| ２７ 浄化 「…こ、これは…っ！？」 部屋に飛び込んだ巴たちは、信じられない光景を目の当たりにしていた。 あの染みだらけのテーブルの中空に、五人の少年達の幽霊が浮いており、子供の姿のまま並んでいる。 彼らは口々に『おねえちゃん』、とか『もういいかい？』と思い思いのことを口走り、時折『気持ちいい？』、『もう駄目！』とかそういう言葉も混じる。しかし、その五人はただただ中空に浮かんでいるだけであり、彼らの『対象』はいない。 いや、幽霊達は声を出しているだけで身じろぎひとつしていないのだ。 そして、幽霊達とはテーブルを挟んで反対側の壁際に、ヒカリが座り込んでいた。呆けたように天井のほうを見上げている。 「…ヒカリちゃん！」 巴がヒカリを助け起こす。 「…どういうことなんだ！？何が起こったの！？」 「…え…？…あ、う…分かりません、わたしにも何が起こっているのか…でも…」 ヒカリには怪我をした様子もなく、また乱暴を受けたり服を無理矢理剥ぎ取られた、といった様子もない。 攫われたときとなんら変わりない様子で座り込んでいた。ただ、頬は火照っており、ぼーっとしているようにも見えた。 「…巴さん、また無事に会えて、嬉しいです」 ゆっくりと、しかししっかりと巴に抱きつくヒカリ。巴のほうも、彼女をしっかりと受け止める。 「…とりあえずは一安心だが…これは一体どういう状況なんだ？」 八重樫が上を見上げる。奇妙な光景はまだ続いていた。 『…おねえちゃんだ…僕のおねえちゃんが、ここにいるんだ』 順平をここまで連れてきた幽霊…『ショウイチ』がそう言った。 「…紀子さんが、ここにいる…？」 ようやく巴から離れたヒカリが、『ショウイチ』に尋ねる。 『うん。『生方紀子』。僕の『おねえちゃん』』 そう言った『ショウイチ』が、テーブルの上を指差す。 『ほら、あそこに』 テーブルの上には、先ほどまで誰もいなかった。しかし、指で示された先を改めて見ると、そこには少女が立っていた。そのまま天井…少年達の幽霊をまっすぐ見据えていた。 「…嘘…そんな…！？」 ヒカリたちは絶句した。 「…ヒカリ…ちゃん…！？」 テーブルの上には、ヒカリが立っていた。もう一人のヒカリが、天井をまっすぐ見据えていた。 『…『おねえちゃん』』 「どういうことだ？なんでヒカリちゃんが二人…！？どっちかが偽者なのか！？」 『違うよ。あそこにいるのは、僕の『おねえちゃん』だよ』 『ショウイチ』がそういうと、呼ばれたことに気づいたもう一人のヒカリが振り向いた。 『…『ショウイチ』。ここまで、この人たちを連れてきてくれたのね？』 『うん！もう、『カズキ』や『ユキオ』たちにこれ以上悪いことをさせられないよ…おねえちゃんはそんなことを望んでいなかったんだ』 『えぇ、そうね…。でも、今日でようやくそれも終わる。やっと、あなた達を迎えに来ることが出来た』 そう言った紀子の姿が、少しずつ縮んでいく。そして、テーブルの上に残ったその姿はまさしく…。 「ノンちゃん…！？」 江馬ノン、まだ幼い少女だと思っていた彼女だった。 「…そうか。今まで考えもしなかったが…そういわれれば、失踪した六人の幽霊がいるのに、もう一人…君の幽霊がいても不思議はなかったんだ」 八重樫がそう言った。 『…はい。あの子たちを迎えに来るために、幽霊になってしまったようです。 そして、十五年間…あの子達を連れて行くために、あの子達のところに行くために力を尽くしていました』 ノンは…いや、紀子はそう答える。 『でも、あの子達とは違い、わたしは幽霊になってもそこまでの力は持っておらず、あの『離れ』という建物に近づくことすら出来なかった。そんなとき、あなた達が現れたんです』 紀子がヒカリを見る。 「…なぜ、わたしだったんですか？」 『あなたほど適した人物がいなかったからです。わたしは、子供の頃の姿になってあなたの前に現れました。 そうしたほうが警戒もされないだろう、と思って』 「そうして、何度かわたしを助けてくれましたね？」 『…あなたを、危険な目に合わせてしまったこともあり、最低限命だけは守ろう、と思っていました』 ヒカリの問いに、紀子は淡々と答える。そんな中、少年達は時たま声を上げている。 「あの幽霊達には何が起こっているんだね？」 『わたしが幻を見せています。幻の中で、わたしの体を…』 そこで言葉を止める紀子。そこから先は何を言いたいのかはいやでも分かる。 そして、ヒカリの脳裏に、つい先ほどまで自分が少年達に受けていた『行為』の内容を思い出し、火が出そうなくらいに頬を染めた。 『本当に、ヒカリさんの体に傷をつけさせるわけには行きませんでしたから』 「巴のものだもんね、ヒカリちゃんは」 忍の言い方に、今度は巴が頬を染める。 「こら」 八重樫に言われ、忍が舌を出して見せた。 『おねえちゃん、もう、僕達はずっと一緒だよ…。ずっと』 『そうだよ、ずっと待っててさびしかったんだよ』 『大好きだよ、お姉ちゃん』 中空に浮いた幽霊達が、ざわめき始めた。どうやら、『満足』したらしい。めいめい感想を述べている。 『さあ、こっちへいらっしゃい、『ショウイチ』。やっとわたしたちも、本来いるべき場所にいけます。 ごめんなさい、迎えに来るのが遅れてしまって…寂しかったわよね？』 『うん。でも大丈夫だよ。これからは、ずっとおねえちゃんと一緒だから』 『ショウイチ』を引き寄せ、紀子は上を見上げる。 「…紀子さん、あの…」 『…その時が来ました。わたしは酷い死に方をして、思い残したことがあって幽霊になりました。 でも、最後に、あなたたちに会えてよかったと思います。ヒカリさん…いえ…』 伸ばされた手を取るヒカリ。どこか懐かしいような感覚。そもそも幽霊に触れているということが異常だというのに、触れているとどこか安心感すらある手。少年の幽霊達をも、声一つで安心させていた存在。それが紀子という存在なのだ。 『…ママ…パパ…』 テーブルの上の紀子が手を上げた。 『…さあ、お願いします。わたしたちを空へ』 部屋中がまばゆいばかりの光に覆われた。ヒカリは、目をふさぐ直前、ノン…いや、紀子の髪が淡い紫色に燃え輝くのを見た気がした。 「…う…く…っ」 巴が、忍が目を開く。続いて順平も八重樫も。 「…紀子…さん…？」 八重樫とヒカリも目を開き、部屋中を見回す。その部屋にはもう、彼ら以外の誰もいなかった。 つい先ほどまでそこにいた幽霊達も、紀子の幽霊も、誰もいなくなっていた…。 …雨が、止んでいた。 |
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| 2013.9.16掲載 |
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