| １９ 死してなお求める者達 『…おねえちゃんだ…』 『…うん、おねえちゃんが帰ってきたよ』 暗闇の中、『彼ら』は待ち望んでいた瞬間を喜んでいた。 そう、文字通り、彼らは『待っていた』のである。 「…くっ…」 異臭の立ち込める、惨劇と悪意の部屋。この場所に来てから、ヒカリはなぜか背筋が常に撫でられているかのような不快な気分に襲われている。 「…ヒカリちゃん、凄い汗だ…」 巴は、ヒカリの様子がおかしいのに気づき、声をかける。 「巴、たぶん、『ヤツら』はヒカリちゃんを狙ってる。それが何故なのかはまったく分からないが」 『ヤツら』とは、ここにいる『何か』のことであろう。そして、その正体とはおそらく…。 ヒカリを慮って部屋を出、次の部屋を、と話をしていたところへ、 ガタン、という物音が響いた。何か大きなものが倒れたような音である。 「…今の音は…？」 「この部屋の前に入ったあの部屋から聞こえたようだが」 八重樫の言葉に、北見が指を差す。つい先ほど入ったばかりの部屋だ。 「…よし、僕が見てくる」 「念のため、あたしも行くよ」 忍と八重樫が、つい先ほど入った部屋のドアに近寄る。すると…。 「うわあっ！？」 声とともに、八重樫の持っていた懐中電灯の灯りが消えた。 「一太郎…うわ！？」 直後、忍の叫び声が遠ざかっていく。 「な、なんだ、姉貴！大丈夫か！？」 「待て、巴！」 走り出した巴を、北見が肩を掴んで制する。 「…ここを見てみてくれ」 そう言った北見が懐中電灯の灯りを床に向ける。いや、そこには床はなく、ぽっかりと穴が開いていた。 下には、倒れている八重樫と、その上に折り重なる忍がいる。 「ここに落ちたのか…でも、こんな穴、さっきは見なかったような…」 「おーい、八重樫くん、忍！大丈夫か！？」 穴の近くにうずくまり、北見が声をかける。二人はしばらくしてゆっくりと起き上がった。 「…なんとか、大丈夫です」 「怪我は！？ともかく、我々がそちらに行くから、君達はそこにいるんだ」 北見が巴とヒカリ、ノンを見る。三人とも頷いた。 足元に気をつけつつ、階段へ向かおうとした四人だったが、突然ヒカリが『あっ』と声を上げた。 「…あ、あれを…！」 ヒカリの声に導かれるまま、北見が正面を照らす。そちらは、先ほど上ってきた階段の方向である。 「…人影、それも一人じゃない…！？」 巴が絶句した。こんな場所に自分達以外に人がいるのだろうか？それとも…。 考えていると、三つの人影が廊下の奥へと吸い込まれるように消えていった。 「…ったたた、一太郎、大丈夫？ハデに上からボディプレスしちゃったけど…」 「あぁ、胸がクッションになったおかげもあって大事ないよ」 頭を掻きながら体を起こす八重樫に、忍が目を吊り上げる。 「…ったく、人が心配してるっていうのに」 「あぁ、悪い悪い。忍のほうこそ、怪我は？」 パンパン、と服の埃を払い、八重樫は辺りを見回しながら尋ねる。 ここは玄関ホールの受付カウンター（？）の前らしい。ここに来た直後に通った場所だ。 「幸い、北見さんたちとはそれほど離れていない。合流を…」 「一太郎、あれ！」 八重樫の言葉が終わらないうちに、忍が声を上げた。 「…なっ！？」 忍の懐中電灯が示す先には、二つの人影があった。 『もういいか〜い…』 そして、『例の声』。ヒカリと聖が聞いたというあの声が響く。 「…あれが『幽霊』か…！』 立ち上がり、廊下を見据える二人。ついに『実物』を目撃したのである。 忍は、床に転がっていた『杖』を拾い上げると、廊下の奥に現れた二つの人影を見据えた。 いや、それが本当に『人影』であるかどうかは定かではない。むしろ『幽霊』と言うべきなのかもしれない。 八重樫も身構える。この幽霊たちが、聖を襲撃した者の一味である可能性は高い。 しかし、意に反して二人の幽霊は廊下の奥へと消えていく。 「…どうする？追うか、それとも合流を急ぐか？」 八重樫が忍に、目線を移さずに尋ねる。目配せの後、二人は、 「幽霊が現れた！一階の廊下の奥だ、後を追う！」 と、上に向かって叫んだ後走っていった。 一方、北見たちも三人の幽霊を追っていた。先ほどの穴の件もある。懐中電灯で足元を照らしつつの慎重な探索を進めなければならなかった。 「…向こうにも、幽霊が現れたみたいですね。俺達を分断するつもりなのかも」 「どの道、もう分断されてしまった。ならば、今ある手がかりを追うしかないだろう」 北見がこのように後先を考えない発言をするのは珍しいことである。 あの『幽霊』が、大切な聖を穢した者であるため、熱くなっているのである。 女性でありかつ運動神経が鈍いヒカリは、北見と巴の幾分か後ろを走っていた。 （あの幽霊が、わたしをここに呼んでいた…何のために！？もうすぐ、それが分かる…！） 息が切れる。しかし足を止めるわけにはいかない。ヒカリも必死である。 しかし、そんなヒカリの必死な疾走とは裏腹に、彼女のすぐ後ろを走っていたノンは、少女とは思えない速さで、しかも疲れた表情を見せずに追いすがっていた。…が、ヒカリにそれを気にする余裕はない。 「…止まって！」 不意に、ノンが追いつき、ヒカリの袖を強く引いた。ヒカリは自分が前に走っていた勢いを抑えられず、尻餅をついた。 「痛っ！」 その直後、ヒカリの目の前に凄い勢いで壁が降りてきた。いや、正確には防火用であろうシャッターである。 「しまった！」 突然背後に下りてきたシャッターに気づき、北見と巴はとって返した。 「…くそっ、これも、幽霊の仕業なのか…！？ヒカリちゃん！」 持っていた荷物を投げ捨て、巴はシャッターに向かって走り、体当たりを繰り返す。しかし、シャッターはしなりはするものの、巴の体当たりくらいでは壊れそうにない。 「どけ、私がやる！」 北見が巴を押しのけ、体ごとぶち当たる。廃墟に金属音が大きく響き渡った。 背後で体当たりの音が繰り返される中、ヒカリとノンはシャッターを背後に、幽霊三人と対峙していた。 追っていたつもりが、いつの間にか追い詰められていたのである。 『…みぃつけた…』 少年が三人。そして、その姿が徐々に鮮明になっていき、人の形を造っていく。 『おねえちゃん、見つけた…』 （嘘…。確か、失踪したのは『生方紀子』という女の子を除けば小学生ばかり…でも…） ヒカリは目の前の光景に息を呑んだ。目の前にいる三人は、どう見ても高校生以上。大人もいる。…少なくとも小学生には見えないのである。 「…わたしを、探していたというのですか？」 ヒカリは、必死に息を落ち着かせ、尋ねてみる。 『そうだよ。ずーっと、探していたんだよ。おねえちゃんがあの『悪いヤツ』をやっつけた後、ずーっとだよ』 三人のうちの一人が答えた。 「『やっつけた』…？」 聞き返しても、答えはない。その代わりに三人がにじり寄ってくる。背後ではシャッターが大きくしなっている。 二人がかりでの体当たりがまだ続いているのだ。 『…僕達全員で、『おねえちゃん』を泣かせる『悪いヤツ』をやっつけて、それを『おねえちゃん』が片付けに行ったじゃないか。『おねえちゃん』、なかなか戻ってこなかった。凄く怖かった』 （失踪事件後に発見された男の遺体というのは、まさか…！？） 『幽霊』の言葉に聞き入るヒカリ。目の前の三人は少なくとも小学生には見えないが、やはり言動は幼い。 これは聖が言っていた通りである。 『さあ、おねえちゃん、僕達と行こう』 幽霊の一人が、ヒカリの手を取った。幽霊に手を取られるというのは、なんとも奇妙な心持ちであるが、少なくとも手がすり抜けるとか冷たいとかはなく、ごく普通の人の手のように、ヒカリには感じられた。 「…どこへ？」 『おねえちゃんが気持ちよくなっていた、あの部屋へ』 「…えっ…」 ヒカリが小さく声を上げた瞬間、他の幽霊達がヒカリに組み付いてきた。 「んぐっ！？」 まず口をふさがれてしまったヒカリは、ろくに声も立てられず、三人に軽々と持ち上げられてしまった。 『…僕達も、おねえちゃんをいっぱい気持ちよくしてあげる。やり方は、この前別の人にやってみたから、わかってるんだ』 （ひ、聖さんのこと…！？それじゃ、まさか、わたしは…！） 「ん、んぅ…んぐっ！？」 精一杯声を出そうとするものの、声が出せない。暴れても身動きが取れない。 これが忍であればまだ体を動かせたかもしれないが、いかんせんヒカリではどうにもならなかった。 （巴さん…！） 数分後、シャッターが体当たりによって破られ、北見と巴が姿を現した。 「ヒカリちゃん！」 しかし、その場所にはすでにヒカリの姿はなかった。 「…くそっ、一体どこに連れ去られたというんだ！？」 あの時、もうほんの少しヒカリの傍にいたならば。巴は自分の失敗を悔やんだ。 聖の件がある。幽霊たちがヒカリを連れ去る理由は…ひとつしかない。 「探すぞ、巴！」 もはや分断される、とかどうとか言っている場合ではなかった。 …しかし、巴も北見も、そして連れ去られていったヒカリも気づいてはいなかった。 そこにいなければならないはずのノンの姿がないことに。 そしてもうひとつ、誰も気づいていないことがある。八重樫たちの前に現れたのは二人、そしてヒカリとノンの前に現れたのは三人。合計、五人であること…。 |
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| 2013.8.28掲載 |
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