龍 晃一 作
| 第６章 大分での最後の別れ 吉竹雅子とウェスティンリゾートグアムで過ごした５日間が無性に懐かしく思えた。年始になると佐賀県の担当店の引継ぎがあり、大分にも引き継ぎに行かなければならなかった。社内で雅子とすれ違っても「元気」と挨拶する程度であった。 雅子は、旅行から帰国すると一人旅は、 「過去と決別する為に行った」 と両親に話した。 「私は、あの人に嫁ぎます。私が嫁ぐことが弟も妹も両親も救われます」 と告白していた。両親は、ただ、 「ありがとう、ありがとう」 と泣くばかりであった。妹も弟も泣いて別れを惜しんでくれたと話してくれた。 「これで弟も妹も大学までは行ける」 と雅子も安堵していた。 明日から大分に行くという夜、雅子が食事の材料を買ってきていた。初めて雅子の手料理を食べることが出来た。 雅子は、泊りたいが泊れないと言って１０時過ぎに帰った。雅子の愛用するミツコの香水が仄かに香ってくる。その薫りを雅子だと思って眠った。 目が覚めると博多駅に行き、大分行きの切符を買った。電車の中から真澄と順子にこれから大分に行くことを知らせた。真澄からはすぐに返信が届いた。 「今夜、マンションに来てください。食事を作って待っています」 今回は、２泊３日の予定で大分に来ている。限られた時間で順子に会えるか解らなかった。 電車が大分に着くころになって順子のメールが届いた。 「ごめんなさい。遅くなって----今夜、宜しければ一緒に食事をしたいので大丈夫ですか」 「ありがとう。６時頃にどこかで会えれば-----」 「寒いのでいつものチャンコ鍋に予約しておきます」 「了解---」 と連絡した。 真澄には、 「お得意さんと食事は済ませて行きます。２２時頃までには行きます」 「お待ちしています。早くあなたに会いたい」 大分駅に着くと小島担当が迎えに来てくれていた。 「今日は、竹田市から臼杵市までの店を引継ぎします」 と話しながら大分営業所に到着した。 「皆さん、おはようございます」 と入って行くと社内の者は、両角所長と私の顔を見比べていた。 「所長、おはようございます。３日間宜しくお願いします」 「おはよう。よく来た。引継ぎの件、宜しく頼む」 私の机の中を整理してダンボール箱に詰め、倉庫に持って行き、福岡支社に送ってと頼んだ。 「主任、あの時はお騒がせしました」 「村口さんが出て行ってから主任も所長も何も言わなくなったよ。支社長から怒られたことは事実だよ」 「３日間大分にいます。宜しくお願いします」 営業所を出たときには１２時を廻っていた。小島の運転する車で竹田に向った。 竹田市の２店、線路沿いに点在する化粧品店を小島に案内していった。犬飼まで戻り、犬飼のお店を廻り臼杵市に行く。臼杵の３店を紹介した時には１７時前になっていた。 １８時に約束している人がいるのでと言って大分市に戻った。明日は９時に営業所に行くと約束してレストランの前で降ろして貰った。国道が込んでいたこともあり、１８時１０分を過ぎていた。名前を告げると順子はすでに来ていた。 「待たせてしまった」 「淳一さん、ごめんなさい。順子があなたとの約束を反故したばかりに迷惑をお掛けして申し訳ないです」 と畳の上に正座して、陳謝してくれた。 「過去のことはもういいです。忘れてください。順子に会えてよかった」 「私もです」 「彼とのお見合いのその後は進展しているのですか」 「頭取からこの春の人事異動で彼を本店に呼び戻すと言われました」 「彼と結婚する前提で-----」 「迷っていますが、毎日頭取から説教されています。私、あなたから頂いた言葉を重く受け止めています。 『あなたを常に物質的に満足させられないかもしれないが、常に精神的には満足させます』私にとりまして嬉しい言葉です。野性味豊かな淳一さん、真摯で木訥に真面目なだけの晃一さん----苦しんでいます」 「順子の生涯の問題なので順子が決めればいい----できれば、私と結婚してほしい」 「そのお言葉、順子、本当に嬉しいです。あなたに私の総てを捧げようとした私です。結論を出した時もあなたに会って報告します。申し訳ないです」 「さあ、食事にしましょう」 「そうね----」 順子は目に涙もを溜めていた。何かを言おうとしていたが話してくれなかった。 ワインで乾杯して、元関取のチャンコ鍋は格別の美味しさがあった。２時間ほど会話をして順子との再会を満喫したが何かがもの足りないと感じていた-----。 部屋をでるとき、立ち上がった順子と抱き合った。キスを求めると応えてくれた。舌を絡ませて愛撫した。 身体を離したとき、微笑む順子がいた。 「私、今でも淳一さんが好きです。でも、周りの人が反対するのです。特に会社に行くと頭取から迫られるのです」 「俺と駈け落ちするか----」 「あなたと駈け落ちする勇気がないのです。周囲の人達の目線が怖いのです」 もう一度順子を抱きしめた。順子も抱きついてくれた。熱くキスを交わした愛撫を続けた。頃合いがある。 いつまでもここでいれなかった。待っている人達がいる。 チャンコをでる時、順子は身を固くしていた。 「こんばんわ」 走るように店内をでた。 「銀行の部長さんたちです。観られてしまった」 お店の前で順子をタクシーに乗せて見送った。 真摯な心の順子のこと、板挟みになって葛藤していると察していた。博多に転勤になったことが順子との別れの予感を感じさせられた。 歩いて５分くらいで真澄のマンションに行ける。モテない淳一がモテることが不思議なのだ。アーケード街を横切るときに、「鯛焼き」の出店があった。カスタードと餡入りを２ケずつ買った。夜になると冷え込んできていた。寒さに震えながら真澄いるのドアをノックした。 「お帰りなさい」 と真澄の笑顔が迎えてくれる。玄関に入りドアをロックすると玄関で真澄が抱きついてきた。真澄との愛の口付けが続いた。 「ハイ---お土産---鯛焼き好きだった」 「大好き、ありがとう」 「チャンコの味がする----チャンコに行っていたのね」 「ピンポーン」 「お風呂にしょう。一緒に入ろう」 「外は寒いから---そうしょう」 淳一のもう一つの新婚家庭がここにあった。 |
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| 2013.8.7掲載 |
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