はちみつ太郎 作
| ３３ キャッチフォンの相手は、紛れもなく笙子だった。年末近い土曜の晩から、笙子は悟に誘われ温泉旅行を決め込んでいた。 「面接、終わったよ。」 「どうだった？」 「一応、採用らしい。」 「よかったね。」 「うん、圧力かけたの？」 「そんなことするかよ。・・・迎えに行くけど・・・家でいいな？」 「うん、・・・温泉ってどこの？」 「あぁ、金河温泉郷ってとこ。」 「こんな、年末のとき良く取れたねぇ。」 「うん、口聞いてくれた人がいてね。」 「ふーん。・・・じゃ、３０分で帰るから、支度は終わってるから・・・じゃ。」 「じゃ。」 電話を置いた悟は、違う番号に掛けなおした。 「こんにちは、・・・１７時には、チェックインできそうです。」 「そうですか、お待ちしておりますよ。」 「来られるんですか？」 「えぇ、当たり前ですよ。」 「ゆり子さんは？」 「いえ、来ません。・・・でも、もっと楽しめると思いますよ。奥さまも旦那さんも。」 「じゃ、着きましたら、よろしくお願いします。」 「えぇ、お気をつけて。」 電話の相手は、勲だった。笙子から勲への電話はこれまでないが、悟が渡していたメモがきの電話番号を鳴らしたのは勲だった。 旅館の手配をしたのも勲だが、悟とのやり取りは笙子には知らせていないでいる。悟の性的興奮度のレベルは、笙子との性行為よりも、握った牝心を振り回すほうに重きを置いていた。 旅館で癒しを与えられるものと信じた笙子は、軽めの荷物を後部座席に押し込むと、助手席に乗り込んだ。 悟との会話は、面接のことに終始し、いつから園を移るのかとか、退職を伝えるタイミングとかを話し込んでいる。 残り２，３ｋのところで笙子は、悟に問いかけた。 「ねぇ、・・・今日いく温泉って？」 「何、普通の温泉だよ。」 「やっぱり・・・なんか隠してると思った。」 「なんで、普通の温泉って言ったじゃん。」 「わざわざ、普通って言うのが・・・普通じゃない証拠。」 「わ、わかった？」 「判るよ。・・・で、どんなことするところなん？」 「そうでなくちゃ・・・。」 「張り切らんでいいよ、もぉ・・・どうせ・・・・な、ところでしょ。」 笙子は、それっぽい動きを体で表現した。 「その動きは、わからないけど・・・ある程度想像の範囲内だと、思うよ。」 「インターネットで・・・見つけたの？」 「いいや・・・もう、着いたよ。・・・ほら、お迎えの方も・・・。」 悟は、裏の駐車場に寄せると、暗闇で顔は見えないが、初対面ではない男を助手席側にして車を止めた。 「こんばんは・・・ようこそ、当旅館、望観楼へ。」 「あ、・・・こんばんは・・・ほ、ホントですか・・・え、え、・・・。」 「笙子、何動揺してるん。」 「あ、だって・・・あ、この前は・・・あ、ハハハハ。」 「明るい奥さんだ・・・僕の顔をみて、想像がついたらしいね、今晩のお楽しみの。」 「え、え、お楽しみって・・・あ、よろしくお願いします・・・で、いいのかな？」 「こちらこそ、よろしくお願いいたしますよ。・・・さ、フロントで鍵を受け取りください、荷物は運ばせますので。」 笙子は悟の背を追いながら玄関に進む。振り返ると、勲が指示しながら仲居らに荷物を運ばせていた。 フロントに行くと、男性の支配人らしき男が声をかける。 「江藤様ですね・・・お部屋まで、ご案内いたします。さ、どうぞ。」 「あ、お願いします。」 二人は支配人についていく。客の数はさほどでもないが、静かな雰囲気の旅館であることはわかった。浴場などの場所を説明され、渡り廊下風の階段を上り詰めると、数奇屋風のこじんまりとした離れが４件ほど見えた。 「これですか？」 「えぇ・・・あの奥のお部屋になります。・・・こちら、奏というお部屋でございます。」 鍵を開けられると、二人は部屋へ入る。鍵を渡され、支配人が立ち去ると眺めのいい縁に腰をかける。間もなくすると、インターフォンがなり、笙子がドアノブを廻すと、勲の顔が見えた。中に通すと、色々説明を始めた。 全ての館内説明を終えると、本題に入った。笙子も悟も本来そこが気になるところだった。 「ところで・・・。」 「あぁ、旦那さん・・気になりますよね。」 「ただで、泊めていただくってことは・・・。」 「いえいえ、私は何もしませんよ。・・・したいのは、山々ですけどね。ＰＭ１０時までは、何も起こりません。」 「１０時からは？」 「館内の離れのお部屋４つ・・・こちらのお部屋の鍵が開放されます。準備が悪かったり、サービスを希望されない方は中から鍵を施錠もできますが。」 「それって・・・。」 「そうです。・・・離れにお泊りのお客さまは、すべてシステムを理解されております。悟さんも大体は。」 「あ、はい・・・フリーで・・・しても、されても・・・ってことですよね。」 「部屋ごとに、性的嗜好のお部屋がございます。夫婦の営みを覗かれるのが好きな方々、夫婦交換をご希望の方々、大事な奥様をよその若い男に抱かれるのを見物される方。そんな感じで、趣味趣向に分かれておりますよ。」 「この、奏の間は？」 「旦那さんのご嗜好を勝手に考えさせていただきました。」 「え？」 「最後に言いました、奥さまを若い男に抱かれるのを見物されるお部屋です。」 「えぇぇ、・・・。」 「奥さん、希望されない場合は、鍵が掛けられます。・・・鍵のかかっているお部屋には、玄関のライトが点灯します。・・・それを見れば誰も近づきません。」 「あ、じゃぁ・・・鍵を掛けていてもいいってことなんですね。」 「えぇ・・・・一向にかまいませんが。まずは、お食事を・・・。」 勲が部屋を後にすると、笙子と悟は顔を見合わせた。笙子は、不服そうではなく、仕方なさそうな顔をしていた。 備え付けの浴衣に着替えると、館内の食事処に足を運んだ。暖簾をくぐると３組の同じ柄の浴衣を着た夫婦らしき二人組みがいる。 ２０代後半と４０代後半、もう人組は、体つきのいい大学生風の男と、その彼女という感じの女が笙子を見つめていた。 違う柄の浴衣を着た客は、誰も入ってはこない。違う柄の客は、隣にある雑多なバイキングを求めていた。 「こんばんはぁ。」 若い女が笙子に声をかける。笙子も、返すだけの挨拶を投げかけた。相方の大学生風の男は、笙子を見つめていた。視線を受けるのはまんざら悪い気がしないくらいの、いい男だった。笙子は、食事の間中、悟との会話よりそちらに気をとられてしまっている。 悟は、なにげに気がついていたがそのことには触れていない。２０代後半と４０代後半の二組が席を離れると、そちらの二人組みも何かを意識しながら、笙子らを見つめていた。 笙子と悟は、食事を終えると、若い二人組みはまだ談笑しながら食事をしている。 「お先ですぅ。」 笙子は若い二人に声を掛け、食事処を後にすると、不確かな声が聞こえていた。 「あの女性？・・・細身だから、貫一キャプテンの好みだよねぇ。」 「・・・あぁ、・・・電気消えてるといいなぁ。」 「だねぇ・・・このまえ、駄目だったもんね。」 茶目っ気な若い女は、笙子のヒップラインに視線を奪われている男の視線を鼻で笑っていた。 |
| あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。 |
| 2014.2.24掲載 |
はちみつ太郎さんの作品群→ |
無断転載禁止！