はちみつ太郎 作
| ５５ ＧＷが過ぎ、新しい保育園での雰囲気を掴んだ笙子。 掴みきれないのは、Ｃ更衣室の謎だった。自分の入っているＡ更衣室とは形も同じだが、言い知れぬ湿った空気が渦巻いている。 Ｃ更衣室を利用する春村花梨に聞いてみるものの、別段おかしげな空気はないし、連れられて入ってみても変わりばえを尋ねられても答えは出なかった。 行田真知子も更衣室に入ってきた。春村同様、答えは？だった。二人は着替えを進めたいと言うので笙子はＣ更衣室を立ち去り、こじかぐみの教室に園児達の昼寝の具合を確かめに行った。 「ばれてる？」 「大丈夫・・・でも。」 「立川先生って・・・村野からなんでしょ。」 「うん・・・。」 「副園長と検診にも。」 「だから、ゲージが一つ増えたの？」 「多分・・・。」 不安を隠すように、春村と行田は床下点検口の上で、屈みこむようにしている。 三時のおやつが配り終わると、皆が口々いただきますをいい、口にほおばった。大人しめな光のおやつを横から取り上げ口に入れたのは４月生まれの竜神だった。一年近く歳の離れた光は３月生まれのハンデからか、竜神に泣かされたままだった。 「竜神くん・・・だめでしょ、光くんの取ったら。」 「だって、いらないって・・・なぁ。」 「エェェェェェェ。」 光は泣きじゃくり声を発せられていない。副担任が光のお皿に一つ追加すると、取られないようさっと光は手のひらに入れた。 こういうやり取りはよくあることだが、竜神に関して言えば、ほぼ毎日がこういう繰り返しだった。笙子は頭の中で父親の顔がよぎる。高級国産車を乗り回し、クラクションで他を威嚇し、肩で風を切る姿は極道ではなく、それに憧れを抱くチンピラというふうに定義付けている。 竜神を少しキツメの言葉で叱ると、悪態をつく竜神は、何度目かの笙子の言葉で、３歳児らしい涙を見せている。 振りほどくように教室を抜け出すと、園庭の遊具の付近まで一直線に脱兎のごとく駆け出した。 「あっ・・・竜神くん、あぶないっ。」 「ゴン！」 鉄棒の低い方でおでこをぶつけひっくり返ると、驚きと痛さで、泣き声は園中に広まった。常駐する看護士が飛んで行くと、笙子は竜神を抱え、救護室に駆け込んだ。 腫れはみるみる脹らみ、内出血の青さが目をみはらせた。 「先生、・・・たんこぶ程度ですか？」 「えぇ、・・・２時間くらいすれば、少し引きますよ。」 「竜神くん・・・大丈夫？オエッってならない？」 「うん・・・うん、お、おなかすいたぁ。」 「食欲あるならだいじょうぶかなぁ・・・おやつ食べる？」 「うん・・・食べる。」 看護士は、大丈夫ねっといわんばかりの顔を笙子に見せた。 腫れが引くまで竜神と救護室で絵本を読んでいると、１時間ほどして佐々木が笙子に声を掛けた。 「立川先生、ちょっと。」 「あ、はい。」 「さっき保護者に連絡しました。」 「あ、すいません、・・・どうでした？」 「ちょっと・・・電話では埒が明きそうにない感じでね。」 「え、はい。」 「直接、謝罪に来いというのよ、先方が。」 「お父さんですか？」 「そう・・・でね、今日は仕事が遅いから、竜神くんを奥さんの実家に送ってくれって、それは、送迎バスに頼んだんだけどね。看護士も付きそってくれるそうだし。」 「ありがとうございます。」 「で、２０時過ぎに、東山さんの事務所に謝罪に行くことを約束させられたから。」 「私一人でですか？」 「そういうわけには行かないわ。向こうに誠意が伝わらないし、一人では。だから、私も一緒に行くから。」 「え、あ、はい、・・・申し訳ありません。」 「いいのよ・・・良くあることだし。」 そういうと佐々木は、笙子の肩を叩き、迎えに来た保護者らと談笑を始める。笙子は、謝罪に行くのが佐々木と一緒という安心感をため息をついて表した。 全ての園児が帰宅したのは、１９時前だった。最終の送迎を見送った行田真知子は、浮かぬ顔で更衣室に向かっている。 Ａ更衣室から笙子が着替えて出てくると、佐々木の手招きで玄関の下駄箱まで早足だった。 「おつかれさまです。行田先生・・・行田先生？」 「あ、おつかれさまでした・・・さようならぁ。」 「さようなら。」 笙子は手招きをする佐々木に目をやると、行田真知子に指で指図する佐々木が目に入る。それを隠すようにした佐々木は、笙子に声を掛け、東山の事務所の住所を口頭で伝えた。 「あ、はい、だいたい、わかります。」 「立川先生、乗せてって、私今日、車検で車ないの。」 「あ。どうぞ、・・・すいません、私のために。」 「いいのよ・・・これも、園のため、園児のためよ。」 わかりやすい言葉を並べた佐々木は、菓子折りを持つと笙子に運転を促した。 園から、１０分ほど田園風景を抜ける。田んぼの一角に足場の材料とユニック車が２台止められた休耕田に明かりが灯っている。 自販機の灯りと、事務所の明かり。車は、国産高級車が止まっており、東山の存在を笙子らは確認した。 「いきましょ・・・まごまごしててもしょうがないし。」 「えぇ。」 仮設事務所を二つくっ付けたようなコンテナハウスの中に、東山がパソコンを睨みながら仕事中だった。 「こんばんわ、夜分に失礼します。ひかり保育園の副園長をしております、佐々木と申します。」 「担任の立川と申します。このたびは、ご迷惑を・・・。」 「迷惑っ？」 「え、えぇ、竜神くんのたんこぶの件で、お詫びと思い。」 東山は二人を手招きし、事務所のソファーの腰掛けるよう促した。事務机に足を投げ出し、威嚇するように二人の見下ろしている。 「それなんや？」 「お詫びの品といいいますか・・・お口汚しとは・・・・。」 「持って帰れやっ・・・そんなん受け取るか！」 手にした菓子折りを掴むと玄関に向けて投げ、缶の箱は金属音を立てて床に落ちる。笙子はあわててそれを拾いに腰を上げる。持ったまま動けないように、そこに立ち尽くしている。 「そんなんでうちの竜神の傷、治るんか？え、先生？」 「いえ、・・・たんこぶは、直に・・・なお。」 「そう、かもしれんなぁ・・・見た目に治ることは、時間が解決する。そう言いたいんか？」 「そんな訳では。」 「園としては、どうしてくれますか？副園長？」 「こうして、お詫びと、あと、治療費の方は、当園の保険も適応されますので・・・。」 「違う！、そういうことじゃぁないんだって。金？・・・そんなん、いくらでもあるし。」 「じゃぁ・・・どういう方法が。」 「担任の先生、名前は？」 「あ、立川と言います。」 「下の名前は？」 「立川笙子といいます。」 「笙子先生、うちの竜神、手ぇつけられんほうでしょ。」 「いえ、そんなことは・・・。」 笙子の表情は緊張で強張っている。それを見越した東山は嵩にかかる。 「今、笑ったな・・・竜神を馬鹿にしているやろ。足場屋の極道くずれの息子と。」 「そ、そんなことは。」 「まぁええよ。あんたらが影口たたいてるんは知ってるし。・・・で、謝る方法は知ってるよなぁ。」 「なので、先ほどから・・・謝罪の言葉を・・・受け入れ・・て。」 「俺らの世界の謝罪は・・・言葉じゃないんよ。」 「・・・。」 「行動よ・・・男のけじめ。・・・竜神はこれから顔にあざを抱えて生きていかないといけないかも知れんよなぁ。」 「・・・。」 「あんたらも、園での保護責任者なら・・・あいつと同じ傷・・・持ってもらわんと、俺、納まりつかねぇんだよなぁ！。」 「で・・・どうすれば？」 佐々木は、無言で下を向いたままの笙子に成り代わり東山に助け舟を引かせた・ 「指詰めろ・・・なんて言えば、・・・務所行きだし、竜神は・・・男のプライド傷つけられたんだ、先生達は女のプライド・・・傷つけること・・・みせてくれよなぁ・・・笙子先生。」 「え・・・それは。」 「考えがつかんのなら、いいよ。朝までは長いし、みんな帰ってる。明日の早出の奴は６時ごろだろ、それまで考えてくれてもいいぜ。」 「・・・。」 笙子は、ソファーの横に立ち居地を変え、副園長の言葉を待った。佐々木は、２分ほどの無音の事務所に声をあげる。 「これで・・・お許し願えないでしょうか？」 佐々木は、事務机に腰掛けている東山の足元に膝立ちになると、体を曲げ、床におでこを擦り付けるように土下座する。 笙子も、少し遅れはしたが、その真横で体を曲げるとおでこを擦り付けている。足蹴にされるかと思うくらい東山の足が近くにぶら下がっている。 「なんとか直樹の見すぎか？・・・こころにひびかねぇな。土下座なんか、見すぎてなぁ、もっと変わった土下座・・・みてみてぇよ。」 佐々木はおでこを上げると、目を瞑り、おもむろに薄手のシャツのボタンを外していくと肩から抜き、白のブラだけになる。 「ほぉぉぉ。・・・で？」 煽るように東山が声を出し、佐々木の体を眺めていると。ベルトを外し、黒のデニムをずり下げると、白のローライズなショーツ姿で、再び土下座の形で丸まった。 「副園長・・・。」 東山は、佐々木を蔑むように半笑いで下着姿を見つめている。背骨のラインやウエスト周りは女性が見てもあこがれそうなラインだった。３９には見えないボディーを東山は、目に入れている。 「女のプライド・・・笙子先生にはないようだなぁ。」 東山は、土下座のままの笙子に声を投げかける。佐々木と同じ事を要求するように、声を掛けるが縮こまった体が思うように動かない。 「立川先生は・・・許して上げてください。・・私の女のプライドはいくら傷ついてもいいから。」 「だとよ・・・副園長に感謝するか・・・でもなぁ・・・女のプライドは、自分で傷つけただけだろ？・・傷つけられてみねぇか？」 東山は、背筋を伸ばし、佐々木の横にしゃがみこみ、体を触ることはないが、自らのファスナーを触り続け、佐々木のプライドを待っている。 笙子は、東山の次のステージに気がついた。副園長はこれ以上自分をかばうためにそこまでするだろうか。声に出して、笙子のプライドを天秤にかけさせる。 「や、やめてください、・・・わたしも、しますから、それで、・・・ご容赦ねがえませんか。」 「笙子先生のプライド・・・見せてもらおうかな。」 膝立ちになった笙子は、長袖の白いブラウスを脱ぎさる。薄い黄色のブラは、フロントホックでそこにはリボンがついている。 「フロントホック、それ・・・誰に外してもらうんだ？」 「・・・。」 紫のスキニーパンツのゴムに手をかけ、恥ずかしさを紛らわすように一気に脱ぎ去り、たたむようにして床に置いた。 ブラとセットのショーツは、切れ込みがきついが、土下座をしてる限りはビキニラインに目が行くことはないと踏んだ。尻への食い込みを直すと、再び佐々木の横で頭を下げ、おでこを擦り付けるように詫びの言葉をもう一度口にする。 「これで、お許し願えませんでしょうか。・・・東山さん。」 「顔、上げて立てよ、二人ともよぉ。」 佐々木が顔を上げ、それに続いた笙子も顔を上げ、同じようにして下着姿のまま立ち上がる。ショーツの前の部分、レースのワンポイントに手を重ねた笙子に、おもむろに東山がスマホを向けた。 「カシャッ」 「え・・・や、やめてください・・・そんなこと。」 「これで、今日の謝罪は終わりだよ。・・・エンコ飛ばしたらな・・・それを証拠に、相手方にわたさなきゃならんけど、・・・女のプライドには・・・証拠がねぇわな。」 東山は証拠といいながら、画面をちらつかせ、笙子に見せつけている。その画像には完全な顔が映りこんでいない。顎のラインまでが収められている。 少しの安堵と、不安が心を駆け巡るが、この場を去れるという思いの方が笙子には強く、顔のない下着姿には忘却と言う言葉が被さった。 |
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| 2014.5.5掲載 |
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