ふたりのために

その２９　盗撮

「痛み、もうほとんどないもの。凄いわ、あの先生」
　誰も聞いていない家の中で、このセリフを何度、口にしただろう。
　ずっと言い聞かせていないと、不安なのだ。自分がどうなってしまうのか。
　不安を紛らわせるためには、細々とした家事を、つまりは日常に逃げ込むしか無い。
　ゆっくりとした動きではあっても、朝からあちこちを掃除しては、シャワーを浴びて、シャワーを浴びては、ちょっとした汚れが気になって、掃除をしてしまう。
　もちろん、その後シャワーを浴びてしまうのだが、実は身体の汗よりも、恥ずかしい場所がぬかるんでいることを、そのたびに思い知らされてしまうのだ。
『何で、こんな風になっちゃうなんて。今日は治療よ、治療してもらうだけなんだから』
　自分に言い聞かせている言葉がウソなのを自分が一番よく知っている。
　だからこそ、腰の痛みがあっという間に取れてしまったことを言葉にしなくてはならないのだ。
「すご～い。もう腰は大丈夫よね。ちっとも痛くなくなったもん。すご～い、あの先生」
　一人「スゴイ」を繰り返しながら本日五回目のシャワーを浴びている成美だ。
　午後一時、まだ、時間に余裕があるはずだった。
　だが、いきなり携帯が鳴った。
　とっさに出る前に、それが先生からであると予感した。
　昨日帰る前に、番号を教えてあった。
　なんとなく、昨日の夜、かかってくるかとも思ったのだが、ずっと沈黙していた電話が、鳴ったのだ。
「はい？」
「もしもし。松原ですが」
「先生！」
「多少、お時間が早くなってしまいましたが、もし、お邪魔ではなければ、先に少々お話をしたいのですが」
「あ、はい。大丈夫ですけど」
「それは良かった。実は、すぐ外におりまして。あの、手土産にアイスなど持っているものですから。失礼ですが電話させていただきました」
「え？あ、どうしよ、今お風呂から」
「あ、ちょうど準備なさっていただいたんですね、ありがとうございます、それでは、そのままで大丈夫ですよ、すぐ治療に移りますから、ね、ほら」
　ピンポンとチャイムが鳴る。
　なんと、もう家に来ているのだ。
「え？あ、で、でも、あのまだ服を」
「あぁ、大丈夫ですよ。治療に入ればどうせですから。それよりも、ドアを？」
「え、あ、はい、あのすぐ」
「すみません、この暑さでは、アイスが溶けちゃいますから」　
「はい、すみません、すぐ開けますから」
　とっさに、タオルを巻き付けて成美は玄関に走った。走ったと言っても十歩もない距離だが、とにかく慌てて扉を開けたのだ。
　よく考えれば、人妻が、タオル一つ巻いただけの姿で人を出迎えるなんて、あっていいわけがない。
　少なくとも、今までの成美だったら、あり得ないことだったはず。
　だが、一つのためらいもなく、ガチャリとドアを開けてしまったのは、セックスこそしていなくても、実はそれ以上の「身体の慣れ」があったのかもしれない。
「どうもすみません、早く着きすぎました」
「いえ、あの」
「あ、奥さん、お構いなく、とりあえず、こちら、ハイ、すぐ冷蔵庫に入れていただいて」
「あ、そんな、先生にお土産をいただいてしまうなんて」
「いえ、ついでですし、大したモノではありません、治療が終わった後にでも一緒にと思いましてね」
　紙袋を押しつけるように玄関を上がりながら、さてさて今日も治療を頑張りましょうと、朗らかな空気で成美を巻き込んでしまうのだ。
　その空気に飲み込まれてしまった成美は、気が付けば、まだタオル一枚巻いただけの姿で、和室で先生と向かい合っていたのだ。
　とっさのことだ。
　それに、今さら、わざわざ服を着るのもわざとらしい気もしたのだが、実際に向かい合って座ってみると、恥ずかしすぎた。
　ピトッと太ももをくっつけて正座する成美だが、バスタオルの裾から秘毛が覗いてしまうのを気にして、両手をさりげなくヒザに置いていた。
「どうです？昨日は、ご主人に求められましたでしょ？」
　いきなりの核心を突く質問。
　本来なら、そんなプライベートな質問に答える必要はない。そもそもそんな質問をすること自体が失礼だ。
　だが……
　昨日のあの時。
　部屋に残った射精の跡を見つめて唖然としていた成美に囁いた低音が蘇ってしまう。
「今日はご主人、狂ったように求めてきますよ。奥さんにたっぷりと出したがります」
　えっと振り返ったときには、もう、松原は知らん顔で下がっていた。
　まるで幻のようなセリフだったのだが、やっぱりアレは本当に言われたんだと、改めて思い出した成美だ。
　もちろん、そう言われても、なんと答えて良いのか分からない。
「あ、お答えはそのお顔で十分です。ええ」
「あの、え、えっと」
「どうです？ご主人は、奥様の昨日の姿を見て怒ってらっしゃいました？」
　どぎまぎしながら、答えを探した成美だが言葉にする前に、松原はニッコリと笑みを見せている。
「ね、ご主人は、奥様の感じる姿をご覧になって、お喜びになったんですよ。言葉を換えると、奥様がエッチになる姿を見て、喜んだんです」
「喜んだだなんて」
「喜んだと言う言葉が悪いなら、興奮した、と言っても良いかな。少なくとも奥様がエッチになった所をご主人は見たいのです」
「そんなことって！」
　成美は、思わず口を押さえていた。
　その仕草を、さも当然だと言わんばかりに優しい表情で見つめてから、うん、と一つ頷いた松原は、突然、視線を外す。
「論より証拠ですよ。ほら、これ見てください」
　枕元の時計をひょいっと取り上げた。
「あら？」
　気が付かなかった。
　さりげなく置かれている時計だが、見たことがない。
　夫が置いたのだろうか？何のために？
　にこやかな笑みで、成美に突き出してくる。
　だが、何だか不気味なモノに見えてしまって、手を出せない。　
　パッチリした瞳を、大きく見開いて、ただ、怖々と見つめるだけだった。
「えっとですね、この時計……　みたいに見える、これ」
「みたいに見える？」
「ええ、まあ、時計であることは確かなんですけどね。ほら、ここ。これご覧ください」
　すぐ目の前に出された時計の文字盤の中央を太い指が指している。
「よ～く、みてください、これ」
「え？いったい、これが？」
「ははは。おわかりになりませんか？最近のものはよくできてますからね～　これ、ビデオカメラなんですよ」
「ビデオカメラ？」
「そうです。普通のカメラと違うのは、撮った映像は弱い電波で飛ばして、そっちで録画すること。きっと、受信装置はご主人の部屋ではないかな？」
「まさか。だって、主人がそんなモノを」
　戦慄した。
　このままだったら「治療」するところを録画されてしまっていた。
　成美の頭は真っ白だ。
　決して期待しているわけでは無いが、この「治療」で、自分がどんな痴態を演じてしまうのかということも、半ばわかりきっていること。
　それを見られてしまうだなんて。
　いや、とりもなおさず、そんなところを、夫が見ようとしていたということ自体が、成美の身体を根底から揺さぶってくる。
　もちろん、既に、昨日見られてしまったという、驚くべき事実だって、自分の中でで消化できているわけでも無いのだ。
「あぁ、これ、私がご主人にお貸ししたものです。セットしたのはもちろんご主人ですけど。何ならご主人の部屋に受信装置があるか、確かめます？」
「でも……　だって……　だって、主人が、いったい何のために……」
　何のために、と言いながらも、そんなことは分かっている。
　ふっくらとした膨らみを覆うバスタオルの端を、ギュッと握る手に、妙な汗が湧いていた。
「だから言いましたでしょ。ご主人は奥さんの乱れる姿をご覧になりたいと思ってるって」
「そんな……　ありえません」
　弱々しい声を絞り出すのがやっと。
　頭の中がぐらぐらと揺れている。
　立っているのがやっとだ。
「いいや。昨日、奥さんも見たでしょ？ご主人の出した跡を」
　目に浮かぶ光景を打ち払わんと、なるみは、イヤイヤと顔を振っていた。
「落ち着いてください。ご主人は奥様のことを大変愛してらっしゃる」
「だけど……」
　じゃあ、何で、自分の妻があんなふしだらなことをしているところを、黙ってみていたのか。
「納得なさっていらっしゃらない？」
「わかりません。主人が、何を考えているのか……」
　絞り出した声には、悲痛が籠もっている。
「昨日は、奥様は本当の姿を出された？」
「本当の姿？」
「オンナとして、あるべき姿です。奥様は、オンナとして、本当の悦びを見せていた。つまりは、スゴイ快感を得ていた。そうですよね？」
「いや。おっしゃらないで」
　自分がどうなってしまったのか、思い出すのは、それだけでも恥ずかしい。
「奥さん！」
　人の良さそうな笑顔だったはずが、真剣な目をしていた。
「拒否しちゃいけない。自分の本当の姿を」
「ほんとうの……」
「奥さんは、昨日すばらしい体験をされた。そして、その姿を見ながらご主人は怒りましたか？ね、奥さん。昨日、ご主人は、不満そうでしたか？」
「いえ、そんなことは、なかった……　ですけど……」
　今にも消え入りそうな声。
　だが、そうやって絞り出している声は、飲み込みたくない真実を、半ば飲み込む覚悟ができた証でもあるのだ。
「そうです。そのはずです。愛する女性の真の悦びを見て怒るはずがない。それどころか、ご主人は奥様を激しく求めて来た」
「で、でも、そんな、だって」
　自分の妻のハシタナイ姿を見て喜ぶのだろうか？いや、それどころではない。
　フッと目を落とした先にある白衣。
　その股間を、いつしかマジマジと見つめていた。
　膨らみも見えないそこに、昨日の面影は見えない。
　しかし、この奥にある、アレから出たモノを自分は、美味しいと感じてしまった。
　自ら、ねだるようにして、他人の精子を舐め、飲み込んでいた自分。
　夫は、そんな姿を見ているのに。
「ね、奥さん。昨日の姿を見て、ご主人は、奥さんへの愛を、さらに深くなさった。お二人の愛情が、ずっと高められたのですよ。それも、自然流れで」
　だが、普通の夫なら、妻のハシタナイ姿を見たら怒るのではないか？
「ね、奥さん」
「はい」
「ご自分に正直になりましょう」
「はい？」
「奥様の気の流れは、滞っていて、それを、すこぉしだけ整えただけで、初めての快感を味わった。とっても、良かったですよね？　思い出して。あの快感を」
　その瞬間、ツンと背中を何かが駆け抜けた。
　蘇った快感だった。
　おまけに低音で迫る声には、ウソを許さない迫力がある。
「ダンナ様とは味わったことのない快感だった。けれども、どうです？　ご主人と一緒に味わいたいというのが奥様のお気持ちですよね？」
「あの、でも、私、今のままで、十分なんです」
　ウソだ。
　成美は、自分がウソをついていることを知っている。だが、それしか答えようがないではないか。
「いえ、奥様は、もっともっと、快感を高められる。けれども、大事なのはそれだけじゃない」
「大事なの、は……　」
「ご主人との愛情だ。ね？奥さん。もっと二人の愛情を高めてしまえば、滞っている気の流れだってご主人と一緒に治していける」
「治せる？」
「そうです。昨日も少しお話ししましたよね。ご主人が望み、奥様が望むこと。そして、お二人の愛情が深まる。そんな世界を知っていただきたいのです」
「主人が望んでいると？」
「奥様もですよ」
　なぜか、成美はコクリと頷いている自分を、まるでそれが自分でないように見ていた。
「奥様。てらいも恥じらいも、いえ、世間並みという常識なんてのも、愛し合う男女の間には不要なのです」
「え？」
「大事なのはお二人の気持ちですよね？」
　それは分かる気がした。だが不要というのは、いったいなぜなのか。
「奥様は、おそらく、小さい頃から『よい子』で来た。どうやらすばらしいご両親に恵まれ、大事にされ、奥様ご自身も親の期待に応えてきた。そうですよね？」
　成美は、怒濤の勢いに飲み込まれたかのように、コクリと頷いてしまう。
「そんな奥様にはいつのまにか、ありのままの自分をご主人に見せるのが怖くなっていたんじゃありませんか？」
　そうなのだろうか？
「セックスの快感というのは、いわば究極のありのままの姿です。どんな人でも、イク瞬間は、素のままの自分でしかいられないから。奥様は無意識でそれを怖がっていた」
「だけど……」
「昨日は、奥様の、そんな抵抗感をホンの少しだけ解き放っただけです。だから、このまま、素のままの自分が出せるようになれば」
「なれば？」
「ご主人はきっと、もっともっと満足されます。そして、奥様ご自身も、ご主人に身も心も安心して全てを委ねられるようになります」
「主人が、喜んでくれるの？」
「二人の愛情が高まるのですから、当然です」
「でも、どうやって」
「簡単です。ご主人は自ら、ビデオをセットしたんですよ？」
　ドキンとする。それは、これから受ける「治療」を見たい、と言うことだと成美も分からざるを得なかった。
「分かりますね？ご主人は、奥様にありのままになって欲しいんです。私はその手助けをするだけです」
「手助け……　でも、あの……」
「そうです。手助けです。いかがですか、改めて申し上げます。私たちの仲間になりませんか？」
「あの……　仲間って？」
「そうです。究極の夫婦愛を、分かっていただくために」
「きゅうきょくの？でえか？」
「そうです。奥さん。どうですか？すばらしい世界に、ダンナ様と一緒に」
「でも、そんなこと」
「難しく考える必要はありません。奥様は、このまま、私のお話を受けていただければ良いだけです。そう、そして、最初の儀式に取りかかりますから」
「え？あの、いったいぜんたい、それは」
「ははは、まあ、意味不明ですよね？いいんです。奥様は、ともかく私の話に乗ってくださいませんか？会に入る儀式なんて、いつだってやめられる」
「あの、いったい何の話を？」
「夫婦仲をよくする会ですよ。と言っても、難しい話じゃありません。どうです？このまま施術を受けて見ませんか？旦那さんに見てもらいましょうよ」
　松原が軽く時計を持ち上げてみせる。
「夫婦仲をよくするために。今の奥様なら、きっと分かるはずです」
　昨日から何度考えても分からない。
　だけど、今、しなくてはならないことだけはわかる。
　痴態を、余すところなくカメラに映し出せということ。
　そんなことできない、と思った。
　だが、それを夫が怒るとは思えなかった。むしろ、その正反対の顔しか浮かばない。
　そうはいっても、それが、なぜ夫婦仲をよくすることにつながるのかわからない。いや、わかりたくないのかもしれない。
　もし、知ってしまえば、今までの夫婦ではいられない気がしたのだ。
「どうですか？もし、納得できなければ」
「できなければ？」
「私が責任を持って、画像を消しますよ。でも、おそらく奥様は、そうは思わないはずですが」
　本当にそうなのだろうか？
　だが、その言葉を覆そうと思う言葉は浮かんでこない。
　何かを飲み下した白い貌は、そのまま、コクリと縦に動いていた。
「よかった。奥様がご納得いったら、後でモデルの話をします。カメラの前で。納得がいったら、奥様は、引き受けてください」
「あのモデルの話って？」
　ニッコリと笑う松原は、それは後でおわかりいただけますと小さく言ってから、ゆっくりと大きく頷いて見せたのだ。
「さて、奥様。おそらく最初は気になってしまうと思います。まずリラックスするところから始めましょう。まだ時間までだいぶあります。まだ録画は始まっていませんよ」
　怖いモノを見るような目つきで「時計」を見ていた。
　だが、それ以上に、松原の言う「会」だとかいうものがわからない。
　そのくせ、そこには何か快感以上の何か、甘美な世界があるのだと、松原の真面目な眼の光が告げているのは信じられたのだ。
　もはや引き返せないのかもしれない。
　気が付けば、夫の笑顔を脳裏でフラッシュバックさせながら、成美は目を閉じて、一つ、大きく頷いていた。
「それでは施術を始めさせていただきます。まずはタオルを取りましょうか。私も失礼して準備させていただきます」
　さっきの場所に「時計」を置くと、さっさと立ち上がって後ろを向いてしまう。
　目の前で、あっさりと先生の白衣が落ちた瞬間、なぜかごく自然な仕草でタオルを自分の手で外していた。
　そう。
　後ろ向きの先生がパッパッと、当たり前のように脱いでいく姿を目に視ながら、成美もまた、一糸まとわぬ裸になったのだ。
『え？なんで？』
　トロリとこぼれたモノが太ももを伝っていた。
　信じがたいほど濡らしてしまったのだ。
　気が付けば、子宮の奥が熱い。
　お腹の下の方に、ふつふつと煮えてくるような感覚があった。
『私、オカシクなっちゃってるの？』
　快感の予兆を、身体が速くも感じ取っている……　　
『そんなはず！』
　無いと思おうとした瞬間、またもやトロリとこぼれる感覚。　
　慌てて、タオルを拾い上げて、拭おうとしたが、触れるのが怖かった。
　もし生地が、トロトロの秘部を抑えてしまえば、湧き上がってくる快感がどうなってしまうのか、考えたくもない。
　太ももにこぼれた秘液だけを、ワザとギュッと乱暴に拭うと、タオルを慌てて丸めてしまった。
　その姿を見られていたのかどうか分からなかった。
　いや、きっと見られてしまったのだろう。
　どうしようも無い羞恥を感じているのに、甘い予感が下腹部に生まれてしまうのに、成美は頬を染めながらも、戸惑うばかりだった。
「さ、始めますよ」
「あっ」
　成美と同じように、一糸まとわぬ先生。
『大きくなってる』
　チラリと怒張に目が行ってしまうのが、はしたない。
　けれども、ニヨッキリと、角が生えたように、黒々としたモノが突き出ているのを見た瞬間、慌てて目を伏せてしまう。
　慌てて両腕で裸身を隠しながらも、今さら、と自分でも思ってしまう。
　ついさっきの話が、どこかに飛んで行ってしまった。
　部屋に、裸で男と二人きり。
　おまけに、身体を自由に触られ、言われるがままのポーズを取らされる。
　いや、昨日のことを考えれば、その怒張が、我が身に、と考えない方がおかしいのだ。
　今この瞬間、頭に置いておけるのは、不可解な松原の話のことよりも、すぐ目の前に迫った「治療」のことだけ。
　パニックになりそうだ。
　どれほどの痴態を演じてしまうのか、考えるだけでも恥ずかしい。
　たとえ今さら隠す意味なんて無くても、そのままヌードをさらけ出していられるほど羞恥心をなくせるわけが無いのだ。
　だが、逃げ出すことなど、少しも考えられないのを、不思議に思えない成美だった。
「さて、では、そちらに横になって」
「はい」
　静かに答えながらも、勃起しているモノを、今度はしっかりと見てしまう。
『あんなになってる。硬そう……　ああ、もし、このまま、先生が入ってきたら、どうなるの、私。ダメっていわなきゃ、よね？』
　そんなことダメ、と当然思わなければならないはずだが「拒めない」という声が頭のどこかに響いているのも確かなのだ。
　だが、二人っきりの家の中で、裸になってしまった時点で、オンナは全てを許してしまっているのと同じなのだろう。
「さて、これをつけてください」
「はい……」
　アイマスク。
　闇に包まれると、心までが、昨日の麻薬のような快楽が蘇ってしまうかもしれない。だが、自らを闇に落とすように、先生を見上げた。
　アイマスクを着けてもらう、その一瞬、先生の動きが止まる。
『あぁ、これ、こんなになってる』
　すぐ目の前に来た、カマ首をもたげて張りつめた怒張をマジマジと見てしまった。
　まるで、成美の目が吸い寄せられているのが分かっているかのように、成美の頭を軽く押さえた手が動かない。
『もし、このまま、押されたら』
　顔の目の前に、すぐ目の前に、猛り狂った怒張があるのだ。
　男が、そういう場面で何を望むのか、想像するまでも無い。
『彼を愛しているんだから』
　それは夫を裏切ることになる。
　しかし、分かっていても、もし、この頭をちょっとでも押されてしまえば、そのままその唇を開いてしまうのだろう。
　いや、心の奥を覗いてしまえば、夫への「ごめんなさい」と羞恥とてらいの奥底には見えていた。
　この怒張に、全てを使って奉仕したいと思う、メスの本能が、暴走しかけている姿だ。
『欲しがってる？私が？』
　そう。
　心に生まれたのは、成美の欲望。男のためでもなんでもなく、目の前の怒張を口にしたいという、オンナの欲望なのだ。
『ワタシ、エッチになってる？』
　自分の心の奥底に潜んでいた淫らさを、唖然とする思いで見つめてしまった。
　だから、アイマスクの闇に包まれた後、肩を支えられながら静かに横たえられた時、寂しさと残念さが生まれてしまうのを、はっきりと思い知ってしまった。
　きっと、そのせいだろう。
　アイマスクをした闇の中で、張りつめた怒張の残像が、圧倒的な勢いで蘇ってくる。
　うつぶせになった尻をグッと持ち上げられて、逞しい怒張が今にも侵入してくる気がしてしまう。
　びっしょりと濡れ、ヌルヌルになってしまった秘唇が、張りつめた怒張を拒めるわけなどなかった。
『ああ……　私……』
　滑らかなカーブを見せる裸身に、戦慄が走る。
　それは怯えではない。
　期待では、もちろんない、と、思いたい。
　愛する人のモノ以外を受け入れたいだなんて望むはずがない。
　だが、反面、闇の中に浮かぶ怒張が美肉をグッとかき分けてきたら、たまらないだろうなという官能の予感が成美の心を包んでいるのも確かなのだ。
『もしこのまま入ってきたら……』
　自分がどれほど乱れてしまうのか分からない。
　だが、子宮が熱く沸き立つこの感覚は、驚くべきことに、成美の中に、貫かれる快感を味わいたがっている自分が棲んでいる証拠なのだ。
『あなたがご覧になったら』
　夫の顔が、優しく微笑み、硬直し、切ない表情にパッ、パッ、パッと変化する。
　なぜか、怒りの顔には変わらない。
　むしろ優しく身体を撫でてくれる、そんな気がしてしまった。
「ああぁ」
　自然に声が出ていた。
　淫声と言うよりは、寒い日に温泉に身を沈めた瞬間のような温かなため息。
　いつの間にか、温かい手が、背中を撫で回していた。
「さて、まずはリラックスですよ～　すぐに、気持ちよくなりますからね～　リラックス、リラックス」
　低い声だが、その声には優しさと、軽いノリが込められている。
「リラックスですよぉ、ほおら、リラックス、はい、リラックス」
「やだ、先生、そんな、リラックスばっかり」
「そうですよ、ね、はい、リラックスぅ～」
　よく通る低音が、おどけたセリフ。
　アイマスクの闇の中で、そのミスマッチは微かな笑いを誘った。
「クスクスクス……　あっ」
「そ、いいですよ、リラックスして」
「あああぁ」
　白い身体に這い回る分厚い手から、いつのまにか、戦慄すべき快楽が生み出されようとしていた。
　　　　　

あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。

2014.1.25掲載

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