ、ありがとうございます。」 笙子は、周りを見回している。ＲＹＯの格好と同じような女性が１人パートナーと思わしき男とキスをし続けている。笙子の視線を受けてもそれをも燃やしきるように舌を絡ませていく。 もう一つのカップルは、男性の手を握り締めながら、笙子と同じようにキスを続けている二人を見つめている。 江藤と笙子は、ＲＹＯのパートナーである男からハーブの入ったドリンクを受け取った。受け取ると促されるようにソファーに座る。 笙子の横には、同じ境遇の二人が居た。男性は笙子の顔を見ている。声を掛けようか戸惑っている。ここにくるのを主導した女ならと思ったのか、ありきたりの事を聞く。 「初めてですか？」 「あ、・・・はい。」 「僕ら、二回目なんです。」 「え、そうなんですか。なんだか、良くわからないまま・・・。」 「旦那さん主導で？」 「え、いや・・・あ、はい。」 江藤は話に乗ってくる。笙子を通り越して、横の男の相方である女を品定めでもするかのようにだった。 「奥さん、お綺麗な方ですね。・・・初めて来たんで、なんだか緊張します。」 「二回目でも、緊張ですよ。・・・なぁ。」 「うん、・・・でも、ちょっと、興味も・・・あったんで。」 「へぇ、・・・前回は、どこまで？」 「見るだけでした、なんか、お誘いを受けたんですが・・・勇気がなくて。」 「僕らも、初めてなんですけど、どこまでいけるか・・なぁ。」 「え、どこまでって・・・見るだけでも・・・。」 笙子は、目の前でキスをしていたカップルの動きの変化に驚いた。ランジェリー姿の女性は、男のブリーフを脱がせるといきり立った肉茎を４人に見せつけるように咥え込んだ。 その頭を上下する動きと、見せつけるようにする動きから、二人の関係性はうかがい知れた。視線のあった笙子とその女には、会話が生まれている。 女の舌の動き、男の肉茎を見せつけるようにする動き、自慢げな女の顔は笙子の女の部分を見透かしていく。 隣の二人もそれに呼応したのと、自分達より未熟な二人を見つけたから家で行っている夫婦の営みの前半部分を始めている。 舌が絡まる音、服の上から乳房を揉みこむ音、屹立をズボンの上から摩る音、それが聞こえている。目を閉じパートナーの夫の舌を絡めとる女は、たまに目を開けると江藤の視線を感じていたようだ。 恥ずかしさが勝っている女は、目をそらす前に夫の頭で視線を隠した。消された視線は笙子に移る。ジャズの音だけが部屋を支配し始めると、笙子は江藤の視線に答えている。 それぞれがそれぞれの空間を持ち始めると、催眠に落ちたように笙子の舌は江藤の舌を吸い始めた。システムを説明する前にシステムを理解した二人をＲＹＯは、いやらしい目つきで見つめていた。 |
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| 2014.2.1掲載 |
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