はちみつ太郎 作
| ８． ６月３０日、よいさ踊りの練習は、最終日をむかえていた。本番を明日に控えた保育連は、踊りの質を高めるための練習をしている。 踊りの切れは、各自が上達をし、壇上から見つめる責任者の男も太鼓判を押している。満足感は、皆一様にあるが、一体感を味わえるのも明日までだと思うと、少しの寂しさが背中を通り過ぎる。 今田のそれは、他の誰よりも大きく、夏の前だというのに、秋風させ感じるほどだ。笙子と同じ時間を合法的にとり続けるのも明日までだと感じると、笙子の闇を知る男は、ある賭けに出ていた。 全体練習を、ある用事で一時間ほど抜けると責任者に承諾を得ると、自分の車に向かう。笙子の軽自動車の横に止めた今田は、車の中からあるチラシを取り出した。 『通販デパートＳ いつもご利用ありがとうございます。今月の売れ筋ランキング！！』と題された、ホームページ画像を印刷しただけのチラシを笙子の車のワイパーに挟み込んだ。 今田は、それを取り上げたときの笙子の驚きを想像すると、下半身に血流が流れるのを自覚した。１時間ほど時間をつぶし、戻ってきたときは最終の練習が始まりかけていた。 「今田さん待ちですよ。早く早く。」 責任者が大声を出すと、小走りに列に加わる今田の姿があった。列に戻る今田を見た笙子は、視線がぶつかる。その視線には、何かをやり遂げたといわんばかりの自信が大きく見て取れた。 笙子に対する、ほくそえみだが、それを理解するまでには少しの時間がかかった。 「はい、では、みなさん。明日の本番・・・・がんばりましょぉぉぉ。」 拍手で締めると、おのおのが着替えをし、グループで帰る者、一人で帰宅するものとまちまちだった。 今田は、一人で帰る部類だが、笙子の後をつけるため必要の無い雑談に加わっている。江藤もいるその輪に入っているが、少し浮き気味で内容についていけていない。 江藤は、笙子らの姿を見かけると、 「あ、みなさん、明日、がんばりましょうね。」 「はい、暑くならないといいですよねぇ。」 「３０℃くらいって予報で・・・。」 今田は、笙子に声をかけると、駐車場へ歩を進める女性保育士の群れを追いかけた。今田の車が横にあることを気がつかない笙子は、運転席側に体を入れると、ワイパーに挟まった紙切れを見つける。 「ん？・・・何？」 もう一人の年増の保育士が、笙子が手にした紙を覗き込むと、皆に聞こえるように猥褻なチラシを糾弾する。 「だれぇ、こんないかがわしいチラシ配ってるの？他にも、ない・・・ねぇ、ない？」 大きな声の年増女は、皆に聞きまわる。笙子だけに張られた猥褻チラシは、嫌がらせではないかと言い始めるものもいた。 「これって、印刷ですよねぇ、安物インクジェットの・・・ホームページ画面ですよこれって。」 江藤は、恥ずかしさで顔を赤らめた笙子から紙を奪うと、証拠集めをするように周りの車を覗き込んでいる。 「・・・・？これって・・・？」 「どうしたの江藤先生。」 年増女が江藤のそばによると、今田の車の助手席を指差している。そこには、同じチラシのミスプリントが残されている。 「・・・。先生ですか、今田さん。こんな嫌がらせするのって。練習、一時間ほど、いなかったし。」 「言いがかりだよ・・・なんだよ、それっ。」 「先生の車の助手席・・・・ほら、それ。」 「あ、あぁ、僕のにも・・・貼ってあったから・・・そ、それで。」 今田の回答には不自然さだけが纏わり着いている。 「じゃ、なんで、笙子先生だけにって時に、あぁ、俺もあったよって・・・言わないんっすか？」 「え、あ、・・・その。」 今田は、取り囲まれるように皆に糾弾されると、下を向き誰の目も見れないほど、体をちぢませていく。堰を切ったように、笙子は皆を押しとめる。 「ま、まぁ、いいんです。・・・今田先生、こんなことは、これからは止めてください。」 「す、すいま・・せんでした。」 あっさり非を認めた今田は、責任者に呼ばれ明日の本番への出場を見合わせるよう口頭で注意されていた。それ以上の指導は、笙子が穏便に済ませるよう願ったため、市の保育課への報告は合わせて見合わされた。 笙子は、ゾッとしている。偶然か、全てを知った今田の行動か、まったく判別できなかった。偶然であることだけを信じるが、車に乗り込んでも、指先が少し震えているのが感じられた。 責任者に事情説明をした江藤は、笙子の車に近寄ると、窓ガラスをノックする。 「コンコンッ」 パワーウィンドを下げると、緊張した笙子の顔を解すようにニコリとする江藤がいた。園児と話すように視線の高さを合わせると、明日に向けた抱負を宣言する。 「明日、４時間・・・私、江藤悟は、よいさ踊りを・・・踊り続けます！・・・笙子先生と共に！」 「え、・・・ハハハ、私も、踊り続けます！・・・江藤先生と共に！」 合わせるように宣言すると、江藤は、また明日と声だけを掛け、自らのハイブリッドカーに乗り込んで、いつだかと同じようにクラクションを軽く鳴らし、笙子の視界から遠ざかった。 今田の車は、残されたままで、責任者と話しながらこちらに向かう。目をそらすようにアクセルを踏むと、今田からすばやく遠ざかった。 今田の視線は、笙子の車を追うが、うつろな視線はそれをすぐに見失う。しかし、自らの奥底をのぞかれた恥ずかしさに震える笙子の性的嗜好は、見失うどころか、確信部分にさえ到達していた。 |
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| 2013.12.25掲載 |
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