はちみつ太郎 作
| ６２ 五月も半ばを過ぎ、保育園では次の行事まで少し間が開いている。竜神のおでこの内出血はきれいに消えたが、笙子の内なる戸惑いは消えるどころか範囲を増やしているようだ。 東山は、木村が逮捕されて以来、姿を見せていない。竜神は、送迎バスに乗り、母の実家を行き来している。２週間、木村に口淫を施した後から続く不眠は、死神に連れられる夢との戦いだった。 仮設事務所での一件と、夢見で感じる拉致され犯される感覚は、すり減らせた神経を振るいにかけられているようだった。 笙子は一つの決心を得ている。かばんにしたためた辞職願は、受理されるために持参した。が、受理するはずの代表者は、その場にはいなかった。代理の男は、タイミングすら知っていたかのように準備を整えている。 「こんばんは・・・笙子先生。・・・残念ながら、園長は不在だよ。」 「ひ、東山さんっ・・竜神くんのおでこはもう・・・。」 「あぁ、知ってるよ。・・・拳骨も考えたが、やめておいたよ。」 「あ、あたりまえです。・・・園長が不在なら帰ります。」 「用事あるんだろ？・・・聞いておくが？」 「部外者には、関係ありません。」 「部外者ってことはないだろ・・・これでも、ここの理事だぜ、クラス役員もしてるんだ。」 「え・・・理事、あなたが？」 「馬鹿にしたかい？・・・足場屋の代表が理事っておかしいか？これでも、年商６億だぞ！」 「・・・、園長がいないなら帰りますから。」 「まぁ、まぁ・・・それ、辞表だろ？」 「関係ありません。東山さんには。」 「大有りだよ。・・・竜神がさみしがるじゃねぇか。」 「・・・。」 「いいから、ちょっと話し聞けって、大事なことだぜ、あんたには。」 東山は手招きをして笙子にパソコン画面を見せつける。小さめの動画は、笙子の目には何をしているか、はっきりとしないでいる。少し、近づいて見ると、いかがわしい動画であることは認識できた。 「こんなものを・・・保育園でっ・・・消してください。」 「あぁ、・・・消した方がいいよ。・・・笙子先生。・・・あんたのお○こ、世界中に広めるって神足組がはりきってる。」 「はぁ？・・・え、・・・え・・・これ、・・・何、なんなんですか。」 「これ、暗いだろ？・・・部屋、暗くしてるからなぁ・・・じゃぁ、これはどうだい？」 新たなアイコンをクリックする。モニターに全画面表示になったのは、明るい部屋で口淫を施している笙子の姿だった。受けている男は紛れもなく江藤悟。髪の長さからいって１０月頃に撮られたものだろうと笙子は推測できた。 「まさか、悟さんが・・・これを？」 「ほぉ、認めるの早いなぁ。」 「悟さんに・・・話を・・・させてっ。」 「あのマンションな、おれのマンションだったんだよ。あの人に転売するまでなぁ。・・・で、それまでに嫁の浮気対策でウェブカメラ埋め込んでるのよ照明とかに。」 「う、うそ・・・。」 「ほんと！。・・・だからぁ、こうやって・・・ほら、・・・これ、一番初めでしょ・・・よいさ踊りの衣装の時。」 「まじでっ・・・消して・・・お願いです。誰にも見せてないんですよね。」 「そんなわけねぇだろ・・・もう、神足組のウェブ担当には話がついてる。・・・１動画、５０万だよ。」 「や、やめてください。・・・お願いですからっ。」 「笙子先生が、エッチ動画一本だけなら買い取ってもらうんだけど・・・これだけシリーズ化されちゃぁ・・・合計で、２６本・・・単純計算で￥１３００万。」 「警察に・・・。」 「どうぞ、・・・ワンクリックで、神足に動画は送信できる。・・・警察が動いても、海外サーバーからアップされるんだ。・・・もし、万が一、察が動いても・・・全世界の、まぁ、日本人が多いが、あんたの不倫交尾は万人の目にさらされるんだ・・・それでも、・・・いいの？」 「・・・。」 「簡単だよ。・・・￥１３００万の倍・・・￥２６００万。これで、手を打とうよ。」 「そんな、お金・・・あるわけないでしょ。・・・警察に、行きます。・・・警察に。」 「いいよ・・・じゃ・・・まぁ、ゆっくり考えてよ。・・・明日の夕方・・・例の機械室にいるから・・・返事聞かせて？」 「いきません・・・絶対、警察に・・・。」 「だから、いきなよ。・・・笙子先生が察に現れたら・・・連絡が来るようになっている。・・・あ、村野署、あそこはやめたほうがいい。神足のひも付き警官がいるから。」 「・・・。」 笙子は足取り重く園長室を後にした。そのまま警察に行くわけはないが、東山の従業員に笙子を尾行させる電話をかけた。 「おい、尾行・・・わかるよな、グリーンの軽だ。」 「あ、はい・・・やっちゃったら？」 「良い訳ねぇだろ・・・察に行かんでも、家の近所で張ってろ。いいな。」 「はーい。」 緊張感のない尾行役は、ひかり保育園を出た笙子の軽自動車を一台車を挟んで追いかける。 園長の安は、東山のふんぞり返る園長の椅子の横に立って声を小さくだした。 「典秀くん・・・神足組って・・・本当かい？」 「あぁ、・・・おまえがたらたらしてるからじゃねぇか。・・・前の動画、あがりがさっぱりだ。」 「モザイクありだから・・・ちょっと。」 「だからだよ・・・神足に話したのは。」 「神足組は・・・『realsexlife.com』だったっけ？」 「あぁ、・・・だからどうした。」 「あれは、まずいって・・・動画の女性の住所も名前も曝け出すんだよ。・・・個人情報を＄５００って・・・やばすぎるよ。」 「だから、脅しがいがあるんだろうが。」 「でも・・・足が。」 「ついたって関係ないだろ。・・・おい、安、・・・これまでの動画の事だって・・・お前のＩＰアドレスからばれない事もないぜ。・・・いいのか？」 「・・・う、うまく、やってよ。」 「それでいいんだよ・・・お前は、場所と慰安保育士を提供し続けていれば。」 東山は安の頭を１発はたくと、扉をきつめに閉め、園長室を飛び出した。残った安は、再生されている笙子の動画を、ヘッドフォンを取り出し、机の上でおかずにし始めていた。 ２２時を過ぎて帰宅した笙子。村野署を何度か通り過ぎ、挙句、何も行動できずに家に帰った。悟の顔と、園長室での動画の光景がフラッシュバックのように瞼の裏に焼け付いていく。 帰宅しても昇は夜勤の仕事に出ている。問い詰めたい男の携帯番号はメモリーにいれず頭に記憶していた。 １１桁の番号を打ち込んだ笙子。『おかけになった電話番号は現在使われておりません。番号をお確かめになってからもう一度おかけ直しください』 再度、リダイヤルをせずに打ち込んだ番号。間違いのない番号だった。繰り返されたのは、抑揚を抑えた女性の声が耳に残る。 「・・・、番号変えてる。」 行き場を失った笙子は、動揺を抑えるために考えを纏めようとした。神足組について知識がない笙子。ＷＥＢで検索すると、その名称と所在地、噂の類の情報が満載だった。 某掲示板に記載された噂、『realsexlife.com』 笙子はパソコン画面でアドレスではなく、検索ワードとしてrealsexlife.comを打ち込んだ。瞬く間にメイン画面が画面に広がる。 海外サーバーらしく、８カ国語に対応しているようだった。メンバーではない笙子は、ゲストでアプローチする。新着の動画もあるが、少し古めの動画を探した。 全てが、盗撮もしくは個人撮影した類の動画だった。サンプルではモザイクされている動画も、有料会員にはモザイクなど一切ない動画で、顔も生殖器も交わる様も全てが露呈している。 「え・・・、こんなことって・・・ありえるの？」 笙子はひとつひとつの動画のページにある、個人情報入手というクリックボタンだった。但し書きなどには、何月何日現在の住所及び本名と記されている。 「＄５００って・・・５万円で・・・。」 笙子は、憤りを通り越した。自分にも降りかかる災難を予想してしまう。明日にも、結論をと考えるが、災難の予想は予想外という言葉を耳元で繰り返すように東山の声で聞こえてくる。 保護者連絡先の紙を取り出すと『東山竜神 父 携帯』と書かれた１１桁の番号を早押しした。 「夜分・・・遅くに・・・。」 笙子の震える声を笑いながら東山は受話器越しに聞いている。 |
| あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。 |
| 2014.5.21掲載 |
はちみつ太郎さんの作品群→ |
無断転載禁止！