保育士だった人妻

保育士だった人妻

はちみつ太郎作

４７

　顔を合わすたびに緊張する頬。視線はいつも以上に遠く合わないでいる。
　
　２月の中旬だった。建国記念日。笙子は、悟の自宅を訪れている。正月明けからは、回数はぐんと減っている。悟からすれば、旦那、昇との性行為が面白いわけはなかった。寝取った女なのにだ。

　強がりをいい、旦那に寝取られる感覚だと吹聴するが、内心穏やかではなかった。

　笙子は、これからのことを話していない。正月の昇の克服は耳に入れている。それは、悟の感情を見誤ったように、毎日したことを告げていた。

　激怒まではしない。だが、いらだちを感じさせられる性交は、その日一回だけで終わり、その後３０日以上、笙子と悟は交わりを持っていなかった。

　悟は笙子を呼び出した。自宅のマンションに休日の夕方だった。笙子は、電話の感じでいつも以上に変化を感じている。

　チャイムを鳴らすと、悟は平静を感じさせるようにいつもどおり笙子を中に入れる。少し安堵した。いつもはキスをし、そのままなだれ込むようにフェラを始めさせるのが悟だが今日は、ソファに腰掛けた。

　笙子も横に腰掛ける。

「なんか飲む？」

「うん、・・・お茶でいい。」

「待ってて。」

「いい、自分でする。・・・悟さんも？」

「あぁ、そうだね。・・・ありがと。」

　笙子は二人分のコップとペットボトルのお茶を注ぐ。いつもは、笙子がお茶を作りおきしていたが、コンビニのブランドのお茶しかなかった。

「テレビ、・・・つける？」

「ん、・・いや。」

「この前のホテルでの事、途中やめになった事、怒ってる？」

「ううん、・・・別にそんな事。」

「どうしたの？・・・なんか、怖いこと言いそうな顔。」

「・・・。」

「なんか、あったん？」

「笙子、・・・なんか隠してない？」

「ん・・・なに？・・・どういうこと？」

「いや、俺になんか、言ってないことあるよね。」

「え、何を？」

「いいから、言ってよ。笙子の口から聞きたい。・・・俺から言ったら・・・言ったら。」

「んー、何のことなの？」

「言ったら、駄目になる。」

「何が、駄目になるの？」

「二人の時間。」

「・・・。」

「な、隠してるんだろ、言ってくれって。」
　笙子は、悟の目を見切れなかった。どのことなのか。

「旦那くんのこと？」

「違う、正月のことはいいんだよ。だって、それが本当のことなんだし。」

「じゃぁ、・・・旦那くん、昇さん、帰ってくること？・・・知らないよね、誰にも言ってないし。」

「え、帰ってくる？・・・正社員で？」

「うん、・・・３月の終わりから・・・。だから・・・。」

「会えなくなる。」

「・・・。」

「でも、それじゃない。」

「・・・。」

「わかってるんだろ・・・言ってくれって、俺も、悪かったって思ってるし、だから、な。」

「ごめん。」
　笙子はもう一度悟の目を見つめて呟き始めた。

「温泉に行った。」

「勲さんのだろ・・・大学生か？」

「うん。」

「貫一だっけ・・・彼か？」

「うん。・・・もう一人。」

「勲さんとか？」

「違う。・・・後輩の男の子。」

「３ｐか。」

「違うけど・・・。」

「なんで、言わんの？・・・黙っていくことないじゃん。」

「・・・。言えんかった。」

「怒ると思ったんか。」

「違う。・・・だって。」

「金もらったとか。」

「・・・。」

「いくら？」

「１０万。」

「一晩で？」

「うん。」

「・・・あきれるわ。」

「だって、・・・悟さんが・・・あんなとこ連れていかなかったらっ。」

「金もらったところで・・・終わりだよ。笙子。」

「お金は・・・最初、貰わなかった。・・・帰りの車のダッシュボードに入ってて・・・返すっていったのに。」

「勲さんと連絡取ったんだろ・・・自分から。」

「違う、電話があったの。・・だから、悟さんと、話が・・・ついてるって。」

「そう思ったら、聞くだろ、普通。」

「・・・。」

「興味があったんだよ・・・笙子は。確かに俺も悪いよ・・・あんなとこに連れて行った俺も。」

「だったら・・・そんなに言わなくても。」

「悪い・・・なんか、なんかさぁ、・・・俺、正月から、笙子が離れていってく感じが・・・すげぇして、駄目なんだ。」

「・・・。」

「正月前の余裕が、無くなってさぁ。・・・それで、旦那くんも・・・帰ってくるんだろ。」

「うん。・・・悟さん。・・・温泉のことは、素直にあやまる。でも、・・・ホントなんだよ、悟さんが勲さんに話してるんだって思ってたのは。」

「・・・。」

「だから、だから・・・。」

「きれいにしたほうがいいんかな。」

「何を？」

「俺ら・・・ぐちゃぐちゃで終わりにしたくないし・・・でも、・・・潮時ってあるよな。」

「え・・・。」

「笙子も、・・・このままじゃいけないって・・・おもってるだろ。」

「・・・正直、そうかもしれない。・・・でも、嫌いになったわけじゃない。」

「俺も、・・・そうだけど、・・・ごめん。・・・終わりに・・・しよ。時間が来たかもしれない。」

「・・・。」
　笙子は、合鍵をバッグから取り出した。悟の目を見ながら、静かに置いた。立ち上がった笙子を見送りもしない。

　ドアの閉まる音も聞こえるが、追いかけることもなかった。時間は止まったように感じるが変化は、続いている。

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2014.4.16掲載

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