鞭を執れ
はちみつ太郎 作
１４

　ヘッドライトのセンサーが反応し、スモールから切り替わった。レガシーの車内は居住性に長けている。その車内の音楽は、黒田のセンスの音楽ではない。小春の口ずさむ音楽は、２０代前半の女性に指示を受けている物だった。

　男臭さの残る車内の空気は、どこか軽やかに消臭されていく。

「この歌手って、知らないけど人気あるんだ。」

「そぉ。っていっても、私もレンタル店の店員の一押しってポップみて、借りただけなんだけどね。」

　黒田はＨＤＤにダウンロードを開始し始める。小春の借りてきたＣＤは、何枚かダウンロードされている。

「ここ、曲がる？」

「あ、お願いします。」

「潜入、なんだよね。」

「えぇ、桧山警部補から聞いてますよね。」

「あぁ、外で待機を命じられてる。指示があるまで、外で待機って。」

「なら、その通りだと。」

「捜査情報については、教えてくれなかったんだけど。」

「えぇ、私からも、あまり話さないよう言われています。」

「俺は、信用されてないって事？」

「いえ、拡げることを嫌うんです。密名って。」

「俺が、他にしゃべるって・・・まさか。」

「そうは、思わないけど、私ですら知らないことはいっぱいなんです。知り過ぎると、返って厄介になるからって。」

「・・・。」

「あ、そこ・・・コンビニの角、・・・右折です。」
　黒田は、無言でウィンカーを出し、後方確認のうえ右折した。路地の奥は坂になっている。夕暮れがすぎかけているのに人の通りは少なめの登り坂を登りきる。

「アクア＆オイル・・・ここです。」

「え、・・・ラブホ？」

「黒田巡査長、・・・待機お願いします。・・・チュッ。」
　運転席の黒田の唇に触れた小春の唇は、少しオイリーなリップの感触があった。舌を交わさず軽く触れ合うと、助手席から小春は飛び降り、運転席の黒田に向かって手を振った。

　黒田は軽く手を振ると、言い知れぬ胸の鼓動を感じ続けながら、指定されたラブホテルの出入り口の見える位置に路上駐車した。

　その駐車位置から小春の姿は消え、暗闇がよりいっそう濃く感じられた。携帯がマナーモードのバイブレーションでポケットを揺らしている。

「桧山です、黒田巡査長？」

「はい、黒田です。・・・指定された場所に・・・。」

「では、次の指示まで・・・待機。・・・もし、巡回中の警らに職質されたら、ＩＤ見せてください。では、・・・。」

「ちょ、ちょっといいですか？」

「なに、短めに。」

「ラブホで、・・・潜入って・・・まさか。」

「捜査については、何も聞かない、薦田機動隊長に話はしてあるつもりだけど。降りる？」

「いえ、・・・すいませんでした。・・・待機します。」

「いずれ、あなたにも協力をお願いすることがあります。」
　含みを盛り込んだあずさの口振りに黒田は、鼓動を抑制することは出来ていない。小春の向かった先にある危険の度合いを知ることすら出来ないもどかしさに、ハンドルを叩く。


　指定されていたホテルの駐車場の部屋番号と同じ数字の並びに一台の車があった。そこに乗っていた男に手招きされる小春。

　少し照れながら運転席に近づく小春に軽く声を掛けた。

「ブラックさんの？」

「あ、はい、・・・ビルド・・さん？」

「はいはいっ・・・じゃ、・・・いきましょ。」
　ビルドと呼ばれた男の風体は、間違いなく小春より若いことは判断できた。あずさの情報と違うのは、２人でなく、ビルド一人であることだけで、もう一人の所在を聞くことはやめた。

　肩を抱かれ、駐車場からそのまま鍵を開け、扉をあけるビルド。開けた扉の奥は、廊下になっていて何部屋かの扉がある。

「部屋、一番奥なんです・・・奥さん、俺、・・・チョー、タイプっす。」

「え、そんなぁ、・・・お上手ですねっ。」

　廊下のドア越しに聞こえる女の声はどれも、喘ぎより絶叫というほうが正しいような感じだが、抱かれた肩を寄せ耳元で話しかけられる小春は、そのかすかな絶叫を聞き逃している。

「がちゃっ・・・どうぞぉ。」

「・・・え？」

「びっくり・・・しちゃってる感じ？。」

「これって・・・ＳＭ系？」

「そぉ、こんな部屋しか取れなくてさぁ・・・気にしない気にしない。」
　チェーンロックをしたビルドは、部屋の中心に進む小春を見て、まんざら嫌でもない、そう睨んだ。

「はじめて、こういう感じ？」

「え、えぇ・・・マ、マッサージ・・・メインなんですよねぇ、ビルドさんって。」

「旦那さんから聞いてます？」

「はい、・・・お上手そうだって。」

「じゃぁ早速、体験・・・体験・・・。」
　真ん中にあるベッドに身体を投げ出された小春は、もう一人の存在を考察しながらビルドの指先を受け入れることを承諾した。
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2012年12月8日掲載
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