奥様は接待秘書
浩一 作
７　刺青の女 １

　バルコニーに面するガラス戸を開けると、小さいながらも公園の木々を渡る風は爽やか。しっかりと芽吹いた若葉も、公園を挟んで向かい合う、背の高いワンルームマンション越しの陽光に輝いて眩しいくらい。

　６月、初夏の明るい日差しに、賃貸マンションの狭い部屋でカズさんは隠遁生活。趣味のないカズさんにとって、わたしを抱く他にすることってないんです。
　だからって日柄一日セックス三昧って分けありません。一緒に暮らしてみて分かりました。シャブマンって、いっときの魔法なんですね。
　何時間も掛けての濃密なセックスを、４７歳の男が毎日のように出来る分けもないんです。なのに女のサガと言うのか、つい欲が出て。

　それでも、２日もお預けをさせられた後のシャブマンって、もう最高です。

　その気になったカズさんはまるで猛獣のよう、すぐに裸に剥かれベッドに押し倒されることになります。良いことに平日昼間、両隣は留守で、声や物音に気を使わなくていいからやり放題、当然ガラス戸の外は日中の陽の光。

　白昼に汗まみれ、男と女の共同作業というか、カズさんの蒸気機関車のような躍動的な抽挿に応えるべく、わたしまでが足を絡め、男の物を逃すまいと背を抱き腰に足を絡ませる。
　貫き動くおチンポを包み込むように、亀頭の膨らみを締め付ける。カリのくびれに膣肉襞の粘膜が絡み、感じるところをお互いが責め合い快楽をむさぼり合う。

「お前のそんな積極的なとこ、ワシ、たまらんわ」
　カズさんはそんなことを言いながら、右に左に中を捏ねくり返します。それがまた気持ち良くって、すぐに逝っちゃう。逝っちゃうよって…。

　やり始めて何回か逝かされた後のオーガスムス真っ只中で、強烈な最初の一撃を生で射精される恍惚感、う〜ん、コンドーム越しのセックスなんて目じゃない。

　死ぬ死ぬって本気に声が出て意識障害寸前、マムコちゃんはヌルヌルで咽はカラッカラです。でも、わたしもカズさんも、まだまだ止めません。２時間はぶっ続けで２回か３回。カズさんはありったけを射精してやっと休息、シャブマンって咽が渇くみたいです。

　気がつけば食事も取らず陽は傾き、カーテンさえ閉めていませんでした。長く伸びた日当たりに公園を挟んだワンルームマンションから中は丸見え、でもこの距離ならば何やってるかまでは、残念ながら分からないと思いますよ。

　エアコンの風に当たりながら暫しの休憩、交代でトイレに立ちビデで洗浄、カズさんって意外とヌルヌルで続けるのはイヤみたいです。わたしには顔射したり口内射精でゴックンさせるくせに、おかしな人でしょ。自分が出した分身のくせしてね。

　まともな夕食も取らず夜まで続け、カズさんはただひたすらの空撃ち射精に悶絶し、意識朦朧状態に陥り御用納め。
　わたしも責め抜かれた充足に、そのまま睡り呆けて翌朝早く目覚めたときの満足感。さすがのセックス疲れに食欲不振、わたしって太らないはずだと思いますよね。

　カズさんはシャブマンの翌日なんてだらしなく寝てばかり、２日目の午後になってやっと起き出してテレビを見るくらい。ぐうたらな世間並みの中年男って感じ分かるでしょ。
　せっかくの、こんな気持ちの良いセックスを、好きなら毎日でも続けたらいいのに。わたしなんか少しの疲れなんかへいっちゃら。

「ねえ〜っ、カズさぁ〜ん。うふっ…しようよ」
　と、甘えても…。ねえ〜って、こんないい女が誘いを掛けても逃げ腰です。

　せっかく２丁目のご近所に、ラブホテルもいっぱいあるっていうのに。たまには気分転換でカガミの部屋でさ。少しなら外に出たっていいんでしょ。

「そんな、せっつかれても精子ちゅうやつは溜まるまで三日はかかるんや。明日や、明日やったら抱いたるさかい、そのくらい我慢せいや」
　って、ドヤ顔で言われてもねえ。そのためのシャブなんでしょうが。

「お前まさか、あのドリンク、毎日飲んどるのとちゃうやろな」
　と、不審顔。

「ドリンク剤って、始める前に飲むあの元気はつらつってヤツでしょ。あんなの毎日飲まなくたって接待秘書のお仕事してないんだから、元気なの当たり前でしょ…！」

「なんちゅうこっちゃ、お前ちゅう女は…！なら、勤めにでも行ったらどないやねん。ワシゃかまへんど…！」

「やな人、ひとを邪魔者扱いに…いいよ、もう」
　わたしは暇を持て余し公園でノラネコと遊んだり、午後は気分転換に人目を避けてエチカから東武でウインドショッピング。

　池袋の西口は午後３時を回ったばかりだというのに、声掛けるのは人妻狙いかナンパ師さんに、顔見知りになったスカウトマンばかりです。

　そんなときに思うこと、ホントにお仕事に出ようかしら。六本木あたりのクラブにでも勤めれば、カズさんはなんて言うのかしら。

　やっぱし主人の元が一番良かったかな。戻ってもいいかなと思うけど、飛び出したばかりですぐ帰るのもシャクだしね。

　欲しい物を我慢するとっても長い２日間。それもまた翌日、何時間に及ぶ強烈的なシャブマンの、前戯のようなものと考えられれば良いのですけど。
　愛する男とベッドを共にしているというのに、２日も何もしないでいる生活を続けるって、わたしには無理。せっかく主人の元を飛び出して来たというのにです。

　そこでって変ですが、時間の有効利用ってことで良い機会と、薦められるまま本格的な和彫りの刺青を刺れることにしました。
　事の発端はカズさんの愚痴、そんなに奥様が良けりゃ銀座のママさんなんかと浮き名を流さなきゃいいのに、この浮気者とつい奥様の肩を持ちたくもなります。

「嫁はんも、ワシと一緒に刺青を刺れてくれるような女やったら、別れることなんかなかったんや。ええ女やったけど、刺青を刺れた女がどんなにええか言うても、嫁はんはイヤちゅうて言うこと聞きよらへん」

「なんだカズさんって、意外と奥様には弱かったんだ」

「チャウて…！しやから真希のやつも緋紗子みたいに、ラブホテルのカガミの部屋で抱いたらメチャクチャ燃えよんねんど」
　と、カズさんはご機嫌で名残惜しそうに、離婚した奥様のことを言います。この男の無神経さ、わたしの前でですよ。

　面白味のない女、わたしだってそう思います。刺青を背負った男に抱かれ、周囲のカガミに映す露わな体位。恥媚に悶える女の悦び、見上げた天井のカガミに映る刺青の背。
　あのゾクゾクっとする淫靡な高ぶりを、別れた奥様も知ってたくせに、いざ自分が薦められると潔癖性に否定したかったのかな。

　キングサイズのベッドで毎日の日課のように抱きついて、そんなカズさんの背の昇り龍の彫り物を、手のひらでなぞると刺青って良いなあって思うのです。
　カズさんの物を触っても大きくも固くもならないし、人恋しさにおもわず。パンティの上からマンスジをなぞったりして。すぐに本気でオナちゃったりして。

「もうやめんかいや。横でオナルの、ワシ罪悪感抱いてまうやろ。ほんま緋紗子は超絶な好きもんやの」
　と、カズさんは嬉しそうな呆れ顔。ならオナニーを見せつけてやるって横でしてても無視なんて最低ぇ。

「そや、前に言うてたみたいに緋紗子も刺れてみるか、和彫りの手彫りやさかい、何日も通わなあかんからな」
　いかに良い考えと思い至ったのか、カズさんはにやけた笑いを浮かべて、暗に時間を持て余しているわたしをそそのかすのです。

「何日も通うっていってもね。あまり面白そうなとこじゃないし」
　つい刺青というと、陰湿な場所を想像しちゃいますしね。

「ジュクやからＪＲやったらブクロから１０分や、心配はいらん。彫雅って十年来のダチやし、腕はええし気のええ男や」

　いくら彫り師の方がお友達だといっても、不安、ないわけじゃありません。カズさんの背にあるような和彫りと呼ばれる物なら、何日も彫り師さんの元に通う必要があり。
　聞くと剣山のような束にした無数の針で肌を突き刺すのだから、マゾさんじゃないから痛いのは嫌だし、針キズによる痒みも、これから暑くなるというのにね。

　カズさんいわく…。

「ホンマ痛っかったら、そんじょそこらの若いのが、刺れたりせえへんから安心しいな。それより彫り物って刺れた後が、ただ痒いんや」
　と、突っ慳貪な物言い。

「刺青ってのは我慢って言うくらいで、大の男が泣き叫ぶくらい痛い物や」
　と、またそう言って脅かしたり。カズさんったら、いけ好かない人ですから。

「じゃ、物は試しに、太もも辺りに小さな物を刺れようかしら」
　と、わたしが言うと不満げに。

「最初は、皆そう思うんや。最初に刺れた足のやつなんか、そうや」
　と、ふくらはぎの彫物を見せられると確かにスネ毛に埋もれた龍が貧弱です。

「しやけど刺青にゃ魔力が有ってな、また次と刺れたくなって、あれもこれもってなるからな。小さな物は大きく出来へん。後々のこと考えて彫雅とよう相談したらええわ」
　と、わたしの背にも同じような龍の彫り物を刺れさせたくて、邪険に言うだけです。

　そうなんです。彫雅さんというのは新宿にいるカズさんの友人で、カズさんの背の龍を彫ったそこそこ有名な彫り師さんなんです。
　でも、女の身で背中に龍を彫るなんて答えはＮＯ、これからの季節に背の開いたタンクトップも着られやしない。

「ふ〜ん、刺青の魔力ねぇ。でも、それはないなぁ…？。だって、カズさんみたいに肩から背中なんかに刺青を刺れたら、これからの夏の日に何も着れなくなるじゃない。うふふふ…いくら魔力っといったって、まさかそんなこと…」
　わたしにはどう言われても無理は無理。

「まあ、腕は確かやから彫雅に任せとったらええわ」
　と、カズさんはいわくありげな笑い顔。

　刺青という肉体に消せぬ秘めたる装飾を、肌を共有する男性にのみ許すという行為。女なら誰だって綺麗な物を刺れたいに決まっています。だから彫り師を選ばなくてはならない。と、カズさんは言います。なるほどと思いました。

　小さな物は大きく出来ないとか、それならばカズさんと同じ昇り龍の刺青をペアで、お尻から太もも辺りにと、それなら良いかなとつい考えたりとも。
　それくらいなら裸にならなきゃ分からないかと、新宿、彫雅さんにお世話になることにしました。

　それにしても女一人で行かせるだなんて…。

「善は急げって言うやろ。せやから予約を入れといたで、１０日の火曜日、午後４時や。施術が１回３時間、支度と事後処置含めて見といてくれ言うとったから、夕飯くらいご馳走になってきたらええわ」

「じゃあ、帰りは夜になるってことでいいのね」

「せやな、墨に汚れてもええ格好で来てくれ言うとったけど、下着姿になるんやったら脱いだら終いやし、女っ気のないヤツやさかい、緋紗子の超セクシーな下着姿見せたったらええわ。ダチやからて言うて、脱ぐのイヤちゅうことないんやろ」

「そりゃ、別にかまわないけど」
　そうか、どうせ脱ぐのか。

　考えれば当たり前のこと、パンティを脱ぐか少なくともずらさなくては、刺青を腰からお尻に刺れることなど出来ない相談ですものね。

「同じやったら、彫雅のヤツ、赤が好きやから。赤の下着でおちょくたってや」
　う〜ん、急に赤いのと言われてもな。汚れても良い格好か、なるほど、ならば脱いじゃえか。
　幾らカズさんにそそのかされたと言っても、時と場合があるから、汚れても惜しくない安物のワンピがいいかな。下着は赤色って、見せてやれと言われてもねえ。

　彫雅さんか、肌を見せるとなれば、どんな人かと余計に気になるものです。

「ねえ、彫雅さんてさ…」

「なんや、そんな気になるんか…？」

「そりゃ、いい男かとかさ」

「そんなもん、おうたら分かることやろが」
　カズさんは偏固だけど腕は良いいから、会えば分かると笑ってるだけ…。新宿、彫雅。どんな人だろ。

「ア〜そや、彫雅のことやけど、いややったら止めて帰ってきてもかまへんからな」
　えっ…！おかしなことを言う、カズさん。

「いまさらどう言うことよ、刺青刺れるって、わたしがその気になってるのに」

「いや、だからよ、彫雅が気に入らんかったらと、いうことや」

「気に入る、気に入らないって…！だから腕が良いからと薦めてくれたんでしょ。もう、おかしなひと」

「エヘ、だからまァ…そう言うこっちゃ」
　バツの悪そうな顔をして、わたしを見る。なにか訳ありな変なカズさんでした。

　３日後、約束の時間より早く部屋を出ました。曇り空だけど雨は降りそうにない。でも初夏のこの時期、降り注ぐ紫外線は女の肌の天敵、晴雨兼用ＵＶカット折りたたみ日傘は手放せません。

　池袋も面白い街です。なんたってつけ麺の本場、ラーメンは美味しいし、かつて悪評立った西口公園ってところもありますが、今は東口かな。
　急ぐわけじゃないけどチャイナや変な東洋人を避けつつ、静々と目立たない北口へ歩きます。山手線で１０分、ゆっくり歩いても３０分と掛かりませんが、わたしには久しぶりの新宿です。
　なのに、出がけにカズさんたら。

「髪洗たんか、えらい念入りの化粧やの」
　カズさんの友人でもある、彫雅さんに会うのだからと、気合いを入れてのおしゃれです。

「ふふっ…そりゃカズさんの友人に会うんだもの。きれいじゃなきゃ困るでしょ」

　洗ったばかりのサラリとしたセミロングの黒髪に紅色のルージュ、あえて茶髪に染めず傷みのない、やっとここまで伸びたサラサラの黒髪が私のお気に入り。
　黒髪って外人さんや名のある顧客様に受けが良かったからで、任侠好きのカズさんの趣味だけではありません。
　マスカラにコバルトのシャドーを目尻に引いて、ワンピの色は年不相応の濃いピンク、紅色下着が少し透けても目立ちません。

「あらまた、そりゃ、オッパイモロ見えに凄い超ミニやな。彫雅どころか、その辺の道行く若いのからジイさんまでズボンの前を膨らましよるで…」
　と、カズさんは気にしていることを平気で言います。

「分かってるけど、通販だから見立て違いって時々あるのよ。着る物もないしね」
　と、あまりにもの胸の露出度と超ミニのワンピに言い訳しちゃいました。

　たしかに胸元は深Ｖでヒラヒラのフレアスリーブ、Ｌサイズですがここに来て買ったネットショップの極安の通販品。
　だから、胸はピッチピチで乳房の膨らみから深い谷間が遠目にも分かり、道行く殿方を喜ばせそう。
　ウエストは逆に余り気味、背で絞り込んだギャザーが救いのタイトミニ、着丈も短くバカッ子ＪＫにも負けない余裕の膝上２５センチです。
　気をつけて歩かないと裾がずり上がり、太もも深くまで見せてしまいそうです。

　なま脚の足元は穿き疲れのないコルク製の１２センチのサンダルですから、１８０センチ近くになり、人に磨れた新宿でも人目を引くはずです。
　しつこいスカウトマンやナンパ師を避けつつアルタをめざします。

　尾行けてくるのか、電車内から東口へと後ろを歩く高校生。言っとくけどあんた達にすりゃ、オバさんだよと気にしつつ、トントンと駆け上がる歌舞伎町方面の急な階段。
　うん、不穏を感じ振り返ると、壁に使ったオバさん連の侮蔑な目、まずぅ、追い抜くときにヒモＴのなま尻が見えたかな。

　たむろする大学生グループからの視線、足を止めるサラリーマン男性から浴びる下種な目線は見せたがりの嗜好の特権です。

　やはり早めに着いたのでオカダヤさんの下着ショップで時間調整。スマホの地図を確認し、約束の時間通りに２丁目は歓楽街の雑居ビルの３Ｆ、彫雅さんの仕事場に窺いました。

　彫雅さんはまだ施術中ということで、山田さんと名乗られたお弟子さんに接待秘書時の名刺を渡す。気を遣っていただいたのか、仕事場が見える応接というか、着替え室を兼ねた休憩室に他の客とは別に通されました。
　四隅に塗装のはげたロッカー、古い木製机にパイプ椅子、机の上には吸いがらいっぱいのガラスの灰皿が、無造作に置かれていました。
　その四畳半ほどの空間は、作業場からは目立たない造りになっていて、それで興味津々、小さなガラス引き戸から刺青施術の現場を覗き見ていました。

　全身が刺青…！。なるほど客はヤクザ屋さんか…？。
　それで気を遣って頂のか、組員になったばかりなのだろうか、術後の若い体格の良い男性の背には、火炎を光背に不動明王が彫られていました。

　男性が立ち上がるとそれは見事な不動明王が足組む下、臀部に彫られた二童子の出来映えに、思わずゴクリと生唾を飲む。彫り師の力量が本当に分かるんです。
　肉体の芸術品、振り返ると額に彫られた筋骨隆々の胸、逆三角形の上半身、モコリと盛り上がる締め込み姿。
　思わず立ち姿の男性が裸だと云うことも忘れ、うっとりと見とれてしまいました。

　完成間近で肌になじんでないのが、今日、色を重ねた所なのだろうか、心がときめくというのは、このことだと思いました。

　一段落したころ彫雅さんなんだろう人が「待たせちゃってゴメン」と、引き戸を開けて入って来ました。まるで信楽焼のたぬきです。がっかり。

「彫雅さんでらっしゃいますか…？」
　立ち上がり伺うと、うなずかれたんですが…。
　とにかく彫雅さんの第一印象は衝撃的…!!でした。

「アハッ…！やっぱり引いちゃいますか…？そうだよね。あなたほどの超美人ならそうだよねえ」
　顔に出たのか、ひねくれられてもね。

「どうぞ、座ってください」と、ガチャリとわたしの前に広げるパイプ椅子。ほこりを手で祓われてもねえ。

「清河が観て驚くなと言ってたけど、その格好でこの界隈を歩いて来るなんてまあ、度胸があるって言うか、あなたのようないい女を、拝ませてもらえるだけでも目の保養になるけどね」
　おいおい、いい女を前にして年寄りみたいに茶化すか、このひねくれ者が。

　素直に褒めたらどうよねえ。せっかくの超ミニのエロっぽいワンピースと、おしゃれなセクシー過ぎる下着姿を見せに来て上げたのに…。

　カズさんが容姿になにも言わなかったはずでした。特徴的な分厚く大きな唇、亡くなった渥美○清さんには申し訳ないけど、細い目や特徴的な獅子鼻が良く似ていて、背はわたしと同じくらいか少し低いくらい。
　聞くと１６５センチで８５キロと、華奢な体にお腹だけが出ています。

　年齢は４０代後半か、さすが中年の独り者というのか、客以外の女性には無縁な感じで、
　無精ヒゲで薄毛の頭に手拭いの鉢巻き、体型を卑下する冗談を言っても笑えないタイプでした。

「あいつ、今日急に言ってくんだもんな。金ねえのなんか知ってるつうに参ったよな」
　と、おかしなひとり言を言いつつ、冷蔵庫から缶ビールを２つ。
　それも５００ｍｌ缶を「どうぞ」と、勧めるくせにグラスもなし。男所帯ならまあそんなもんか。

「そんなお気遣いなさらなくても」
　と、言いつつ咽の渇きも有り、遠慮無く爪に気をつけながらプルトップを開けグビリグビと缶から直接飲んじゃいました。ホント色気もなんにもない。

「ボロいところで驚いたでしょ…！客は少ないし、俺、金儲けも下手だしね」
　彫雅さんは気の引けたわたしに、そう声かけてきた。まあ気さくな方のようで少し安心しましたが。

「さすが清河ですよ。あなたのような人を手に出来るんだからなァ…」
　と、また変質者を思わす細い上目遣いで、舐めいるように足もとから見られ、悪寒にゾクゾクと震えが来ます。
　苦手だなあの目、馴れるまでが大変…。

「勝手に見せて頂いて申し訳なかったんですが、あの男性の不動明王の彫り物、美しいですよね」

「美しい、オオッ…！そう言ってもらえるのはうれしいね。いいでしょ…！彼、黒川って言うんだけど、きっと喜びますよ…！」
　ん、黒川さんか、ちょっと気になる存在…。

　話題を、黒川って言う若いヤクザ屋さんの刺青に振ると、彫雅さんは松岡○造ばりに熱い言葉で、意外に乗ってきてくれましたから、根は職人気質のやはりいい人だと思いました。
　男は容姿じゃない。か…？。

「彫られたの、お不動様と二童子ですよね」

「オオッ…！不動三尊、知ってるのですか…？」

「確かセイタカ童子、コンガラ童子だったかしら、難しい漢字の名前ですよね。何処かのお寺で見たのを覚えていました」

「ハハァ、さすが博識ですね。今日は早上がりって言ってあるから、もう少しお待ち願えますか。(株)リソノ秘書室、迎賓館付主任接待秘書ね、読みはミツダヒサコさんでいいのかな。難しい漢字の名前だから」
　彫雅さんは、さっきの名刺を念入りに。

「やだぁ、まだ名乗ってなかったのですね。緋紗子って呼び捨てでいいですよ。カズさんもそうですから…」

「そんな訳には行きませんよ。正直、すごい美人で驚いてる…！いいのかな…？」

「その気で来ましたから、こちらこそよろしくお願いします」
　誰にであれ、美人と言われれば嬉しいもの。わたしからも丁寧な挨拶を返しました。

　そのときです。

「タカオちゃん、さっきのあれさ、あの人、マサさんの彼女…？素人さんにゃ見えなかったけどな」
　と、潜めた声が出口扉のガラス障子の向こうから、上半身裸ですりガラスに映る胸割五分の刺青に、ズボン姿の黒川って言うヤクザ屋さんが、こちらを覗くようにしています。

「まさかァ…！あんないい女がうちの親方と、違いますよォ…！。知り合いの女らしいです。狙っちゃダメっすよ黒川さん。はい、もう終わりっす」
　と、あっけらかんな声。

　施術後のケアも終わったのだろうか、ガラス戸の向こうにお弟子さんとヤクザ屋さんの話し声。どうやらわたしのことを話題にしてるみたいです。
　今さら作業場を覗くわけにもいかず、居心地わるく気まずい雰囲気、以心伝心か。

「ゴメン…！待たせて申し訳ない、時間が延びちゃってね、黒川のこと気になるんだろ。もう終わりだから…」
　彫雅さんの潜める声に、ただうなずくしかありませんでした。
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あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。
2015年12月12日掲載
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