| １３ 策略 「…あ、おはようヒカリちゃん」 朝になって、更衣室代わりの客室に入ってきたヒカリを迎えたのは、先に着替えていた忍、そして夢月だった。 忍のほうは清清しい朝を迎えたようだが、夢月のほうは眠いらしく、あくびをしている。 「おはようございます」 丁寧に挨拶を返すヒカリ。 「…で、昨夜、何かあった？」 小声で聞かれたヒカリは、 「…どんなことですか？」 と質問で返した。 「二つの意味で。幽霊関連と、巴」 忍も忍で、包み隠そうとしない。目線の先では、意外に面倒見のいい夢月が、ヒカリが連れてきたノンを着替えさせてやっている。 「幽霊に関しては、何もありませんでした。一昨日の晩は声が聞こえたものですが…」 そういえば、昨日は幽霊の声が何もなかった。巴が一緒にいたからだろうか？ 「…巴に関しては？」 「…それはわたしも興味があるわ」 「きゃっ！？」 いつの間にか、ノンの着替えを終えた夢月がヒカリたちのすぐ傍にいた。 「お前たちは何もなかったの？」 「あるわけないですよ、なんでわたしが順平なんかと…」 大きく首を振る夢月に、忍が追い討ちをかけるように 「いや、幽霊のほうだよ。ヒカリのほうは何もなかったみたいだし、あたしたちのほうにも何もなかった。 先に声をかけておいたけど、叔父さんたちのほうも何もなかったみたいだ」 聖が襲われたのはつい昨日のことだ。また何かがあってもおかしくはない。 「…そういえば、声が聞こえたような…でも、すぐにいなくなったけど…」 「それは、どんな声？」 「…『もういいか〜い』っていう、かくれんぼのときのような声です」 「…やっぱり、何かあるのか、この山…」 忍が腕を組む。そうなれば早く降りてしまったほうがいいのだろうが、崖崩れはまだ復旧していないらしい。 それどころか、雨の影響で小刻みに崩れている場所があるらしく、迂闊に手を出せない状況のようだった。 「…で、甲賀君とはどうだったの？」 話を強制的に戻す夢月。まるでこれを聞くためにヒカリを待っていたかのようである。 「…しっかしヒカリちゃん、胸でかいねぇ…」 「駄目ですよ忍さん、じっと見ちゃあ…」 ブラジャーをつけるさまを見ていた忍が、ヒカリの胸を凝視しながら言うのを、彼女は照れ笑いで返す。 「…巴さんとは、『無事に』一夜を終えました」 ヒカリはそう言った。二人とも目を丸くした。 「えっ！？ちょっと、それどういう意味？どっち！？」 『なにごともなく眠りました』という意味にも、『滞りなく初夜を終えました』とも取れる言葉である。 「…って、忍さん、なんでわたしと巴さんに何かありそう、と思っているんですか？」 聞き返された忍は一瞬あわてたものの、そこは大人である。 「うん、やっぱり年頃の男女だからねぇ。それに、ヒカリちゃん、うちの弟のことまんざらでもなく思ってるみたいだし」 …と返した。 「…そう見えますか？」 「なかなか分かりにくいけど、ちょっと考えればねぇ。男で『ヒカリちゃん』って呼んでるのは大人の叔父さんと一太郎を除けば巴だけだし、いつの間にか、巴のこと『甲賀さん』って呼ばなくなってたし」 「…確かに、順平のことは『日野さん』て呼んでるのよねヒカリって」 明らかに悔しそうにしているのを思い出しながら、夢月もそう言った。 「…まぁ、確かに、高校に入って同じクラスになってから、ずっと…でしたけど…」 口ごもるヒカリ。何が言いたいのかは夢月にも忍にも分かる。 「…そんなに？うちの巴だって同じような感じだったのに」 「えっ？」 （鈍すぎるだろうこの二人…） 忍は苦笑せざるを得なかった。お互い非常に分かりやすい恋愛感情のサインを出し合っていたにもかかわらず、ずっと片思いだと思い込んでいた、というのである。しかも三年生の夏休みまで、である。 「…それで、その初恋の成就は？」 忍がそう尋ねてみると、ヒカリのほうは少し顔を火照らせた。返事はなかったが、忍も夢月も大体理解できたのである。 「…おめでとう、ヒカリ！」 夢月に肩を叩かれたヒカリが、さらに頬を染める。 「でも、これからが大変だよ…高校卒業した後も付き合うんだろうし、何しろ家が大財閥だからねぇ。色々障害ありそう」 「いえ、それは問題ないと思いますが…」 要するに『身分が違う』といいたかったであろう夢月の言葉を、ヒカリは否定する。 「わたしの父は、もともと母の専属運転手だったらしいですし、母は家柄に拘る人でもないです」 （あぁ、そういえば婿入りだ、って前に聞いたことがあったっけ） 着替えが終わって、夢月がノンを連れて朝食に向かうのを見届けたあと、 「…そういえば、あたしが聞くことじゃない、とは思うんだけど…ちゃんと妊娠しないようにしてもらったろうね？」 思えば、そのためにわざわざ巴に対処法を託したのだ。使っていてくれないと洒落にならない。 「いいえ、そのまま中に」 恥ずかしそうに微笑みながら言うのを聞いて、忍は愕然とした。 （あのバカ…！よりによってなんてことを…！） しかし、ヒカリがそれほどあわててもいないのが気にかかり、忍は尋ねてみる。 「…ヒカリちゃん、平気なの？巴の子供、できるかもしれないんだよ？」 「まぁ、わたしとしては出来てしまっても構わないんですが…それだと高校退学になっちゃいますしね」 あくまでゆっくり、いつもどおり話すヒカリ。 「でも、昨日は大丈夫な日でしたから」 「はっ？」 忍は心底驚いた。そういう状況でも、ヒカリは自分の状態を把握していたのである。 「…そういえば、この旅行、日付を指定してきたのはヒカリちゃんだったよね？」 「はい」 「最終的に、あたしの予定ともあってたからOKしたけど、もしかして…安全日を狙って予定入れたの…！？」 「…はい」 控えめに頷くヒカリ。 （嘘でしょ…、この子、そこまで完全に計算して旅行の日にち指定してたって言うの！？） 「…昨日が大丈夫な日だってこと、巴には？」 「言ってません」 （…外見や言動と裏腹に、計算高い子なんだ…。『両親は家柄を気にしない』って言ってたけど、交際を認められなかったときのために『ヤっちゃった』っていう既成事実を作っておいたんだな…） ヒカリの顔を見ると、やはりいつものヒカリである。裏でそんな計算をしていたとはとても思えない。 （そこまで巴のことが好きだった、と思うべきなのか、恐ろしい子だと思うべきなのか…） 「…どうかしました？」 着替えをすでに終えているヒカリは、動きが止まっている忍を見て声をかけた。 「…あぁ、ごめん。…うちの巴は将来、たぶん尻に敷かれるだろうな、って思ってた」 「ふふっ、そうでしょうか？」 微笑を見せた後、ヒカリは『さあ、朝ごはん、出来てるそうですし、行きましょうか』と忍を促した。 |
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| 2013.8.7掲載 |
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