| ２５ 疾走 「…巴、叔父さん、ここにいたか！」 二階に駆け上がった忍たちは、その直後に巴、北見と合流を果たしていた。 「姉貴、八重樫さん！」 「無事だったか！」 ヒカリが少年達に攫われてから、数分あまりのことである。 「ヒカリちゃんは！？ノンちゃんは！？」 忍も八重樫も息を切らしている。距離自体は短いとはいえ、ここまで全力疾走してきたのであろう。 「…すまない、私達が足止めを受けている間、幽霊達に攫われたようだ」 「くそっ…」 北見の言葉に、巴が自責の言葉を漏らす。 「…やっぱり、あいつらの狙いはヒカリちゃんなのか」 忍がそう言った。 「おそらく、今現在まで大人しかったヤツらが急に行動を開始したのも…ヒカリちゃんが…いや、僕達がこの山に来てしまったからなんだろう。だが、彼女はまだしも、ノンちゃんは何故攫われたんだ？」 「分からない。周辺の部屋をいくつか調べてみたけど、ヤツらが足を踏み入れた形跡もないし、ノンちゃんもヒカリちゃんもいなかった。次は、『あの部屋』を調べよう、と北見さんと言っていたところだ」 巴が忍に言う。北見もあわせて頷く。 「…というよりも、彼女が囚われている可能性が高いのは…やはり、あの部屋である可能性が高い」 あの異臭漂う部屋。紀子という少女が何度も凌辱を受けた悲劇の部屋。 少年達が連れて行くとすれば、あの部屋しかないだろう。 一同は頷きあい、程近いその場所を目指していた。 「…鍵がかかっている…？」 ドアのノブに手をかける巴。しかし、先ほどとは違い、今度は鍵がかかっているのだろうか、押せども引けども開かない。 「くそ、時間を取られている場合じゃない！」 巴が数歩下がり、勢いをつけての体当たりを開始した。 二度、三度、と繰り返し、ドアが激しい音を立てるもびくともしていない。 「…おかしい、ただのドアじゃない。十五年も前から放置されていたにしては、頑丈すぎる」 見たところこのドアは木製である。それが十五年も手入れもされぬまま放置されっぱなしだったはず。 廊下の窓ガラスは割れている。雨も吹き込んできたことだろう。実際、ドアの見た目はあちこちに染みができ、場所によっては腐っていることも分かる。それなのに、巴の体当たりでヒビひとつ入らないのだ。 「…どいてくれ！」 八重樫が、先ほどの脚立を手に突進した。脚立とドアが衝突する音が響く。 「くそっ、これでも駄目か！」 やはり二度、三度、そして四度も破城槌のように叩きつけるも、これもやはりびくともしていない。 「ど、どうなっているんだ！？これもあの幽霊達の執念だっていうのか！」 座り込んだ八重樫に代わり、今度は忍がドアにガンガン蹴りを入れる。しかし、八重樫が武器を使ってなお壊れないドアがいくら忍とはいえ女の蹴りで壊れるはずもなく、音ばかりが響く。巴が拳を叩きつけても結果は同じだった。 「…どうする？いっそ火をつけるか？」 北見が言う。しかし、八重樫は首を横に振る。 「それは最後の手段にしましょう。最悪、中にいるヒカリちゃんも我々も危なくなります」 荷物の中にマッチやライターはある。しかし、ドアの中にはヒカリがいる。助けるのが遅れればヒカリを死に至らしめる可能性も高い。 責めあぐねる一同の耳に、雄叫びのような声と地響きのような足音が近づいてきた。 「おおおおおおぉぉぉぉ！」 階段を一気に駆け上がってきたその姿に、巴も忍も絶句した。 「じゅ、順平！？」 少年の幽霊…紀子の弟の幽霊に連れられてここまで走ってきた、日野順平その人である。 『そのドアだ！』 「分かった。おい甲賀、話は後だ！行くぜ！」 『幽霊』の言葉を受けた順平の右手には、ある物が握られていた。 彼は、目標のドアの前に躍り出ると、右手に持つそれを振り上げドアに勢いよく振り下ろした。 ばきぃっ！と、木が割れる音がした。 「もう一丁！」 もう一度、高々と振り上げ、振り下ろす。破壊力なのか相性がいいのか、それとも幽霊の力が順平に加わったのか、びくともしなかったドアは無残にも文字通りの木片と化していく。やがて、ドアには人が通れるほどの大穴が開いていた。 「…順平！何故ここに」 巴が、忍が駆け寄る。順平の右手に握られていたのは、ペンションに置いてあった薪割り用の斧だった。 「いや、それよりも正確な道も知らないのに、雨の中どうやってここまで来たんだ？」 北見も不思議そうにしている。 「あぁ…俺も信じられない話だがな…こいつに連れられて来たんだ。 はっきり言って理屈は分からないが、ここまで来るのに体が綿毛のように軽くて、走ってくるのも苦じゃなかった すげぇんだな、幽霊の力って」 親指で背後を指差す順平。そこには、宙に浮かぶ少年がいた。一同は目を見張った。 『…』 少年は何も言わなかった。しかし、巴たちにはこの幽霊を責めている時間はない。 「…中に入るぞ！」 巴が先頭になって中に飛び込んでいった。 「これは…」 ヒカリを助けるために踏み込んだ一行は、そこで奇妙な光景を目にすることになる。 |
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| 2013.9.11掲載 |
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