鞭を執れ
はちみつ太郎 作
序

　
　４３℃ほどの温水は、女の背中から湯気を立たせている。シャワーヘッドのホルダーの高い位置から落ちる流水はいくらか温度を冷ませてはいるが、女の背中は赤く染まっている。

　低い位置のホルダーは外され、違う意図を汲んだ物が据えつけられている。

「どうだ夏子、いや、本名はわからんが、５０℃まで耐えられなかろぉ。」

「はぁぁぁっ・・・お、お尻の、フックぉぉ。」
　低い位置のホルダーには、シリコンで出来たかぎ状のアナルプラグが施され女のアナルをホールドしている。爪先立ちで埋め込まれている為か、身動きは取れず、温水を背中に浴びせられていた。

　温水から熱湯に代わる狭間のタイミングに男は、温度設定をし一分ごとに一℃増し続けている。

「はぁぁぁ・・あぁぁっ・・・つ、つらいぃぃ・・・は、はずしてぇぇぇ。」

「ダメだダメだ、何の目的で、この俺をやばい目に遭わせた。警察か、それとも、元締めの強盛会の杉山か？」

「わ、わからないぃぃ・・・なんのことかぁぁ。」
　男は、かぶりを振る女に唾を吐きかけると、２℃温度を上げ、デジタルの表示は４５℃を示した。自らも飛沫が掛かるとその熱量を感じるため、水量を押さえ女の肩甲骨付近に集中させる。

　項垂れる女の肩に力を入れると尻の穴に向けて体重をかける。尻肉は完全にフックを収め、女の尻は身動きを止め、ユニットバスの壁に埋没した。

「どの口が、そんなこと言ってんだ。君山は消された、あの後すぐにだっ。夏子、お前が帰った後すぐに。」

「あつぅぅぅぅいっ。・・・き、君山なんて・・・し、しらなぁぁぁいぃぃぃ。」
　再びかぶりを強めに振り、否定を続けるが、血走った目をした男の焦点はあっていない。自らを落ち着かせるためか、ユニットバスを去ると、理髪店が使うようなカミソリを持ち出し、その切先を夏子と呼ばれた女の眼球に限りなく近づけた。

「おれを、裏切った奴は、死ぬまで往きっ放しだ。クリトリス、全剥きにして、歩くたびに擦れるように、そうだ、粒を大きく、増幅剤を注入して・・・。」

　男は夏子と呼ばれた女の股間にカミソリを近づけると、陰核包皮に刃をあてがい涙ぐんだ視線を見上げる。

「な、夏子っ。」
　シャワーの水滴ではなく女の眼から数滴の滴がこぼれると、男は女の真意を確かめた。

「わ、わるかった・・・その目・・・偽りのない目だ。」
　シャワーの蛇口を閉じる動作をした男は、夏子の戒めを解いた。アナルに突き刺さったままのフックはそのままにし、カミソリを遠ざけると、湯ではなく、淫らに濡れた割れ目に舌をあてがった。

　夏子の自由になった両手は、男のこめかみを押さえる。男は、舌に触れた大陰唇の感触を三秒だけ感じると、後頭部に硬い筒先を感じた。

「動くなっ、警察だ。」

「だ、だ、だれだっ・・・け、警察っ？」

「ありがとう、元締めの名前がわかったわ、あんたには消えてもらいたいけど、始末が大変だから、大目に見てあげる。」

「女刑事っ・・・。」

「そうよぉ。たいそうな物持ってるはね、今日は、相手をしてられないから、さっさと消えな。１０分だけよ、特急に踏み込まれてもいいの？」

「ＳＷＡＴ・・・なんて、ごめんだ。」
　下半身を隠すことなく、脱衣場の衣類を手にすると、２人の視界から男は消えた。銃をホルスターに収めると女刑事は、今だ身動きの取れない女に視線を当てた。

「桧山です。・・・えぇ、元締めは、杉山興業でした。強制会の杉山です、緊急配備をお願いします。」
　桧山と告げた女は、携帯をポケットに収めると、繋がれた女の名前を呼ぶ。

「めそめそしない、小春。」

「あずさせんぱいぃぃぃ、・・・カミソリで・・・クリトリス、切られるかとぉぉぉ。」

「あらあらぁ、お湯の濡れ方じゃないわねぇ・・・クチュクチュッ・・・クチュッ。」

「あんっっっ・・・お、おねがいですぅぅ・・・お、お尻の、外してくださいぃぃ。」
　夏子と呼ばれていたはずの女は、あずさという女刑事に小春と呼ばれ、生き心地を感じると、爪先立ちのままで身動きの止まった身体を解くように懇願した。

「あの男に、アナルも？」

「いいえ、・・・でも、寸前まで・・・ディルドゥは、２回っ。」

「いっそのこと、アナル処女でも奪われれば、仕事の巾が広がったのにねぇ、瀧井巡査。」
　腋の下に手をかけると、爪先が宙に浮き小春の身体は浮き上がる。するりと抜け去りポカリとあいた肛門は、赤みを帯びている。

「瀧井巡査っ、次の仕事・・・３日後よ。この後、レクチャーするから。」
　瀧井小春は、数十分繋がっていたアナルフックの汚れをシャワーで流し終えると、あずさの後ろを脱がされた衣類をまとめながら追随する。




１

「コンコンッ。」

「はいっ・・・。」

「こんにちは、隣に引っ越してきました、黒田と申します。」

「あぁ、佃といいます。」

「つまらない物ですが。」

「あ、いや、こんなことしなくても。」

「いえ、いろいろご迷惑をおかけすることも・・・。」

「あ、はい。こちらこそ・・・。」

「では、失礼します。」
　がたいのいい男が扉を閉め、袖にいた小柄な女は閉める前に、中の住人に笑みを浮かべる。若い夫婦が引っ越してきたアパートは、６所帯分の玄関があった。

　日曜の昼下がり、若い夫婦が部屋中に戻ると一本の電話が鳴る。女のほうがその電話に出ると、男はまだ殺風景な部屋のセッティングを開始した。

「はい、瀧井です。・・・あいさつ回りは済ませました。」

「瀧井じゃないでしょ。あなたは、黒田、黒田小春よ。」

「すいません。」

「もう、ネットは使えるの？」

「はい、昨日業者が来ましたんで。」

「じゃぁ、早めに、登録しておいて、数件のホームページのアドレスを送っておいたから。」

「ほんとに・・・。」

「やるのよ。」

「わかりました・・・黒田巡査長には・・・。」

「ある程度のことは、話してある。」

「どの程度？」

「あなたが、潜入捜査員であること、その程度ね。」

「じゃぁ、潜入のきっかけ作りは・・・。」

「小春がするのよ。女がすることに気が引ける？」

「すこしだけ。」

「機動隊員の男性だから、大丈夫よ。そこいらの警官より性欲や、むっつり変態性は、誤魔化せないって。」

「・・・そうですね、そんな、感じがします。」

「心配しなくても良い。本部長が選んだ男よ、一晩あれば・・・。」

「わかりました。」

「じゃ、がんばって、８年間寮生活の機動隊員相手に・・・。」
　電話を切ると、いそいそとパソコンの設定や、家具の置き場を片付ける黒田を見つめる。刈り上げた頭は、現代風ではないが、まんざら悪い顔立ちでもない。

「瀧井巡査、この荷物は？」

「あ、そこで、・・・黒田さん。小春でいいです。夫婦らしく呼んでください。」

「えぇ、照れます。・・・じゃぁ、わかりました。小春・・・やっぱし。」

「計さん・・・計って珍しいですね。」

「えぇ。小春は、良い名前です、暖かさが感じられて。」

「ありがとう・・・ございます。」

　視線の合わせ方がぎこちなく感じられる２人だが、出合って二日ではこの程度が妥当だと小春は思い、黒田の人の良さは感じ取れていた。

　夕暮れが通り過ぎる時間まで片づけを続けると、生活に不便はないくらいまで整っていた。食材の欠落を思い出した小春は、黒田に買出しを言いつける。

　新婚夫婦を装いながらも、ネット上だけのうわべを繕うだけなので、周囲に知らしめることは必要なかった。

　黒田の出かけた直後、小春はネットを繋ぎ、メールの受信を確認するとあずさからのフォルダーを開く。

　貼られたリンクをクリックすると、様々な夫婦のあられもない姿が目に飛び込んだ。

「えぇ、モロ見えって・・・まずくない。」
　小春の見ているサイトの中身は、夫婦交換から妻を無償で貸し出す者など色々なジャンルの性癖の持ち主がいる。

「動画も、画像も・・・あ、顔にはモザイク・・・そうよねぇ。」
　顔にはモザイクがあるものの性器は丸映りで、そこだけをアップで映し出しているものもあった。

「ここに、投稿するのかぁ・・・気が、おもいぃ。」
　三分程度の動画を、いくつか見ながら反応の高い動画を参照する。

「ほとんどが、素人っぽい。・・・サクラってなさそうね。・・・商売っ気もなさそう。」
　持参した下着の数々を思い浮かべながら、潜在的な小春の性嗜好は、サイトに埋もれ始めていた。




「奥さんっ・・・旦那のと、どうよっ。」

「あぁあぁっ・・・うんっ・・・これがっ。」

「これがっ？・・・答えになってない。」

「うぅぅんっ・・・いぃぃ。」

「はっきり言わなきゃ、止めちゃうよ。」

「あぁぁっ・・・この、お○んちん、がぁぁっ。」

「旦那のより、いいんだね。」

「うんっ・・うんっ・・・も、もっと・・・つ、ついてぇぇっ。」
　ラブホテルの一室で、不倫関係のような２人が固定カメラの画像に収まっている。枕側にあるレンズが映し出すのは４０代の男性と３０前半の女だった。

　言わされてる言葉には、ＡＶのような表現もあるが、演技感のないリアルな言葉選びだと感じられる。

　動画のあとのメッセージは、数十件にものぼり、丁寧な感想がほとんどを占めていた。小春は、その感想に全て目を通すと、投稿主に向けての激励や、賞賛、レンタルの立候補やら様々だった。

　２ＤＫの別々の部屋をプライベートな部屋にした小春は、投稿動画サイトをブラウザバックすると、寝てしまったであろう黒田の部屋に足を向けた。
【次頁】
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2012年10月27日掲載
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