はちみつ太郎 作
| ８３ 休姦日であったその日の晩。 夜勤のない昇は、笙子の帰宅時間をめがけ、ひかり保育園の入り口付近でまちぼうけを食らっていた。２０時を少し過ぎた頃、職員室から一人の保育士が玄関に向かっている影が見える。 「やっと、終わったのかぁ。」 昇はそこにある駐車場の車に気がついていた。一台は見覚えのある笙子の軽自動車。一台はなれたところには、前止めで駐車しているガラの悪さの代表格のような高級セダンが止まっていた。 玄関のカーテンを開けて出てきた笙子は、警備システムを起動させると車に向かおうとする。が、いまだ止められている東山の車を見て足取りを止めた。 「笙子・・・おそかったね。」 「キャッ。」 背後から声がすると、心臓を締め上げられる感覚で全身が総毛立つ。暗闇の中失神させられ、動画の中で犯され続けた大男を思い出していた。 「ごめん、笙子、俺だよ。」 「び、びっくりした。昇さん、何でここに？」 「遅いし、・・・それに今日、何の日だったっけ？」 「・・・え、誕生日でもないし。」 「結婚記念日だろ・・・・まぁ、入籍記念日のほうがあってるけど。」 「あ、そうかぁ・・・そうだったね。タクシーできたん？」 「いや、バスで、・・・だけど、乗せてくれる？」 「うん、・・・当たり前だよ。・・・か、帰ろ。」 昇は、笙子の軽自動車の助手席側に行く。園庭付近に人影を感じると、声を掛けられ、そのにやけた声に反応した。 「こんばんは・・・あれ、笙子先生の・・・旦那さん？」 「え、あぁ、はい。どちらさまで？」 暗闇の中から顔を出した東山は、昇の顔を冷ややかな目で見つめている。東山の言葉を遮るように、笙子は素性をかいつまんでとっさの嘘で説明した。 「あ、この方は、東山さん。園児の保護者さんで園の理事さん。・・工事の段取りをしにこられてて。」 「えぇ、機械室で漏水があってねぇ。二つの穴がびしょ濡れで・・・これがよく漏れてて・・・ねぇ笙子先生。」 「あ、はい、そうでしたね。」 「そうでしたか、遅くまでご苦労様でした。」 「水漏れは私の範疇ではないんですけど、・・・まぁ、水漏れの場所まで足場を組む段取りを。」 「足場・・・の会社を？」 「えぇ、小さい会社ですけど。」 「うちの工場の同級生も営繕部が、足場の施工会社を探しててね。・・・名刺、いただけますか？」 「いいですよ。・・・笙子先生の旦那さんの頼みなら・・・安くさせてもらいますよ。明日にでも営繕部さんにご挨拶に行かせていただきますから。よくいうじゃない、女の体は熱いうちに突けって。」 「面白いことを、鉄ですよ。鉄は熱いうちに打て。」 「あぁ、おれ頭悪いんでねぇ・・・旦那さんの携帯番号、教えてくれないですか？上手くいったら礼でも・・・。」 「いやいや、そんなこと・・・気にしなくてもいいです。・・・笙子がお世話になってる理事さんなら、なぁ、笙子。」 「じゃ、笙子先生の番号でも教えてもらおっかな、・・・、なんて、うそうそ。」 「じゃ、やっぱり、教えておきます。・・・これです、俺の番号・・・あ、立川昇っていいます。・・・はい。」 笙子の番号はもとより、女体の個人情報まで把握している東山は、笙子の目を見て笑っている。道化のように感じた昇を手玉に取る東山の振る舞いに恐怖を覚えていた笙子は、首筋に寒気を感じここから離れる術を口にする。 「も、もういいですか・・・東山さん。」 「あ、どうですか、晩飯でも、一緒に。」 「あぁ、すいません・・・僕ら、今日結婚記念日で・・・二人で食事に・・・。」 「そうですか、じゃ、邪魔だねぇ。」 「いえいえ、また今度、ご一緒しましょう。」 東山は先に自分の車に乗り込み、タイヤを鳴らしながら走り去る。笙子は、東山の向かった方向と逆に発進する。 「笙子、こっちって、めしやないんじゃない？」 「そう？・・・うん、新しいお店、あるかもだし。」 ルームミラーの後方を何度も確認しながら、ハンドルを切っている。昇は、東山の初見を端的に笙子に言い放つ。 「悪そうに見えるけど、ああいう人間が大成するんだよね。人が集まるというか、怖い物知らずな人間が。」 「そう？そんなもの？」 「あぁ、おれの同級生もあんな感じの悪いやつが、会社の社長ってこと、多いんだよね。」 「・・・。」 「ん？・・・笙子は苦手か？ああいうタイプ。」 「ん、ちょっとね。・・・問題が無いわけでもないし。」 「そうか、・・・ま、営繕部に恩を売っておけば、職場の居心地も良くなるし、作業ヤードのエアコン壊れてるからさぁ、直して欲しかったんだよね。」 笙子は、工場のエアコンと引き換えに昇へ近づく東山の思惑を頭に描いている。ただの知り合いだけではすまないのは、容易に想像できていた。 暗がりの国道を制限速度少し超えで走行していく。笙子は、携帯メールの短い着信をポケットに感じている。２秒ほど振るえるマナーモードは２回あったと記憶する。 洋食を出しそうなログハウス風の店を目にすると、昇は指を指し空いている駐車場に車を止める。その時ですら笙子は、後ろを振り返り黒いセダンの存在を気にしている。 昇はエスコートする気も無く笙子より先に木製ドアを開け、店主に２の合図をして席を求めた。入ってくる気配のない笙子を振り返るが、携帯画面に取り込まれるように見つめたままだ。 「おい、笙子、・・・入ろうよ。」 「うん、ごめん、・・・。」 「メールか？」 「あ、うん、・・・シフトの交代要請。」 「何、食べる？」 「あ、うん、なんでも・・・あまり、欲しくないっていうか。」 「あ、そう、笙子っていつもそうだな。」 「え、なにが？」 「ん、飯食いにきたらいつもそうだもん。」 「どういうこと？」 「用事が出来て、心ここにあらず。」 「ごめんねぇ。・・・そうだよねぇ、昔、よく、怒られたかも。」 「あぁ、１０分以上電話してて。怒って帰ったよなぁ。」 「あった・・・そんなこと。」 注文をし、食事の間、話の中で触れられたメールの画面は見ずに済ます。一度だけ着信メールをポケットで感じるが、内容は店の前でしたものの返信であることはわかっていた。 即座に返答を求められていないだろうその返信メールには、食事の後の二人の行き先が命令形で記されていた。 食事終わりに、笙子はハンドルを握り自宅へ急ぐと思っていた昇は、自宅の方角ではない方向に向かう笙子を問いただした。 「どこいくの？」 「うん、ドライブ、たまにはいいかな。」 「いいね、昔、結婚前はこんな感じだったね。飯食って、ドライブして、・・・夜中まで走って。」 「うん、なんか思い出したいね。その頃のこと、・・・ね。」 感慨深げな笙子の声のトーンに、引き込まれるように昇は、運転する笙子の太ももを探っている。笙子は昇の手を押さえ込むでなく摩るようにして、自分の女の部分をアピールした。 昇の手は笙子のアピールを受け入れ、そして男のアピールを見せていく。少し開き目の太ももに内側に手をあて、半笑いで笑みをこらえている笙子に行き先を尋ねた。 「なぁ・・・ラブホ、行く？」 「うん・・・いいけど。」 「けど・・・なに？」 「車でもいいよ。」 「軽でぇ？」 「だって、この時間って・・・宿泊料金でしょ。」 「よく知ってるねぇ・・・。浮気してる？」 「してないし。・・・昔々のお話。」 「あぁ・・短大の頃ね。・・・付き合ってた彼氏に・・・。」 昇のアピールを笙子に確かめさせるように手を握り、運転中の左手を股間に押し当てる。 「大丈夫そう、かな？」 「あぁ、なんか、昔の感覚。・・・笙子と初めて夜のドライブでチューだけした時のシチュエーションに酷似だから。」 「覚えてるんだ、どこだったっけ？」 「あれって・・・そう。忘れたけど、どっかの分譲マンションの駐車場。・・・たしか。」 「そうだったね。・・・じゃ、・・・そういう、シチュエーション。」 笙子は後ろのヘッドライトを気にしつつ、分譲マンションの来客用駐車場ではなく、１３の横の１２番に駐車する。横にはハイブリッドカーが物静かに止まっている。 「いいのかな、誰か帰ってこないか？」 「大丈夫だよ、来たらよければいいし。」 運転席から助手席に体を捻じ曲げるようにする笙子。押し当てられた手の先は、あの頃と同じように硬いもの感じることが出来た。シフトレバーがコンソールにないタイプの軽自動車は、こういうことをするためのツールではない。 鼻と鼻を突き合わせどちらが先に仕掛けるか、付き合い始めの頃と同じように男女の関係は始まっていく。鼻先をこすり合わせ続けていると、とろんとした笙子の目が先に閉じられ、顔を少し斜めにすると、半開きの口から吐息と尖らせた舌先が伸びてくる。 昇も同じように舌を出すと、生物同士の反応のように触れ合ううちに片方に飲み込まれていった。唾液の絡む音は、エンジンを止めた車内にビチャビチャと愛し合う音を奏でていく。 音を耳に取り込むうちに二人は、戻らないはずの時間が戻ったように感じている。昇の舌は笙子の首筋を這い、鎖骨の周りを先だけで舐め上げている。 「あぁ、こそばいよぉぉ。」 「笙子、汗かいてないなぁ・・・今日暑くなかったのか？」 「デオドラントシート、使ってるし、エチケットだよぉ。」 「そうか、どっちかっていうと、笙子の汗の臭い・・・興奮の種だよ。」 「えぇ、恥ずかしい。」 「なぁ、・・・エッチは無理だろ・・・だったら、フェラ・・・してくれよ。」 「・・・、人、こない？」 「笙子がここ選んだろ、・・・な、家までもたんし、パンツ、きもちわりぃんだわ。」 「うん、でも。ずらしきらないでよぉ。」 昇は薄生地のデニムのハーフパンツを腿までずらせ、裏筋を摩るようにすると、根元をつかみ笙子の口を待った。あの頃のような屹立を見た笙子は、あの人に見られたい一心で本来の支配者である物を咥え込んだ。 亀頭をくわえ込まれた瞬間の顔は、見えないが、小さく呻いた昇の声は笙子の耳に拾われる。髪の毛を摩り、少し奥までくわえ込ませようとする昇。 笙子の舌が亀頭を舐めまわすと、車外に聞こえそうなくらい呻く。 「うぅぅぅ・・・いぃぃぃ、・・・しょうこぉぉ、・・・そこぉぉ、あぁぁ。」 「あんま、声出さんといてよぉぉ。」 「だってぇ、すげぇ、いいんだよ。」 笙子は顔を揺らせながら、頬をなんども窄め、吸い取るように口淫を続けていく。昇は体勢を維持するのをあきらめ、シートを倒し、頭を抱え込んだ。 それまで指先を絡めていた夫婦の契りは外され、笙子は、恨めしそうに昇の顔を見つめたが呻く声の喉下しか見えずあきらめるようにして、余した指は睾丸を転がすように甘握りしている。 軽自動車の上をある電波信号が飛び交うが、生身のアンテナをくわえ込んでいる笙子の下にはその電波は受信できなかった。 受信と発信はマンションの外と１３階で繰り返されていた。 「悟さん、下に来てるんですけど・・・飯、どうですか？新人保育士とお○こ中だったら、あきらめますけどぉ。」 「いや、一人だけど・・・飯、・・・つきあえってか？」 「じゃ、悟さんの車の横にいるんで、降りてきてくださいよ。３分で・・・。」 「あぁ、わかった。」 軽自動車を覗ける位置に止めていた東山は、車外に出ると悟の車の脇まで歩いていった。後ろに隠れるようにして、壁面にもたれていると、エントランスから出てきた悟を東山は目にした。 手招きをするでもなく、隠れるように悟の反応を見つめている。自分の車には、気がついている。呼んだはずの東山の姿はない。 歩を止めた悟を見て、東山は吹き出しそうな笑いをこらえるのに必死だった。 笙子の軽自動車を遠くからみつめると、足音を消すようににじり寄っている。周りを気にしながら、他人の車だろうと予測したいが、ルームミラーに掛けられている芳香用のウルトラノスクの色は変わらず黄色のままだった。 悟は、自分の車の後方に東山を見つけた。笙子の車の前を横切るが、少し避け、反対側に止まっている車の前あたりを通り過ぎる。 横目で見た車内には体は見えないが、乗っている人間の気配はした。 「おつかれっす。・・・旦那の、咥えさせてます。・・・ドア、開けましょうか？」 「これを、見せたかっただけかよ。・・・おめぇ、趣味悪くないか？」 「そうですかねぇ。・・・だって、悟さん、未練たらたらな感じですよぉ。」 「あ？・・おめぇ、俺のことわすれてねぇか？」 不意を食らわすように鳩尾を突かれた東山は車の後部に手を付いた。咳き込むのを止めることができず、ゴホゴホと音を出してしまうと、首筋を悟にねじ込まれ、アスファルトに顔面をこすられていく。 「神足組の企業舎弟かしらねぇけど・・・女、たらしこむこともできねぇで、偉そうにすんじゃねぇ。」 わき腹に膝を食らわすと、倒れこんだ東山をそのままにし、笙子の車の脇を隠れもせずに通り抜けた。がさがさとした外の気配に笙子は舌の動きも全行動をロックさせている。 右側に止まっているハイブリッドの車のエンジンがかかった。笙子は、数ヶ月ぶりに聞くエンジン音を耳にした。ドアの閉まる音は１回。 小山蘭がいないことは、わかった。モーター音でスタートし始めた黒のハイブリッドは静かに消えていく。笙子は隠れるように昇の股間に頭をすりつけ、事が去るのを待った。が、通り過ぎる前に顔を上げてしまう。 衝動を見た昇は、押さえ込むように笙子の頭を自分の太もも付近に押し当て、気配を消すように言った。 「ばれるよ。・・・男だったけど、こっち見てたし。」 「え、・・・一人だった？」 「あぁ、一人だよ。顔は見えないけど、俺と同じくらいの年齢だし、・・・戻ってくるかも。」 「気が付いて、・・・覗きにってこと？・・・それは、ないんじゃない。」 「なんでわかるん？・・・なんか、知り合いみたい。あの男の。」 「そんなんじゃないけど・・・ね、お家、帰ろう。」 「そうだな・・・ちょっと、あせったけど。」 笙子は、東山の指令的なメールを待とうとしたが、江藤を下に呼びつけ夫との行為を見せ付けるのが目的と目算をつけていたため、江藤が消えたそのタイミングをもって、指令は解かれたと判断した。 後ろにうずくまる東山の存在には気が付かないまま、昇のトランクスとデニムを元通りにすると、車内に残したままのペットボトルのお茶を一含みさせ、喉を鳴らした。 喉の鳴る音を聞いた昇も笙子から奪うようにお茶を流し込み、緊張の中に掬い続けている興奮を押さえ込んでいく。うずくまる東山は昔の悟を思い出すが、今の自分のｌｖアップも悟に負けてないことを示そうと腹の底で不服の意を爆発させた。 |
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| 2014.7.9掲載 |
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