はちみつ太郎 作
| ８８ ２回の肛内射精の後、笙子は放免となった。自分の軽自動車の横には、黄色い送迎バスが駐車されている。運転席にいつもある顔はないが、明日のその朝には、間違いなくそこに樋口の顔はあるだろう。 笙子の尻を見つめ、にやけた顔を見せる樋口の顔を想像していると、背筋に悪寒さえ感じる電波を受信した。 「ブー、ブー。」 マナーモードの携帯は、ある男の着信を告げている。勲だった。 「は、はい。・・・こ、こんばんは。」 「まだ、仕事ですか？」 「いえ、帰宅するところです。」 「最近、連絡ないんでね・・・旦那さんからも。」 「あ、あ、はい、忙しいんですかね。」 「どうですか、最近は・・・ＲＹＯさんのところにも、行かれてます？」 「いえ、・・あ、行っていないんです。」 「そうですか・・・なんか、元気ないですね。・・・奥さんらしくないですよ。」 「あ、はい、そうですか？・・・元気ですけどね、はい。」 「そうですか・・・ま、長電話してると、ゆり子が妬きますから・・・このへんで、旦那さんにもよろしく、・・・いっておいてください。じゃ・・・失礼しま・・・。」 「あ、あの、勲さんっ・・・ちょっと、お時間・・・いいですか？」 「ん、・・・あ、はい、・・大丈夫だけど・・・何か、相談事ですか？」 「・・・。」 口ごもる笙子に、多くを語らない勲の気遣いが笙子の本音を引き出させていった。 「わ、わたし、どうしていいのか・・・わからなくって・・・も、もぉ・・・どうしたらいいのか。」 運転席で顔を覆い、しくしくと涙がこぼれ始めた泣き声を受話器越しに勲は驚きながら耳にしていた。どうしたとか、大丈夫の声はあまり使わない。 涙を促すように、勲は笙子に今置かれてる立場状況を吐露させていく。大まかな、状況を把握し始めた勲は、手を差し伸べるように懐を見せ付ける。 「いくら、必要なんだい？」 「わ、わかりません。・・・２０００万っていうことを・・・はっきりとは言わないんです。」 「本当の旦那さんは・・・知るはずはないんだよね。」 「はい、言えません、絶対。だから、ひとりで、・・・だから、誰もいなくて。だから、だから。」 「お金のことは、心配しないで・・・誰もが、そういうことで、僕を頼ることはある。ゆり子だってそうさ、だけど、少し桁が大きい。」 「そ、そうなんです。・・・だから、言われるまま、ずるずるしてて・・・で、で、それに・・・流されてる自分がいて。」 「そうか、快楽も与えられてれば・・・だよね。笙子ちゃん、・・・少し時間をください。あらゆる方面を使ってみるよ。ただ、お金を用意するだけでは・・・上手くいかない気がする。わかるよね。」 「は、はい。・・・でも、わたし、・・・そんなお金、・・・いつになっても、ご用意できないし。」 「いいんだ、・・・僕にも責任がないとはいえない。だましてた、悟、あいつの術中に僕も嵌められてた。・・・金のことは気にしなくてもいい、だけど、少しの時間、猶予を、ね、わかるよね。」 「お、お願いします・・・誰にも、・・・話せなくて、・・・それで、何人か他の保育士さんも・・・手がつけられないとこまで落とされてるんです。・・・だから、だから。」 「俺だけは、君の味方だから・・・それと、早まっちゃだめだよ、旦那さん・・・本当の旦那さんにも・・・内緒に。」 そういうと、笙子は少しだけ勲に笑い声を聞かせた。 「そう、その声だよ。笙子ちゃんにはそれがいい。・・・じゃ、また、電話をいれます。」 「あ、ありがとうございます。・・・少し、気が晴れました。」 携帯を助手席にほおると、空腹からか腹が音を立てている。笑みの戻った笙子は、空腹を抑えようと車を近くのコンビニに走らせた。 河と県警４課の松山は、動いている事案について考察を終えている。何人かの協力者を照らし合わせている段階をも終えていた。 「駒に問題はないようです。でも、よく調べてますね、おたくの探偵事務所。」 「仕事なんで。」 「うちの情報屋以上の仕事ぶりですね。」 「まぁ、あまり手を組むことないですものね。」 「どちらかというと、そうですね。・・・取り締まられるほうが多いでしょう。だけど、そういうところとも、リンクの幅を持てと、言われてましてね、上のほうからも。」 「変わりましたね・・・県警さんも。」 「河さんって・・・やっぱりＯＢですよね。」 「えぇ、・・・このあたりではないが・・・警部止まりで退職しました。懲戒じゃありませんよ、自主退職で。」 「そうですか、・・・やっぱり、浮気調査だけではもったいないです。」 「いえいえ、これが性に合っている。自分には、組織が窮屈で。」 頭をかきながら河が、照れくさそうにしていると、松山が携帯の着信を見つめた。 「はい、松山です。・・・あ、はい、そうですか。・・・では、一段階あげておきます。こちらの動きに従うように、では。」 「動きました？」 「ですね。・・・二段階目の段取りを踏みましょうか。」 河は、頷くと、心の中で松山という男を見直した。この男が自分の部下にいたのなら、元刑事という肩書きを消してまで探偵家業をしてはいないだろうと考えていた。 笙子は自宅に帰ると、履歴のあった着信を見返した。勲からの不在着信はあれからはない。行動を起こしてくれているだろう勲の言葉が待ち遠しかった。 受信メールを、その次に確認した。昇からのものだった。『営繕部に移動の可能性が大きくなりましたが、ここでも、夜勤は続くらしい。でも、４月には、日勤に変われるらしいから、心機一転がんばってみます。』そうあった。 須山の部署は営繕部であることを笙子は東山から聞いている。直属の部下にしかれることは、笙子の現状を昇に知らしめる時が確実に近づいているように感じた。その深い霧を、振り払うことを期待させる風となる勲からの連絡を待ちながら、最近の笙子は浅い眠りにしか落ちることは出来ないでいた。 毎月の固定費が銀行口座から消えていくように、頭数、慰安保育士の確保は佐々木と東山の急務だった。佐々木は、いくらかづつ固定的な収入がみるみる減り、当てにしていたローンの返済も滞りがちになっていた。 佐々木とは別の悩みを東山は抱いている。花梨の安定期までの間と、同じく真知子の安定期までの間、実質、笙子一人で回転させるのはためらいがあった。 真知子の現状は、東山をより笙子への独占欲を膨張させる要因となっていた。その回避策は一つしかなかった。 「悟さん、・・・来月にも・・・納品、お願いできますかねぇ。」 「蘭のことか？」 「えぇ、・・・真知子も花梨も孕みやがった。・・・穴の数が足らんのですよ。」 「・・・年度初めって、話をしてたんじゃ。」 「状況がね、変わることも・・・。」 「状況って、いろいろな保護者に、・・・させ過ぎただけだろ、小銭稼ぎに走ったつけだろ。」 「あ？・・・誰に、物言ってんの？」 「悪い、少し言い過ぎた。」 「あんたの立場・・・勘違いしてそうだから、言っておくよ。神足組の代貸しの嫁に手を出したの忘れてないよねぇ。それチンコロできたら、今月のしのぎの不足分、待ってもらえそうなんだけどよ。」 「・・・。」 「ばれてないの、誰のおかげなん。・・・調子乗ってんなよ。この前の腹蹴りは忘れてやるよ。月末だ・・・月末には、小山蘭を納品しろよ。やり方はは問わねぇからな・・・色男。」 東山は高村の虎と呼ばれた男の胸倉を始めてつかみ、威嚇した。エナジードリンクの効果か、この前のように引くことはなく、壁に押し付けられた悟の目は少しの動揺を感じた。 突き放すように、壁に背を当てたままの悟は行き場をなくした苛立ちを向ける場所を探した。向ける場所は、見当たらず、逃げるようにして東山の視界から消えた。 小山蘭の携帯に携帯上の無料通話もＳＮＳで、居場所を尋ねる。２０秒ほどして悟のマンションであることを示すスタンプが画面に踊り出た。 相談を持ちかけるような、問いで返信すると、不安げな顔の画像が貼られていた。タイミングは今しかないと、頭の中でシナリオの結論だけを急ぎ書き上げると、中の文章はあってからでもいいと、短絡的だった。 |
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| 2014.7.21掲載 |
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