はちみつ太郎 作
| ６ ６月の初旬ごろ、「よいさ踊り」の全体練習は、パートごとではなく通しの練習が出来るほど皆が上達していた。 今日は、初めて本番用の着物を着て行う通し練習だった。体育館の更衣室で白の浴衣に着替えると、女子更衣室では、下着の透けなどを皆でチェックしあっている。 「立川先生、・・・パープルですか？」 「え、透けてるぅ？」 「うん、ブラだけ・・・ショーツは大丈夫だけど。」 「え、え、どうしよう。」 「気にしなくていいですよぉ。・・・私も透けてるし、本番でさらし巻いてたらわかんないですから。」 「あ、そうなんだ。・・・うん、じゃぁ、気にしない。」 背中の張りを気にし、少しゆったりめに着なおした笙子は、胸元のゆるさには気をつけていなかった。 全体練習は、五列に並び男女交互に並んでいた。笙子の後ろには、今田が並び、斜め後ろは江藤だった。 入梅が早まり、蒸し暑い体育館の中は、５０人近い踊り手の汗と熱気で湿度を増している。何度かやり直しながら、踊りを繰り返していると、今田の所持品が笙子の足元に飛んできた。 足そばに当たると、笙子は気を利かし踊りを止め、前かがみに小道具を手に取った。今田は、笙子を上から見下ろすようにしている。 「ありがとう、笙子先生。手が滑ってしまって・・・。」 「いえ、いえ。」 今田の視線は、笙子の胸元だった。透けブラを気にし胸元をゆるめていたのが災いしたのか、今田の視線に届いたのは、浮いたパープルのブラから覗く左の乳首だった。 今田は受け取る手すら出せず、突起に目を奪われていた。園児相手で胸元を気にしなくなった癖か、今田の視線すら理由は判らなかった。 その後も１０分起きに今田は、笙子の前まで小道具を落下させる。幾度は自分で取るが、３回ほどは笙子の乳首にお目にかかれた。 「今田先生、場所、変わりましょう。」 「え、・・・あぁ、江藤先生・・・いや、わたしは、ここで。」 「そうですか、端のほうが、小道具落とさなくてすみますよ。」 「あぁ、・・・汗でね、手が滑っちゃって・・・気を使わずに。」 「・・・。」 江藤は、今田の動きと視線に気がついていた。同じ男であれば、胸元が開いた人妻に興味を示さないでもないと理解は出来ていた。 あからさまな、今田の視線は度が超えていると江藤は、配置転換と、あなたの視線は見抜いてますよというメッセージを送ったはずだった。 今田の解釈はこうだった。『江藤め、ほっておいても、もてるくせに、笙子先生の胸元、いや、乳首を覗き込もうなんて、けしからん。』 二人のけん制は、胸元への視線に麻痺した女性保育士には、簡単には届くことはなかった。 気がつかない笙子の胸元は、隣のベテラン保育士によってたしなめられるまで、今田の目の保養の役割を続けている。今田が、十数年「よいさ踊り」への出場を続けている理由はここだった。 他、数人いる若い女性保育士を見る今田の目は巧みで、視線の当たる先に気がついているのは、同性である江藤くらいのものだった。 江藤は、今田の視線の審議をすることもできない。女性からの被害の訴えすらないものを取り上げる訳にもいかないと歯がゆい思いだったのか。 自分から女性たちに声かけをすれば、自分も同じように思われることをためらっての様子見だった。 そうこうする間に、全体練習は体育館の使用期限時刻になっていた。連の責任者が終了を告げると、更衣室に行く者、そのまま帰宅するものがいる。 笙子は、更衣室に入り、保育園から着ていた服装をバッグに入れこみ着替えることなく、その汗臭さを確認し、自宅へ早く帰りたくなった。 「笙子先生、ごくろうさまでした。」 江藤は、軽く声をかけただけで３人ほどの男性保育士とどこかへ繰り出す算段をしている。 「あ、江藤先生、おつかれさまでした。これから、飲みですか？」 「いやぁ、車なんで軽くメシでも・・・笙子先生も、行きます？」 「え、あぁ、・・・旦那も待ってるんで・・・汗臭いし、帰ります。」 「そうか、残念。・・・じゃぁ、今度二人きりで。」 「え、・・えっ。」 「冗談、冗談。・・・さようなら。」 笙子は、江藤の背が遠くなるのほんの数秒だけだが見送った。二人きりで、誘って欲しい。そういう、言葉を投げかけたくて仕方ない衝動に駆られた。 今田は、笙子に声もかけられず、笙子の帰宅にあわせ車に乗った。後をつけても何も起こらないのはわかっていた。自宅も職員名簿で住所など所在地も知っている。 知らないのは、笙子の行動パターンであり、生活環境だった。ストーカーとまでいかないものの、人妻保育士の後をつけてみるのも悪くないといたずら心から、テールランプを追った。 数度、浮きブラからのぞいた乳首の尖り具合が、瞬きの合間にもサブリミナルのように点滅する。信号待ちの最中も、ヘッドレストの隙間にのぞく、闇夜に判別しがたいうなじが見えている。 「あぁ、旦那に吸われてるんかぁ。右も、左も。」 見えただけの男と、咎められることなく吸いつき、甘噛みさえも許される男。その違いの中、今田は旦那の知らないとこで視姦してやったという、満足感だけが瞼の裏で満たされる。 笙子の車は２０分ほどすると、今田の記憶している住所とは、１８０度とまではいかないが９０度ほど笙子の自宅とは離れた場所に車を止めた。 一度、通り過ぎた今田の車は、何事もなかったようにＵターンした。河川敷の駐車場は、２０台ばかりの車が停車している。隣接して止めている車両はなく、皆一様に隙間をあけ止めている。 ある程度の大人であれば、車内で何が行われているかは暗黙の了解の下の隙間であろう。それに分け入る野暮な車はなかった。 少し離れたところに止めた今田の車からは、笙子の軽自動車のテールランプが消えるのが確認できた。車の正面を河のほうに向けて止めているため、何をしているかは検討がつかなかった。 ５分、１０分と時間がたつにつれ、出る車、入る車と交互に続く。 「笙子先生・・・電話かな？」 車を横に寄せたい衝動にかられるが、今田の動きは理性的だった。見知らぬ誰かなら気にすることはないが、昨年までの同僚であれば、自分の行動は完全にストーカー行為とみなされて、停職だろう。 ３０分が過ぎたころ、一度ドアが開き何かを捨てた。笙子の車のテールランプが灯り何事もなかったようにその場を立ち去った。その場に残り香はなく、よどんだ空気もなかった。 今田はその場に車を止める。笙子の捨てたダンボールが残っている。手に取った今田は、『通販デパートＳ 文房具』と記入され立川昇の名前と笙子の住所が記載されていた。 今田は、通販デパートＳという名だけを記憶し、スマホで検索する。開いたサイトを見た今田は、 「・・・・大人のおもちゃって。」 |
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| 2013.12.21掲載 |
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