ふたりのために

その２８　夫の眼

　
　もともと料理は得意だ。結婚以来慣れ親しんだキッチンで、身体は勝手に動いている。
「おかげで、もう、ほとんど痛くないの。凄いわね、あの先生」
　いつもよりもハイトーンだ。自分でもわざとらしいかな、と思ってしまう。
　けれども、先生の「治療」がどれだけ凄かったのか、明るく話さねばならない。
　夫の顔が真っ青なのに、懸命に、取り繕おうとしているのが、ありありと分かるから。　成美にできるのは、いくらわざとらしくても、明るい会話を作ることだけなのだ。
「うん。スゴイよね」
　幽体離脱した後の抜け殻のように、心ここにあらずの夫の相づちを聞きながら、成美もまた、気持ちが身体から抜け出している。
　本当は、心も体も疲れ切っている。今すぐ寝てしまいたいダルさを微塵も見せず、動きだけはテキパキとしている。
　会話の裏の、わざとらしい明るさと裏腹に、その手つきに一切の曇りがない。
　愛する夫のために作る、晩ご飯。
　人妻として、昨日も、一昨日も、その前も、こうやって作ってきた。料理好きのナルにとって、それは、当たり前の日常。
　夫がいて、私がいて、一緒に食卓について……
　いつも通りの、いつものこと。
　だけれど、今の成美は、昨日までの成美ではない。
　夫への愛情は、たっぷりと満ちあふれているけれど、こうやって包丁を持った右手は、ほんの何時間か前には、夫のではない、太い怒張を握っていたのだ。
　部屋の中では、いかにも奥様といった風の、ロングのゆったりしたスカートがお好みの成美だが、なぜか、いつもと違って、デニムのショートパンツを選んでしまった。
　トントントン。
　リズミカルに包丁が野菜を刻む。
　ざっくりとした大きめのシャツブラウスを羽織って、デニムを半ば隠しているから、エプロン姿の前側から見れば、生足がドキリとする白さで覗いている。
　薄めの生地から透けて見えるのは、ムダな肉は一つもないクセに、しっとりとした弾力を持ったしなやかな身体。
　手早く、慣れた動きは、やはり主婦。
　鍋ににんじんを投入した後は火加減を調整して、同時にフライパンに火をいれる。
「あ、この匂い」
　さっき刻んでおいたイカのむき身を入れようと、ボウルを持ち上げた瞬間、独特の匂いが鼻腔を刺激して、午後の記憶を強制的に蘇らせたのだ。
　独特の生臭さ。
『私、あんなことしちゃった……』
　舌の奥の方に、少しの苦みと、甘やかな感触を持った、あの液体を飲み下した記憶が、瞬間、成美の動きを縛ったのだ。
『飲んじゃった』
　なぜか、そこには後悔の二文字が着いてこない。
　ジュッー。
　左手をクルンと返してイカを投げ込みながら、なぜか、唾を飲み込んでいる成美だ。
　あの瞬間の反芻をしてしまっているのだと自分でも思う。
　この身体は、夫以外の精液をたっぷりと飲んでしまったのだと、改めて思ってしまう。
『あんな風に、なっちゃうんだ。私……』
　自分があんな風になってしまうなんて信じられなかった。
　いや、今だって、あの独特の匂いのする精子を、トロトロと飲み込んだ瞬間を思い出すだけで、ズーンと重い快感が子宮に蘇ってしまう。
『なんでなんだろ』
　ジュワッ。
　バターの香りがフワッと立ち上るキッチン。
　お気に入りのプリント地の赤いエプロン。
　愛する旦那様のために、愛情を込めて料理をしている自分。
　そのくせ、舌の奥に、別の男の精液の味を思い出している自分がいる。
　手早くフライパンを煽る、どこからどう見ても普通の主婦姿。
　だが、身体の奥では、ついさっきの記憶が蘇る度に、快感の記憶がヌルヌルと濡れてきてしまうのが自分での止められない。
　デニムの奥では、あふれかえるモノが下着を汚してしまっているのが分かってる。
　身体を捻る度、心の中でニチャ、ニチャと、恥ずかしい音が聞こえているのだ。
　思い出すだけでも身もだえしてしまう快感と、それを味わってしまった後ろめたさ。
　だが、何よりも、成美の心を占領しているのは、混乱なのだ。
『あなたが、見てたなんて』
　夫は、ぼうっとした顔のまま、窓の外見てる。いや、見ているのではない。心の中に窓の外の景色が映ってないのは確実だ。
　焦点が合ってないその視線は、ひょっとして、さっき見ていた光景を見ているのだろうか。
　夫の視線が時折、和室にチラ、チラと動く度に、成美の頭にやるせなさが襲ってくる。
　あの灼熱の快楽の時を、夫がどんな気持ちで見ていたのか。
　恥ずかしさと、後悔と、そして疑問。成美の心が混迷の淵にズブズブとはまり込んでしまうのも無理はないのだ。
　リズミカルに揺らしたフライパンが、サッと空中を泳いで、炒めたイカがコロコロコロっと皿にあけられる。
　フライ返しを軽快に踊らせている成美の気分は、重く、深く、沈み込んでいるのだ。
　だが、振り返った瞬間に、とっさに笑顔を作りながら、さっと食卓を作っていくのも主婦なのだ。
「冷蔵庫にあるもので、ごめんなさい」
　そう言いながら、手早く、いつものダシを取った味噌汁を、いつもの手つきで、いつものように出している。
　夫の視線が、自分の背中を、横顔を、手を、脚を、じっと見続けているのが手に取るように分かった。
　料理している間、背中を向けていた成美の尻も、むき出しの足も、うなじも、熱く突き刺すような視線が時折襲ってくるのだ。
　そこには決して非難は籠もっていなかった。
　気のせいか、いつもよりも熱い愛情すら感じてしまう。
　あんなシーンを見たのに、だ。
　気付かなかったとは言え、先生に治療されている間のことを考えてしまう。
『こんな視線を、浴びてたの？』
　聞くわけにはいかないが、目隠ししていた自分が、こうやって視線を浴びていたのだろうかと、思ってしまう。
　茶碗にふわーっと湯気の立つ炊きたてご飯をよそいながら、頭の奥には、先生の声が響いていた。
『最初っから、全部、ご覧になっていましたよ』
　よく響く低音で、先生はそう言った。
　それを信じたくない。
　自分がどんな痴態を演じてしまったか。それを見た夫が、平気でいられるはずがない。
　怒りをぶつけて当然ではないか。
　だが、現にこうやって自分を今貫いている視線には、嫌悪でも、怒りでも、まがうことのの無い愛情が込められていることくらい、分かっている。
『なんでなの？あなた……　なぜ、止めてくださらなかったの？』
　それは身勝手な怒りかもしれない。だが、愛する妻が淫らにされていくのを見ていたなら、止めてくれれば良いではないか。
『ご主人は、奥さんの姿を見てお喜びになっていたのですよ、それも、すこぶるつきで』
　いくら考えても分からない。
　ふと閉じるまぶたの裏には、夫が出したという射精のシミが、何度も、何度もフラッシュバックしてしまうのだ。　
　ジュッ。
　シンクに置いた、フライパンの熱が、一瞬、ジュッと音を立ててから、サーッと水に満たされていく。
　手早く水道を止める指先。
　その指先に、男の精液をすくい取って舐めたのだ。
　自分でも信じられないけれど、あの時はそうせずにはいられなかった。成美のオンナが、それを命じていた。
　それも、無理やりではない。あり得ないはずなのだ、それは甘美な記憶なのだ。
　火を止め損なった味噌汁の残りが、シューッと小さな音を立てて沸き立つのを慌てて止める。
　あの時も、子宮が沸騰してた。
　だが、止めるスイッチはどこにもなかった。
　全身が溶けていってしまう快感。
　いや、この先にもっと甘美なものが待っているような、恐るべき快感の「予感」かもしれない。　
「美味しい晩飯はうれしいけど、無理すんなよ」
　夫の声に、振り返ったら、そこには、やっぱり青ざめた顔。
『あなたは、なぜ、私を見てたの？』
　聞いてはならぬ一言だと、本能が告げている。
　だが、一瞬、喉にこみ上げ、声になりそうだ。
『あんなに乱れてしまったのは、私よ。あんな所を見られちゃった私が、何をいったい言えるというの』
　同時に、成美は、自分を責めている。
　逡巡の風が吹き上げられて、成美は口を閉ざすしかなかったのだ。
「休んだ分の仕事を片付けるから」
「うん」
　結局成美は、黙って食卓に着くしかない。
「いただきま～す」
　夫の声には、決して怒りも、そして、非難も何もない。
　あるのはひたすら、困惑と成美を求めている情熱的な何か。
　そのくせ、素直に愛情を出せない何かが、夫と自分を包んでいる。
「ああ、これ、美味いね」
　不思議な食卓だった。
　愛情深い夫とのいつもの食卓。
　だが、ふたりは、それぞれが心に秘めた思いでおそらく味も分からない。
　お互いを気遣いながらも、言い出せない何か。
　成美の頭には、夫に見せてしまった痴態と、それを見ていた夫が放った、あの精液の滴ばかりが、何度も何度もグルグルと浮かんでは消えていたのだった。
　そこからは、成美の意識は、どこかしらに飛んでいたのかもしれない。いつの間にか後片付けをしている自分がいる。
　何でそんなことをしたのか自分でも分からないが、新婚時代におそろいで買ったパジャマに、久しぶりに袖を通していた。
　布団に入った次の瞬間に、深い眠りの中。

　……深い。
　深い井戸の底にいるように、静かで、暗い闇の中。
　動けなかった。
　夢の中で目覚める夢を見て、これは夢だと分かる時がある。
　しかも、夢だと分かっているのに、一つも思い通りにならず、かえって、自分が追い込まれてしまうのだ。
　成美は、いつの間にか裸になっている。
　いや、「裸にされて」しまったのかもしれない。
　だって、手も足も、カチッと拘束されて動けないのだ。
　何一つ隠せない。
　別途に拘束されている姿。
　それは記憶の中にある姿だった。
『あああ、並河君の、あの時の……』
　並河なのか、それとも先生なのか、誰なのか分からない男がそばにいた。
『いやあ、見ないで、そんな風に見ないで。恥ずかしい所を見ないで』
　だが、手も足も動かない。何一つ隠せないのだ。
　闇から伸びる手。
　いきなり、胸をキュッと掴まれた。
「あんっ」
　声が出てしまった。
　恥ずかしいのに、余りに快感が強すぎたのだ。
　今度は静かに膨らみがキュッと握られる。
　強烈な快感だが、まだ耐えられる。
『ダメ、感じる声なんて、出したら、聞こえちゃう』
　だが、次の瞬間、甘やかな声が噴きこぼれてしまう。我慢できない快感。
「あ、う、うん、あっ」
　声が止められない。
　絞り上げたまま、指先がコリコリと乳首を転がしてくるのだ。
「ん、んっ、はうぅ」
　止めようとしても漏れてしまう甘やかな声。
『やめてぇ、これ、検査じゃないぃ、だめぇ！』
　ある膨らみを、グッと絞り込んでは、指先が乳首を転がし、時には先端をつぶすようにしてくる、その動きは、愛撫そのものだ。
「あっ、はぁ、　……あっ、あっ、あぁ、ああ！」
　はっきりとした淫声に変わっているのを意識することもできない。
「あん、あん、あう、あ、え？あっ、ああ！あ、あな……た？　あん、あなた？あああぁ！」
　急速に意識が浮かび上がった成美の目に映ったのは、夫の頭だった。
　夫が乳首をすすり上げているのだ。
「ああぁ、あ、あ、あん、だめ、あん、だ、だめぇ」
　両方の乳首を絞り上げながら、ついばむように吸い上げられる乳首。
　身体をのけぞらして嬌声が上がるのを止められない。
「あん、あなたったらぁ、あ～ん、もう、あん、あ、だめぇ」
　相手が愛する夫だとわかれば、一瞬、無意識のうちに押し返そうとした動きの手は、ギュッと首に回してしまうのも当然だ。
「ああ！」
　吸い上げる首を抱き寄せながら、成美は安心して快感を受け止めた。
　目覚めたばかりのなのに、この快感はいったいどうしたんだろうか
　怪しむ余裕もない。
「ああぁ、はううう、あん！だめっ！あああ！」　
　乳首を吸い上げながら、右手が恥ずかしい部分をいきなり探ってきたのだ
『ダメぇ、恥ずかしいからぁ』
　自分でも信じられないほどトロトロになっている。
「あん、だめぇ、あっ、あうぅ」
　秘所がかき回されている。
　掴んで止めようとしても、手に力が入らない。
　ヌチャ、ヌチャ。
　慣れ親しんだ夫だ。どこがどこなのか分からないほどのぬかるみなのに、あっという間に敏感なボタンを見つけ出してしまう。
「ああん、あう、あ、だめぇ、あう、あん、あなたったらぁ、ああ！」
　信じられないほどの鋭敏な快感が起きていた。
「いくっ」
　いきなり身体がふわっと浮かぶ心地のオーガズム。
　夫から味わった、一番、感じてしまったオーガズム。
　だが、その瞬間、身体は、確かに告げていたのだ。「もっと気持ち良い瞬間を知ってる」と。
　成美はそれを懸命に否定しようとした。
　夫と誰かを、いや「何か」を比較してはいけないのだ。
　もっと大きな快楽を、覚えてしまった成美は、それを思い出してはいけないのだ。
　成美は何かを否定したくて、快楽に歪んだままの顔を左右に振る。
　あれを思い出してはいけないのだ。　
　懸命に振る捨てようとする頭に、先生の顔が浮かんでいた。
　いや、顔と言うよりも、あの声か。
　違う。
　全てをさらけ出させられた、あの治療だ。
　振り捨てるべき快感を頭の奥にねじ伏せたはずだが、別のところで浮かぶ言葉がある。
『明日も、治療……』
　どうしよう。
　そうなれば、夫との痕跡がはっきりと出てしまうことが怖かった。
　あの全てをさらけ出すポーズを取れば、夫の名残がトロリとこぼれてしまうに決まっている。
　それは、想像してしまうだけでも恥ずかし過ぎた。
　その瞬間、成美の細い手は、のしかかろうとする夫を懸命に止めていた。
「ね、あなた、ね、だめ、ね、それは、だめ」
　ひとたび、受け入れてしまえば、中で出すのを止めることなんてできない。
　人妻のナカに自由に出して良いのは、夫だけの特権だろう。
　「ナカに出さないで」なんて、夫に言えるわけがないのだ。
　そもそも、精子とはそういうモノなのか、それとも成美の「構造」のせいなのか、身体の奥に出された精子は、翌日一日をかけて、トローっと垂れてくる。
　だから、明日「治療」されれば、その間に、トロッとこぼれてくることは目に見えいていた。
　なんとか、ここで押しとどめるしかなかった。
　夫を受け入れたい欲求と、明日の治療の羞恥の地獄を天秤にして、成美は必死になるしかなかったのだ。
「ごめんなさい。今日は」
「え？」
「あの、今日は、ダメなの。できないから」
「なんで？いいじゃん。感じてるんだろ？」
　チョンと乳首を指先で突かれるだけで、とんでもなく鋭い快感が背中を抜けていってしまう。
「ああ！あう、あん、いじわるぅ、感じて、る、けど、だめなのぉ」
「どうしたの？」
「あの、だって、だめなの」
「なんで？いいじゃん」
　仲の良い夫婦だ。
　セックスしたって恥ずかしいコトでもなんでもないのかもしれない。　
　だが、それは理屈ではない。
　ただ、夫との愛の営みの痕跡を見られることだけは、嫌だったのだ。
「ホントに、ホントなの。お願い、今日は許して。あの……　ほら、腰、腰がまだ完全じゃないんだもの」
「まだ痛むの？」
「ううん、痛みはないけど。もし、これで、また痛くしちゃったら、また、迷惑かかっちゃうもの」
「そんなの、いいんだけど」
「おねがい。ね、あなた。ほら、明日なら、明日なら。ね、それまで我慢して、お願い」
　ひょっとして、夫は自分が何を考えて拒んでいるのかホントは分かっている気がした。
　分からないふりをしてくれているのを、夫の愛情だと思うしかないのだ。
　チラッと見ると、夫のモノが見たこともないほどふくれあがり、ガチガチに硬くなっている姿見える。
『あなた、そんなになってくれてる。それって、私のこと、嫌いになってないからだよね？あなた、ああ、あなた、それを……』
　その時、ふと、思いついてしまった。
　そう、夫の昂ぶりを何とかして上げたいと。
　そんなことをいったことも、自分からしたいと思ったこともなかったが、今こそ、それをするべき時なのだ。
　成美の頭の中には、教わったばかりの技巧が口の中の感触と共に蘇っている。
「ね、お願い、あなた。その代わり、ね、あの、ほらぁ」
　自分がきっと嫌らしい表情をしていると、成美は羞恥にまみれながらも、夫への愛情がそれをいわせていた。
「代わりに？」
「ええ、あの、いつもは、なかなかして上げられないから」
　チュッと、人差し指を唇に当てキスの仕草。言葉にはできなかったが、やってみると、言葉以上に恥ずかしかった。
　だが、それで夫は喜色満面。
「え？フェラしてくれるの？」
「あん、おっしゃらないで。ね、お詫びよ。ごめんなさい」
　結婚以来初めてのことだ。夫が、その気になるのも当然かもしれない。
　パッと体勢を入れ替えて優しげな動作で、夫の下半身にかがみ込む。
　なぜか、想像以上に恥ずかしかった。
「あん、元気ぃ。ごめんねなさい。今日はぁ」
　しかし、ひとたび握ってしまえば、どんなに恥ずかしくても、夫婦は夫婦。その形は手が覚えている。
　慣れた手つきで、硬くなったモノをそっと握ってしまう。
『え？うそっ』
　違和感を感じてしまった自分に驚いてしまう。
『一回り、細い』
　そんな風に思ってしまった自分を慌てて打ち消さなければいけなかった。
「硬ぁい」
　ワザと声を出している自分。
　確かに、硬かった。
　だが、それは、昼間のアレと比べてしまった自分を肯定するつぶやきでもあるのだと、思わずにはいられないのだ。
　瞬間的に指先は、カタチを、大きさを、硬さを、確かめていたのも無意識だけれども、比べてしまっている自分は確かにここにいるのだ。
　しかし、夫への愛情が、せめて気持ちよくして上げたいと動き出した瞬間、戸惑ってしまう。
『先生に教わったことを、しちゃったら』
　それが、男性にとって、どれほどの屈辱になるのか。妻が、愛撫の仕方を他のオトコに教わって、その愛撫で奉仕されることが。
『あ～ん、だけど、分からない、私、今までどうしてたんだっけ』
　今まで通りの愛撫で良いのだ。
　教わったことは使っちゃダメ。
　そう思えば思うほど、どうして良いのか分からなくなる。そのくせ手の中でカチンカチンになっているモノが愛おしくて、できる限りのことをして上げたい成美だ。
　おまけに、いつしか夫を気持ちよくすると、自分の身体まで熱くなってしまう。
　あっという間に、ごちゃごちゃになった記憶などどこかに行ってしまって、夢中になって愛撫していた。
　ピアノを習っていた細い指先は、繊細に、そして、しなやかにカリに巻き付いて、早くも漏らしてしまった先走りを、ヌルリと伸ばしている。
『ああぁ、私、こんなこと、あなたにしてたっけ？してない？あれ、わたし、どうしよ。あなた、怒る？ね、それとも喜んでくれる？』
　不安と混乱と羞恥がついつい、夫の声を聞かせて欲しくなる。
「ねぇ」
「どうしたの？」
「う、ううん。なんか、うん、素敵ぃ」
　夫の声には、悦びが混ざっている。怒りの色がないことが、嬉しかった。
　先端とトロッと濡らしてしまった先走りを、思わずぺろっと舐め上げてしまう。
『あん、なんでだろ、こんな味だったっけ？もっと美味しかった？あれ、私どうしたんだろ……　こんな味だったっけ？』
　舌に残っている味が、夫のモノだったのか、それとも、先生のモノだったのか。それすら考える自分を放棄するしかなかった。
　目の前の夫に尽くすのだ。
　艶めかしい唇に、チュルンと吸い込んでは、またもや、ペロリと亀頭のアゴの部分からゆっくりと舐め上げて、たっぷりと透明な粘液を舐め取ってしまう。
　細く尖らせた舌が、カリに沿うようにして、つつっと動かしている
　卵形の頭を、怒張を中心にして、半回転させて、そのまま唇全体をカポッと被せる動き。
　そのまま、ゆっくりと真上に戻って、唇がカリの部分をこすり上げて、そのまま、チュポ、チュポッと被せながらの浅い動き。
「なんか、いつもと違う？」
「んんっ」
　何を答えて良いんだろう。
　答える代わりに咥えたまま、飲み込む動きを加速した。
　ジュブ、ジュブ、ジュブ。
　ぐっと深く飲み込んで、チュプっと引き出す瞬間、カリに唇を引っかけながらも吸い付くような動き。
　単純だが、それは男を追い込む動きになっている。
　舌を絡みつかせながらの、唇でカリを集中してチュプチュプと刺激する動きを速くする。
　それは、まさに、口全体をオ○○コにしてしまう動きそのものだ。
　口の中で夫がキュンと膨らむ。
「あ、ナル。出る」
　その声を聞いた瞬間、一瞬の迷いは確かにあった。
　今日は夫以外の精子を飲んでしまったのだ。
『罪滅ぼしにもならないけれど』
　夫の出したモノを飲む。
　それを考えた瞬間、昼間飲んだアレとは、何かが違うんだと思わずにはいられない。
『飲むの嫌じゃないけど』
　何かが違うのだ。
　そして、このまま夫を飲んでしまえば、先生と比べてしまう自分が、どうしようもなく嫌になってしまいそうだった。
　無意識が、行動に出ていた。
　チュポンと、唇から抜いた怒張に指を巻き付けて、最後の仕上げ。
　そう、夫のモノを飲めない成美の、いつものやり方だ。
　こうやってドクンと出してしまうモノを掌に受けて、ティッシュで包んでお終い。
　ふたりの、いつものやり方なのだ。
　だが、その時、初めて夫が叫んだの。
「うっ、ナル。飲んで」
　飲めと言われたのは初めてだった。
『え？あなた？』
　おそらくとっさに、「飲まなきゃ」と「驚き」が同居したのだ。
　だからこそ、口をあんぐり開けて奥まで飲み込めなかった。けれども、決してそのままではいけないという思いが唇をつけさせたのだ。
『間に合った』
　亀頭の先端を、ねっとりと唇で包み込んでいた。
　ドクン、ドクン。
　塊のような精子が、みるみる舌の上に溢れてくる。
　その間も、愛おしさゆえに、硬い幹を、搾り取るように扱いている。
　トロ、トロ、トロ。
　名残のように、あふれてくる精子。
『あなたぁ』
　愛情をいっぱい受け止めている気がした。
　だが、それなのに、何かが違う、という思いが、成美の喉を動かしてくれないのだ。
　あふれる精液が止まっても、ヌラヌラと唇は亀頭に押しつけたまま。
　しかし、飲み込むことを喉が拒否しているせいで、唇の端から精子がこぼれていくのに任せるしかなかったのだ。
　そんな妻の葛藤に、夫は気が付かない。
　放出の後の気だるさに支配されて、ぐったりと横たわってしまう夫の姿が目の端に映っている。　
　愛する夫の精子を、成美は飲み込めなかったのだ。
　夫の気配に気をつけながら、そっとティッシュに吐き出した成美は、そっと布団を抜け出して、口をすすいでしまう自分に驚いていた。
　　　　　

あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。

2014.1.18掲載

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