はちみつ太郎 作
| ８９ 未来志向の女だった。 小山蘭は、悟の戯言をノータイムで信用していた。借金、事故、古い傷。どれ一つ疑わず、シナリオの最後の一ページ前まで信用しきっている。 １１月の末。期限のその日の蘭は、代休日で、悟は業務の日だった。悟の家から朝、同時に出ると行き場の違う二人は、エレベーターの中でキスをする。その一日だけの別れを意味する、いってらっしゃいのそれだった。 村野保育園に出勤した悟は、園児が呼ぶ声に反応が遅れている。いつもの率先さのない、後付の挨拶は、園児だけでなく保護者の目も疑わせている。 ９時間の勤務時間の間、携帯をなんども見返し、音沙汰のなさを焦りだけが埋める。初めて保育園に子供を預ける心境が子のいない悟にも痛いほどわかった。 １８時を過ぎた頃、取りようのない連絡がもどかしく、迎えのために預けた子を引き取りに向かう。 来るなといわれていたその場所に足を向けたとき、後悔だけが悟に圧し掛かっていた。風俗マンションと言われる神足組が牛耳る賃貸マンションの一室のドアには、ハンガーに小山蘭が着ていた服が掛けられている。ブラとショーツは、ドアノブに引っ掛けられ、カーディガンのボタンは引きちぎれ、血はついていないものの、着ていた人間の行く末がその扉の向こうに見えた気がした。 耳を澄まさなくても、その鉄扉の中では、調教されていく女の声は、透き通るように耳に届く。 悟は耳を塞いだ。踏み込みたい衝動は、足の先にまで感じられる。鉄扉を蹴り上げる手前まではいった。が、自己の保身に走った。 大きな声ではないが、泣き崩れる様に悟の名を呼ぶ小山蘭の声は、あざけるように呷る神足組の若い男らの声にかき消されていた。 「王子さまぁぁぁ・・って、泣けよ。」 「すぐそばまで来てるかもよぉぉ。」 「ほぉらぁ・・・朝まで、あと１０時間あるよ。・・・お薬は打つなって言われてるから・・・お尻の洗浄と栄養の点滴・・・あと２リットル我慢しなさぁぁい。」 「あ、あぁぁ、・・・お尻は、もおぉぉ、さわらないでぇぇ、しみるからぁぁぁあ。」 リビングから伸びる玄関への開放的な廊下を四つんばいで逃げようとする蘭は、腰をつかまれると、引きずられるようにリビングに戻される。尻を高くもちあげられると、オレンジ色した粒度のある野菜ジュースをつるされた点滴チューブを経由して直腸に摂取させていく。 「ほらぁ・・・ズンとくるだろ。」 「いいかおだぁ・・・小山蘭ちゃん・・・２１歳。」 「次、誰が飲むんだ。」 「あ、おれ、もういいし。」 「じゃぁ、玄関の外にいる・・・犬にでも飲ませてやれよ。」 ２リットルのオレンジ色の野菜ジュースは、数分で蘭の直腸に吸収され、ゴム栓で止められその中に突き刺さったチューブをそのままし、クリップで噴出を留めるようにすると、朝からつけられたままの首輪の鎖を握り締めた男が、手綱を引くように蘭を玄関まで引き連れた。 扉までいくと、尻の向きを変えさせる。玄関扉の冷たい感触を感じるくらいの位置まで近づけると、尻尾のようなチューブを扉の郵便受けから外に出す。 「おい、ワンコロ・・・泣きすぎでのど渇いたころか？・・・栄養ドリンク飲めよ。・・・人肌に温めてある。」 「い、いぃぃ・・・だめぇ、で、でるぅぅぅ・・・おなか、いぃたいぃぃぃぃ。グキュルルルルルルル。」 それに合わせたようにクリップを緩めると、チューブの中をオレンジ色した野菜ジュースが往来する。勢いよく飛び出すときと、圧力の関係で、垂れ下がった部分にあまることもあった。溜まると、手綱を引く男が下腹部に圧力を与え、玄関外に勢いをもたらすように放出を始めた。 「飲んでるか？・・・２リットルあるからな、こぼしてもかまわんよ。」 「ワンコロ、なかねぇなぁ、う○この臭いがきついのか？」 「いや、そんなことあるまいな。・・・２リットルで５回目だ。もぉ、残ってやしないよ。」 前歯の抜け落ちた男はチューブを口に咥えると、勢い吸い上げる。野菜ジュースは、みるみる男の口内から胃袋に納まると、蘭の下腹部の張りが収まるとともに、かすかながら女の声を上げているのに気がついた。 「あぁ、ぁぁ・・・あぁぁ。」 「尻の穴からジュース吸われて・・・気持ちよがってやがる。・・・ど変態の保育士めぇぇ。・・・来月から、慰安保育園の専属に落とすのは惜しいくらいだ。」 「なんなら、子供、預けりゃいいじゃねぇか。・・・生活保護のお前なら・・・無料で預かってくれるぜ。」 「そうかい・・・そりゃぁいい。」 「でも、その前に子供こさえなぇとな。」 「だいじょうぶ、・・・ここ、・・・小山蘭ちゃんの・・・ピンクの穴ぼこ。」 「や、やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ。」 吸い上げられながら、開いている陰唇の隙間に指を這わされ、押し広げられると、子宮口にまで届いた指先でポルチヲ性感帯をつまむように揺さぶっていた。 喘ぐ声と恐怖の声が悟に届いた時、苛立ちを通り越した足の裏は玄関扉をへこむ程の勢いで蹴りこんだ。無意味ではないが、解決には遠く及ばない行為は、蘭に対する仕打ちを悪化させるだけだった。 「ワンコロ、大人しくしてろ。」 内側からも蹴り戻されると、チェーンで留められている扉が目の幅ほど開き、そこから蔑んだ声が聞こえていた。 「ワンコロ・・・桐元の代貸しのとこのお嬢・・・舞ちゃんだっけ。・・・来週、結婚するらしいぞ。」 「何でその名前を、お前らみたいな・・・東山がっ。」 「風のうわさ・・・そろそろ、耳に届く頃じゃないか桐元航業にも・・・ハハハ、、・・・お前の小指か？はたまた、小山蘭ちゃんのクリトリス。・・・切れないカッターナイフで、するのがあそこの流儀だってねぇ。」 「身支度整えとけよ。・・・明日の朝には、沙汰が決まるだろ、お前がいなけりゃ・・・かわいいクリちゃんが鉄板焼きにされるだけだけどなぁ。」 「く、くそっ。・・・蘭っ・・・ぜってぇ、助けてやるからな、・・・絶対っ。」 隙間から見えた蘭の四つんばいの姿は、絶望に打ちひしがれるように尻を震わせている。悟の正体と、自らが行き着く先にあるゴールテープが見えたそのとき、半年ほどだった社会生活の短さを悔いるほどの余裕はなかった。 「ワンコロちゃん、尻尾巻いて帰っちゃったよぉ。・・・あいつが、蘭ちゃんのお尻の穴にいたずらしたんだよなぁ。」 「指とか、・・・そんなことしないで上げてください。」 「俺が決めることじゃないんだよ。あいつを守りたい気持ち・・・いつまで続くんかなぁ・・・クリだろ、二つの乳首、三つの突起がなくなっても、いいんならなぁ。」 「・・・。」 四つんばいの蘭は、重力で下を向いている乳首を手で隠すが、隠されていない陰核は剥きあげられ、湿らせた男の指先ではちきれんばかりに尖りを強調させられた。 「まだ、エナジードリンク残ってんか？」 「一口くらいならな。・・・飲ませるのか？」 「いいやぁ・・・これこれ、・・・こんなけ勃起してんだ、塗ってみてぇじゃん。」 「薬なんてやめてくださぁぁぁいぃぃぃぃぃ。」 拒絶の言葉を待つまでに、歯の抜けた男は蘭の陰核を剥き、指先につけたエナジードリンクのしずくを何度もこすり付ける。寝言のように蘭の性感の砦に何度も話しかける。 「あぁ、焼いたらどんな味かなぁ。・・・もったいないなぁ、こんなお豆を・・・切り取るなんて。」 「いやぁぁぁぁぁ。」 蘭は、絶望を感じながら女の声の方を大きく響かせてしまっていた。 悟には、善後策など何も無かった。失っていく女たちの数が一人増えたとだけ感じることが出来ればいいのだが。 何度か蘭の携帯に連絡を入れかけるが、火に油は注げないと考えることは出来ているくらいの冷静さはあった。携帯の充電はみるみる減り、一通話できるくらいの充電状況のとき、軽やかな着信があった。 帰宅してから、３時間。時間は、午後１０時を回っている。小山蘭の行く末は予測が出来た。悟自身の行く末には予断がない。このまま切られれば、五体は満足でないことも確かだ。 保育士を引き寄せる餌役として生かされるかは、東山の腹だけだが、こじれかけた先輩後輩の関係は、昔の面影を失っているのは事実だった。 蘭の納品を拒んだときの東山の顔は、ドラッグに染まっているものではあるが、常軌を逸しているほどでなかった。半分冷静ななかで見せたその怒りは、背後の組織に守られ、かつ、怯える者としての顔だった。 電池残量の枯渇した電話が鳴った。名前のない番号だけの通知だが、見覚えのあるきれいな並びの番号で一人の顔が浮かんだ。 「こんばんは・・・悟さん。」 「あ、どうも、勲さん・・・ですよね。」 「えぇ、覚えてくれてましたか。」 「どうしました？」 「いやぁ、最近電話がないんで・・・こちらから電話を。・・・奥さんは？」 「あ、・・・今、ちょっと。」 正月開けのことを悟は、知らぬ振りで勲と会話した。温泉に来ないかとの誘いだが、笙子と行く術を失い、はたまた、小山蘭とのこの先も不透明な状況で答えに困っている。 「じ、じつは・・・。」 「どうされました？」 「・・・。」 会話をやめようかと悟は考えた。全てを告白することも考えた。 「実は、・・・笙子・・・。」 「奥さんがなにか・・・病気ですか？」 「いえ・・・ある男に・・・貸し出してまして。」 「そ、そうなんですか、私にいって欲しかったなぁ。」 「え、あ、そうですね。で、・・・少し疎遠でして。」 「あ、寝取られ始めてるとか。」 「ま、まぁ、そういった感じで。」 「そうですか・・・それで、悟さんは・・苦々しく思いつつ・・・興奮をしている。」 「とか、そんな感じです。・・・その男には、勲さんの旅館・・・教えてみますので・・・懲らしめてやってくれませんか。」 「ほぉ・・・一緒に奥さんを懲らしめてしまうかもしれないですけど。」 「ま、それはそうなればと言う感じで。」 「そうですか、・・・じゃ、私の携帯をその寝取った男に・・・。」 「え、はい・・・東山と言う男です。・・・電話があればよろしくお願いします。・・・懲らしめて、・・・ください。」 力なく悟は、苦笑を繰り返す。電話を切ったと同時にしたくないはずの番号にリダイヤルした。 「もしもし。」 「あ、はい・・・なんですか？」 あからさまに不快な感じの東山は、悟の電話に毒づくことはない。その冷静さがすこし悟に息を戻させた。 「足、洗いたい。」 「は？・・・今更・・・小山蘭はあきらめるんか。」 「あぁ・・・もう、どうでもいい。」 「昔の話はチンコロしてもいいんだな。」 「・・・。任せるが・・・一つ、置き土産を。」 「ふ、食えない人だな。・・・一日で女を捨てれるんだ、さすがだよ色男は。」 「・・・、そうかもな。」 「で、・・・土産話って。」 「金河温泉郷の・・・望観楼、って、・・・。」 「あぁ、動画で見た・・・スワップの旅館だろ。」 「そこの、オーナーの電話番号だ。・・・これで、・・・そこの事実を。」 「恐喝しろって・・・ことか？」 「そんなことしたら・・・すぐ捕まるだろ。時間を掛けろ、・・・取り入って、金玉つかめば・・・古くなった旅館だ、修繕に入ることもある。」 「コンサルタントかよ。・・・で、どうするんだよ。」 「笙子を連れて行けよ。勲って言うオーナーは笙子に脈がある。欲しくて溜まらんそうだ。・・・上手くいけば身請けの金も。」 「身請け？・・・笙子はうらねぇよ。」 「・・・。」 「俺が身請けする。あの尻の穴、・・・売るにはもったいない。金じゃぁ買えないよ。」 「・・・、まぁいい、スワップのうわさ、広宣流布させれば、二月持たないだろう。・・・そのときに買い叩けよ。神足組だって襲名披露や放免祝いの場、なくて困ってるだろ。」 悟は東山にメモするように言った。番号を伝えると、もう一度だけ笙子の身請けの話を聞いた。東山は悟に自慢げに笙子とのアナルセックスを克明に告げている。安の運営サイトでもモザイク要りながら、その姿は見られると東山は言った。 悟は冷静さを保つのに必死だった。落としていった女保育士たちの「なぜ」が電話を切ると耳の中に木霊して離れないでいる。 |
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| 2014.7.23掲載 |
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