| １７ 忌まわしき追憶 『もういいか〜い…』 薄暗い廊下を、男が歩いている。大柄な男…引き締まった筋肉質である北見とは違い、こちらは中肉中背の大男と言うべきだろう。 廊下には様々なものが散乱している。木片、ガラス片、そして植木鉢、それに入っていたであろう乾ききった土。 この建物がずっと使われていなかったものだ、ということが分かる。 男は『誰か』を探しているように見えた。頻繁に首を動かし、いくつもあるドアの中を覗き込んだ。 物音ひとつしない部屋のなかに、かすかに息遣いが聞こえた。だときに盛大に中身を見られるからねぇ」 忍が笑ってみせる。 「でも、当初『離れ』に行く予定は作っていなかったし、散策するにしても整備されたところを歩く予定だった。 実際、二日目の日は整備された道や、あまり鬱蒼としていたり高い草が生えてない場所を歩いたりしてた。 そのときもスカートだった…ということは、いずれ『離れ』に行く気だった、ってこと？」 「さすがに、こういうことが起こる、とは予想はしていませんでしたが、何故か行くことになる気はしていたんです」 ヒカリは素直にそう言った。 （この子、ノンちゃんみたいに得体の知れないところがあるなぁ…） 八重樫も忍も目を丸くした。 「…いかんな、もうそろそろ出発しないと、降ってきそうだ」 北見が心配しているのは、空模様である。朝から今にも降りそう、というような雲が出ていたがつい先ほどから少し風が冷たくなってきていた。 「山の中での雨は笑えませんからね」 一同がうなずき、急いで片付けると、また先を急ぐことになる。 「なに、ここまで来てしまえばもうすぐだ」 再び歩き出して数分、乾いた地面に足を突っ込んで抜けなくなったりしながらも、なんとか前に進む一行の前に、コンクリートで造られた白い、二階建ての建物が現れた。 「…こりゃ、確かになんていうか、『異質』だね…」 忍の言葉通り、山の中に、しかも登山ルートから離れた場所に建てるにはいささか妙な建物である。 「この建物…」 ヒカリも何か感じるところがあったらしい。 「ともかく、近づいてみよう」 八重樫の提案もあり、一行は、ついに『離れ』へとたどり着いたのである。 「…！」 その建物の玄関前に立った途端、ヒカリは、自分の背筋を冷たい何かに撫でられたように『ぞくっ』とした。 「…あ、く…っ」 「ヒカリちゃん？」 心配した忍と巴が、左右から覗き込む。額にはもう汗が湧き立っている。冷や汗だ。 （…明らかに、『何かがいる』…。人ではない、何かが…） ヒカリの第一印象は、それだった。だが、『それ』が何かはまだ分かってはいない。 外観からでも、その建物がもはや使われておらず、荒れ放題だということは分かる。いつからこうなっていたのだろうか。 北見も聖も、この建物の存在は知っていても、この建物が何に使われていたのかはまったく知らないのだという。 「…ちっ、やっぱり圏外か」 八重樫が自分の携帯電話を覗き込みながら言った。 「連絡は取れそうにありませんね」 彼の言葉が終わるか終わらないかのうちに、その額に冷たいものが当たった。 「…降ってきたみたいだな」 空に手をかざして雨を受けた巴が呟いた。 「よし、中に入ろう」 懐中電灯を取り出した北見が、一同を促した。ヒカリも頷いていた。 「…前にも入ったことはあるが、さらに酷くなっている気がするな」 玄関扉をくぐったところで、北見がそう言った。山の中、それも雨空であることもあり、もう中はかなり暗い。 北見、八重樫、忍が懐中電灯のスイッチを入れた。 頼りない灯りが、玄関周辺の様子を照らし出した。 「…受付…みたいな場所、ですかね？」 建物には看板や、ここがどんな建物なのかを示すようなものは存在していなかった。 玄関正面にはカウンターのようなものがあり、奥で誰かが受付をしたものと思しき場所がある。その右手には上階へ上がる階段が。 「足元に気をつけてくれよ。色々なものが転がってるし、ガラスの破片なんかもある」 「まず、一階を歩いてみま…」 「二階」 八重樫の言葉を遮ったのは、やはりノンだった。 「え？」 「…二階に行くの、パパ、ママ」 そう言うとノンは、巴とヒカリの服の裾をくいくいと引っ張る。 「何か知っているのかい？」 巴が聞いてみる。が、ノンは何も答えない。そもそも、こんな子供がこの建物について何か知っていること自体がありえない。 しかし、思えばこの建物に自分達を導いてきたのも…ノンなのではないだろうか？巴にはそんな気がしてならない。 「…信じて、二階に行ってみましょう。何もなかったら戻ればいいんですし」 「分かった」 カウンター横の階段へ向かう一同。そこに向かうまでにも、倒れた植木鉢やらガラス片やらが散乱しており、足元に気をつけなければすぐにひっくり返ってしまいそうであった。 「…階段も…色々転がってる。一人は足元を照らしてくれ」 北見が先頭になり、一旦階段を一回り照らしてみる。そこにも、木片や紙などが散らばっている。 「…旅館、かな？この建物は。もちろんずいぶん使われていなかったんだろうけど」 八重樫が、足元に転がっている様々なものを見回しながら言う。 「そうかもしれないな。だが、何故道もない山奥に…？」 疑問を呈しながらも、一同は階段を注意深く上っていく。 「…外はもう、完全に降っているようですね。皮肉なことに、こんなときばかり予報どおりだ…」 踊り場の窓から、激しい雨の音が聞こえた。その上、雨脚がかなり強いのか、風が強いのか、吹き込んできているようでもあり、ときおり冷たい感触が顔に当たってくる。 「あの窓も、割れているのか…」 手が届かない位置にある窓。おそらくは機械的な装置で開閉するのであろうその窓も、大きく割れており、その破片は踊り場に散らばっている。 （この窓、外から内側に向かって割れてる…ということは、下から踊り場に向かって石でも投げたんだろうか） 巴はそんなことを考えていた。これを割ったのが人間ならば、そういうことになるだろう。しかし、ここに潜んでいるのは…。 |
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| 2013.8.24掲載 |
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