| ３１ 晴空の下 「おはよ、順平」 「ん？あ、あぁ」 大あくびと共に体を起こした順平に声を掛けたのは、もちろん夢月である。 「あれ？ここどこだ？なんで夢月がいるんだっけか？」 「寝ぼけてるんじゃないの」 ばん、と頭を叩く夢月。 「あぁそうか、ここはペンションで、俺とお前は何故か同じ部屋に寝たんだったな」 「そ。まぁ今更嫌がったり文句言ったりはしないわよ」 昨日の順平は、ベッドに入った途端疲れと眠気に襲われ、あっという間に寝入ってしまったものである。 もっとも、昨日の運動量に関しては、巴たちよりも順平のほうが多いかもしれない。なにしろ、ペンションから『離れ』までの険しい道を駆け抜けた上、その直前には夢月、そして聖と『激しい運動』をしていたのだから。 さて、夢月のほうはというと、若干拍子抜けではある。就寝直前まで『手を出されたらどうしよう』とか考えていないこともなかったものの、いざベッドに入った順平があっという間に寝てしまったので、ある意味不完全燃焼のまま夜を明かしたことになる。 とはいえ、自身も疲れはあったのでそのまま眠ってしまったのだが。 「たぶん、ここにいるのも今日と明日の朝で終わりね」 「…あぁ。なんだか、いっぺんに色々なことが起こりすぎて正直頭の中がどうにかなっちまいそうだよ」 「…とりあえず顔を洗って着替えてきたら？」 「あぁ、そうする」 順平が部屋から出て行く。 （例の声、なかったわね…それじゃやっぱり、本当の意味で『片がついた』んだ…） つい昨日の朝までは、ノンがいた。しかし彼女は紀子の幽霊で、もう手の届かないところに行ってしまった。 もちろん、それが本来あるべきことなのだ。それでも、そうと分かっていても、一抹の寂しさはやはり拭えない。 「…素直で、いい子だったわね…」 「みんな揃ったかな？忘れ物はないかい？」 北見と八重樫がリーダーとなり、一行はペンション前に集合している。旅行の終わりの前にもう一度散策をしておきたい、と希望の声があったため、全員で一度周ってみよう、という話になったのである。 （前はたしか、ノンちゃんがいて、あまりの暑さに調子が悪そうな彼女を心配する声が出て…ひょっとすると、あれもまた、聖さんがさらに被害を受けないための演技だったのかな…？） 今になって八重樫はそんなことを考える。 先日までの雨空が嘘のような快晴だった。工事はもう始まっているらしかった。 前の散策とは違い、今度は聖も含めて全員で歩くことになった。明日の帰還を予定しているため、最後に全員で歩きたい、と提案されたのである。 といっても、『離れ』の周辺のような道なき道ではなく、あくまでもペンション周辺だけの散策である。 ひょっとしたら、先日の雨のためまだ崩れやすいところがあるかもしれない、と危惧してのことだった。 よって、ヒカリはスカート着用である。 （そういえば、いつの間にか綺麗に四組のカップルになってるねぇ） 面々を見回すと、確かにそうなっている。誰かが号令をかけたわけでもないのに、八重樫と忍、巴とヒカリ、順平と夢月でくっついて歩いている。北見と聖に関しては夫婦だし、目に見えてくっついて歩いているわけでもないのだが。 （…聖さんには悪いけど、上手いこと丸く収まったのかな、今回の件） その聖にしても、先日のことをあまり深く考えてはいないようだ。もっとも、それも北見からの愛情あってのものなのだろう。 時間にして数十分。それほど長い散策ではなかったものの、それでも一同はようやく『本来の』旅行の目的を少しでも果たし、満足そうだった。八重樫のほうも絶えず（デジタルではないカメラの）シャッターを切っていたようである。またどこかの雑誌にでも投稿するのだろうか。 真夏の太陽の下、帰途についていた巴は、ヒカリの後ろで悶々としつつ、その隣に行こうかどうか迷っていた。 （あれ…？） その巴の異変に気づいた忍は、原因を探るべくヒカリを見る。そしてその理由を悟った。 （本当ウブだねぇ、巴は） 暑いのは忍も巴も、そしてヒカリも同じである。そしてヒカリは露出は少ないものの薄着だ。 忍は苦笑しつつ、歩く速度を落としてヒカリの横へさりげなく移動すると耳打ちをする。 （ヒカリちゃん、ブラ、透けてるよ） （…えっ！？） 思わず胸を覆うヒカリ。白いワンピースが汗で肌に張り付き、見事に薄いピンクのブラジャーが透けていた。 巴はそれを見て、横に行くべきか、他の男に見られないように後ろにいるべきか悶々としていたのであろう。 忍が後ろに回り、今度は巴に声を掛ける。 「ほら、あたしが後ろにいるから、巴は横に行ってやりなよ」 「…大きなお世話だよ」 とはいえ、助かったのも事実である。 ペンションの前にたどり着いたころには、誰もが暑さの下で汗だくになっていた。 夢月ですら服が透けるのを警戒して胸を覆っていたほどである。ヒカリを前から見て気づいていたのだろう。 「それじゃ、各自着替えでもした後ペンションの前で全員そろって記念撮影でもしておこうか」 八重樫の言葉に、北見も 「それはいいね。色々なことがあったが、最後は旅行らしく締めくくろうじゃないか」 と同意した。 「それじゃ、若者が前だよ」 忍がそう言って、わざわざ巴とヒカリ、順平と夢月を隣り合わせて前に並ばせ、自分と八重樫はその後ろにつく。北見夫妻も後ろだった。 順平のほうは、夢月から『なんでこいつの隣なんですか』と言われるかと思ったものの、案外何も言ってこなかったので驚いたというか拍子抜けしていた。 （そういえば俺、もともとは甲賀のヤツと口縄さんの仲を妨害？するために来たんだった気がするな…） 撮影前だというのに、順平は頭を掻いていた。それに関しては、夢月の前で『口縄さんには手が届きそうもない』とは言っているし、自分でもそう思っている。少なくとも、どちらかというとヒカリから巴に歩み寄っている現状では、どうしようもないだろう。 （いつの間にあんなに接近してたんだ…？） 接近した、といえば自分と夢月のこともそうである。発端は間違いなく聖ではあるが、考えてみればそんなに嫌でもなかったし、むしろ夢月の性格は自分と馬が合う気がする。 「それじゃ、撮るからカメラのほうを向いて！」 八重樫が持ってきた三脚の上にデジタルカメラを載せ、スイッチを入れて急いで列に加わる。タイマーのスイッチが入った。 「…？」 不意に指先に柔らかい感触を覚え、順平はそっちに目を向け、すぐに正面を向きなおした。 自分の指先に、夢月の指が触れていた。 シャッターが切られた。 「…どれ、誰も目を閉じていないだろうな」 デジタルカメラなので、撮った映像はすぐ見られる。この後もう一枚、曰く『仕事と投稿写真専用』のカメラで撮るつもりだった。 「いい写真だったらみんなに送ってよ？」 「分かってるって」 八重樫が三脚に歩み寄り、カメラを取り上げて写真を確認する。 「…うん、よく撮れているよ」 全員に撮れた画像を見せて回す八重樫。 「それじゃ、もう一枚撮っておくか」 そう言って、もう一度三脚の上にカメラを載せる。 再び二列に並ぶ一同。聖と北見がさりげなく肩を寄せあい、八重樫が忍の肩を引き寄せる。 さすがに二度目はなぁ、と思った順平と夢月はそのまま立っている。 （そろそろかな…？いってらっしゃい！） 夢月は、隣にいるヒカリをちらっと見ながらタイミングをうかがい、シャッターが切られる直前になって、ヒカリを横から突き飛ばした。 「きゃっ！？」 小さい悲鳴とシャッターが切られる音がした。 「あははは、こりゃいい写真だ」 出来た写真を見て、忍が大笑いしていた。夢月に突き飛ばされたヒカリが見事に巴に抱きついてしまっている。 「も、もう、何をするんですか…っ！」 真っ赤になったヒカリが夢月に怒っている。巴は呆然としていた。 夕暮れ時になって、工事が終わったという連絡が入った。 |
| あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。 |
| 2013.9.25掲載 |
蔵人一文字さんの作品群→ |